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Volume 02, No.4 Pages 1 - 6

1. ハイライト/HIGHLIGHT

挿入光源・基幹部の試験調整運転
Commissioning Report on Insertion Devices and Front-Ends

北村 英男 KITAMURA Hideo、櫻井 吉晴 SAKURAI Yoshiharu

日本原子力研究所・理化学研究所 大型放射光施設計画推進共同チーム JAERI-RIKEN SPring-8 Project Team

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1.最初のアンジュレータ放射

 蓄積リングにおける最初のビーム蓄積は平成9年3月下旬のことである。それからほぼ1ヶ月後の平成9年4月23日基幹部(BL47XU)に初めてアンジュレータ光を通すこととなった。光軸確認のための蛍光板が放射パワーに耐えられるよう蓄積電流を47 µAに設定した。アンジュレータのギャップは全開の50 mmに設定してあった。基幹部アブゾーバーを開にしたと同時に蛍光板が光った(図1参照)。左右に尾を引くような放射の谷間に小さなスポットが見える。左右の放射はアンジュレータの下流上流に位置する偏向部の放射であるとすると真ん中のスポットはアンジュレータ光のはずである。ギャップ全開だから光るはずがないという意見、全開でも100 gauss程度の磁場が残っているから光っても不思議ではないという意見あり。ではギャップを20 mmまで閉めてみようということになった。閉めていくと最初はか細い点であったものが燦然と輝きはじめ、左右の偏向部放射パターンが目立たなくなり、蛍光板だけでなくその周りも輝き始めた(図2参照)。紛れもなくアンジュレータ光であったのである。まさに第3世代光源SPring-8 の放射光利用にとって歴史的幕開けの瞬間であったといえよう。連休明けの5月12日の週には実験ホールにアンジュレータ光が取り出され、分光器によりアンジュレータ放射特有のスペクトルを確認することができた。以後、放射線安全上の各種チェックを行いつつ試験調整運転を続けている。ただし、放射線申請上の制限があり蓄積電流値は20 mA未満に抑えている。この報告では以上の調整運転、特に挿入光源・基幹部の状況について報告する。輸送チャンネル・光学系については石川哲也氏らの報告をご覧いただきたい。

 

図1 スクリーンモニターで捉えた最初のアンジュレータ光(アンジュレータギャップ:50 mm)。左右に拡がる偏向部放射(左:下流側偏向部、右:上流側偏向部)の谷間にアンジュレータ光が見える。

 

図2 アンジュレータギャップ20 mmにおけるアンジュレータ光。

 

 

2.挿入光源

 蓄積リングの試験調整運転に先立ち4台の挿入光源(全て真空封止型アンジュレータ)を設置した。このうち3台は周期長3.2 cm、周期数140の標準型真空X線アンジュレータ(BL09XU、BL41XU、BL47XU)、残る1台は真空封止垂直アンジュレータ(BL45VXU、周期長 3.7 cm、周期数 2 × 40)である。各アンジュレータのギャップは可変で全開値は 50 mmであるが、最小ギャップ値としては標準型8 mm、垂直型6 mmが可能である。現在、調整運転を行っているのはBL47XU(表1参照)である。前節で述べたように最初のアンジュレータ光が得られたのは4月23日であった。この日の達成ギャップは20 mmであったが、5月14日以降の運転では設計上の最小ギャップである8 mmを達成、また、放射光源として必要な調整を行ったのでその結果について報告する。

 

表1 標準型真空封止アンジュレータ(BL47XU)の主要パラメータ

周期長 : 3.2 cm
周期数 : 140
永久磁石 : NdFeB(住友特殊金属製 NEOMAX33UH)
  TiNコーティング
最大ギャップ : 50 mm
最小ギャップ : 8 mm
磁場(偏向定数)
  G=50 mm : 0.013 T(0.038)
  G=40 : 0.034 T(0.103)
  G=30 : 0.094 T(0.280)
  G=20 : 0.254 T(0.758)
  G=15 : 0.417 T(1.246)
  G=10 : 0.682 T(2.037)
積分磁場
  垂直磁場 : 70 gauss・cm
  水平磁場 : 110 gauss・cm
補正空芯コイル : 最大300 Gcm(水平垂直とも)
磁石列カバー : 銅メッキNiフォイル(50 µ厚)
排気速度 : 6700 L/s(SIP:700 L/s, NEG:6000 L/s)
到達真空度 : 8E-9Pa(6E-11torr)
BPM : 精度1 µm以内(アンジュレータ上下流に1台づつ)

 

 

