Volume 02, No.1 Pages 30 - 35
4. 原研ビームライン/JAERI BEAMLINE
原研軟X線ビームライン(BL23SU)の概要
JAERI Soft X-ray Beamline Specialized for Radioactive Materials Equipped with Variably-polarizing Undulator
日本原子力研究所 Japan Atomic Energy Research Institute
- Abstract
- This report presents a design of undulator beamline at SPring-8 to study soft X-ray spectroscopy focused on radioactive materials as well as molecules absorbed on surface and biological materials. Linearly or circularly polarized soft X-rays are provided by employing a variably polarizing undulator. Three experimental stations for soft X-ray spectroscopic studies of actinide materials, surface photochemical reaction and photoabsorption effect of biological systems are planned. Varied line spacing plane gratings will be used to monochromatize the undulator beam whose energy ranges from 0.3 to 1.5 keV. A resolving power of 104 is expected in the whole energy region by using the monochromator. The experiments of photoemission-spectroscopy are carried out at a radioisotope (RI) controlled area where actinide compounds as well as unsealed radioactive materials are usable. Intrusion of the radioactive materials into the electron storage ring or to out side of the evacuated beamline-components can be avoided by particularly devised RI protection/inspection mechanisms. The beamline will be operated in December 1997.
1.概要
日本原子力研究所は平成7年10月から関西研究所を発足させ、播磨地区には大型放射光施設SPring-8を利用し、重元素科学、物質科学、化学・放射線生物学などの研究を推進する大型放射光開発利用研究部を設置した。現在原研ビームラインとしてTable 1に示す3本のビームラインを建設しているが、本稿では、物性研究から化学・生物応用までの広範囲な領域で分光学的研究を進めるための軟X線ビームライン計画の概要を示す。本ビームラインでは、円偏光と直線偏光を切り替えて使用できる可変偏光型アンジュレータを光源として用い、専用の施設に配置された実験ステーションで非密封RI試料の利用も可能である。
Table 1 SPring-8における原研ビームラインの整備とその利用計画
ビームラインの名称 | 研究内容 | 光源 | 実験装置 | 年 次 計 画 | ||||
7 | 8 | 9 | 10 | 11 | ||||
重元素科学 研究用BL (原研BL-1) BL23SU |
重元素物質の電子状態・磁気状態の研究 表面化学状態の研究 生体関連物質の照射効果 |
可変偏光アンジュレータ (0.5-3 keV) |
磁気円2色性装置 光電子分光装置 生体物質照射装置 光学素子評価装置 |
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利用 実験 |
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製作 | ||||||||
材料科学研 究用BL(1) (原研BL-2) BL14B1 |
極限状態での構造解析 ランダム系物質の構造解析 表面・界面構造の研究 |
偏向電磁石 (5-60 keV) 単色/白色 |
高温・高圧X線回折計 EXAFS測定・解析装置 汎用型X線回折計 |
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利用 実験 |
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設計 製作 |
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材料科学研 究用BL(2) (原研BL-3) BL11IN |
表面・界面構造の研究 構造の静的・動的揺ぎ 放射光メスバウアー物性 光学素子評価 |
真空封止型アンジュレータ (5-50 keV) |
表面回折計 X線回折用in-situ cell X線回折用in-situ MBE装置 光学素子評価装置 |
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利用 実験 |
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設計 製作 |
2.はじめに
1.5 keV以下の軟X線領域には、軽元素から重元素までの内殻準位が存在する。本ビームラインではこれら内殻励起エネルギー付近で、アンジュレータを光源として用いて物質の電子状態、磁性等の諸物性を調べることを目的とする。また本ビームラインの大きな特徴としては、以下の項目があげられる。
まず光源として可変偏光型アンジュレータを採用したことにより、励起光特性として円偏光、楕円偏光並びに直線偏光を選択的に使用できることである。このことは一つの試料に対する複数の異なる測定法を測定用真空槽の超高真空を破ることなく継続的に適用することを可能にする。また、本光源は左右円偏光の高速スイッチングが可能である。これは例えば円偏光二色性の測定の際にデータの精度を高める上で大変有効である。
もう一つの大きな特徴は非密封放射性同位元素(RI)試料を取り扱うことの出来る専用の実験棟にビームラインが引き込まれていることである。これにより現存する放射光実験施設では扱うことが困難であったUやNp等のアクチナイド系列の重元素を含む試料に対する軟X線分光研究が可能となり、これまで比較的研究の遅れている上記の物質の電子状態の研究に大きな発展をもたらすことが期待される。さらに通常実験ホール内に表面光化学用実験ステーション並びに生体試料軟X線照射効果研究用実験ステーションが併設され、材料物質から生体までの広範囲な対象について研究を進める。
3.ビームラインの特徴
3. 1 光源
可変偏光型アンジュレータ(APPLE IIタイプ)[1]〜[4][1]Kobayashi, H., Sasaki, S., Shimada, T., Takao, M., Yokoya, A. and Miyahara, Y. Proc.European Accelerator Conference'96, in press.
