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Volume 29, No.2 Pages 91 - 93

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告
超高圧下における鉄合金の特性とコアの軽元素組成の制約
Properties of Iron Alloys Under Ultrahigh Pressures and Constraints on Earth’s Core Composition

廣瀬 敬 HIROSE Kei

東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo

Abstract
 本研究は、ダイヤモンドアンビルセルを用いた超高圧高温実験により、「地球コアの化学組成(軽元素組成)」を制約することを大きな目的とした。1952年にF. Birchによって、コアには鉄とニッケルに加え、多量の「軽元素」を含むことが明らかにされたものの、70年近く経過した今でもその正体は不明とされ、地球科学の第一級の問題として残されている。この目的に沿った長期利用課題を遂行した結果、特に地球コア中の有力な軽元素である水素に着目した鉄–水素合金の研究(状態図、分配係数)が大きく進んだ。鉄–水素合金の状態図はこれまで実質存在しておらず、その新規性、コア組成解明に向けた貢献度は大きい。これらの新しい実験データに加え、既に明らかになっている他の軽元素に関するデータや始原的な隕石の組成も総合的に考えると、内核境界の温度が5400 Kである場合、コア組成はFe + 5 wt% Ni + 1.7 wt% S + 1.0–1.6 wt% Si + 2.9–4.4 wt% O + 0.20–0.44 wt% C + 0.19–0.32 wt% H (Fe0.69–0.70Ni0.04S0.02Si0.02–0.03O0.08–0.12C0.01–0.02H0.08–0.14)の狭い範囲に制約され、地球コア中では水素と酸素が主要な軽元素であることがわかった。この結果は、地球の形成、進化、そして現在のコアの状態に関して、重要な意味を持っている。加えて、当初計画していなかった成果として、地球下部マントルにおけるSiO2相への水の溶解度が、コア直上(マントルの底)の高温下でも極めて大きいことがわかった。このことは、深部マントルでの水のリサイクルを理解する上で重要な発見である。
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1. はじめに
 地球科学の長年の大きな課題である、地球コアの化学組成(軽元素組成)の制約は、本来、鉄合金の密度・地震波伝播速度・状態図などと地震学的観測との比較から、解決可能な課題である。コア中の主要な軽元素の候補は硫黄・ケイ素・酸素・炭素・水素の5つとされる。これら5つの軽元素の量を決めるのに、外核と内核の地震波観測と比較可能な特性は5つ、状態図・溶解度・元素分配からの制約が3つある。しかしながら現在でもコアの化学組成が不明とされる理由は、コアの超高圧・高温下の実験が容易ではないこと、固体に比べて液体の実験が難しいこと、水素を含む系の高圧実験はハードルが高いことにある。
 一方で、コアの軽元素組成を制約する意義は実に大きい。まず、コアの質量は地球全体の3分の1もあり、コアの中で軽元素は原子比で3割にもなる。コアの軽元素が明らかになれば、地球全体の軽元素の量も初めて解明される。これにより、惑星形成時に、地球にどういう物質が集積したのか、太陽系の地球より外側からどれだけの水や有機物が、どのタイミングで輸送されてきたのか、といった「地球の起源」の理解も大きく進む。また、鉄合金の融解温度や物性は軽元素組成に強く依存するため、現在のコアの状態や熱史の理解が大きく進む。現状、コアの温度推定値は1,000度以上もの差がある。これはマントル深部の状態の理解にも大きな影響を及ぼす。また、鉄合金の熱伝導率は軽元素組成次第で倍以上の差が生まれる。これではコアの対流メカニズムや、内核の年齢も含めた冷却史を知ることも難しい。
 われわれは長期利用課題として、データが特に不足している鉄–水素合金を中心に、また水素と並んで、コアの観測を最もよく説明するとされる酸素にも注目しつつ、主にコアの圧力下で以下の測定を行った。具体的には、以下の方法でコアの軽元素組成の可能な範囲を制約した。

