Volume 03, No.5 Pages 33 - 34
6. ユーザー便り/A LETTER FROM SPring-8 USERS
核共鳴散乱BL09XU実験ステーションの立ち上げに参加して
Joining in Works of Putting the Station BL09XU into Commission
高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所 Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization
BL09XUとその実験ステーションの立ち上げは、サブグループ世話人の依田さんとその仲間及び共同チームのご尽力によって順調に進み、わたしは現場で苦労した覚えはあまりなかった。実験ステーションに使われる主な装置と設備の準備は数年前から着手したが、様々な原因で、肝心な準備の総仕上げがなかなかうまくできず、昨年運転の初期に、実験を遂行する上でいろいろと急性あるいは慢性的な「物資不足」に見舞われた。幸い依田さんの陣頭指揮で、関係方面が「緊急空輸」などの処置を施したので、わたしが現地に入ったときには、精密ゴニオメーター等の装置がほぼ並んで、すぐに実験に入れる状態になっていた。SPring-8の加速器と同じく、BL09XUでの実験の立ち上げも早かった。その辺のことは今年1月の放射光学会での発表と、2月に核共鳴散乱SGがまとめた小冊子「SPring-8 BL09核共鳴散乱ステーション実験装置の整備状況と初期の実験成果報告」に詳細な記述があるので、参照されたい。この段階のことを飛行に例えれば、万障を乗り越えて、とにかく離陸できたことに相当する。巡航の速度と高度に到達したかどうかは、また別の視点が要る。
非常に個人的な経験であるが、現段階BL09のビーム強度はフラックスで考えると、同程度の実験条件では、高エネ研のAR−NE3X線アンジュレータの2〜3倍、密度で考えると、さらに5〜10倍程度上がる。一日2回の入射で、PFの2.5GeVリングと同じく、21バンチと20mAの蓄積電流で、リングの運転は全く申し分のない出来映えであった。ビームが強くなった利益を享受する一方、BL09の光源はSPring-8では「標準」的な挿入光源であるため、かつてARで世界最強のX線ビームを利用していた時のような誇りと最高の実験を行わなければという使命感が若干薄れていたことは否めない。研究の世界では頭脳の創造性がものをいうと考えられがちだが、実験研究に限って言えば、実行チームの士気の良し悪しは良い実験、特に難しい実験の成否を左右する一面がある。士気を高める方法について、ユーザーサイドで色々と工夫と努力をしなければならないが、施設側が名実ともに世界最高の放射光、最高の実験装備と環境を提供することも、士気を高揚させる面においては非常に重要な役割があると感じる。一例を挙げると、宿舎と食堂は他の先輩格の共同利用機関に比べて、格段に整備状況が良く、このような環境なら、長期滞在して、実験に専念しても良いと院生諸君の話を耳にしたことがある。同じ実験を十分な意欲のある人とそうでない人と行うとき、結果に差がでることは容易に想像できる。
建設終了後、「功労者」が出るのはどの世界でも同じである。ステーション建設に献身的な仕事をし、苦労もした人たちにどう報いるかは、また実験グループの士気にかかわることである。皆の利用施設である以上、初期の段階からたくさんの利用者を迎え入れる使命があることもわかるが、期間を限定して、「功労者」達にマシンタイム上で優遇してもよいのではないかと思うときがある。何しろ建設の一翼を担った大学側が共同チームのように自前のステーションをもっていないし、いざビームが使えるようになると、1ユーザーとして平等に考えることは果たして公平と言えるかと疑問に思うときがある。