[2]Sasaki, S., Miyata, K. and Takada, T., Jpn.J.Appl.Phys.31, L1794-L1796(1992).
[3]Sasaki, S., Kakuno, K., Takada, T., Shimada, T., Yanagida, K. and Miyahara, Y., Nucl.Instrm.Methods A331, 763-767(1993).
[4]Sasaki, S., Nucl.Instrm.Methods A347, 83-86(1994).の磁気回路をFig.1に、またそのスペックをTable 2に示す。円偏光(楕円偏光も含む)と直線偏光の切り替えは、上下2列の永久磁石の位相を変えることで行う。また左右の円偏光は、最大0.5 Hzで機械的にスイッチングすることが可能である。最小ギャップは36 mm(水平偏光モード)で、光源としては1次光で0.3-3.0 keVをカバーする。円偏光モード、水平偏光モードでのアンジュレータ放射のスペクトルをFig.2に示す。
Fig.1 可変偏光型アンジュレータ(APPLE 2 type)の磁石配置
Table 2 可変偏光アンジュレータの特性
Parameter | Value | ||
Type | variably-polarizing undulator | ||
Period length (mm) | 120 | ||
Number of periods (Poles) | 16 | ||
Overall length (mm) | 1920 | ||
Circular-polarization mode | |||
Magnet gap (mm) | 39 | 54 | 58 |
K value | 3.0 | 2.0 | 1.5 |
1st harm.(keV) | 0.5 | 1.0 | 1.5 |
Power (kW) | 1.1 | 0.49 | 0.27 |
phase switching (Hz) | 0.5 | ||
Horizontal-polarization mode | |||
Magnet gap (mm) | 38 | 63 | 73 |
K value | 5.5 | 2.8 | 2.2 |
1st harm.(keV) | 0.3 | 1.0 | 1.5 |
Power (kW) | 1.9 | 0.49 | 0.27 |
Fig.2 円偏光、水平偏光モードでのアンジュレータからの放射スペクトル
3. 2 光学系
光学系の構成図をFig.3に示す。軟X線を単色化するため分散光学素子として非等間隔刻線平面回折格子を用いる分光器を採用した。本分光器はSPring-8の共用ビームラインである軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)[5]〜[7][5]Iwami, M., Taniguchi, M., Suga, S. and Saito, Y., SPring-8 Annual Report, pp.57-60(1995).
[6]Taniguchi, M., Suga, S., Daimon, H. and Fujisawa, M., SPring-8 Annual Report, pp.191(1994).
