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Volume 01, No.3 Pages 35 - 37

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

「SPring-8利用に関する理論ワークショップ」を終えて

菅野 暁

理化学研究所 研究顧問

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 日本原子力研究所・理化学研究所大型放射光施設計画推進共同チームおよび財団法人高輝度光科学研究センター主催の標題のワークショップが、6月6日(木)〜8日(土)にわたり、兵庫県立先端科学技術支援センターにおいて、開催された。招待講演者の数は33名で、申し込みによる一般参加者の数もほぼ同数であった。

 このワークショップは次のような趣旨のもとに、 SPring-8が建設されている播磨科学公園都市の比較的近くにおられる何人かの物性理論屋に準備委員(表1)としてお集り願ってプログラムを作成した。即ち、SPring-8を直接使用するのは実験研究者であろうが、最近、基礎分野だけでなく応用分野でも大きな貢献をしている理論研究者にも新しいSPring-8の利用に関心を寄せてもらって、大きな公共投資のもとでスタートする研究施設の価値を少しでも高めて貰おうというのがその趣旨である。開催時期を施設が動き始める少し前に選んだのは、初期のSPring-8利用計画がすっかり固まってしまわない中に、利用に関する革新的なアイデアーを伺っておいた方がよいと考えたからである。大部分の理論屋さんはSPring-8と初対面なので、その建設に協力してこられた実験屋さんの前で、自由な発言を遠慮されるようなことがあっては面白くないと考え、とにかく初回のワークショップの招待講演者は、施設全体の説明をお願いした植木さんを除いて、理論屋さんに限ることにした。このような配慮が効果を挙げたのか、無用であったのかについては、次に述べる内容の報告からご判断頂きたい。

 

表1 準備委員会

氏 名 所  属 住   所
池田 研介 立命館大学工学部 〒525 草津市野路町1916
小口多美夫 広島大学理学部 〒739 東広島市鏡山1-3-1
張 紀久夫 大阪大学基礎工学部 〒560 豊中市待兼山町1-3
馬越 健次 姫路工業大学理学部 〒678-12 赤穂郡上郡町金出地1469-1
吉森 昭夫 岡山理科大学 〒700 岡山市理大町1-1
植木 龍夫 SPring-8 〒678-12 赤穂郡上郡町 SPring-8 リング棟
大野 英雄 SPring-8 〒678-12 赤穂郡上郡町 SPring-8 リング棟
菅野 暁 理化学研究所 〒678-12 赤穂郡上郡町 SPring-8 リング棟

 

 放射光を物質(表面、超微粒子、複雑な有機物質、生体物質)の原子構造とか電子構造を探るためのプローブとして用いる場合、実験で得られる信号と原子・電子構造とを結び付ける非経験的な計算科学の発達が不可欠である。今回のワークショップでは、当然ながら最近高度に発達した計算物理の成果を踏まえた、このような問題に関する講演が多かった。特に光励起状態に関する成果を踏まえて、放射光を用いた新しい物質相の創造が大きな話題の一つになっていた。話題になった物質相としては共有結合性を持つもの(半導体など)が多かった。非経験的計算の精度に裏付けされた理論研究者の、SPring-8の利用に関する考えはかなり積極的で、新物質創造のためのビームラインの設置を望む理論屋の強い声が印象的であった。

 オーソドックスな高輝度放射光の利用法としては、高次の光学過程の研究が考えられる。この研究は日本の光物性の理論グループが得意とするところで、ここで話された先行した仕事は放射光実験研究者にも馴染みのものであろう。表2のプログラムをご覧になるとわかるように、その他光と物質の相互作用に由来する数々の興味ある現象(共鳴ブラッグ散乱、フォトニックバンド等)が、その分野を専門とする理論屋によって語られた。このような話のある部分は実験研究者にもよく知られ、既にSPring-8利用計画の中に取り入れられている。

 