2. 1.積分磁場の補正

 アンジュレータに求められる重要な性能は磁場精度が高いことである。もちろんこれは高輝度光を得るための条件となるが、実用上この性能が重要な意味を持つのはアンジュレータの運転(ギャップ制御)によってビーム軌道位置が変動しないことである。軌道が変動すればその放射を使用するビームラインはもちろんのこと他のビームラインの光軸も振れることになり放射光利用上致命的な結果をもたらす。これを避けるためにはアンジュレータの軌道方向の積分磁場がギャップ値に依存しないような磁場調整を行う必要があるが、実際は多少の依存性が残る。例えばBL47XUでは図3に示すような積分磁場のギャップ値依存性がある。ギャップ値50 mm(全開)と8 mmにおける垂直/水平積分磁場の差は 100/150 gauss・cmである。これを放置するとアンジュレータを運転するたびに光軸が動いてしまう。図4にギャップ全開時と8 mm時の閉軌道の差を蓄積リング全周(1450 m)にわたってビーム位置モニター(三菱電機製、rms精度10 µm)を使って測定したものである。ベータートロン振動に対応する周期的な変位が生じているのがわかる。この変位は光源から約35 m離れた分光器において1 mm(3 µrad)程度の光軸振れをもたらすことになる。

 

図3 真空封止アンジュレータBL47XUの積分磁場のギャップ依存性。

 

図4 ギャップ全開時と8 mm時の閉軌道の差を蓄積リング全周(1450 m)にわたってビーム位置モニターを使って測定したもの(上部:水平方向、下部:垂直方向)。ただし、アンジュレータの積分磁場は未補正。

 

 以上の問題点を克服するには積分磁場のギャップ値依存性をキャンセルするような補正磁場が必要となる。このような磁場を得るために各アンジュレータの真空槽外側には空芯コイル(水平、垂直磁場用各4ターン)が用意してある(図5参照)。このコイルは最大約300 gauss・cm(励磁電流10 A)の積分磁場を発生することができる。BL47XUの積分磁場の補正には十分な値である。補正方法としては、4台のアンジュレータの上下流に設置してある特別仕様のビーム位置モニター(ベルゴッツ製、rms精度0.6 µm)におけるビーム位置が常にギャップ全開時における位置になるよう励磁電流の値を決定した。結果を図6に示す。この図は図4に対応するものであるが、補正のない図4の結果と著しい対比を見せている。測定ノイズが現れてはいるがアンジュレータ磁場による周期的変位が見いだせないほど補正が良好であることがわかる。ちなみにアンジュレータBL47XU のギャップを全開(50 mm)から8 mmまで閉じたときの各アンジュレータ上下流におけるビーム位置変動、光軸の傾きおよび分光器位置での光軸の振れを表2に示す。エミッタンス結合を2%と仮定すると光源位置の変動は光源サイズΣx = 375 µm、Σy = 32 µmの2%(水平)、6%(垂直)以下、傾きの変動は光源角度発散Σx’ = 16.3 µrad、Σy’ = 5.9 µradの7%(水平、垂直)以下となっている。また、分光器位置での光軸の振れはわずか38 µmであることがわかる。この値は分光器の開口(2 × 2 mm2)と比べて十分小さいので実用上問題はないと思われる。

 

図5 真空封止アンジュレータの断面図。真空槽に空芯コイルが取り付けられている。

 

図6 アンジュレータの積分磁場を補正したときのギャップ全開時と8 mm時の閉軌道の差。

 

表2 アンジュレータBL47XUのギャップを全開(50 mm)から8 mmまで閉じたときの各アンジュレータ上下流におけるビーム位置変動、光軸の傾きおよび分光器位置での光軸の振れ、上下流のビーム位置モニターは5 m離れている。

  BL09XU BL41XU BL45VXU BL47XU
上流ビーム位置ΔXu, ΔYu(µm) 6, 2 2, 1 7, 2 5, 1
下流ビーム位置ΔXd, ΔYd(µm) 5, 2 3, 2 6, 2 6, 2
光軸の傾きΔX', ΔY'(µrad) 0.4, 0.2 0.2, 0.2 0.2, 0.3 1.1, 0.4
分光器位置での光軸の振れΔXm, ΔYm(µm) 14, 7 7, 7 7, 11 38, 14

 

 

2. 2.熔融防止インターロック

 以上の調整でBL47XUの放射光源としての基本的な性能は確保されたものといえる。しかし、さらに重要な問題がある。それは、蓄積リング閉軌道の突然の変位である。このような軌道変位は蓄積リング全周に分布した補正電磁石の電源が故障した場合に起こり得る。予想される事態は、強烈なアンジュレータ放射の光軸が大きく外れ、リング真空系が熔融事故によって破壊される。これを回避するには変位を迅速に検知し、定められた閾値を越えたならば即座に、1ミリ秒以内に、蓄積ビームを廃棄するようなインターロックシステムを備えなければならない。わずか1ミリ秒の時間で熔融するほど大パワーの放射なのである。このようなインターロックとして当初はアンジュレータ放射の光軸モニターを使用するシステムを開発していたが、放射そのものが蓄積電流依存性、ギャップ依存性をもつのでインターロックとしての信頼性に乏しいという問題点があった。つまり、誤動作の可能性が高かった。また、誤動作を避ける設定にすると肝心なときに動作しない可能性があった。この問題点は最初のアンジュレータ放射が得られたとき(4月23日)に露呈してしまったのである。

