ページトップへ戻る

Volume 27, No.2 Pages 86 - 90

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

新分野創成利用課題報告
固液界面構造解明と可視化および溶媒溶質相関
Structure of Solid-Liquid Interface and Material Correlating Phenomena

藤原 明比古 FUJIWARA Akihiko

関西学院大学 工学部 School of Engineering, Kwansei Gakuin University

Abstract
 SPRUC分野融合型研究(実用)グループを母体とし、新分野創成利用課題「固液界面構造解明と可視化および構成物質間のダイナミクス」(2016B−2018A)で構築した分野融合型研究をさらに推進するために新分野創成利用課題「固液界面構造解明と可視化および溶媒溶質相関」(2018B−2020A)を実施した。固液界面をサイエンスの核とし、実用に直結している腐食とメッキを個別テーマとして、「課題」、「計測」、「素過程」、「理論」の役割を担うチームを融合することで研究を推進した。実用課題の理解としては、腐食やメッキの反応過程のモデル化に成功した。また、分野融合によって新たに形成される研究グループの組織化としてSPRUC研究会「固液界面研究会」を設置し、今後の研究推進母体を創成した。
Download PDF (3.98 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 出発点から連続的な進歩で到達できる到着点の予測は比較的容易であり、それ故に到達できる範囲は限られている。一方で、到達すべき真のゴールがその範囲にあるとは限らない。急速、かつ、多様に変化する現代社会が抱える課題を解決し、持続可能な社会を実現するためには、革新的で不連続な飛躍が重要な役割を担う。こうした中、SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)は、SPring-8での研究開発が固定化したコミュニティの集まりで閉塞することなく新陳代謝を活発化するために、未踏の研究領域を発掘する活動母体として「分野融合型研究グループ」を創設した[1][1] 中川敦史:SPring-8/SACLA利用者情報 20 (2015)145-150.
 SPRUC分野融合型研究グループの一つである実用グループは、高尾正敏博士(大阪大学特任教授(当時))をプログラムオフィサーに招聘し、実用材料の開発加速に向けて、実用上未解明の技術ボトルネックに真正面から取り組むために、背景のサイエンスをきちんと研究解明すること、そのために最先端の放射光装置を徹底的に使いこなすことを基本精神とした組織作りを目指した[2][2] http://www.spring8.or.jp/ext/ja/spruc/SG_SPRUC_info/practical_app.html
 研究対象は、実用課題におけるサイエンスの深化という基本精神を踏まえ、固液界面の構造と機能をサイエンスの核となるシンボリックテーマとし、個別課題として腐食とメッキとした。実用材料の課題解決であることから、研究のアプローチは、ゴールである課題解決から出発し、課題解決に必要な手法、その手法を実現する研究組織というようにバックキャスティング型の研究スタイルとなる(図1)。このようなmission-oriented researchの組織形成は、curiosity-driven researchで自然発生的に形成される研究グループとは異なり、役割を担えるメンバーが異分野から参画する必要があり、分野融合型研究と親和性が高い。一方で、組織形成から始める研究推進は必然的に長期的取り組みとなる。

 

図1 研究テーマとバックキャスティング型研究の概要。

 

 

 SPRUC分野融合型研究(実用)グループは、その実践の場として、高尾プログラムオフィサーが代表責任者となり、新分野創成利用課題に「固液界面構造解明と可視化および構成物質間のダイナミクス」を申請し、2016B期から2018A期の4期2年間の課題(以下、高尾課題)[3][3] 高尾正敏:SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019)263-268.が採択された。本報告では、実質的に高尾課題の継続課題としつつ、藤原が代表責任者として申請し、2018B期から2020A期の4期2年間の課題として採択された「固液界面構造解明と可視化および溶媒溶質相関」(以下、本課題)の取り組みと今後の展望について概観する。

 

 

2. 研究組織でのチーム構成とその融合
 腐食とメッキの個別課題を解決しながら固液界面の構造・機能の本質に迫るためのバックキャスティング型アプローチでは、図1に示した通り4つの役割を担うチームが必要であり、解決すべき産業界の課題を持つ「実用課題」チーム、その課題に関する計測手法を有する「計測」チーム、固液界面で起こる現象を理解する「素過程基礎化学」チーム、現象を体系的に理解する「理論」チームが組織された(図2)。

 

図2 チーム構成と主な参画メンバー。

 

 

