ページトップへ戻る

Volume 03, No.4 Pages 36 - 37

6. 談話室/OPEN HOUSE

「蛇と竜」
“Serpent & Dragon”

圓山  裕 MARUYAMA Hiroshi

岡山大学 理学部 Faculty of Science, Okayama University

pdfDownload PDF (131 KB)

 3月下旬から2ヶ月間、グルノーブルのCNRS(フランス科学院)に滞在する機会を得て、昨年秋からのBL39XUのコミッショニング(試験調整運転)とその成果報告の忙しさからしばし開放されました。この様な機会が得られたことを改めてお礼申し上げます。グルノーブル滞在中にCNRSとイタリアのフラスカティ(INFN-LNF)で、SPring-8の現状とBL39XUのコミッショニングの結果を紹介するセミナーを開いて頂きました。これによってSPring-8の順調な立ち上がりを多少なりとも印象付けることが出来たと思っています。


 さて、この小文では一つの謎解きとフランスの放射光関連の現状を概観したいと思います。ESRFの放射光施設とその研究分野を紹介するポスターをご存知の会員は多いと思います。それは奇抜なイラストによってESRFのアクティビティを印象付けるのにかなり効果的だと感じられる代物です。見学者の多くがこのポスターを持ち帰っていることからもそれが分かります。謎とは大袈裟ですが、このポスターの左側に蛇と竜が描かれています。それが何を意味しているかご存知でしょうか。実は、蛇はイゼール(Ise`re)川を、竜はドラク(Drac)川を象徴しているのです。これは1991年にGle´nat社から出版された写真集「Le Serpent & Le Dragon: Grenoble Vue du Ciel」(写真B.Ronte´,文P.Dreyfus)に因んでいます。この本ではグルノーブルの市街地が美しい航空写真で紹介されています:旧市街の建物の赤褐色の屋根、公園や広場の緑、幾何学的な町並み、市街地の周辺に広がる近代的な建物群(建設途上のESRF)など。また、本のタイトルは発展するグルノーブルを蛇と竜の勢いに例えたものと理解できます。元々、ドラク川の名前はdragonに由来しており、上流の深い渓谷にはアルプスの豊富な水を湛えたダムが幾つもあります。写真1は飛行機から撮ったESRFの周辺の写真(下が北の方角)で、北側がイゼール川で南側がドラク川です。両河川の水位は多目的ダムによって保たれており、その水の一部は研究施設の冷却水としても利用されています。二つの川はここで合流した後、約100km下流で更にローヌ河に合流して地中海へと下ります。写真2はベルコー自然公園の入口にあたるサン・ニジェール村からの眺望です(左にESRFのリング、右端中央付近が旧市街)。ESRFが両河川に挟まれた中洲の様な場所に立地していることがよく分かります。この立地条件が実験フロアーの不等沈下やビーム位置の不安定性の原因と指摘されているので、蛇と竜の存在は放射光にとっては困ったものと言わざるを得ません。




 ところで、蛇と竜はフランスの放射光に例えることも出来ます。即ち、ESRFが竜なら新しく計画されているSOLEIL(フランス語の太陽)は蛇に例えられるかも知れません。今回のグルノーブル滞在のホストはCNRS結晶学研究所のRaoux所長でした。彼はSOLEIL設立委員会のメンバーなので、SOLEIL計画の様々な資料を見せてもらったり、会合での議論の様子を聞かせて頂きました。計画のパンフレットを見ると、加速エネルギー2.15GeV、最大蓄積電流500mA光子エネルギー範囲10eV~20keV、アンジュレータ光で最高ブリリアンス1020 などとなっています。高エネルギーのESRFに対して、SOLEILは主に紫外線から軟X線の領域をカバーする第3世代の放射光ということになります。資料の中で特に目に留まったのは、研究目的に生体物質と保健、地球環境と汚染物質などのキーワードが挙げられていたことと、SOLEILの必要性としてESRFの立地条件に関する上記の懸念も指摘されていたことでした(SPring-8は安定な岩盤の上に設置されていることも注記されていた)。確かに、滞在中に共同研究者とESRFで取った過去のデータに関して議論した結果、ノイズはビーム位置の不安定がその原因で、実験の種類(微弱な信号の検出、例えば磁気散乱など)や測定モード(スペクトル間で差を取る場合、微分が重畳してしまう)によってはかなり深刻な問題となることが分かりました。しかし、ESRFの立地条件に起因する不安定がSOLEILの建設提案理由の一つに掲げられたことには、奇妙な印象を持ちました。また、ある友人はESRFの不安定なビームを嫌って、SPring-8の利用を積極的に考えていました。



写真1 飛行機の窓より

 SOLEIL計画には未だゴーサインが出ていません。4月中旬にCNRSとしての結論が出されるとのことでRaoux所長はじめ関係する研究者達は期待しながら決定通知を待っていました。しかし、財政難から今年度は未決定との通知があったそうです。予算削減のために既存大型施設のESRFやILLへの財政的な負担が重くなり、新規計画を認める余裕が無いのだとの説明でした。昨年、ジュッペ首相から社会党のジャスパン内閣に政権が渡る直前に、SOLEILの建設場所がボルドーと決定されましたが(ジュッペ首相はボルドー市長を兼任している)、社会党政権は財政難を理由に新計画には慎重の様です。確かに、失業率16%(20歳代男性では25%とか)は深刻な社会問題です。一方、研究者のSOLEILに対する期待は大きく膨らんで来ています。LUREの事情に詳しい友人に聞くと、パリから暖かいボルドーに移動することに積極的な人達(美味しいワインも有るし)とパリを離れたくないグループ(ボルドーの夏は暑く、雷雨による被害を懸念する声も)とが有るそうです。


 結局、フランスの放射光の竜と蛇が揃うのは未だ先のことの様です。ESRFにも問題が有るものの、優れた放射光施設であることには間違いありません。今回特に強く印象に残っているのは、非弾性散乱の2本目のビームラインが建設中で、大きな実験ハッチと長い石製の光学ベンチが並んでいた光景です。一方、SPring-8のビーム安定性は証明済みですから、これに因る高精度のデータと実験成果が次々と出てくることが期待されます。友人達から「ワールドカップが見られなくて残念だね」と言われながら5月20日にグルノーブルを発ちました。飛行機が関西空港に向けて徐々に高度を下げて行くとき、但馬の上空からSPring-8のリングを眼下に眺めながら播磨灘に抜けて行きました。「SPring-8は何に例えられるだろうか」と考えながら。



写真2 ESRFの周辺

圓山 裕 MARUYAMA Hiroshi
(Vol.3,No.2,P33)


Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794