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Volume 28, No.2 Pages 108 - 112

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

SACLA BL1における軟X線FEL集光・結像システムの開発
Development of Focusing/Imaging System at SACLA BL1

本山 央人 MOTOYAMA Hiroto[1]、江川 悟 EGAWA Satoru[1]、山口 豪太 YAMAGUCHI Gota[2]、木村 隆志 KIMURA Takashi[3]、三村 秀和 MIMURA Hidekazu[1]

[1]東京大学 先端科学技術研究センター Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo、[2](国)理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム RIKEN SPring-8 Center、[3]東京大学 物性研究所 Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo

Abstract
 ウォルターミラーは、ハイスループットかつ色収差なく軟X線ナノ集光・結像が可能な光学素子である。従来作製困難とされてきたウォルターミラーの製造プロセスを確立し、軟X線ナノ集光・結像システムをSACLA BL1に整備した。集光システムでは330 × 540 nmの領域に集光することで1016 W/cm2を超える軟X線高強度場を生成し、非線形光学現象の観測を可能としている。結像システムではシングルショット撮影による空間分解能500 nmの透過像撮影が可能である。本稿では、集光・結像装置の概要と性能について報告する。
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1. 緒言
 光利用技術の発展は光学素子の進歩によって支えられてきた。高精度に研磨加工された光学素子が利用可能となったことで、超解像顕微鏡や重力波干渉計など、緻密な波面制御を要する先端光技術が実現された。当然、光の波長が軟X線領域に及んでも光学素子の重要性は変わらない。軟X線領域では、高い透過率と屈折率を両立する材料が存在しないため、集光素子としてミラーが広く用いられている。
 軟X線領域の優れた集光素子として、回転楕円ミラーが古くから知られている[1][1] J. Voss et al.: J. X-Ray Sci. Technol. 3 (1992) 85-108.。楕円曲線を長軸に関して1回転させた回転体形状の内面を軟X線が反射する。短手方向に高湾曲な形状を実現できるため、焦点距離の短い(=高NA)設計が可能となる。硬X線と比べて波長の長い軟X線領域においては、ナノ集光を実現する唯一の光学素子であると言える[2][2] H. Motoyama, T. Saito and H. Mimura: Jpn. J. Appl. Phys. 53 (2014) 022503.。発表された当時は加工・計測技術が律速となり、ナノ集光素子として実用化には至っていなかったが、近年、三村らによって開発されたナノ精度形状転写プロセスにより、ミラー製造に関する課題が克服された[3, 4][3] H. Mimura et al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 093104.
[4] T. Kume et al.: Rev. Sci. Instrum. 90 (2019) 021718.
。同技術をもって製造されたニッケル製の回転楕円ミラーは、全体形状精度50 nm程度を達成し、照射領域のみに注目すると形状精度は20 nmを上回る。SPring-8やSACLAの軟X線ビームラインに導入され、軟X線非線形光学現象の観測や磁区構造の高分解能走査型顕微鏡などに利用されている[5-7][5] H. Motoyama et al.: J. Synchrotron Radiat. 26 (2019) 1406-1411.
[6] Y. Kubota et al.: Appl. Phys. Lett. 117 (2020) 042405.
[7] Y. Takeo et al.: Appl. Phys. Lett. 116 (2020) 121102.
。回転体ミラーの軟X線領域における利用は徐々に拡大しており、その有用性が広く認知されるに至っている。
 同様の技術を用いて、ウォルターミラーが製作される(図1)。ウォルターミラーは楕円面と双曲面から構成される2回反射光学素子であり、楕円ミラーとは異なりアッベの結像条件を近似的に満たすことが知られている[8][8] H. Wolter: Ann. Phys. 445 (1952) 94-114.。結像条件を満たすことはすなわち、集光においてもアライメント時に要求される入射角度精度が格段に緩和されることを意味する。SACLA BL1用に設計された集光ミラーを例に取ると、回転楕円ミラーの場合は約10 μradの角度精度が必要であるが、ウォルターミラーの場合は数mradの設置角度で良い[9][9] S. Egawa et al.: in Advances in X-Ray/EUV Optics and Components XIV 11108 (SPIE, 2019) 1110804.。集光調整が容易になることで実験前のミラーアライメント調整時間を大幅に短縮することが可能であり、ユーザータイム中の実験効率の向上に寄与する。

 

図1 ナノ精度転写プロセスで作製された回転体ウォルターミラー。

 

 

