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Volume 28, No.1 Pages 26 - 33

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

2019年度指定パートナーユーザー活動報告
大容量プレスを活用した動的地球深部科学の開拓
Developments of in situ X-ray Measurements in Large-Volume Press Towards Understanding the Dynamics of the Earth’s Interior

河野 義生 KONO Yoshio

愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター Geodynamics Research Center, Ehime University

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SPring-8

 

(1)

指定時PU課題番号/ビームライン 2019A0069/BL04B1
PU氏名(所属) 河野 義生(愛媛大学)
研究テーマ 大容量プレスを活用した動的地球深部科学の開拓
高度化 高圧下ダイナミクス測定に向けた時分割測定基盤の整備
利用研究支援 当該装置を用いた利用実験の支援
利用期 19A 19B 20A 21A 合計
PU課題実施シフト数 44.875 47.5 51 42 185.375
支援課題数 4 4 1 1 10

 

(2)PU活動概要
1)目的

 BL04B1ビームラインは最大荷重1000トンを超える大容量プレスを備える国内で唯一のビームラインであり、大容量プレスを活用した高圧地球科学の先端的研究を担ってきた。これまでの研究では、高圧高温下における鉱物の相転移、状態方程式、弾性波速度の測定などの「静的」な高圧実験により、地球深部の鉱物相や化学組成などの地球内部構造が解明されてきた。一方、地球内部におけるマントル対流や、プレートの沈み込み、それに伴う岩石の変形・破壊、また岩石の溶融や生成したマグマの輸送など、数多くの「動的」現象の理解が地球内部のダイナミクスを解明する上で重要である。特に、岩石の破壊に起因する地震の発生や、マグマの発生とその上昇による火山の噴火など、地球内部に端を発する自然災害のメカニズムの物質科学的理解は、地球内部科学のみでなく、社会的にも重要な課題である。このような「動的」地球科学現象を理解するためには、これまで行われてきた「静的」高圧実験とは異なる「動的」高圧実験の開拓が必要である。2年間の本パートナーユーザー(PU)課題では、大容量プレスを活用した動的地球深部科学の開拓に向けて、2-1)X線回折測定、X線イメージング測定と超音波測定を組み合わせた複合測定の高度化、2-2)X線その場観察実験と組み合わせた高圧変形・破壊実験の高度化と地震発生メカニズム研究の発展、2-3)高圧下における液体の粘性率測定技術の高度化による地球内部のマグマ研究の発展、を目指した。

 

 

2)高度化への協力と高度化に関連する利用実験
2-1)X線回折測定、X線イメージング測定と超音波測定を組み合わせた複合測定の高度化

 X線回折測定、X線イメージング測定と超音波測定を組み合わせた複合測定は、これまで主に地球内部を構成する鉱物の状態方程式と弾性波速度の理解のために用いられ、地球内部の地震波速度構造データと組み合わせることにより、地球内部を構成する岩石種や化学組成の解明に貢献してきた。本PU課題では、この複合測定のさらなる高度化により、鉱物の相転移や岩石の溶融などの動的過程における弾性特性の変化を連続的かつ自動で測定することを目指した。本高度化のために、まずBL04B1ビームラインの第一実験ハッチにおいて、フリッパースリットシステムの導入と、高圧プレス装置(SPEED-1500)直後に新たなカメラステージの設置を行った(図1)。BL04B1ビームラインの第一実験ハッチのこれまでのセットアップでは、X線回折測定とX線イメージング測定の切り替えの際にカメラの出し入れが必要であり、その切り替え時間が大きな時間のロスとなるだけでなく、操作ミスを引き起こす要因となっていた。本PU課題による新しいカメラステージの設置により、それらの問題を解決し、測定切り替え時間の短縮だけでなく、ユーザーフレンドリーな複合実験を構築した。さらに、フリッパースリットシステムにより、1秒以下の短時間でX線回折測定用の小さいビームサイズとX線イメージング測定用の大きいビームサイズの切り替えを可能にした。これらの高度化により、X線回折測定とX線イメージング測定の切り替え時間を大幅に短縮し、これまで1測定点につき20分程度の長い時間が必要であった複合測定を、ほぼX線回折測定時間に相当する数分で行うことが可能となった。さらに、フリッパースリットシステム、X線回折測定用Ge検出器、X線イメージング測定用カメラ、超音波測定用パルス発生器・オシロスコープの全ての機器を連続的に自動制御するプログラムの開発により、高圧下加熱時におけるX線回折測定、X線イメージング測定、超音波弾性波速度測定の複合測定を連続かつ自動で行うことに成功した[2][2] SPring-8 Publication ID = 42054
Y. Kono et al.: "Continuous Measurement of Ultrasonic Elastic Wave Velocities, X-ray Radiography and X-ray Diffraction of Zr50Cu40Al10 Metallic Glass at High Pressure and High Temperature Conditions" High Pressure Research 41 (2021) 219-232.