表2 SPring-8利用に関する理論ワークショップ

日 時 プ  ロ  グ  ラ  ム 氏 名 所 属
6月6日(木)
13:45 理論ワークショップについて 菅野 暁 理研
14:00 SPring-8計画について 植木龍夫 共同チーム
(座長:吉森昭夫)
14:30 半導体不純物欠陥系における電子励起移動を用いた新物質相へのデザイン 吉田 博 阪大産研
15:00 半導体エピタクシャル成長の機構:ミクロな構造とマクロな形態 押山 淳 筑波大物理
15:30 共有結合性元素からなる階層構造を持つ物質系の電子構造と物性 斎藤 晋 東工大理
16:00 休憩(事務連絡)
(座長:馬越健次)
16:30 Ru(001)表面吸着PF3一量子歯車? 加地博子
垣谷公徳
吉森昭夫
岡理大工
17:00 脳活動の光計測技術と皮質地図のトポロジー解析 田中 繁 理研
17:30 相転移研究と放射光 川村 光 京工繊大
(座長:豊沢 豊)
20:00 ランプ・セッション(交流サロン)
軽元素半導体の内穀励起状態における電子移動と原子移動 菅沼洋輔 大阪府大工
6月7日(金)
(座長:池田研介)
8:30 共鳴ブラッグ散乱の理論 張紀久夫 阪大基礎工
9:00 高エネルギー域のフォトニックバンド 大高一雄 千葉大工
9:30 遷移状態カオス 戸田幹人 京大理
10:00 表面における原子プロキシミティー場の諸現象 塚田 捷 東大理
10:30 休憩
(座長:張起久夫)
11:00 固相反応理論 里子允敏 日大文理
11:30 バイブロニック相互作用と幾何学的位相 小泉裕康 姫工大理
12:00 断熱近似を越えたダイナミックスとカオス 中村勝弘 大阪市大工
(座長:塚田 捷)
13:30 半導体のコアー励起子効果 花村栄一 東大工
14:00 X線発光スペクトル 小谷章雄 東大物性研
14:30 光電子、オージエー電子運動エネルギー不平等分配の動力学 岩野 薫
那須圭一郎
高エネ研
15:00 スピンと表面物理 田村英一 融合研
15:30 SPring-8見学(説明者:植木龍夫、中井雄章、原雅弘)
17:00 懇親会
6月8日(土)
(座長:小口多美夫)
8:30 クラスターの励起状態計算 大西楢平 NEC基礎研
9:00 強相関係の電子状態と偏極シンクロトロン放射 城 健男 広大理
9:30 ペロブスカイト型遷移金属化合物の光電子スペクトルと光伝導 浜田典昭 東京理科大
10:00 遷移金属クラスターの光電子分光 山口 豪 静大工
10:30 休憩
(座長:菅野 暁)
11:00 遷移金属合金の磁性とMCD 小口多美夫 広大理
11:30 角度分解光電子分光計算による遷移金属表面の解析 石井 晃 鳥取大工
12:00 将来の展望 豊沢 豊 中央大理工

 

 よい放射光源が得られるようになると共に、クラスターをはじめとする少数多体量子系のダイナミックスが盛んに研究されるようになり、従来の統計的な反応論に対しカオス的な考えの導入が重要になることが指摘された。このような話は放射光実験研究者にとってそれ程馴染みのあるものではないが、将来放射光を用いた化学反応、触媒反応研究などに関連して重要な分野となると思われる。

 少し変わった話として、結晶表面に回転する歯車のような3角形分子をばらまき、磁性の統計理論を用いてその性質を論ずる試みが紹介された。又、従来の電子対の形成を考える超伝導理論に対して、ヤーンテラー中心が周期的に並んだ結晶で、バイブロニックな相互作用で超伝導が現れ得ることを、ベリー相を用いた理論形式で示した話があり出席者を興奮させた。放射光を用いたこの理論の検証として、スペクトル線の広がりを見る方法が提案された。

 生物体に関する研究としては、放射光を用いた蛋白質の原子構造の決定の他に、光計測技術を用いた、時代の先端をいく脳活動研究に関する興味深い紹介があった。現段階でのこの研究は、外界からの刺激に対するニューロン集団の反応を可視領域の光信号として測定するものであるが、将来放射光を利用した新しい進展が見られることを期待したい。

 このワークショップに出席された理論屋さんは SPring-8の利用について大変積極的で、次回には是非多くの実験屋さんの出席を仰いで、もう少し煮詰めた議論を闘わせるのもよいのではないかと感じた方も多かったと思う。最後のまとめを引き受けて下さった豊沢さんから、会の終了後お手紙を頂いたが、その中に「理論ワークショップは、内容的にも多彩で、また理論家のみの気楽さということもあって、なかなかよい雰囲気でした。考えてみれば、巨大実験装置の完成を前にして理論家だけで語り合う、というのは誠にユニークな企画でした。」という感想も述べられていた。

 

 

 

菅野 暁 SUGANO Satoru

1928年4月29日浜松生

1952 東大理学部物理卒

1952 NHK技術研究所研究員

1956 東大理学部助手

1959 ベル電話研究所研究員

1961-1989 東大物性研究所助教授、教授

1966-67 コロラド大学客員教授

1986 4-9 パリ大学Vll客員教授

1989 東京大学名誉教授

1989-1994 姫路工大理学部教授、学部長

1994 姫路工業大学名誉教授

1994 理化学研究所研究顧問、現在に至る

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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