 ウォルターミラーを用いることで得られる恩恵は集光の容易さだけではない。ウォルターミラーは、元々X線天文学分野において利用可能な斜入射結像光学系として考案された。すなわち、顕微鏡における対物レンズとして機能する。集光用ウォルターミラーで試料を照明し、透過光を試料の下流側に設置した結像用ウォルターミラーで反射させることで、2次元検出器上に透過光強度分布を結像させることができる。軟X線の短波長性と回転体ウォルターミラーの高NAを組み合わせることにより、高空間分解能な軟X線顕微鏡が実現される。
 以上のように、回転体ウォルターミラーは、軟X線FELビームラインにおいて、集光・結像装置を構築するためのキーデバイスであるといえる。集光・結像の両技術は、最も基礎的であるが故に、その適用範囲も幅広く、共用施設において汎用的なナノ集光/結像装置を開発することの意義は大きい。多くのユーザーが容易に軟X線FELナノ集光・結像技術を用いることで、非線形軟X線光学や磁性材料開発、構造生物学を始めとした多岐にわたる分野において、研究領域の拡大が期待される。
 本稿では、当研究グループがSACLA BL1においてこれまでに実施してきた、ウォルターミラーを利用した集光・結像装置の開発について紹介する。

 

 

2. 集光装置開発
 SACLA BL1において、ウォルターミラーを用いた集光装置開発を進めている。BL1で発振する基本波、およびその3倍波の利用を想定して光学設計を行った。ミラー材料には、ナノ精度転写プロセスにおいて良好な形状精度が得られるニッケルを採用した。BL1で発振する基本波とその3倍波の利用を想定し、全帯域にわたりおおよそ50%以上のスループットとなるように斜入射角度を決定した。回折限界集光サイズはおおよそ300 nm程度であり、プロトタイプとして開発した回転楕円ミラーによる集光装置と遜色のない値が得られるよう設計した。波動光学計算により、許容角度調整誤差は、数mrad程度であると見積もられた。本光学系で受光可能な最大ビームサイズは直径3 mmである。BL1の実験ハッチ入射時のビームサイズは直径10 mm以上であるが、常設集光装置のKBミラーを用いて焦点距離2 mで集光し、そこから500 mm下流にウォルターミラーを設置している。そのため、ウォルターミラー到達時のビームサイズは約1/4に縮小され直径2.5 mm程度となる。したがって、入射ビームを取りこぼすことなくウォルターミラーで反射・集光することができる。
 集光装置は、ウォルターミラー、ミラー角度調整機構、ナイフエッジ、スクリーンから構成される。ウォルターミラーは、前述のナノ精度転写プロセスにより製造される。ウォルターミラーの角度調整は真空対応のステッピングモータ駆動ステージで行われ、おおよそ20 μradの角度分解能で調整することができる。集光調整は、集光点にはシリコン製のナイフエッジを挿入した際に現れるフーコー像の強度パターンに基づいて行われる。透過光の強度分布は、蛍光スクリーン付きのMCPを用いて計測する。集光サイズは、ビーム入射時のMCP電流を強度として、ナイフエッジスキャン法により計測する。集光装置の制御、および強度分布情報の取得は、BL1の制御用PCから統合的に行うことができるよう整備した。
 集光サイズの計測例を示す(図2)。鉛直方向に330 nm、水平方向に530 nmの集光サイズが計測され、回折限界に近い集光サイズが得られた。入射ビーム強度を10 μJ、パルス幅を50 fsと仮定すると、瞬時ピーク強度は1017 W/cm2程度であると見積もられる。非線形軟X線光学研究に十分利用可能な強度が得られた。また、ミラーの設置角度誤差と集光サイズの関係(図3)より、±2 mradの許容角度誤差があることが読み取れる。ウォルターミラーの必要アライメント精度がmradレベルであることが、実験的にも確かめられた。

 

図2 計測された軟X線FEL集光プロファイル(光子エネルギー120 eV)。

 

図3 ミラーの設置角度誤差の集光サイズの関係。

 

 

3. 結像装置開発
 SACLA BL1ではウォルターミラーを用いた透過型結像顕微鏡の開発も進めている[10, 11][10] S. Egawa et al.: Opt. Express 27 (2019) 33889-33897.
[11] 江川悟:光学 51 (2022) 369-374.
。軟X線FELの高強度・短パルス性を生かすことで、本顕微鏡は高速現象の可視化はもちろん、軟X線照射ダメージの大きな有機試料の破壊前観察、高強度軟X線に誘起される非線形光学現象の観察といった特色ある観察が可能となる。図4に結像顕微鏡の模式図を示す。結像顕微鏡には照明用と結像用の二つのウォルターミラーを利用する。照明用ウォルターミラーは常設のKBミラーによって集光・発散した軟X線を再度収束して試料面に導く。入射ビーム径が小さいため、ビームは両ウォルターミラーの一部を反射する。試料面でのビーム強度を重視する場合は集光位置近傍に試料を配置し、広い視野を求める場合は集光点から十分デフォーカスした位置に試料を配置する。結像用ウォルターミラーは透過光を捉え、撮像素子面に像を形成する。

 

図4 軟X線FELとウォルターミラーを用いた透過型結像顕微鏡の模式図。文献10より許可を得て転載。©The Optical Society

 

 