 

図1 BL04B1ビームラインの第一実験ハッチにおけるX線回折測定、X線イメージング測定、超音波測定の連続自動複合測定セットアップ。本PU課題により、プレス直後に固定のCCDカメラステージを設置し、さらに、X線回折測定用の小さいビームサイズとX線イメージング測定用の大きいビームサイズを切り替えるためのフリッパースリットシステムを導入することにより、X線回折、X線イメージング、弾性波速度の複合測定を連続かつ自動で行うことが可能になった。

 

 

 この新しく開発した連続自動複合測定システムを用いた実験の一例として、FeSを含むかんらん岩試料の高圧高温実験例を図2に示す。圧力約15 GPaの高圧下において、温度約750°Cから約1200°Cまでの加熱過程における連続的なX線回折測定と超音波測定を行った。実験開始試料においては、ケイ酸塩鉱物としてかんらん石(Ol)とその高圧相であるウォズリアイト(Wd)の両方が共存していた。高圧下での加熱過程において、かんらん石からウォズリアイトへの相転移が進行し、それに伴い弾性波伝搬時間が急激に低下する(すなわち、弾性波速度が急激に増加する)様子を連続的にその場観察することに成功した(図2)。さらに連続的なX線回折測定により、かんらん石のX線回折ピークは約950°Cで完全に消失したことが観察され、それに伴い弾性波伝搬時間も一定の値となっている。さらに、1025°C以上の高温下においては試料中のFeSの溶融が開始し、FeSのX線回折ピークが消失するとともに、弾性波伝搬時間の急激な増加(弾性波速度の急激な低下)を測定することに成功した。このように、本PU課題による高度化により、これまで調べることができなかった高圧高温下における鉱物の相転移や岩石中の溶融に伴う弾性波速度変化をX線回折測定と合わせて測定することが可能になった。今後、本システムを用いた実験を進めることにより、地球内部における鉱物の相転移や溶融したマグマの影響による地震波速度異常の理解が大きく進展すると考えている。

 

図2 高圧高温下その場におけるかんらん石(Ol)-ウォズリアイト(Wd)相転移とFeSの溶融に伴うX線回折パターン、弾性波伝搬時間の変化の連続複合測定の例。

 

 

