ページトップへ戻る

Volume 26, No.4 Pages 403 - 405

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

2021B期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2021B

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

Download PDF (402.67 KB)
SPring-8

 

 2021B期は7件の長期利用課題の応募があり、2件が採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。

 

 

- 採択課題1 -

課題名 超高圧下における鉄合金の特性とコアの軽元素組成の制約
実験責任者名(所属) 廣瀬 敬(東京工業大学)
採択時の課題番号 2021B0181
ビームライン BL10XU
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本長期利用課題は、ダイアモンドアンビル装置を用いた超高圧高温実験により、地球コア(固体の内核と液体の外核)の主成分である鉄と主要な副成分の候補とされている軽元素(硫黄、珪素、酸素、炭素、水素)の合金の密度・地震波伝搬速度・状態図・元素分配をコアの圧力下で明らかにし、コアの軽元素組成を狭い範囲に制約することを目的としている。地球コアの軽元素組成の全容解明は、これまで70年近く謎とされてきた課題であり、その学術的意義は大きい。
 本長期利用課題の2年間では、軽元素の候補のうち、最も有力とされる水素と酸素に絞って実験を行い、コアの水素、酸素量の制約を目指す計画が立てられている。これは、液体および固体鉄合金の密度、地震波速度、状態図、元素分配を高圧下で決定し、観測と比較することで本質的に解決可能な問題であるが、現在でも不明とされる理由は、コアの超高圧・高温下での液体実験や水素を含む系の実験の難しさにある。本課題は、申請者らが開発した新手法を駆使してこの困難に挑むものであり、課題の学術的価値、手法の開拓ともに非常に高く評価される。申請者らのこれまでの実績を考慮すれば、本長期利用課題においても多くのインパクトある成果創出が期待できるだけでなく、開発される計測技術は広く高圧科学分野で活用されることが期待できるものである。以上、本申請は「SPring-8の特長を活かし、科学技術分野において傑出した成果を生み出す研究、新しい研究領域および研究手法となる研究、産業基盤技術を著しく向上させる研究などの一層の展開を図る」長期利用課題として推進すべきと評価し、採択する。
 なお、SPring-8には、研究費の獲得等により一定の評価を経た課題について、この評価結果を尊重して、科学技術的価値についての二重審査を行わず、研究手段としてのSPring-8の必要性、倫理性(平和目的限定等)、技術的可能性および安全性の審査だけで優先的に利用できる「成果公開優先利用課題」制度がある。申請者は科研費・特別推進研究(令和3~7年度)の代表者であることから、今後は成果公開優先利用課題の利用も是非検討していただきたい。

[実験責任者による研究概要]
 本研究は、ダイヤモンドセルを用いた超高圧高温実験により、「地球コアの化学組成(軽元素組成)」を狭い範囲に制約することを目的とする。1952年にF. Birchによって、コアには鉄とニッケルに加え、多量の「軽元素」を含むことが明らかにされたものの、70年近く経過した今でもその正体(候補は硫黄・ケイ素・酸素・炭素・水素)は不明とされ、地球科学の第一級の問題として残されている。
 この問題は、鉄合金の密度・地震波伝播速度・状態図などと地震学的観測との比較から、本来解決可能な問題である。実際、5つの軽元素の量を決めるのに、地震波観測と比較可能な特性は5つ、状態図・溶解度・元素分配からの制約が3つある。しかしながら現在でもコアの化学組成が不明とされる理由は、コアの超高圧・高温下の実験が容易ではないこと、液体の実験が難しいこと、水素を含む系の高圧実験はハードルが高いことにある。
 一方で、コアの軽元素組成を制約する意義は実に大きい。鉄合金の融解温度や物性は、軽元素組成に強く依存するため、「現在のコアの状態や熱史の理解」が大きく進む。コアの温度推定は、現状1,000度以上もの差がある。これはマントル深部の状態の理解にも大きな影響がある。鉄合金の熱伝導率も軽元素組成次第で倍以上の差が生まれる。これではコアの対流メカニズムを知ることも難しい。また、コアの質量は地球全体の3分の1もあり、コアの中で軽元素は原子比で3割にもなる。コアの軽元素が明らかになれば、地球全体の軽元素の量も初めて解明される。これにより、惑星形成時に、地球にどういう物質が集積したのか、太陽系の地球より外側からどれだけの水や有機物が、どのタイミングで輸送されてきたのか、といった「地球の起源」の理解も大きく進む。
 本研究では、データが特に不足している鉄−水素合金を中心に、また水素と並んで、コアの観測を最もよく説明するとされる酸素にも注目しつつ、主にコアの圧力下で測定を行う。具体的には、液体・固体鉄合金それぞれの1)密度、2)縦波速度、3)状態図、さらには、4)液体−固体鉄間の軽元素の分配と、5)金属−シリケイト間の軽元素の分配を決定する。これらの実験データとそれらを補完する理論計算によって、コア(外核・内核)の可能な軽元素組成を狭い範囲に制約する。

