Volume 01, No.3 Pages 19 - 23
2. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
SPring-8挿入光源開発状況
1.はじめに
SPring-8は、世界最高の8 GeVのビームエネルギーを実現する第3世代蓄積リングである。第3世代リングの光源の主役はアンジュレータであるが、SPring-8では、高いビームエネルギーと真空封止挿入光源技術を組み合わせることにより、硬X線領域でのアンジュレータ基本波放射を可能にする。以下、SPring-8挿入光源開発の現状(主に真空封止標準型アンジュレータ1号機のテスト結果)について報告する。
2.SPring-8における挿入光源開発
SPring-8の8 GeVのビームエネルギーと、低エミッタンスを有効に活用して高輝度な光を得ると同時に、光学系への熱負荷を減少させるため、SPring-8ではアンジュレータが挿入光源の主役となる[1][1] “Insertion devices for third-generation light sources,” H. Kitamura, Rev. Sci. Instrum, 66(2), 2007(1995).。軸上のアンジュレータ放射光エネルギーは、以下の式で与えられる。
ここで、Ephotonは放射光エネルギー、nはn次高調波、hはプランク定数、cは光速、Ebeamはビームエネルギー、λu及びKはアンジュレータ周期とKパラメータ(K=93.4Bu[T]λu[m]、Buはアンジュレータピーク磁場)、me,eは各々電子の静止質量及び電荷である。この式から、放射光エネルギーを上げようとすれば、高いビームエネルギーと短いアンジュレータ周期が必要であることがわかる。しかし短いアンジュレータ周期を実現させるために磁石のサイズを小さくすると、得られる磁場の大きさも減少するため、なるべくギャップ(アンジュレータ上下の磁石列間距離)を近づけなければならない。従来のアンジュレータのように真空チャンバーの外に磁石列を置いた場合、ギャップ距離がチャンバーの高さによって制限されるため、考えられたのが真空封止型アンジュレータである。図1に真空封止型アンジュレータの断面図を示す。真空チャンバー内に磁石列が入り、電子ビームは磁石表面のすぐ側を通る。磁石列は、リニアベアリングを介して上下の鉄製のⅠビームに直接つながれており、ギャップ変化時には磁石列と鉄製Ⅰビームは同時に動く。それに対し真空チャンバーは、鉄製Iビームとはベローズを介してフリーになっていて、ギャップ値に関わらず常に架台に固定されている。
図1 真空封止アンジュレータ断面図
SPring-8では、軟X線領域やウィグラーを除く挿入光源はすべて真空封止型となる。挿入光源は基本的に1.5 m長のユニットに分かれ、各ユニットの架台や駆動部分は標準化されている。例えば、5720 mmの直線部に3ユニットを並べて4.5 m長の挿入光源とすることもできるし、また、1.5 mユニット2台をタンデムに配置することもできる。これらの標準化は、挿入光源の製作、将来の磁石列の交換やメンテナンスなども容易にする。
3.真空封止標準型アンジュレータ1号機の開発状況
真空封止標準型アンジュレータは、現在SPring-8における挿入光源の大半を占める。1号機は、95年10月にSPring-8に搬入され、磁石ユニットの取り付け、磁場調整等の作業を開始した。この1号機では、各作業の手順や測定システム等の確立も同時に行った。表1、図2に、真空封止標準型アンジュレータのパラメータ及び1号機の外観写真を示す。
表1 真空封止標準型アンジュレータ1号機のパラメータ
タ イ プ | ピュアマグネット、Halbach |
---|---|
周期長 | 32 mm |
周期数 | 140 |
最小ギャップ | 8 mm |
最大磁場 | 0.82 T |
最大K値 | 2.45 |
基本波エネルギー | 4.8~18 keV |
偏光 | 直線 |
図2 真空封止標準型アンジュレータ1号機
実際の磁石関連の製作、作業手順は、以下のようなものである。
(1)磁石のコーティング、着磁
(2)各磁石のエージング
(3)各磁石の磁荷を測定し、最適な磁石配列を求める
(4)磁石を磁石列に組み込む
(5)磁場測定を行い、チップ磁石を用いて磁場分布の調整を行う
(6)真空チャンバー、形状変換部(トランジッション)の組み付け
(7)真空テスト
上の手順で(1)~(4)までは住友特殊金属で、(5)~(7)についてはSPring-8サイドで行った。
3.1 TiNコーティング、エージング