 さらに、連続自動複合測定システムを用いた他分野研究への応用のケーススタディーとして、金属ガラスの高圧高温下における弾性波速度測定を行った[2][2] SPring-8 Publication ID = 42054
Y. Kono et al.: "Continuous Measurement of Ultrasonic Elastic Wave Velocities, X-ray Radiography and X-ray Diffraction of Zr50Cu40Al10 Metallic Glass at High Pressure and High Temperature Conditions" High Pressure Research 41 (2021) 219-232.
。金属ガラスでは、高圧高温下において非晶質構造転移の存在が発見され、様々な組成の金属ガラスにおいて幅広い圧力温度条件下での非晶質構造転移とそれによる特性変化の可能性の探索が行われている。しかしながら、非晶質物質である金属ガラスの構造解析を高圧高温下で行うことは実験的に困難であり、さらに長時間の測定が必要となるため、幅広い圧力温度条件下での金属ガラスの構造変化の理解はあまり進んでいない問題がある。本研究では、我々の過去の高圧高温構造解析研究(Shibazaki et al., 2020, Communications Materials, 1, 53)にて非晶質構造転移が報告されているZr50Cu40Al10金属ガラスについて、高圧高温下における連続自動弾性波速度測定を行うことにより、弾性波速度測定を用いた高圧高温下での非晶質構造転移の探索の可能性を調べた。その結果、圧力約7-8 GPaの高圧下において、338°Cのガラス転移における横波速度の変化と、472°C、552°CにおけるZr50Cu40Al10金属ガラスの非晶質構造変化に伴う弾性波速度変化を捉えることに成功した[2][2] SPring-8 Publication ID = 42054
Y. Kono et al.: "Continuous Measurement of Ultrasonic Elastic Wave Velocities, X-ray Radiography and X-ray Diffraction of Zr50Cu40Al10 Metallic Glass at High Pressure and High Temperature Conditions" High Pressure Research 41 (2021) 219-232.
。すなわち、この連続自動弾性波速度測定手法を用いることにより、非晶質構造測定よりも簡便に幅広い圧力温度範囲における非晶質構造転移を調べることができると考えられ、高圧高温下における非晶質材料の構造転移の探索や、その物性変化の研究などにも貢献する技術であると考えている。

 

2-2)X線その場観察実験と組み合わせた高圧変形・破壊実験の高度化と地震発生メカニズム研究の発展
 地震発生メカニズムの物質科学的理解は、地球科学のみでなく、社会的にも重要な課題である。地震をもたらす断層の形成は、地球内部の高圧下において発生する脆性破壊に起因するため、地震発生メカニズムの理解には高圧下における岩石の変形・破壊過程のその場観察実験が重要となる。しかしながら、これまでBL04B1ビームラインで行われてきたCCD 2次元検出器を用いた高圧下その場X線回折測定では、高圧下での差応力測定に300秒以上の長い測定時間を要するため、数10秒以下の短時間で進行する破壊の素過程(マイクロクラックの形成や伝播、断層の不安定すべり、など)をその場観察することは困難であった。
 そこで本PU課題において、Advacam社のCdTe 2次元検出器WidePix 5x5をBL04B1ビームラインの第二実験ハッチに導入し(図3)、高圧変形実験と組み合わせたX線その場観察の時分割測定の高度化を推進した。岩石試料が被る応力と歪の時間変遷データが変形や破壊のメカニズムを理解する上での基礎データとなるため、岩石変形・破壊実験では2次元X線回折測定(応力測定用)とX線イメージング測定(歪測定用)を連続的に交互に測定する必要がある。そのため、2次元X線回折測定のためのWidePix 5x5の導入に加えて、同時にX線イメージング測定を行うための光学系も導入した(図3)。この光学系の導入により、2次元X線回折測定とX線イメージング測定の連続交互測定の際に、検出器及びカメラの物理的移動が不要となり、それら測定の切り替えが迅速に行えるようになった。さらに、2-1)で導入したフリッパースリットシステムを第二実験ハッチにも導入することにより(図3)、X線回折測定用の小さいビームサイズとX線イメージング測定用の大きいビームサイズを1秒以下の短時間で切り替えることを可能にした。その結果、高圧変形実験と組み合わせた応力・歪測定を1周期約40秒の短時間で行うことが可能となった(図4)。これは、既設のCCD 2次元検出器を用いた場合に要する時間の1/10程度に相当し、大幅な測定時間の短縮を達成した。その結果、これまで捉えることができなかった、1-2分程度のタイムスケールでの応力の急降下や、不安定すべりなどの現象の高圧・高温・変形下その場観察が可能となり(図4)、高圧下における岩石の破壊の素過程についての研究が大きく前進した。

 

図3 BL04B1ビームラインの第二実験ハッチにおけるD-DIA型変形装置と、本PU課題において導入したCdTe 2次元検出器及び、それと組み合わせたX線イメージング測定システム、フリッパースリットシステムの概略図。

 

図4 CdTe2次元検出器WidePix 5x5の導入による岩石破壊実験におけるその場X線測定の高度化の例。本PU課題における高度化により、X線回折測定による圧力・応力測定とX線イメージング測定による歪測定の時間分解能が約10倍向上した。さらに、別途実施した岩石中の破壊を検出するための微小破壊音(Acoustic Emission: AE)測定システムの高度化により、微小破壊音の検出数も10倍向上した。