 

 

- 採択課題2 -

課題名 はやぶさ2リターンサンプルのX線CTを用いた初期分析と詳細分析
実験責任者名(所属) 松本 恵(東北大学)
採択時の課題番号 2021B0185(BL20XU)
2021B0188(BL47XU)
ビームライン BL20XU、BL47XU(併用)
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本長期利用課題は、はやぶさ2探査機が小惑星リュウグウから2020年12月に持ち帰った試料の初期分析およびそれに引き続く国際公募研究における詳細分析の実施を目的としている。リュウグウ試料を調べることで、地球の水や有機物の起源や、惑星の成因の解明などにつながる非常に重要な成果が期待される。リュウグウ試料は多様性に特徴があり、多くの手段による分析が予定されているが、中でも本課題で実施される放射光CTによる非破壊三次元分析は、分析フローの最上流に位置づけられる極めて重要な分析とされている。具体的には、BL20XUでは、同一試料に対し、投影型吸収CT、X線回折CT、微分位相CTの3つのモードでCT撮影を行うことのできる統合XCT分析が計画されている。一方、BL47XUでは、DET(Dual-Energy Tomography)-SIXM(Scanning-Imaging X-ray Microscopy)法による有機物や流体包有物などのナノスケール分析を行い、その後の顕微分析につなげる計画となっている。これらの分析技術は、先行の長期利用課題(2019A0165)によって開発され、技術的に確立されたもので、本長期利用課題実施の準備は十分にできていると考えられる。
 学術的価値が極めて高く、社会的関心も高い小惑星回収試料を対象としており、傑出した成果の創出が期待されること、期間の定められた大型プロジェクトの一角を担う研究であることから、本研究は計画的、集中的に実施することが重要であり、長期利用課題として遂行されることが適切であると判断する。学術的成果ももちろんのこと、SPring-8のプレゼンスの向上への貢献も期待するところが大である。このように、研究の意義に関して高い評価が与えられる一方で、具体的な目標設定や研究計画には、検討の不十分さを指摘する審査コメントもあった。また、面接における資料の多くが、先行の長期利用課題の前倒し評価における資料と重複していたことにも疑問が挙げられた。未知の要素が非常に多い試料の分析であるため、実験結果のフィードバックにより新たな技術開発が必要になる可能性など、考えられる検討要素について、より丁寧な説明が望ましい。また、本長期利用課題の研究計画には、最初の1年間の初期分析の後、国際公募課題として採択されることを前提としている不確定要素がある。以上により、研究計画が目論見どおりにならなかった場合には、期間後半のシフト数について、見直しの余地を残した上で、本長期利用課題を採択とする。

