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Volume 03, No.2 Pages 48 - 50

5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

ESRF Workshop on Ultra-fast Kinetics of Molecular Assemblies報告
Report of ESRF Workshop on Ultra-fast Kinetics of Molecular Assemblies

足立 伸一 ADACHI Shin-ichi

理化学研究所播磨研究所生体物理化学研究室分室 RIKEN Harima Institute Biophysical Chemistry Laboratory

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 ESRFにおいて1998年1月15日~16日の2日間、上記Workshopが開催された。このWorkshopは研究発表会であると同時に、ESRFが外部にclosedで行っているビームライン評価検討会でもある。この Workshopでは、まずビームラインのこれまでの業績について何人かのユーザーが発表し、続いてビームラインサイエンティストが、これまでの業績を踏まえて、今後数年間にわたってビームラインで展開したいサイエンスの方針について提案を行う。そしてこの方針について参加者から広く意見を聞き、参加者の意見を参考に上層部がビームラインの方針の是非を判断するための会であるらしい。Director generalと2人のDirector of Researchが2日間共べったり参加し、参加者と積極的に議論していることからも、ESRFがこの手のWorkshopを運営上重要視していることがわかる。
 今回、検討の対象となったビームラインはBL3/ ID9のWigglerビームラインである。このビームラインはミラー集光した白色X線が利用可能なhigh flux ビームラインであり、ESRFのシングルバンチモードを利用した実験がよく知られている。これまでに、単一バンチから放射されるパルスX 線(150ps FWHM @ 15mA)をバンチクロックとフェーズロックした高速シャッターできりだし、レーザーパルスと組み合わせて、ナノ秒程度の時間分解能での時間分割ラウエ回折実験を行って成果をあげてきた。特にこのビームラインでは、蛋白質結晶を試料としているユーザーが非常にアクティブであることが特徴的である。私も蛋白質結晶を試料としている1ユーザーとして参加した。ビームラインサイエンティストのMichael Wulffは、これまでの方向を維持しつつ、今後は低分子結晶や溶液、気相反応をも対象にして、ピコ秒オーダーの過渡的現象を対象とした回折、散乱実験を行いたいという提案を行い、これに関連する発表や質疑応答が行われた。
 具体的なプログラムに目を向けると、大きく分けて4つのセッションが2日間にわたって行われた。初日はIntroductionとユーザーからの成果発表、2日目は“Experience from ultra-fast electron diffraction and laser spectroscopy”と“Future light sources for shortpulse X-ray scattering”というセッションで発表と討論が行われた。
 まず、IntroductionでDirector generalのYves Petroff からESRFで現在進行中の第3世代放射光を生かしたいくつかのtopicsについて紹介があり、続いて ESRFマシン系のJean-Marc FilholがESRFでのシングルバンチモードの現状の性能(蓄積電流値15mA、バンチ幅150ps(FWHM)、寿命約1時間、バンチ純度10-7)と、今後の問題点について発表した。
 次にこれまでの研究成果発表として、まずシカゴ大のKeith Moffatがミオグロビン結晶中での一酸化炭素結合反応のナノ秒時間分割測定の結果と、 photoactive yellow protein結晶の光反応中間体の構造解析について発表した。元々、放射光施設のシングルバンチモードを利用した蛋白質結晶の時間分割ラウエ回折実験は、彼らが約10年前にCHESSで始めた実験であり、放射光施設のシングルバンチモードを利用した時間分割ラウエ回折実験に関しては、彼らのグループが世界をリードしていることを印象づけた。  
 Scripps Resaerch InstituteのElizabeth D.Getzoffは photoactive yellow proteinの時間分割構造解析について発表した。彼女たちはシカゴ大のグループとは独立にPYPの時間分割構造解析を行っている。
 続いて、私が阪大基礎工学部の森本英樹助教授らと共同研究で行っているヘモグロビン結晶のナノ秒時間分割構造解析の結果について発表した。
  IBS/ESRFのDominique BourgeoisはESRFの幅 150psのパルスX線を使って得られる蛋白質結晶のラウエ回折データの評価を行い、データの redundancyが十分あり、かつ適切な積分強度測定と回折点の空間的重なりに対するデコンボルーションを行えば、ラウエ回折データは単色回折データと比べてそれほど遜色がないことを示した。特にシングルバンチモードで得られたCutinase結晶の1.5Å分解能のラウエ回折データセットに対して、構造精密化が十分可能であることを示し、今後、結晶中で時間分割的に起こる微少な構造変化について、(蛋白質結晶としては)高分解能な解析が可能であることを示した。