 組織は高尾課題中に再構築したチーム構成と同様であるが、代表責任者・分担責任者の一部で若年化を図った。「実用課題」チームには、耐腐食金属開発の課題を持つ日本製鉄の土井教史と新規メッキ開発の課題を持つ日産化学の中島淳一を分担責任者に留任とした。「計測」では、散乱・回折計測を担う大阪大学(採択時)・東北大学(課題終了時)の若林裕助を分担責任者に留任、分光計測は東京大学の原田慈久に代わり山添康介を分担責任者として抜擢した。「素過程基礎化学」チームにおいても東京都立大学の山添誠司に代わり京都大学の朝倉博行を分担責任者として抜擢した。さらに、京都大学の高谷光を触媒反応の理解の分担責任者として新たに招聘した。「理論」チームは高尾課題から継続して東京大学の松浦弘泰が研究会での議論に加わった。
 SPRUC分野融合型研究(実用)グループの第1回ワークショップは2016年3月に開催され、組織、課題申請の検討を開始した。このため、2016B期から開始した高尾課題は、分担責任者がそれぞれの実験を推進するところから始まった。課題期間中に開催した研究会で測定結果の共有と課題解決手段の理解を行い、異分野の研究者が1つの課題に対して多方面から議論することで相互理解が深まった。このように、高尾課題で築き上げた分野融合型組織を基盤にし、本課題では、腐食課題と散乱・回折計測、メッキ課題と分光計測の融合による現象理解へと研究フェーズを進め、課題解決と新分野創成への展開を図った(図3)。

 

図3 高尾課題と本課題のチーム構成と役割。

 

 

3. 各チームの推進課題の手法と貢献
 土井チームは、X線吸収分光(X-ray Absorption Spectroscopy: XAS)、特にX線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure: XAFS)、X線発光分光(X-ray Emission Spectroscopy: XES)、硬X線光電子分光(HArd X-ray PhotoElectron Spectroscopy: HAXPES)を主な手法として、若林チームと連携しながら、水溶液下で電位制御しながらの分光分析技術の確立と鉄鋼材料表面変化における添加剤、吸着の効果を明らかにした。
 中島チームは、XAS、高エネルギーX線回折(High-Energy X-Ray Diffraction: HEXRD)を主な手法として、朝倉チームと連携しながら、メッキ生成中の触媒粒子表面の吸脱着反応、合金化反応を明らかにした。
 若林チームは、X線結晶トランケーションロッド(Crystal Truncation Rod: CTR)散乱、X線反射率を主な手法として、鉄・SUSの不動態形成過程の観測、ならびに電解液の構造を明らかにした。実用課題「腐食」に計測側から応えた。
 山添チームは、XAS、XES、HAXPESを主な手法として、実用材料の固液界面での分光実験による化学状態観測技術を構築した。固液界面分光、および、それに必要なセルなど基盤技術を提供した。
 朝倉チームは、XAS、高エネルギー分解能蛍光検出X線吸収分光(High-Energy Resolution Fluorescence Detected X-ray Absorption Spectroscopy: HERFD-XAS)、HEXRDを主な手法として、貴金属ナノ粒子、卑金属ナノ粒子、クラスター触媒を対象としたOperando複合計測による酸化還元挙動を解明した。実用課題「メッキ」に素過程理解側から応えた。
 高谷チームは、XAS、XRD、X線Computed Tomography(CT)を主な手法として、溶液を対象とした分光、散乱、イメージング実験から溶質の構造・化学状態を解明した。液体の関わる多様な現象理解から実用課題の理解に向けた学理提供を行った。
 本課題で実施したビームラインと利用シフト数を表1に示す。

 

表1 利用ビームラインとシフト数。

 

 

4. 実用課題の成果
 本課題における特筆すべき研究成果は、対象とした実用課題である腐食とメッキのそれぞれにおいて、反応過程のモデル化に成功したことである。
 腐食課題では、pHおよび電位制御可能な試料環境制御を行い、25 msの時間分解能でX線反射率プロファイルを測定することで(図4)、腐食を防ぐ不動態層の形成が、被膜成長の初期過程では緩衝溶液から固体側への酸素供給が律速となっており、その後の遅い過程では鉄と酸化被膜の界面での酸化反応が律速となっているモデルを構築した(図5)[4,5][4] H. Fujii, Y. Wakabayashi and T. Doi: Phys. Rev. Materials 4 (2020) 033401.
[5] 日刊工業新聞:2020年3月5日朝刊23面

 

図4 (a) 測定セットアップ、(b) 同側面図、(c) 測定結果の例。

 

図5 X線反射率プロファイルのベイズ推定によるフィットで得られた鉄−水界面付近の電子密度。鉄表面の被膜は緻密な内層(黒錆)と、隙間のある外層の2層構造を形成している。

 

 

 メッキ課題では、Pdナノ粒子触媒を用いる無電解Niメッキにおいて、メッキ液に含まれるNi、Pや触媒中のPd、ClのXANESの結果に基づき、Pdナノ粒子触媒を用いる無電解Niメッキの反応は、次亜リン酸イオン(還元剤)と塩化物イオン(触媒由来)のイオン交換、亜リン酸イオンへの酸化を経て、Niへの還元が進行するモデルを構築した。また、大気暴露の測定によるメッキ表面の酸化を避けるために、同一触媒での連続的な測定が可能なin situ XAFS測定用のセルを設計し、大気非暴露での連続測定を実現した。その結果を従来法(二液法)との比較へ応用し、両者は概ね同等であると推定した[6][6] 中島淳一、野上哲平、梶原佑紀、近間克己、山添誠司:「in situ XAFSによる無電解ニッケルめっき反応の解析」 日本分析化学会第70年会(2021年9月)P2106.