 

 

 新しく開発した測定システムを用い、BL04B1ビームラインに設置のD-DIA型変形装置を用いたダナイト(かんらん石多結晶体)及びハルツバーガイト(かんらん石+斜方輝石多結晶体)の一軸圧縮変形・破壊実験を、地球の沈み込むプレート内浅部の温度圧力条件下(500-1000°C、1-3 GPa)において行った(Ohuchi et al., 2020, Contributions to Mineralogy and Petrology, 175, 79)。ダナイトやハルツバーガイト試料中に水性流体が存在する場合の変形実験では、微小破壊音(Acoustic Emission: AE)をほとんど伴わずに断層形成に至ることが明らかとなった。一方、試料中に水性流体が存在しない場合の変形実験では、断層形成とすべりの一連の過程において微小破壊音が発生することが確認された。以上の結果より、岩石中に水性流体が存在する場合では、微小破壊音の発生を伴わない断層すべり(サイレント地震)が起こると考えられる。実験後試料の微細組織観察の結果、断層沿いに含水鉱物(タルク)が形成されていることが確認されていることから、間隙水圧による断層固着強度の低下や含水鉱物による断層の潤滑化が、サイレント地震の原因であると解釈される。
 さらに、上部マントル深部からマントル遷移層へと沈み込んだ深部スラブ内の高圧高温条件下(600-1100°C、9-20 GPa)におけるかんらん石多結晶体の変形実験を行った。上部マントルを構成すると考えられている(Mg0.9Fe0.1)2SiO4組成のかんらん石では、13 GPa以上の高圧下においてかんらん石から高圧相のウォズリアイトへと圧力誘起相転移が進行しうる。本実験においては、圧力 < 16 GPa、温度600-900°Cの範囲における温度一定条件下の実験では、かんらん石の相転移及び微小破壊音の発生をほとんど伴わずに変形が進行した。一方、かんらん石試料の変形中に温度を600°Cから900°Cに徐々に昇温した場合、試料の軟化に伴って微小破壊音の発生が確認された。特に900°C付近では、一軸圧縮方向と40度程度の角度をなす方向に面状のクラックが発達しやすく、そのような面においてナノスケールでの高圧相の核形成が選択的に進行していることが見られた。そのようなクラックは高圧相のナノ粒子に充填されていることから、いわゆるnano-shear band(Wang et al., 2017, Science Advances, 3, e1601896)に類似したものであると考えられる。この成果は、Nature Communications誌(Ohuchi et al., 2022, Nature Communications, 13, 5213)にて公表した。なお、16 GPaよりも高い圧力条件下における実験では、nano-shear band様組織の発達が確認されているにもかかわらず、いずれの実験でも断層すべりには至らなかった。16 GPa以上の高圧条件下ではさらに高圧相のリングウッダイトへの相転移が期待されるため、リングウッダイトの生成と断層すべりの有無には関係がある可能性が考えられる。
 また、本PU課題において、高圧変形・破壊実験の圧力範囲拡大に向けた高度化も行った。BL04B1ビームラインの第二実験ハッチ設置のマルチアンビルプレス装置(SPEED-Mk.II)を用いたD-DIA型変形装置により、地球内部の上部マントルに相当する高圧条件下での変形・破壊実験が可能となってきたが、その発生圧力の上限は約20 GPaに限られていた。そのため、地球の中で最大の体積を占める下部マントルの圧力条件下(圧力 > 23 GPa)での変形実験は実現していない問題があった。この状況を打開するため、SPEED-Mk.IIプレスと組み合わせて使用するD111型ガイドブロックを新たに導入し、D111型高圧変形装置(以下ではD111型装置と呼ぶ)を構築した。この装置は川井型マルチアンビル装置をもとにした巧妙な構造的特徴から、発生圧力と精密な変形の制御の点において以前の装置より優れた性能を有している。今回導入したD111型装置により従来の限界を大きく超える約30 GPaまでの変形実験が可能となり、下部マントル条件下でのよく制御された変形実験が可能になった。
 D111型装置を用いた高圧変形実験その場観察システムの概念図を図5に示す。本高度化推進のために、一般ユーザーを含む研究グループを編成し、D111型装置を用いた地球の内核やマントル深部物質についての高圧高温下の変形流動特性に関する実験に取り組んだ。実験における最高メインラム荷重は5.5 MNであり、最高圧力約30 GPaを発生することに成功した。最高温度条件は1700°Cであり、下部マントルに相当する圧力温度条件下での高圧高温変形その場観察が可能であることが確認された。さらに、最大で上下各680 µmまでの差動ラム(D-ram)変位の変形実験がすでに行われている。また、高圧変形実験だけでなく、6-8-2加圧方式による超高圧発生実験、非弾性特性の測定を目的とした振動実験も行われ、これらの実験においてもD111型装置が有用であることが確認された。

