Volume 25, No.1 Pages 16 - 20
2. ビームライン/BEAMLINES
SACLAの大出力レーザーシステムについて
High-Power Laser System at SACLA
[1](公財)高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 XFEL Utilization Division, JASRI、[2](国)理化学研究所 放射光科学研究センター RIKEN SPring-8 Center
- Abstract
- X線自由電子レーザー(x-ray free electron laser; XFEL)の特性を利用した代表的な研究手法の一つに、短パルス光学レーザーをポンプとしたポンプ・プローブ計測がある。本報告で紹介する大出力レーザーも短パルスレーザーの一種であるが、その出力は数百TW(~1014 W)級と非常に大きい。このような大出力レーザーのパルスを微小な空間領域に集光して試料に照射することで、非常に高いエネルギー密度状態を作り出すことができる。高エネルギー密度状態下での物質状態や物理現象をXFELにより超高速に診断することを主な利用目的として、SACLAに大出力レーザー(最大出力500 TW)を備えた実験基盤(BL2 EH6)が整備され、そのユーザー供用が2018年度に開始された。本報告では、この実験基盤の整備・開発状況と今後の展望について紹介する。
1. はじめに
XFELと光学レーザーを利用したポンプ・プローブ実験は、生物学、超高速化学、物質科学といった幅広い研究分野で行われており、多くの目覚ましい成果が報告されている。これらに用いられる光学レーザーは、大きくとも数百GW級の出力を持った比較的エネルギーが小さな短パルスレーザーであることが多い(例えば、エネルギー10 mJ、パルス幅数十fsのもの)。SACLA[1][1] T. Ishikawa et al.: Nat. Photonics 6 (2012) 540-544.でも、汎用的に利用可能な比較的小型の光学レーザーが整備されている[2][2] K. Tono et al.: New J. Phys. 15 (2013) 083035.。
一方で、より高エネルギーで、数十TWからPWといった出力を持つ短パルス光学レーザーを用いて研究が行われてきた学術分野に、プラズマ科学、宇宙・地球惑星科学、粒子加速研究などの高エネルギー密度科学やそれに関連した分野がある。これらの実験の多くでは、高い時間及び空間分解能を備えた手法によりシングルショットで測定対象を診断することが求められる。従来は短パルスの光学レーザーまたはレーザー駆動量子源(X線や荷電粒子及び中性子)をプローブとして用いるか、高時間分解能または高空間分解能を有する検出器を用いるなどの手法が採用されてきた。しかし、これらの診断手法では、プローブ光源や計測系の技術的な制約により、直接に診断できない場面が多く見られた。このような状況において、これまでの技術的な制限を超えるための非常に魅力的な診断ツールとして、短パルス、高輝度、高コヒーレンスなXFELに期待が寄せられ、世界的にも大出力のレーザーとXFELを同時利用できる実験基盤の開発が求められていた。
このような背景のもと、SACLAでは2014年度から大出力レーザーの整備を開始した。この大出力レーザーを利用可能な実験基盤を2018年度からSACLA BL2 EH6にて一般ユーザー利用研究に供している[3][3] T. Yabuuchi et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 585-594.。大出力の短パルス光学レーザーの整備が行われている他のXFEL施設としては、米国LCLS[4][4] B. Nagler et al.: J. Synchrotron Rad. 22 (2015) 520-525.と欧州European XFEL[5][5] M. Nakatsutsumi et al.: Plasma Phys. Control. Fusion 59 (2017) 014028.がある。
2. SACLA BL2 EH6整備
2.1 概要
SACLAにある2つの硬X線ビームラインの1つであるBL2の最下流に設置されている実験ハッチがEH6である(図1)。このEH6はSACLA実験研究棟とSPring-8蓄積リング棟の間にあるXFEL−SPring-8相互利用実験施設内にある。BL2の最下流であるため、ビームライン上に大型の実験用真空チャンバー(1.4 × 3.0 × 1.6 m)を常設可能であり、BL2の他の実験ハッチで実験が行われている間もEH6内で大出力レーザーを用いた調整作業を行うことができる。
図1 (a) SACLA BL2 EH6の概要。(b) 実験用真空チャンバーの内観。
整備された大出力レーザーシステムは、最大出力が500 TWのレーザー装置2台で構成されている。これらをXFELと組み合わせて使うことで、2つの大出力レーザーとXFELを同時に利用可能となる。ただし、当面は実験基盤の安定運用や基本機能の高度化をユーザー実験の遂行と両立させるため、1台の大出力レーザー装置を最大200 TW(8 J/40 fs)の出力に制限して運用している。
2.2 XFEL光学系整備