 このインターロックシステムが完成しないと1 mA以上の蓄積電流ではアンジュレータギャップを最小値8 mmまで閉められない。一時途方に暮れたが代換え案としてアンジュレータの上下流に設置したビーム位置モニターを使用するシステムを検討することになった。問題となるのはビーム位置検知速度であったが調べてみると幸いにも0.5ミリ秒という速度であった。論理回路の遅延時間(0.1ミリ秒)、ケーブル遅延時間(0.05ミリ秒)、高周波加速OFFよりビームの完全廃棄に要する時間(0.1ミリ秒)を加えても制限時間1ミリ秒よりも短い。実用化の可能性大ということで早速試作に取り掛かりわずか2週間という開発期間であったが5月の連休明けの調整運転に間に合わせることができた。現在暫定的な閾値を設定しており、水平方向が±1 mm(±0.4 mrad)、垂直方向が±0.25 mm(±0.1 mrad)である。ただし、このインターロックシステムが備わっているのは BL47XUだけである。他のアンジュレータには9月以降に完備される予定である。

 

 

3.基幹部

 第1節で述べたように最初のアンジュレータ放射は基幹部(図7参照)に設置したアブゾーバーを開状態にしたと同時に得られ、その日のうちに、軌道の補正(ローカルバンプ)をせずに、ビームシャッター直前に設置したスクリーンモニター(蛍光板)に達した。この位置における基準(モニター中心)からの光軸のズレはわずか1 mmであった。これが意味するのは基幹部のアラインメントの基準となった床面のターゲットが如何に正確であったかである。このターゲットは電磁石アラインメントグループが敷設したものを、ビームライングループが別の方法すなわち挿入光源前後の4極電磁石上にある基準点から光軸を決定することでその位置を二重にチェックしたものである。改めてこの両グループの力量と労苦に賞賛の意を表明したい。連休明けの初日には遮蔽壁、ベリリウム窓を通り抜け分光器に難なく達した。分光器の開口中心からは約1.5 mm光軸のズレがあったがビーム軌道の補正により修正することができた。以後、分光器の調整と並行して基幹部要素の動作試験を行ったのでその結果を報告する。ただし、試験時の蓄積電流の最大値は17 mAである。

 

3. 1.固定マスク・アブゾーバー

 図7に示すように固定マスクは光源中心から21.5 m ポイントに設置してある。放射パワーの空間拡がりを制限する役目を負っている。入射部、出射部の開口はそれぞれφ26 mm、φ8 mmである。光軸はほぼ開口の中心にあるので放射パワーのごく一部しか吸収されず、ギャップ8 mm、17 mA時の温度上昇は無視できるほど小さい。一方、22.5 mポイントに設置してあるアブゾーバー(暫定的設計)は閉時には全放射パワーを受け止めることになる。供給冷却水温度(29.5℃)に対する受光面直下の管壁温度の上昇は6.5℃/17 mA(G = 8 mm)であり、この時の受光面の温度は管壁温度より32℃/17 mAと計算される。したがって、100 mA時の受光面温度の上昇は160℃、水温を加えた絶対的な温度は190℃と推定され、十分使用に耐える温度と結論できる。また、この暫定的設計のアブゾーバーは冷却チャンネルの熱伝達率を数倍に向上した新設計のものに置き換える予定であるのでさらに耐熱性が向上することが期待される。

 

図7 基幹部の概略

 