・A)液体鉄合金の密度を得て、液体コア(外核)の地震波観測と比較する

・B)鉄合金の状態図を得て、内核を結晶化する外核の組成範囲を制約する

・C)液体金属から固体鉄への軽元素の分配を得て、外核と内核の可能な組成範囲を同時に制約する

・D)金属–シリケイト間の軽元素の分配を得て、マントルに残された各軽元素の濃度から初期コアの組成を計算する

加えて、以下の研究結果から、水を持ったままマントルの底へ沈み込んだ海洋プレートからは水が放出されないことがわかった。

・E)地球下部マントルにおけるSiO2相中への水の溶解度とシリケイトメルトとの水分配

 

 

2. 得られた成果
A)液体鉄合金の密度

 以前自らのグループで開発した、液体が出すXRDシグナル(ハローパタン)から液体の密度を正確に決定するための手法[1][1] Y. Kuwayama et al.: Phys. Rev. Lett. 124 (2020) 165701.を用いて(図1)、高圧下でのみ存在する、液体Fe-Hの密度を102万気圧・3820 Kまで決定することに成功した。

 

図1 溶融Fe-H(赤)とそれを急冷してできた固体Fe-H(黒)のXRDパタン。両者の差分からさらに固体Fe-Hや圧力媒体のKClのピークを取り除いたものが液体Fe-Hからのシグナル(青、diffuse signal)。

 

 

 

 また、実験で得られた液体Fe-Hの密度と、状態方程式から計算される縦波速度の両方を地球外核の観測値(PREM)と比較すると、過去の理論予測とは異なり、軽元素が水素のみでは観測を説明できないことがわかった(図2)。このことは、コア中の軽元素組成の推定に極めて重要な意味を持つ。

 

図2 液体Fe-Hの密度・縦波速度と地球外核の地震波観測(×印)の比較。液体Fe+0.9 wt%Hは、観測される密度を説明するが、その縦波速度は観測よりやや遅い。ρ:密度、Vp:縦波速度

 

 

B)液体鉄合金の状態図
 水素はコアの最も有力な軽元素の一つでありながら[2][2] S. Tagawa et al.: Nat. Commun. 12 (2021) 2588.、Fe-FeH系の状態図はよくわかっていない。常圧下では水素が金属鉄にほとんど入らないことがその主な理由である。そこで本長期利用課題ではFe-FeH系、およびFe-H-O系の、主に融点以上の状態図を、130万気圧までの超高圧下で決定することができた。さらに前者については熱力学モデルを構築し、地球内核条件まで外挿した。これらは外核中の水素量や温度、外核と内核の間の水素の分配を制約する上で重要である。また、コアの軽元素として重要な水素と酸素を含む、Fe-H-O三成分系のリキダス相関係(ここでは最初に結晶化する固体相ごとに液体の組成範囲を示したもの)を得て(図3)、Fe-1.7 wt%S-Si-H-O系での外核の可能な組成範囲を制約することに成功した[3][3] K. Oka et al.: Geophys. Res. Lett. 49 (2022) e2022GL099420.(図4)。ここではコア中の硫黄量は始原的隕石の組成を参考に1.7 wt%とした。またニッケル量は5–10%と推定されているが、ニッケルと鉄は似たような化学的性質を持つため、ここでは鉄と区別して扱っていない。

 

図3 Fe-H-O三成分系のリキダス相関係。共存している固体相ごとにシンボルを変えて、実験で得られた液体の組成を示す【丸はFeO(白塗りは炭素が多く含まれていたもの)、ダイヤはFe、四角はそれら両者が共存する固体相】。これらのデータを基に、固体Fe、FeO、Fe-Hがそれぞれ結晶化する液体組成の範囲を示す。地球の内核が形成されるには、Feとラベルされた範囲に外核組成が存在する必要がある。

 

図4 Fe-1.7 wt%S-Si-H-O系での外核の可能な組成範囲(カラー部分が外核の観測とリキダス相関係から制約される組成、黒枠は可能とされる内核組成から計算される外核組成、両者が交わる部分が外核の可能な組成範囲)。

 

 