真空封止型アンジュレータでは、真空チャンバー内に磁石列をいれた状態で、リングと同じ超高真空を達成する必要がある。このため、各磁石には全て5 μm厚のTiNコーティングを施してある。TiNコーティングは金色で、マグネットからのガス放出やマグネット表面の酸化を防ぐ。従来のNiコーティングに対して、TiNコーティングの利点は硬く、またイオンプレーティングでコーティングを行えるため、磁石の角を落とす必要がない。角を丸めることは磁場分布のエラーにつながり、磁石サイズが小さくなればなるほど重要な問題となる。
また、着磁後のマグネットはすべて145度付近で数日間エージングを行い、真空引きの前に行うベーキング時の温度上昇に対する減磁を防いでいる。
3.2 磁場調整
アンジュレータの各磁石について、着磁後その表面磁束密度と磁化角度を測定し、そのデータを用いてどの磁石をアンジュレータのどの位置にもっていればよいかを最適化する。そして、得られた磁石配列に基づいて、アルミビーム上にホルダーに入れた各磁石を並べていく。しかし、個々の磁石の測定結果をもとに最適化しても、実際に磁石列に組み込むと、周囲の影響で更に磁場の調整が必要となる。
ESRFで開発されたシム板による磁場調整の方法[2][2] “New technics for the developement of high quality Uudulators for Synchrotron Sources,” J. Chavanne, E. Chinchio and P. Elleaume, ESRF-SR/ID-89-27(1989).は、一般によく用いられているが、真空封止型挿入光源の場合、シム板(特にphase shimmingの場合)を磁石表面に置くと凹凸ができ、ビームに悪影響を及ぼす恐れがあるため好ましくない。そこでSPring-8では、磁石ホルダーの裏側に3つの穴を開け、そこに小さなチップ磁石をいれることで個々の磁石の磁場を調整している(図3)。1つの穴には、最大2つのチップ磁石を入れることができ、例えば、ある磁石の磁場が弱ければその磁石の裏の穴にチップ磁石を吸引方向に、強すぎれば反発方向にいれる。調整量は、入れるチップ磁石の個数や、位置によって変えられる。図4に、調整前後のアンジュレータ磁場の2次積分(ビーム軌道に対応)を示す。
図3 磁石ホルダー裏面チップ磁石挿入用穴は中央3つ
図4 磁場調整前後でのビーム軌道(2次積分)
アンジュレータ全体にわたってのビーム軌道の傾きは、端部補正磁石やステアリングで直せるため、磁場調整ではアンジュレータ内でのビーム軌道のキックに特に重きを置いて調整している。実際の磁場分布をフーリエ変換して光のスペクトルを計算すると、低次の高調波強度は調整前後でそれほど差がない。しかし、偶数次の高調波や高次の高調波については、調整前後で大きくスペクトルは改善されていることがわかる。図5は、ギャップ15 mmでの磁場分布測定結果をもとに計算した9次高調波のスペクトルを、調整前後で比較したものである。
図5 磁場調整前後での9次高調波スペクトル
3.3 形状変換部(トランジッション)
真空封止型アンジュレータでは、ビームが直接磁石列表面の側を通るため、なるべくビームに対するインピーダンスを下げるようにしなければならない。まず、アンジュレータ出入口でのビームインピーダンスを軽減するため、磁石列端と端部真空チャンバーフランジ間に、BeCu製の形状変換部(図6)を取り付け、スムーズにビームのイメージ電流が流れるようにしてある。形状変換部は、万が一切れた場合や、ギャップ変化時に弛んでビー ムに触れないように、上下に軒を出して2点で外側に吊っている。また、磁石列表面の凹凸を減らしビームへの悪影響を防ぐため、磁石列の表面はSUSフォイルで覆ってある。
図6 形状変換部(トランジッション)
3.4 真空テスト
真空封止型アンジュレータのチャンバー内には、磁石などいろいろなものが入っているため、そのベーキング作業はかなり複雑なものとなる。
まず温度上昇による減磁を避けるため磁石温度は135度以下に保ちつつ、外側の真空チャンバーの温度を180度程度に上げなければならない。温度上昇時に問題となるのは、真空チャンバー(SUS製)と磁石列を取り付けているアルミビームの、熱膨張係数の違いである。両者は相対的に動く可能性があるため、チャンバーと磁石列取付ビームは各々アンジュレータ中央1点で固定されている他は、リニアベアリングとベローズによって、アンジュレータの長さ方向には互いに自由に動くようになっており、熱膨張によるチャンバーと磁石取付アルミビームの相対的な動きを吸収する。