[7]Y. Saito, SPring-8 PROJECT, Science Program 3, pp.67-68(1996).で開発されたものを、本ビームライン用に若干変更したものである。入射角と曲率半径の異なる2種類の球面鏡及び刻線間隔の異なる複数の回折格子を組み合わせで、0.3-1.5 keVをカバーする。エネルギー領域の軟X線を利用可能とする。エネルギー分解能は、全ての領域で10000以上と期待される。M3及びM4を除く全ての光学素子は水冷機構を有し、ビーム調整のための微調整機構を有する。またMhは、ベント機構を有する。
Fig.3 光学系配置
3. 3 ビーム輸送系及び実験ステーション構成
ビームラインの基本構成をFig.4に示す。本ビームラインは、8枚のミラーと回折格子分光器を含む分光光学系を用いて単色化及び集光された軟X線を、異なる3つの実験ステーションに導き利用研究を行う。また光軸上にM4ミラーを挿入することで、分岐したビームラインに設置された実験ステーションの利用も可能である。実験ステーションとそこに置かれる主な測定装置の構成をTable 3に示す。
Fig.4 原研軟X線ビームライン(BL23SU)の全体配置
Table 3 BL23SUの実験ステーションに設置される主な測定装置
1)アクチナイドステーション | ●磁気円偏光二色性測定装置(MCD) |
●光電子分光装置(XPS) | |
2)表面光化学ステーション | ●レーザー共鳴多光子イオン化測定装置(LASER-REMPI) |
●Auger電子-光イオンコインシデンス測定装置(AEPICO) | |
3)生物照射効果ステーション | ●電子常磁性共鳴装置(EPR) |
重元素科学用ステーションは、放射性同位元素が取り扱える非密封RI実験棟内に設置される。非密封RI実験棟は蓄積リング棟とは別建屋になるため、ビームラインは二つの建屋間を貫通する構造になる。またアクチナイド物質が安全に取り扱え、かつこれら放射性同位元素がビームライン上流を汚染することのないよう、定常的なRIの検査のためのポート、放射線計測チェンバー、試料雰囲気の上流への拡散を防ぐ液体窒素ガストラップチェンバー、さらに万一の真空破断事故時に備えた速断バルブ(FGV)3系統と衝撃波遅延機能を有する建屋間ビーム輸送パイプ等の他のビームラインには見られない特殊な装置を備える。
4.研究内容
本ビームラインにおける研究内容には三本の大きな柱がある。それらは(1)電子分光法によるアクチナイド物質の電子状態の研究、(2)軟X線をプローブとして用いた表面化学反応の研究、(3)生体分子に対する軟X線照射効果研究である。以下にこれらの研究課題の内容を簡略に述べる。
4. 1 電子分光法によるアクチナイド物質の電子状態の研究
アクチナイド元素を含む化合物はヘビー・フェルミオン現象や超伝導、さらには非常に多様な磁気秩序を見せる代表的な強相関伝導系物質であり、このような強い電子相関効果が生み出す物性を統一的に理解する基本概念の確立は固体物理の最も重要な課題の一つである。アクチナイド化合物の諸物性を担う5f 電子状態は、遍歴・局在性の観点からは、軌道角運動量がほとんど消失した遷移金属3d 電子系と、ほぼ局在したイオン状態として記述できる希土類金属4f 電子系との中間に当たると考えられている。このため電子状態を記述する有効な理論的モデルが確立されておらず、実験面でも試料の取り扱いに困難を伴うため、アクチナイド化合物の物性の起源の理解に関しては多くの未解決の問題が残されている。
一方、光電子分光法は固体の電子状態を観察する最も直接的な手法の一つであり、さらにスペクトル形状異常の形で電子相関効果に関する情報も内包している。また、放射光挿入光源からの円偏光ビームを利用することによる軟X線吸収磁気円偏光二色性の測定は、強磁性体の磁性を担う価電子状態についての局所的な情報を与える強力なプローブである。本研究では光電子分光実験装置、光吸収実験装置等を非密封RI 物質を取り扱える専用の実験棟に設置し、光源の波長可変性や偏光特性を利用した電子分光実験によってアクチナイド化合物の電子状態の詳細を調べ、諸物性を電子状態の観点から理解することを目的とする。
4. 2 軟X線をプローブとして用いた表面化学反応の研究
本テーマは「光を利用した原子レベルでの化学反応制御」の可能性を検討する。「制御」の方法の一つは選択的内殻励起による分子内の特定の化学結合切断の利用であり、もう一つは軸を配向させて単分子吸着させた単結晶表面の、励起光の偏光特性に依存した応答性の違いの利用である。近年の放射光励起ダイナミクス研究において、脱励起過程、電荷移動過程及び中性(解離)脱離過程等の素過程と光化学反応選択性との関連は未だ明らかにされていない。