C)液体金属から固体鉄への軽元素の分配
 上に記したFe-H-O系の融解実験において、液体金属と固体鉄間の水素の分配係数を明らかにした[3][3] K. Oka et al.: Geophys. Res. Lett. 49 (2022) e2022GL099420.。また、Fe-FeHの2成分系においても、同様の分配係数(固体/液体でおよそ0.7)が得られた。このことは、酸素が水素の分配係数にほとんど影響しないことを示している。これらによって、外核中の主要な軽元素である水素は内核においても重要であることがわかった。

 

D)金属–シリケイト間の軽元素の分配
 液体金属–溶融シリケイト(ここでは地殻やマントルを代表する、SiO2を主成分とするもの)間の分配を、複数の軽元素について同時に(水素+炭素、水素+炭素+硫黄)測定する実験を行った。その結果、ダイヤモンドアンビルセルを用いた先行研究よりもかなり高い分配係数(大容量マルチアンビル装置を用いて得られた低圧の実験結果と整合的)が得られた。また、水素が炭素/硫黄の分配係数を大きく低下させること、つまり軽元素間に強い相互作用がある(他の軽元素が存在することによって、分配係数が大きく変化する)ことがわかった。これら地球コアがマントルから分離する際の分配係数とマントル中に残された水素(水)・炭素・硫黄量から、コア中のそれぞれの元素の濃度を求めることにより、地球初期のコアの軽元素組成を推定した。
 これらA~Dの実験結果と、既に明らかになっている他の軽元素に関するデータも総合すると、コア組成はFe + 5 wt% Ni + 1.7 wt% S + 1.0–1.6 wt% Si + 2.9–4.4 wt% O + 0.20–0.44 wt% C + 0.19–0.32 wt% H (Fe0.69–0.70Ni0.04S0.02Si0.02–0.03O0.08–0.12C0.01–0.02H0.08–0.14)の狭い範囲に制約され、水素と酸素が主要な軽元素であることがわかった。また地球形成時に、海水の20–40倍相当の大量の水が運ばれてきたこと、そしてその水のほとんど(>92%)は水素としてコアにあることがわかった。
 最後に以下は、地球下部マントルへ沈み込んだ地殻物質中に含まれるSiO2相中の水に関する研究を紹介する。

 

E)最下部マントルにおけるSiO2相への水の溶解度と分配
 近年、本来無水鉱物であるはずのSiO2の高圧相に、wt%レベルの水が溶解することが報告され、大きな話題になっている。上記D項の実験の際、たまたまシリケイトメルトの周囲を取り囲むSiO2相に水がたくさん含まれていることに気付き、両者の分配係数を測定する(図5)と同時に、本長期利用課題でCaCl2型の結晶構造を持つSiO2相の構造の歪みを測定し、含水量と強い相関があることを見出した(図6)。従来、水を持ってマントルの底まで沈み込んだSiO2相は、最下部マントルの高温下で脱水し、その水がコア–マントル境界域で大きな化学的不均質を生むと考えられてきた。しかし本研究の結果、wt%レベルの水を持ったSiO2相はマントルの底でも脱水せず、沈み込んだ海洋プレートから水は放出されないことがわかった。このことは、水のリサイクルと最下部マントルの地震学的異常の成因を理解する上で、極めて重要である。

 

図5 SiO2相および共存するシリケイトメルト中の含水量。点線は共存するSiO2相とメルトを示す。SiO2相への分配係数が120 GPaを超えるマントル最下部では1を超える(水がメルトよりもSiO2相に入りやすい)ことがわかる。

 

図6 CaCl2型のSiO2相中の含水量と構造の歪み(縦軸)との強い相関。

 

 

参考文献
[1] Y. Kuwayama et al.: Phys. Rev. Lett. 124 (2020) 165701.
[2] S. Tagawa et al.: Nat. Commun. 12 (2021) 2588.
[3] K. Oka et al.: Geophys. Res. Lett. 49 (2022) e2022GL099420.

 

 

 

廣瀬 敬 HIROSE Kei
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
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TEL : 03-5841-4574
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