[実験責任者による研究概要]
 探査機「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウへの2回の着地と試料採取に成功し、リュウグウ表層物質を地球へ送り届けた。リターンサンプルは、詳細な表面観測が行われた実際の小惑星の物質であり、小惑星の形成と進化、表面における宇宙風化プロセスの解明に繋がる様々な情報を秘めている。本研究では、リターンサンプルついて種々の放射光X線CT手法を組み合わせた非破壊3次元分析を行い、形状・空隙率・密度などの物性および鉱物や有機物の分布・微細組織・化学組成を明らかにする。それらを基に、サンプルが経験した加熱・衝撃・水−岩石相互作用を明らかにし、小惑星リュウグウの形成と進化、宇宙風化プロセスの解明を目指す。
 リュウグウサンプルは、主に数十μm-10 mmの粒子で含水鉱物や有機物を含み、構成物のサイズはサブミクロンから100 μm以上に渡る。このような多様性を持つリュウグウサンプルに対応するため、我々のグループではCT装置の開発や分析・解析プロトコルの開発など準備を進めてきた。これらに基づき、数100 μmより大きい粒子はBL20XU、小さい粒子はBL47XUにおいて、それぞれサンプルに適した分析を行う。
 BL20XUには、共通のサンプルステージを使用し、同一のサンプルに対して、高エネルギー(> 30 keV)で異なる2つの視野・空間分解能を持つ投影型吸収CT(大視野CT:画素サイズ84 nm)とX線回折(XRD)-CT、および微分位相コントラストCTを行う統合CTシステムが整備されている。また、高エネルギー結像CT(30 keV、画素サイズ50 nm)により、ミリサイズの試料を200 nm以下の分解能で観察する事も可能である。同ビームラインには高機能の窒素置換グローブボックスが導入済みで、先行課題で開発した大気遮断サンプルホルダと組み合わせて用いることで、リュウグウ粒子を大気に晒すことなくCT分析を行うことができる。これにより、大きなサンプル粒子の3次元構造と、その情報を基にした関心領域の詳細3次元構造、関心鉱物相の空間分布および軽元素からなる包有物の分布を得る。
 BL47XUには、低エネルギー(7-12 keV)で高空間分解能(画素サイズ:10-100 nm)を有する結像型吸収CTおよび走査−結像X線CT(Scanning-Imaging X-ray Microscopy: SIXM)装置が整備されている。結像型吸収CTでは、FeのK吸収端(7.11 keV)を挟んだ2つのエネルギーで同一サンプルを撮影することにより、サンプル中に含まれる多数の鉱物の同定が可能である(Dual-Energy Tomography: DET)。一方、SIXMでは、位相・吸収CT像が同時に取得可能である。位相コントラストは物質の密度にほぼ比例するため、吸収コントラストでは困難な軽元素からなる物質(水や有機物)と空隙との区別も可能となっている。共通のサンプルステージを使用し、同一のサンプルに対してDETとSIXMを組み合わせて行うことにより、様々な鉱物や有機物(あるいは水)の詳細3次元構造・空間分布情報、空隙率・密度などの物性値を得る。
 本研究では、これらBL20XUとBL47XUを組み合わせ幅広いスケールで分析を行うことで、小惑星リュウグウの形成と進化に迫る。例えば、大きなサンプルの衝撃圧縮・破砕組織の分析によりラブルパイル天体形成プロセスの解明を目指す。また、含水鉱物・有機物の微細な共存組織の分析により初期太陽系の鉱物、水、有機物相互関係の解明を目指す。小惑星の水は、鉱物内に流体包有物(液体)として保存されている場合もある。SIXMでそのような水を見出すことができれば、集束イオンビーム装置で抽出して、顕微鏡による成分分析(CO2、H2Oなど)を行い、リュウグウの集積形成領域を限定することも可能である。さらに、個々のリュウグウ粒子の熱履歴を調べることで、リュウグウの加熱が天体スケールで均一に起こったのか、または不均一に加熱されたのか、小惑星リュウグウの熱史の解明を目指す。探査機は、2回のサンプル採取で、それぞれ小惑星表面と内部の物質を回収したと考えられおり、これらの試料の3次元形状や表面構造の比較から、小惑星表面の宇宙風化作用の解明にも取り組む。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794