 

図5 D111型装置を用いた高圧変形実験、X線回折測定、X線イメージング測定の概略図(上)と、D111型装置による高圧変形実験下その場における試料(FeHx)のX線ラジオグラフィー像の例(下)。メインラムにより上図に示すガイドブロック全体に荷重をかけて高圧力を発生させ、同時にガイドブロック内の差動ラム(D-ram)により圧力媒体中の試料を高圧下で上下方向に変形することが可能である。

 

 

 D111型装置を用いた研究として、これまでにFeHxの粘性率に関する実験を行っている。図5に、実験で得られたdhcp-FeHx (x = 0.75-0.76)のX線イメージング測定の例を示す。これまでの実験により、仮にFeHxの弾性定数としてFeと同じ値を仮定した場合、dhcp-FeHxの粘性率は水素を含まないhcp-Feとは大きな差がないという結果が得られつつある。しかし、x = 0.06程度の少量の水素の含有がhcp-Feの弾性定数へ大きな影響を及ぼすとする予測もあり、この仮定に関しては注意が必要である。地球の核に含まれる軽元素の有力な候補として水素が挙げられており、今後、より幅広い圧力温度条件下におけるFeHxの変形実験を通して水素の存在が内核ダイナミクスに与える影響を明らかにすることを計画している。

 

2-3)高圧下における液体の粘性率測定技術の高度化による地球内部のマグマ研究の発展
 高圧高温下におけるマグマの物性の実験的解明は、地球内部におけるマグマダイナミクスの理解のみでなく、マグマの上昇により発生する火山噴火などの自然災害につながる地球科学現象の理解においても重要である。2-1)の高度化により、岩石中の液体が弾性波速度に与える影響の測定が可能になり、地球内部の地震波速度観測と組み合わせて、地球内部のどこにどれだけのマグマが存在するかを明らかにするための重要データが得られるようになった。さらに、本PU課題では、落球法を用いた高圧下における液体の粘性率測定技術の高度化を推進した。
 落球法を用いた液体の高圧下粘性率測定は、これまでにもBL04B1ビームラインで行われている。しかし、これまでの実験は主に粘性率の高いSiO2に富むケイ酸塩液体を対象としており、低粘性率液体の高圧下における粘性率測定は困難であった。その原因として、これまでの高圧下におけるX線イメージング測定は、ほとんどが撮影速度30-60フレーム/秒(fps)に限られている問題があった。例えば、炭酸塩液体のような低粘性率液体(< 0.01 Pa・s)においては、高圧実験セル内部に設置した約1 mmの高さの試料中をマーカー球が落下する時間は100ミリ秒以下である。そのような短時間で落下する球の落下軌道を精確に測定するためには、ミリ秒レベルの高速度でのX線イメージング測定が必要となる。この問題を克服するために、Photron社の高速度カメラFASTCAM Mini AX100を使用した高速度X線イメージング測定の開発を行った。その結果、10,000 fps(露光時間0.1ミリ秒)の高速度において、高圧実験セル内部に設置した試料と粘性率測定用の白金球マーカーを撮影することが可能であることが分かった(河野、2022、月刊地球、44、13-17)。この技術を用い、粘性率が低いことが知られているCaCO3液体について、高圧下落球法粘性率測定を行った。その結果、約50ミリ秒の非常に短い時間で落下過程が終了する球の落下軌道を、1ミリ秒間隔の十分な時間分解能のX線イメージング測定で捉えることに成功した。2年間の本PU課題期間ではX線イメージング測定の高速度化についての技術開発のみとなったが、今後この技術を用いることにより、地球内部の高圧高温下その場におけるマグマの粘性率研究が発展すると期待される。また、この高速度のX線イメージング測定は、地震研究における断層岩石の破砕の高速過程のその場観察など、様々な高速度過程のX線その場イメージング研究にも利用できると考えている。