 Los Alamos National LaboratoryのJoel Berendzenは 10K程度の低温条件下でトラップした蛋白質の反応中間体の結晶構造解析について発表した。
 初日の最後に、ビームラインサイエンティストの Michael Wulffが今後のビームラインの方針に関する提案を行った。まず、ビームラインのハードウエアについて発表を行い、ビームラインに新しく装備されたフェーズロック型高速回転式シャッターを使うことにより、バンチクロックを任意に分周してX線パルスを取り出せるようになったので、微少信号の過渡現象でも積算してS/Nを稼ぐことが可能になったこと、シングルバンチで得られるX線パルス幅 150psを生かすために、新たにピコ秒レーザーを導入したこと、ピコ秒オーダーの過渡現象を観測するために新たにストリークカメラを導入する予定であることを示した。このハードウエアを使った実験として、従来行われてきた蛋白質結晶のラウエ回折実験に加えて、低分子結晶や液晶を使った時間分割回折実験や、単色X線による液相や気相反応の時間分割散乱実験を提案した。
 2日目は午前中に“Experience from ultra-fast electron diffraction and laser spectroscopy”というセッションが行われた。
 まず、Pennsylvania大のRobin Hochstrasserが凝縮系での化学反応の理論について概説した後に、最近の液相中での低分子反応を対象としたフェムト秒レーザー分光の成果について述べた。
 Lawrence Berkeley LaboratoryのCharles V. Shankは加速器中の電子ビームとフェムト秒テラワットレーザーの相互作用を利用してフェムト秒のX線パルスを生成させ、Si結晶の熱変形の観測に用いた実験を示した。
 Harvard大のPhilip A.Anfinrudはフェムト秒赤外分光法により溶液中の蛋白質分子内の特定の部分についてフェムト秒オーダーの構造変化を明らかにした例を示した。
 Cambridge大MRC研究所のRichard Hendersonは電子線回折法によるバクテリオロドプシンの構造解析結果について示した。彼らはXeフラッシュランプと高速凍結法を組み合わせることによりバクテリオロドプシンの反応中間体の構造解析も試みており、いくつかの結果も示したが、電子線回折の分解能ではまだ細かな構造変化についてははっきり言えないようである。
 午後からの"Future light sources for short-pulse X-ray scattering"という題のセッションでは、DESYの Bjorn Wiikが"Future electron accelerators and free electron lasers"という題で、Michigan大のGerard Mourouが"Ultrahigh Intensity laser: generation of ultrashort X-ray and high energy electron pulses"という題で、ENSTAのJean-Louis Martinが"Recent developments in femtosecond time-resolved x-ray diffraction experiments"という題でそれぞれ発表を行った。
 2日目の最後に“Summary and Discussion”として、 Groningen大のJan DrenthとYork大のKeith Wilsonがまとめ役となって2日間の発表と討論を総括した。今後、X線回折・散乱の時間分割測定を行っていく上での問題点について討論したわけだが、まとめ役が2人とも蛋白質結晶構造解析屋であったために、どちらかというと「蛋白質結晶を対象とした」時間分割測定という方向に話が偏ってしまい、Michael Wulffが提案を行った今後のビームラインの方針に関する議論が十分なされなかったように思った。また、このWorkshop全体を見ると、とりあえずビームラインとしてより時間分解能をあげるためのハードウエアは整ったが、具体的にどのようなサイエンスが新たな対象となり、どの程度の広がりを持つのか今一つクリアにならなかったような印象を受けた。またこれまでの蛋白質結晶のユーザーにとっては逆にビームラインが使いにくくなるのではないかという懸念を抱いた。上層部の最終的な判断に興味が持たれる。
 この手のWorkshopは、当然のことながら、ビームライン担当者にとってはかなりのプレッシャーとなっているようで、いつもは明るいMichaelも、この時はさすがに神経質になっていた。そんな様子を見つつ、こういうWorkshopがSPring-8で行われるとどうなるだろうかと考えつつ帰途についた。 
 
 
 

足立 伸一 ADACHI Shin-ichi
昭和39年10月22日生
理化学研究所・播磨研究所
生体物理化学研究室分室
〒679-5143
兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-1842
FAX:07915-8-8216
e-mail:sadachi@sp8sun.spring8.or.jp
略歴:平成4年京都大学工学部工学研究科博士課程修了、工学博士。同年日本学術振興会特別研究員、同年10月より理化学研究所研究員。この間米国シカゴ大学Visiting Research Associate。日本生化学会、日本生物物理学会、日本化学会、日本結晶学会、日本放射光学会会員。最近の研究:時間分割蛋白質X線結晶構造解析、金属蛋白質のEXAFS。趣味:スポーツ一般。



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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