 2枚のウォルターミラーのパラメータを以下に述べる。両ミラーともに作動距離は10mmである。両ミラーの開口数は0.32、瞳の内径と外径の比で与えられる開口比は0.75である。SACLA BL1のビームサイズは直径10 mmほどと大きいが、KBミラーによる集光とウォルターミラーの大開口な設計により、照明ビーム全体を取り込むことができる。照明用ウォルターミラーの縮小倍率は13.3倍、光源点-集光点間距離は500 mmである。結像用ウォルターミラーの結像倍率は165倍、試料面から像面までの距離は5000 mmである。CCDの面積と結像倍率で決まる視野は52 μm × 52 μmである。ウォルターミラーの主面は双曲面と楕円面の境界付近に位置し必然的に焦点距離が長くなるため、大きな結像倍率を得るには数メートルの結像光路長が必要となる。基本波でシングルショット撮影ができるのはもちろん、強度が2, 3桁落ちる3次高調波を照明に用いても薄い試料であればシングルショット撮影が可能である。高調波集光することで1014 W/cm2の軟X線を試料に照射することができ、非線形光学現象や破壊現象を引き起こしてその様子を観察することができる。
 テストチャートの撮影例を図5に示す。分解された構造の最小の周期はフォトンエネルギ360 eVで垂直方向250 nm × 水平方向500 nmであった。ここで、垂直方向はウォルターミラーの円周方向稜線の、水平方向はウォルターミラーの長手方向稜線の投影にあたる方向である。水平方向の試料の明部に強度むらが見て取れるが、これはテストチャートの透過率むらではなく、両ウォルターミラーの形状誤差によって生じた干渉縞が照明光の強度分布を変調した結果である。試料を退避して取得した照明光強度分布で像を割り算して照明強度を規格化することで、この強度むらはある程度補正できる。観察事例として、グラファイト粉末を観察した例を図6に示す。グラファイト片の厚さのカタログ値は10-300 nmであるが、炭素吸収端(~294 eV)を上回る360 eVで観察したため面内寸法1 μmを下回る微小な細片も含めてコントラスト良く観察できている。

 

図5 テストチャートの(a)SIM像と(b)軟X線像。文献10より許可を得て編集の上転載。©The Optical Society

 

図6 グラファイト粉末の(a)SEM像と(b)軟X線像。文献11より許可を得て編集の上転載。

 

 

4. 結言
 SACLA BL1で開発した集光・結像システムについて解説した。高い集光強度やSXFELの超短パルス性を活かして物性物理学や生物学の分野で特色ある研究への展開が始まっている。引き続きミラーの形状精度の向上やシステムの改善に努め、より多くの研究者に利用可能な体制を築きたい。

 

 

謝辞
 本研究開発は、SACLA大学院生研究支援プログラム、SACLA/SPring-8基盤開発プログラムから多大な支援を受け、また、多くの研究者の方との共同で推進されてきたものです。理化学研究所の矢橋牧名博士、高輝度光科学研究センターの大和田成起博士、登野健介博士、犬伏雄一博士、小山貴久博士、大橋治彦博士、夏目光学株式会社の久米健大博士、SACLAエンジニアリングチームの方々に深く感謝申し上げます。

 

 

 

参考文献
[1] J. Voss et al.: J. X-Ray Sci. Technol. 3 (1992) 85-108.
[2] H. Motoyama, T. Saito and H. Mimura: Jpn. J. Appl. Phys. 53 (2014) 022503.
[3] H. Mimura et al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 093104.
[4] T. Kume et al.: Rev. Sci. Instrum. 90 (2019) 021718.
[5] H. Motoyama et al.: J. Synchrotron Radiat. 26 (2019) 1406-1411.
[6] Y. Kubota et al.: Appl. Phys. Lett. 117 (2020) 042405.
[7] Y. Takeo et al.: Appl. Phys. Lett. 116 (2020) 121102.
[8] H. Wolter: Ann. Phys. 445 (1952) 94-114.
[9] S. Egawa et al.: in Advances in X-Ray/EUV Optics and Components XIV 11108 (SPIE, 2019) 1110804.
[10] S. Egawa et al.: Opt. Express 27 (2019) 33889-33897.
[11] 江川悟:光学 51 (2022) 369-374.

 

 

 

本山 央人 MOTOYAMA Hiroto
東京大学 先端科学技術研究センター
〒153-8904 東京都目黒区駒場4-6-1
TEL : 03-5452-5187
E-mail : motoyama@upm.rcast.u-tokyo.ac.jp

 

江川 悟 EGAWA Satoru
東京大学 先端科学技術研究センター
〒153-8904 東京都目黒区駒場4-6-1
TEL : 03-5452-5187
E-mail : egawa@upm.rcast.u-tokyo.ac.jp

 

山口 豪太 YAMAGUCHI Gota
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門 SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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E-mail : g-yamaguchi@spring8.or.jp

 

木村 隆志 KIMURA Takashi
東京大学 物性研究所
〒277-8581 千葉県柏市柏の葉5-1-5
TEL : 04-7136-3400
E-mail : tkimura@issp.u-tokyo.ac.jp

 

三村 秀和 MIMURA Hidekazu
東京大学 先端科学技術研究センター
〒153-8904 東京都目黒区駒場4-6-1
TEL : 03-5452-5189
E-mail : mimura@upm.rcast.u-tokyo.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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