 

 

3)高度化に関連する利用者支援
 BL04B1ビームラインでは、地球構成鉱物・岩石の高圧プレス実験と組み合わせたX線回折測定、X線イメージング測定、超音波弾性波速度測定により、地球内部の地震波速度構造を解釈するための研究がこれまで多く行われ、地球内部の構造・組成の理解に重要な貢献を果たしてきた。一方、近年、地球における地震波観測のみでなく、月や火星などの惑星における地震波構造探査が急速に発展し、惑星内部構造の研究が今後大きく進展すると期待されている。特に、NASAのInSight計画では、火震(火星における地震)の観測から火星内部の地震波速度構造の探査を進めており、地球同様に火星を構成すると考えられる岩石・鉱物の弾性波速度のデータが必要とされている。本PU課題において、フランスIMPMCのDaniele Antonangeli博士のグループが行っている、火星で予測されている岩石・鉱物の研究において、高圧高温下弾性波速度測定についてのユーザー支援を行った。その結果、火星の上部マントルを構成すると予想されている岩石の高圧高温下弾性波速度測定に成功し、BL04B1ビームラインにおいて得られたデータを基に火星マントルの地震波速度、密度構造モデルを提案した[3][3] SPring-8 Publication ID = 42949
F. Xu et al.: "Low Velocity Zones in the Martian Upper Mantle Highlighted by Sound Velocity Measurements" Geophysical Research Letters 48 (2021) e2021GL093977.
。本PU課題期間の終了後もユーザー支援を継続しており、BL04B1ビームラインにおける高圧高温下での弾性波速度測定は、InSightで得られる火震観測データを解釈するための重要な基礎データとなると期待されている。
 さらに、超音波測定により得られる弾性波速度データは、地球惑星科学における地震波速度観測データの理解の観点のみでなく、材料科学において、圧力温度下における材料の弾性特性の理解においても重要であると考えている。そのような分野のユーザー開拓を目指し、本PU課題では、BL04B1ビームラインの高圧下弾性波速度測定を利用した材料科学研究についてのユーザー支援も行った。名古屋大学のNico Gaida博士に対するユーザー支援では、透明ナノ多結晶セラミックス材料についての高圧高温下弾性波速度測定を行い、弾性率の圧力温度依存性を調べた[1][1] SPring-8 Publication ID = 40694
N. Gaida et al.: "Elasticity of Nanocrystalline Kyanite at High Pressure and Temperature from Ultrasonic and Synchrotron X‐ray Techniques" Journal of the American Ceramic Society 104 (2021) 635-644.
。さらに、同グループによる、高圧下におけるMg2Si化合物の構造と物性の変化を理解するための高圧下超音波測定、X線回折測定についてのユーザー支援も行った。また弾性波速度測定以外にも、滋賀県立大学の山田明寛博士の推進するガラス材料の高圧変形実験についてのユーザー支援を行うなど、これまで主に地球科学研究で使用されてきたBL04B1ビームラインの高圧プレス実験の分野拡大とユーザー開拓に向けた支援を推進した。

 

 