 

 

5. 展望と課題
 新分野創成利用課題を実施したSPRUC分野融合型研究グループとして、研究成果に加え、定常的に活動する研究組織編成も大きなミッションの一つである。本グループの主要メンバーがコアとなり、SPRUC第5期研究会「固液界面研究会」[7][7] http://www.spring8.or.jp/ext/ja/spruc/SG_SPRUC_info/solid_liquid.htmlへと発展させた。「1. はじめに」で示した通り、分野融合、新分野創成ともに長期的な取り組みである。固液界面研究会が今後この活動を担っていく。
 最後に、不連続型イノベーションを目指し、産・学から参画を得て推進した本研究で課題となった項目について触れる。いずれもこれまでに指摘されていることではあるが、この類の課題は研究成果と直接的に関わらないため、形として残ることが少ないと感じたため、示しておきたい。

1. 異分野の研究者はバックグラウンドが大きく異なるため、相互に知を提供し合うことでこれまでにない研究開発が期待できる。一方で、同じ現象でもとらえ方や表現が異なり、相互理解には壁を取り払った自由な議論が必要である。

2. 異分野融合、異分野の研究者間の協業は自然発生的には起こりづらいものの完全なトップダウンで押し付けると持続性が弱くなる。融合による新しい研究開発の場は提供しつつ、その研究開発は自然に、自発的に進むような環境にしなければならない。

3. 学術と産業の共同研究では、必ず、公開部分と非公開部分の境界設定のバランスが鍵となる。公開部分を大きくし過ぎれば産業界が距離を置き、非公開の部分ばかりになると、知の共有が阻まれ融合が生まれない。

4. 計測技術ノウハウについても産学連携と同様の課題が存在する。特殊な計測手法や試料セルの開発などでノウハウや技術を共有することで、同様の開発を個別に行う必要がなくなり、全体としての開発コストは下がるが、開発者のエフォートに対する適切な還元が必要となる。

 新分野創成利用課題を実施したSPRUC分野融合型研究グループの研究では、高尾プロジェクトオフィサーのマネジメントでこれらの課題がクリアされたり、今後の解決につながったりした。今後も方向性はガイドしつつ個々の進捗は自発的に起こる仕組み作りをするリーダーが鍵となる。

 

 

謝辞
 新分野創成利用研究課題を含むSPRUC分野融合型研究(実用)グループの研究推進にあたり、SPRUC執行部、顧問会議、分野融合研究のアドバイザーの先生方より、組織設計からテーマ設定まで有用なご助言をいただきました。お礼申し上げます。課題実施に際しては、JASRI 為則雄祐博士、隅谷和嗣博士ならびに利用推進部の皆様には施設の整備状況の情報提供からビームライン、ビームタイムの調整までお世話になりました。ありがとうございました。
 強い信念とリーダーシップでSPRUC分野融合型研究(実用)グループを牽引されてきた高尾正敏先生が2021年9月22日にご逝去されました。分野融合、新分野創成という不連続型イノベーションを創出するためには高尾先生の強いリーダーシップが不可欠でした。高尾先生はその任を一手に引き受けて下さり、プロジェクトの要として、マネジメントを自ら体現されることで、我々にチャレンジングな取り組みのオンザジョブトレーニング(On the Job Training: OJT)の場を提供してくださり、貴重な経験の機会をいただきました。高尾先生にお礼を申し上げ、安らかにご永眠されますようお祈りいたします。

 

 

 

参考文献
[1] 中川敦史:SPring-8/SACLA利用者情報 20 (2015)145-150.
[2] http://www.spring8.or.jp/ext/ja/spruc/SG_SPRUC_info/practical_app.html
[3] 高尾正敏:SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019)263-268.
[4] H. Fujii, Y. Wakabayashi and T. Doi: Phys. Rev. Materials 4 (2020) 033401.
[5] 日刊工業新聞:2020年3月5日朝刊23面
[6] 中島淳一、野上哲平、梶原佑紀、近間克己、山添誠司:「in situ XAFSによる無電解ニッケルめっき反応の解析」 日本分析化学会第70年会(2021年9月)P2106.
[7] http://www.spring8.or.jp/ext/ja/spruc/SG_SPRUC_info/solid_liquid.html

 

 

 

藤原 明比古 FUJIWARA Akihiko
関西学院大学 工学部
〒669-1330 兵庫県三田市学園上ケ原1番
TEL : 079-565-9752
e-mail : akihiko.fujiwara@kwansei.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794