現在、SACLAの通常のオペレーションモードでは、加速器を60 Hzで運転し、電子ビームをBL2とBL3の2つのビームラインに均等に振り分けている[6][6] K. Tono et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 595-602.。自己増幅自発放射(self-amplified spontaneous emission; SASE)方式の運用では、BL2とBL3はおおよそ同等のXFEL特性を有している。BL2で通常利用される光子エネルギーは4~15 keVの範囲であり、例えば光子エネルギー10 keVの典型的なオペレーションでは、パルス幅は10 fs以下、パルスエネルギーは500 µJ程度である。このパルスのバンド幅は、典型的にはΔE/E~5 × 10-3程度であるが、二結晶分光器を用いることで、1 × 10-4程度まで単色化して利用することも可能である。
EH6では、XFELはベリリウム製の複合屈折レンズ(compound refractive lens; CRL)を利用することで、光軸上の所望の位置に集光して利用できる。非集光のコリメートビームの場合はビーム径が1 mm程度であるが、二次元放物面型のCRLを利用することで、サンプル位置で最小数ミクロンまで集光できる。ここで、EH6の整備にあたっては、基本的な考え方として、サンプル位置は実験によらずに固定するという方針を採用している。これは、後述する大口径の大出力レーザーの輸送や集光調整に必要な測定・監視システムの配置を固定し、安定的にレーザーを調整するためである。この方針に則り、反射光学系であるKirkpatrick-Baez(KB)ミラー光学系ではなく、XFEL光軸を同一に保ったまま集光ビームサイズを変更できるCRLの集光光学系を採用した。
2.3 大出力レーザー整備
EH6で利用する大出力のレーザーパルスは、相互利用実験施設に隣接して建設されたレーザーハッチ6(LH6)から輸送される。チャープパルス増幅法でエネルギー増幅されたTi:Sapphireレーザーパルスは、LH6から相互利用実験施設へ輸送された後に、回折格子により数十fs程度までパルス圧縮される。LH6内の最終段の増幅器において、レーザーの繰り返し周波数は1 Hzとなる。レーザーシステムの概要を図2に示す。
図2 大出力レーザーシステムのシステム概要(1ビーム分)
パルス圧縮されたレーザー光は、複数の輸送用ミラーを経て最終的に軸外し放物面鏡(off-axis parabolic mirrors; OAP)で実験用真空チャンバー内のサンプル上に集光される。パルス圧縮部以降は真空内を伝搬させ、非線形効果によるパルスの劣化を防いでいる。加えて、大出力のレーザーパルスによる光学素子の損傷を防ぐために輸送中のレーザー光の直径は約12 cmと大きく、それに伴って大型の光学素子を使用する必要がある。実験用真空チャンバーが大型であるのは、このような大口径のレーザーパルスと光学素子を取り扱うためである。
実験基盤の開発整備段階において、OAPでサンプル上に集光されたレーザー光の強度は、2 × 1018 W/cm2を十分上回ることを複数の手法で確認した。具体的には、低エネルギーのレーザーパルスの集光スポットを直接顕微鏡でモニタする手法と、高強度レーザーがサンプルと相互作用することによって生成する高エネルギー電子のエネルギー分布を測定する手法の2つを利用しており、両者の間で矛盾のない結果を得ている。Ti:Sapphireレーザーのような波長800 nm程度のレーザーパルスにおいては、2 × 1018 W/cm2を超えるような高強度で物質と相互作用した場合には、プラズマ化した物質の持つ電子とレーザー光の電磁場の相互作用現象において、相対論的効果を無視できなくなることが知られている。この閾値を十分上回ることは、高強度レーザーを利用した高エネルギー密度科学研究を行うためにレーザーが満たすべき重要な指標の一つとされている。
2.4 XFELと大出力レーザーの重ね合わせ
XFELと大出力レーザーの同時利用実験を行う際の重要な課題として、これらのレーザーの空間及び時間の重ね合わせがある。いずれのレーザーもスポット径とパルス幅は大きくても数十µmや数十fs程度である。精密な実験を行うためには、これらの相対関係を必要十分な精度で調整し、また、長時間の揺らぎを十分抑制することが求められる。
空間に関しては、XFELの変動は大出力レーザーのそれに対して非常に小さく無視できる程度であるので、大出力レーザーのポインティング揺らぎを如何に抑制するかが鍵となる。これまでの実績では、サンプル位置での水平、垂直の大出力レーザーのポインティング変動量のσは5 µm以下を達成している。
時間に関しては、60 Hzで駆動するXFELのシステムに対して、大出力レーザーシステム側で同期する必要がある。大出力レーザーの発振器には、SACLAのCバンド加速器駆動高周波信号(5.7 GHz RF信号)を参照基準信号として同期するシステムを採用している。このシステムでは、発振器からのレーザーパルストレイン(79.3 MHz)と参照基準信号の位相差を光−マイクロ波バランス位相検出器[7][7] J. Kim, F. X. Kartner and M. H. Perrott: Opt. Lett. 29 (2004) 2076-2078.で検出し、レーザーパルスタイミングを基準信号と高精度に同期させる。