4)まとめ
 2年間の本PU課題では、特に高度化についての成果を挙げることができたと考えている。X線回折測定とX線イメージング測定を組み合わせた複合時分割測定の高度化は、高圧下における岩石破壊過程のその場観察実験の時間分解能を10倍にするなどの大幅な改善を達成しており、地震発生メカニズム研究の進展に大きく貢献すると考えられる。さらに、D111型装置の導入により、圧力発生領域の拡大についての技術的発展も達成しており、BL04B1ビームラインの大容量プレスを用いた高圧変形・破壊実験に大きく貢献するものであると考えている。また、X線回折測定とX線イメージング測定、超音波測定を組み合わせた複合測定の連続自動計測についての高度化では、液体を含むかんらん岩の弾性波速度測定に成功するなど、地球内部のマグマを理解するために重要な実験技術の開発に成功した。さらに、高速度カメラを用いた高速度X線イメージング測定の導入により、低粘性率液体の高圧下粘性率測定も可能となっており、地球内部のマグマの粘性率研究の発展に貢献すると考えている。以上のように、本PU活動により、地震や火山などを含めた地球内部の「動的」地球科学現象を理解するために必要な「動的」高圧実験の開拓を推進した。さらに加えて、地球科学以外の分野への高圧プレス放射光X線実験の拡大の観点において、X線回折測定、X線イメージング測定と超音波弾性波速度測定を組み合わせた連続自動複合測定についての高度化は大きな役割を果たすと期待している。例えば、金属ガラスの高圧高温下での非晶質構造転移に伴う弾性波速度、ポアソン比変化についての研究[2][2] SPring-8 Publication ID = 42054
Y. Kono et al.: "Continuous Measurement of Ultrasonic Elastic Wave Velocities, X-ray Radiography and X-ray Diffraction of Zr50Cu40Al10 Metallic Glass at High Pressure and High Temperature Conditions" High Pressure Research 41 (2021) 219-232.
など、高度化した装置を用いた研究を進めている。また、超音波弾性波速度測定を用いた分野開拓として、惑星科学研究者[3][3] SPring-8 Publication ID = 42949
F. Xu et al.: "Low Velocity Zones in the Martian Upper Mantle Highlighted by Sound Velocity Measurements" Geophysical Research Letters 48 (2021) e2021GL093977.
や材料科学研究者[1][1] SPring-8 Publication ID = 40694
N. Gaida et al.: "Elasticity of Nanocrystalline Kyanite at High Pressure and Temperature from Ultrasonic and Synchrotron X‐ray Techniques" Journal of the American Ceramic Society 104 (2021) 635-644.
との共同研究などをさらに発展させ、BL04B1ビームラインにおける高圧プレス実験のさらなる発展とユーザー拡大に貢献したいと考えている。

 

 

(3)成果リスト(査読付き論文)
 SPring-8利用研究成果登録データベースに登録済みで、PU課題番号が関連づけられた査読付き論文のみを掲載します(その他、PUとして支援した一般課題の発表論文やポスター発表、受賞歴など多数の成果がありますが、掲載スペースの都合上割愛しています)。

[1] SPring-8 Publication ID = 40694
N. Gaida et al.: "Elasticity of Nanocrystalline Kyanite at High Pressure and Temperature from Ultrasonic and Synchrotron X‐ray Techniques" Journal of the American Ceramic Society 104 (2021) 635-644.

[2] SPring-8 Publication ID = 42054
Y. Kono et al.: "Continuous Measurement of Ultrasonic Elastic Wave Velocities, X-ray Radiography and X-ray Diffraction of Zr50Cu40Al10 Metallic Glass at High Pressure and High Temperature Conditions" High Pressure Research 41 (2021) 219-232.

[3] SPring-8 Publication ID = 42949
F. Xu et al.: "Low Velocity Zones in the Martian Upper Mantle Highlighted by Sound Velocity Measurements" Geophysical Research Letters 48 (2021) e2021GL093977.

[4] SPring-8 Publication ID = 43554
T. Ohuchi: "Grain-size-sensitive Creep of Olivine Induced by Oxidation of Olivine in the Earth's Deep Upper Mantle: Implications for Weakening of the Subduction Interface" Physics of the Earth and Planetary Interiors 326 (2022) 106865.

 

 

 

河野 義生 KONO Yoshio
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター
〒790-8577 愛媛県松山市文京町2-5
TEL : 089-927-9658
e-mail : kono.yoshio.rj@ehime-u.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794