実験課題サブグループのメンバーは実験の達人ばかりで、放射光が使えるようになると、実験そのものはほぼ順調に運ばれて、メニューの消化がマシンタイム分配スケジュール通りにできた。しかし、落とし穴もあった。関係者の誰もが実験課題に核共鳴波長あわせのような調整時間を申請しなかったし、実験スケジュールの割り振り側もその事情が認識できなかった。そのため、肝心のトップバッターの時間(グループ世話人依田さんの課題)が波長調整に消費されて、予定の実験ができなかった。サブグループ側はその点に認識不足があった。我々は当然のように立ち上げの時間が別枠にあると思って、実験に臨んだが、事務側は放射光がハッチに入ると、正味の課題時間と勘定するような節がある。核共鳴散乱の波長調整に少し特殊事情があり、その分のマシンタイムを最初の実験の枠に含めて特別に勘定して貰うか、新たに調整専用の課題を申請するかについて、サブグループと事務側とが話し合って、認識の統一を図りたい。
昨年の夏から、今日まで、課題の申請を既に3回した。SPring-8の実験課題申請書は半年1回で、「賞味期間」も半年である。これで、ユーザー側が常に緊張状態にあり、研究にとっては非常に良い状況である。さすがに民間法人のやることだと思ったりした。マシンタイムの分配を事務処理で対処することで、作業の効率化を図っているようだが、あれだけの数の課題を二ヶ月程度の作業でこなすには、課題審査する側の作業量はさぞ大変であろう。申請書がWWWに載っており、ユーザーにとって作文の負担が大変低減できたと思うが、それでも半年一回の作文、それに報告が負担となるときがある。提案課題は新規、継続と緊急があり、その分類は事務的な側面が突出しているように思えた。実験内容、又は要求される実験時間によって、有効期限に差を付けてもいいのではないか(例えば、長期という項目を設ける)。何しろ、実験手法を開発するような課題について複数年にわたって作業し、数週間のマシンタイムを申請しているのに、半年で3日のマシンタイムしか分配されない上、結果報告を要求され、半年後また再申請しなければならない状況に少しばかりの違和感を覚える。いずれにせよ、少し時間がかかっても良いから、課題提案の分類について、実験のニーズに応じて、申請書分類の「品目」を拡充して貰いたいし、評価基準も良し悪しの一点張りではなく、提案側の研究意欲を沸き立てるような多種多様な評価基準を整備して貰いたい。
BL09では、次々と核共鳴散乱の実験が行われる一方、実験ステーションが立ち上がったかどうかがよくわからないのが実状である。立ち上げに従事している者が次々と新しい実験を手がけて、心情的に一区切りにできない側面がある。一方、立ち上がったと言う表現は完了形で、立ち上げ、R&Dのような下方からの視点でない判断が求められる。何をもって、誰が、あるステーションが立ち上がったかどうかを判定するかは少し微妙な問題が含まれる。判定基準となる目標を高く設定しすぎると、目標を達成するまで時間がかかり、見かけ上立ち上げが遅くなり、評判が落ちるリスクを背負う。かといって、目標の設定が低すぎると、未完成なものが恰も完成されたかのようにデビューさせ、また不評を買うこととなる。誰が判定するかについても、議論を醸し出す。最終的にユーザーグループが判定するという原則論に落ちつくような意見もあるだろうが、放射光の資源が寡占されている状況から見て、平均的なユーザーグループが強く意見を言えるとは思えない。建設側又は運営側の自主判定に委ねることが現実的な話であろう。あるステーションを評価するとき、論文数を数えることや、インパクトファクターを吟味する、というのはよくある話で、これらは研究活動の視点である。このような研究活動を支える装備などのハード、そしてハード群と制御ソフトからなるシステムを合理的に評価することも必要になるであろう。施設の運転に高額な国費がかかる以上、ユーザー側には常に研究成果が求められるのが当然である。一方、SPring-8側には常に加速器をはじめとして、実験装備とシステムを世界的に見て高いレベルに維持し、更なる開発に努める義務を負う。このような構図が放射光科学にとって理想像であるように思う。このために、SPring-8側に優れたハードの設計とハード群と制御ソフトからなるシステムの構築に詳しく、優れた実験をハードの面で支援するエンジニアチームが現れることに期待したい。
張 小威 Zhang Xiaowei
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