しかしながら、磁石列端と端部真空チャンバー間には形状変換部が張られているため、両者の相対的な動きはある程度抑える必要がある。チャンバーと磁石列取付ビームの温度によっては形状変換部が引っ張られ、最悪の場合切れる可能性がある。1号機の今回のベーキングの時は、形状変換部をまだ取り付けていなかったが、ダイヤルゲージでチャンバーとアルミビームの熱膨張の差を計り、形状変換部にかかる伸びを、1 mm程度以下に抑えながらベーキングを行った。特に温度上昇時には、チャンバー内面からの輻射熱だけでは、磁石部の温度がなかなか上がらず、チャンバーの温度のみが上がり、チャンバーだけが伸びて形状変換部が引っ張られる。このため、磁石列取付アルミビームの回りの銅管に温水を流して磁石列とアルミビームを直接加熱し、チャンバーとの熱膨張差が出ないように、チャンバーと磁石列取付ビームの温度をコントロールした。(磁石列はチャンバー内でいわば真空断熱されているため、リングオペレーション時になんらかの原因で磁石温度が上昇するのを防ぐ目的で、磁石列取付ビームの回りには銅の冷却水管が巻かれている)。温度平衡時には、チャンバー温度約180度、磁石温度(磁石取付ビーム温度)約130度で、ほぼ両者の熱膨張がキャンセルされる。この時も、チャンバーからの熱の移入によって、磁石の温度が130度よりも上昇してしまうのを防ぐため、電磁弁を温調器でコントロールして銅管に冷却水を流し、磁石温度を一定に保った。
4.5 m長の真空封止型アンジュレータには、イオンポンプ6台と非蒸発型ゲッターポンプ12台がついている。1号機では48時間のベーキングを2回行ったが、1回目は、チャンバーの溶接部から漏れが見つかったため真空テストを行えなかった。2回目のベーキング後の真空テストでは、最終到達真空度は2.3×10-11[torr]に達し、アンジュレータの真空システムには問題がないことが確認された。図7にテスト時の真空度の変化を示す。
図7 真空封止標準型1号機の真空度
4.今後の予定
96年6月現在、真空封止標準型アンジュレータ1号機(BL41XU生体高分子結晶構造解析ビームライン用)については、ほぼすべての作業を終わり、あとはリングへの設置を残すのみとなっている。また、SPring-8のコミッショニングに先駆けて、ESRFへ真空封止ハイブリッド型アンジュレータを送り、96年7月末に実際のビームを用いた試験を行う。SPring-8では、96年12月までに4台、そして97年9月のビームラインコミッショニングまでにさらに6台の挿入光源をリングに設置する予定である。
[1] “Insertion devices for third-generation light sources,” H. Kitamura, Rev. Sci. Instrum, 66(2), 2007(1995).
[2] “New technics for the developement of high quality Uudulators for Synchrotron Sources,” J. Chavanne, E. Chinchio and P. Elleaume, ESRF-SR/ID-89-27(1989).
原 徹 HARA Toru
昭和41年5月12日生
理化学研究所大型放射光施設計画推進本部
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町
TEL.(07915)8-0835
FAX.(07915)8-0830
平成元年東京大学工学部原子力工学科卒業、平成4年同大学院工学系修士課程修了、平成7年パリ第11大学大学院博士課程修了。平成2~3年MIT客員研究員、平成5~7年フランスCEA博士研究員。平成7年9月理化学研究所入所、現在に至る。理学博士。最近の研究:蓄積リングの挿入光源、自由電子レーザー。
田中 隆次 TANAKA Takashi
昭和44年8月21日生
京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻、平成4年京都大学工学部原子核工学科卒業、平成6年同大学院工学研究科修士課程修了、現在同大学院博士課程在籍中。平成6~8年理化学研究所高度技術研究生。最近の研究:挿入光源の開発。
北村 英男 KITAMURA Hideo
昭和22年6月23日生
日本原子力研究所・理化学研究所 大型放射光施設計画推進共同チーム
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町
TEL.(07915)8-0831
FAX.(07915)8-0830
昭和45年京都大学理学部卒業、昭和51年8月同大学院修了、同年9月東大物性研助手、昭和55年5月高エネルギー物理学研究所放射光施設助手、平成2年4月教授。平成5年理化学研究所主任研究員(兼務)。理学博士、日本物理学会、日本放射光学会会員。最近の研究:挿入光源、自由電子レーザー。今後の抱負:第4世代放射光源の開拓。ピアノ音楽鑑賞、スパイもの、法廷ものビデオ鑑賞が趣味。