そこで本テーマでは、有機金属化合物やハロゲン化合物を含めた配向した吸着分子を試料として用い、特定原子の共鳴内殻励起により起こる表面脱離をオージェ電子―光イオン―コインシデンス測定法を用いて調べる。さらにレーザー共鳴多光子イオン化と二次元MCP(Micro Chemical Plate) 検出器との組合せにより脱離中生種を直接に検出することで、解離断片の放出角度分布、内部状態分布等を調べるための方法論の開発を行う。また、気相分子の場合と比較することで、反応における凝集効果、基板との相互作用の役割についての知見を得る。以上の研究により内殻励起に起因する表面素反応過程の解明が大きく進展すると期待される。
4. 3 生体分子に対する軟X 線照射効果研究
生命にとって放射線は遺伝的変化を引き起こす危険なものであると同時に、逆に生命進化あるいは生命分子の化学的進化の原動力となる「二面性」を有すると考えられる。しかし、放射線のエネルギーを吸収した分子のどの様な変化が最終的な生物学的現象に結びつくのかは大きな未解決の問題として残されている。本テーマではこの関連し合う「二面性」を独立のテーマとして採り上げ、分子変化の観点から統一的に考察することにより、生命と放射線との関わりの問題を掘り下げる。
まず、酸素や窒素等の生体を構成する主要元素の内殻吸収端付近のエネルギーを持つ軟X線を照射し、DNA等の生体高分子中の励起・電離部位を指定したときに生じる分子変化を、最終照射生成物とこれに至るラジカルなどの中間生成物の両面から調べる。SPring-8 の高輝度特性は、これまで不可能であった短寿命のラジカルの同定・定量を、ビームラインに電子常磁性共鳴装置(EPR)を組み込むことで可能とする。
また、アミノ酸やDNA 中の糖の光学異性体の偏りに着目し、生命起源物質の生成に宇宙空間での円偏光放射が関与した可能性を探る。そのためにまずこれらの分子の円偏光二色性(CD)スペクトルを測定し、さらに照射による生成物分析実験を行うことで、左/右円偏光に依存した分子の分解・重合反応を調べる。
参考文献
[1]Kobayashi, H., Sasaki, S., Shimada, T., Takao, M., Yokoya, A. and Miyahara, Y. Proc.European Accelerator Conference'96, in press.
[2]Sasaki, S., Miyata, K. and Takada, T., Jpn.J.Appl.Phys.31, L1794-L1796(1992).
[3]Sasaki, S., Kakuno, K., Takada, T., Shimada, T., Yanagida, K. and Miyahara, Y., Nucl.Instrm.Methods A331, 763-767(1993).
[4]Sasaki, S., Nucl.Instrm.Methods A347, 83-86(1994).
[5]Iwami, M., Taniguchi, M., Suga, S. and Saito, Y., SPring-8 Annual Report, pp.57-60(1995).
[6]Taniguchi, M., Suga, S., Daimon, H. and Fujisawa, M., SPring-8 Annual Report, pp.191(1994).
[7]Y. Saito, SPring-8 PROJECT, Science Program 3, pp.67-68(1996).
横谷 明徳 YOKOYA Akinari
昭和36年12月9日生
日本原子力研究所・理化学研究所
大型放射光施設計画推進共同チーム
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町SPring-8リング棟
TEL:07915-8-0839
FAX:07915-8-0830
E-mail:yokoya@spring-8.or.jp
略歴:平成3年筑波大学大学院博士課程生物科学研究科単位取得退学、同年日本原子力研究所研究員、博士(理学)。日本生物物理学会、日本放射線影響学会、日本放射光学会会員。最近の研究:内殻光励起による生体分子の特異的分子変化。