3. 2.前置スリット・XYスリット

 XYスリットは光源から28〜30 mポイントに設置してあり、アンジュレータ放射のうちコヒーレントな部分を取り出す役目を負っているものである。開口は全閉から10 × 8 mm2まで可変であるが常用される開口は1.0 × 1.0 mm2程度であろう。この場合、放射パワーの大部分を受け止めることになり熱負荷対策が難しくなる。26 mポイントに前置スリットを設置した理由はこの熱負荷を低減するためである。XYスリットはL型エッジ形状をした2つの受光部よりなる。各受光部について、受光面と冷却管壁の中間地点での温度は上流スリットブレードで38.5℃/17 mA、下流スリットブレードで39.6℃/17 mAであった。これらの測定温度をもとに、1次元計算により100 A運転時での受光部表面の最高温度を評価すると140℃となり、XYスリットは100 mA運転時の使用に十分耐え得ると結論できる。前置スリットは徐々に開口が狭まっていく等方性グラファイトのアパーチャーよりなる。各グラファイトブロックは水冷された銅ブロックにロー付けされて、グラファイト受光部本体は間接冷却されている。グラファイトと銅の接合部から3 mm離れた銅ブロック上の温度を熱電対で測定すると、上流より38.7℃/17 mA、 38.1℃/17 mA、37.9℃/17 mA、37.0℃/17 mAであった。この測定結果は、ギャップ8 mm、蓄積電流18 mAを想定して行ったANSYSによる熱応力計算の結果とほぼ一致している。蓄積電流100 mA運転を想定した熱応力計算結果では熱電対近傍の温度は65℃程度と予測されているが、その時前置スリット全体として、熱及び応力の両面で許容範囲にあることが本計算より示されている。

 

3. 3.光モニター

 基幹部に設置されている挿入光源用光位置モニターは、4枚のタングステンブレードを用い、光電子放出による信号を検出するものである。4月23日に初めてビームを用いた動作試験を行ったが、特に大きな問題は無く、ビームライン制御グループの開発したソフトウエアによって順調にビーム位置を測定することができた。蓄積リング電流値0.4 mA、挿入光源ギャップ値20 mmにおいて、本モニターのバイアス電圧と信号量の依存性を調べた。その結果、バイアス電圧100 V以上で安定した位置信号が得られたため、暫定的ではあるが、バイアス電圧の値を100 Vに固定した。5月に入ってからは、ギャップ値の最小値である8 mmまでの間で試験を行い、様々な特性を調べることができた。駆動機構のバックラッシュの影響は数µm以下であった。この値は駆動を一方向に決めることで改善できる。信号読み取り用電子回路の安定性についても良好な結果が得られており、電子軌道が完全に安定であると仮定しても、位置信号のバラツキは1 µm以下である。また、位置信号はリング電流値に依存していなかった。しかし、挿入光源の磁場の変化による影響は出ており、例えば、ギャップ値が8 mmと20 mmの間では100 µmに近い位置信号の差になっている。これは偏向電磁石の漏れ磁場からの放射光の影響であるが、今後詳しく調べ定量的な考察を進める必要がある。また、この問題の根本的な解決策として、ダイヤモンドを用いた光伝導型光モニターの立ち上げを、夏の長期停止期間後に行なう予定である。

 

3. 4.グラファイトフィルター

 グラファイトフィルターはBeの保護のために設置されている。これは0.1 mmの高配向グラファイト箔でできており、全体として3連になっている。すなわち、組み合わせにより全厚みとして0.1 mmから0.3 mmまで選べるようになっている。今までの試験調整運転(ギャップ8 mm、蓄積電流19 mA運転)ではグラファイトフィルターについて問題点は発生していない。グラファイトの許容温度は1740℃に設定しているが、秋以降の100 mA運転時には、1500℃近くまで温度上昇することが予測され、赤外カメラによる温度測定及び評価を行うことになっている。

 

3. 5.ベリリウム窓

 ベリリウム窓は基幹部と輸送チャネルを真空的に遮断する目的で設置され、グラファイトフィルターとXYスリットにより熱的に保護されている。ベリリウム窓使用限界はベリリウムの酸化開始温度ではなく、発熱に起因する応力により決まる。ANSYSによる熱応力解析の結果は、100 mA運転時でも、その使用について問題ないことを確認しているが、万が一、問題が起こるとすれば応力による破壊と考えられる。試験調整運転(ギャップ8 mm、蓄積電流19 mA運転)段階では、ベリリウム窓中間槽のイオンポンプ電流値を見る限りクラック発生によるリークは起こっておらず、正常にその機能を維持している。

 

 

4.おわりに

 2本のビームライン(アンジュレータと偏向電磁石)は大きなトラブルもなく順調に立ち上がりつつある。夏のシャットダウンの前にはさらに5本のビームラインの調整運転をしなければならないが成算は十分にある。ただし、これまでの成功は加速器と同様全ての構成要素が正確に造られていたことによる。以後、私たちに降りかかる問題点の多くはたぶん何人も予想できなかった未知の事柄となるであろう。さらに継続的な努力の他に霊感が必要となるかもしれない。また、本稿の作成にあたり、原徹氏、田中隆次氏、望月哲朗氏、大浦正樹氏、青柳秀樹氏、高橋直氏、及び加速器チームからご助力頂いたことに感謝いたします。

 

 

 

北村 英男 KITAMURA Hideo

(Vol.2, No.1, P8)

 

櫻井 吉晴 SAKURAI Yoshiharu

(Vol.2, No.1, P8)

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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