こうして発生した大出力レーザーとXFELを、各々10 Hzに間引き、サンプル位置での到達時刻揺らぎを測定した結果を図3に示す。この測定は空間デコーディング法と呼ばれる手法[8][8] T. Sato et al.: Appl. Phys. Express 8 (2015) 012702.を用いて行った。ヒ化ガリウム(gallium arsenide; GaAs)基板を光学レーザーに垂直になるようサンプル位置に設置し、適度に集光したXFELを大きな入射角でGaAsに照射する。XFELが照射された領域では、XFELの照射に伴って波長800 nmの光学レーザーのGaAs透過率が急速に変化する。このような空間配置をとることで、XFELがGaAsに到達する時刻が試料面内で異なるため、XFELと光学レーザーが同時に試料に到達した時刻情報を位置情報に焼き直して取得することが可能となる。この時、到達時刻の変動は透過率の空間分布の変動となって記録される。
図3 XFELと大出力レーザーのサンプルへの到達時刻の時間変動。XFELを基準とした大出力レーザーのサンプル位置への到達時刻(赤点)。青点は、各時刻における到達時刻の揺らぎ(3分間)を表す。
これまでの調整で、短時間の時間揺らぎはおよそ20 fs(rms)程度まで抑制できている。これは、2つのパルスの時間揺らぎが、現在ユーザーに提供している大出力レーザーのパルス幅(半値幅で~40 fs)内の揺らぎで収まっていることを意味している。一方、図から分かるように、長時間では数百fsを超えるようなドリフトが見られる。これについては、装置の安定性の改善、また、常時ドリフトを監視する手法の開発などに引き続き取り組んでいるところである。
2.5 XFELと大出力レーザーの同時利用環境の整備
この種の大出力レーザーを用いた実験では、レーザー照射に伴って、サンプルは容易に破壊される。例えば固体サンプルの場合、その損傷領域はレーザー照射領域より格段に広く、数mm程度に及ぶ。そのため、いわゆる破壊型のシングルショット測定を行い、その都度サンプルをレーザー照射位置に供給する必要がある。EH6の真空チャンバーには、サンプルの位置調整のための汎用のサンプル駆動ステージや光学監視システムを備え付けている。
これまでのユーザー実験の経験から、如何に効率よくサンプルを真空チャンバー内に供給し、また設置調整するかが、ショットレートを最大化する上で非常に重要であることが明確となってきた。現在のシステムでは、1日の最大ショット数は真空チャンバー内に一度にセットできるサンプル数で制約されており、具合的には100~120ショット程度である。この制約を改善するために、サンプル供給機構の高度化を進めている。
シングルショットのポンプ・プローブ実験では、1 Hzで稼働する大出力レーザーと30 Hzで稼働するBL2 XFELから、それぞれ1パルスのみ切り出してサンプルに照射する。従来のレーザー実験施設においては、このような大出力レーザーのサンプル照射をユーザー自身が操作して行うことはほとんどない。これに対し、EH6ではSACLAの他の実験と同様のツールを用いて、安全なショットをユーザー自身が行えることを目指して環境を構築してきた。現状では、ユーザー自身で端末を操作し、XFELとレーザーの照射時間差を希望する値に変更しながらショットを行うことが可能となっている。
3. ユーザー供用後と今後の展望
SACLA BL2 EH6における大出力レーザーとXFELを同時利用した実験基盤は、ユーザー利用が始まってから間もなく2年が経とうとしている。供用開始後、2019A期までに6件のユーザー利用実験が行われており、2019B期も2件が採択されている。これらは大出力レーザーの持つ高いパルスエネルギーまたは集光強度を活用した実験であり、SACLAに従来からある同期レーザーでは実現できなかった物質状態下でのXFEL利用研究である。今日まで、これらのユーザー実験で得られた知見も反映させながら、継続的にレーザー装置、実験環境の開発研究を進めてきた。
このような大出力のレーザーを利用できる実験基盤は、国内ではレーザー単体であっても非常に限られており、XFELと組み合わせて利用できる装置としては世界的にも貴重である。一方で、海外のXFEL施設で類似の基盤が整備されつつある状況を鑑みると、SACLAからのタイムリーな成果創出が求められる。今後もユーザー実験を安定的に実施していくとともに、国内外のユーザー、ポテンシャルユーザーとも密接な関係を構築し、一層の高度化を進める計画である。
謝辞
本実験基盤の整備では、大阪大学の兒玉了祐氏、羽原英明氏にご協力いただいた。この場を借りて感謝申し上げる。
参考文献
[1] T. Ishikawa et al.: Nat. Photonics 6 (2012) 540-544.
[2] K. Tono et al.: New J. Phys. 15 (2013) 083035.
[3] T. Yabuuchi et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 585-594.
[4] B. Nagler et al.: J. Synchrotron Rad. 22 (2015) 520-525.
[5] M. Nakatsutsumi et al.: Plasma Phys. Control. Fusion 59 (2017) 014028.
[6] K. Tono et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 595-602.
[7] J. Kim, F. X. Kartner and M. H. Perrott: Opt. Lett. 29 (2004) 2076-2078.
[8] T. Sato et al.: Appl. Phys. Express 8 (2015) 012702.
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