Volume 21, No.2 Pages 106 - 109
2. ビームライン/BEAMLINES
分割型クロス・アンジュレータによる偏光制御型高輝度軟X線ビームラインSPring-8 BL07LSU
Polarization-Controlled High-Brilliance Soft X-ray Beamline with a Segmented Cross Undulator: SPring-8 BL07LSU
東京大学 物性研究所/東京大学 放射光連携研究機構 The Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo
- Abstract
- SPring-8 BL07LSUは高輝度軟X線ビームラインとして(1)光エネルギー250−2,000 eV、(2)分解能10,000以上、(3)スポットサイズ10 µm以下(ゾーンプレートで70 nm、ミラー集光で1 µm)、(4)強度~1012 photons/秒、(5)偏光の切換、といった光学性能を有し、先端的な軟X線実験装置の開発及び利用実験が実施されています。光源加速器は世界唯一の分割型クロス・アンジュレータであり、偏光を自由に変えられるだけでなく、その切換も高速にできる特徴があります。本稿では、この偏光特性を中心にビームラインの現状を紹介します。
1. はじめに
我々が目にする(可視)光を物質に照射すると吸収、散乱、そして発光がおこります。同様な現象は波長がナノメートル(nm、10−9 m)程度の軟X線の光でも起き、その結果、吸収分光、光散乱・回折、発光・非弾性散乱などの測定法が生まれ、基礎から応用まで幅広い研究分野で利用されています。これらの分析法は軟X線が高輝度になると、より高いエネルギー分解能で測定ができるだけなく、時間分解、微小領域(ナノ空間)、実環境下での実験も実施できるようになります。最後のものはオペランド(ラテン語:operando)測定と呼ばれ、実触媒やデバイス動作下での物質の様子を直接探ることができるため、産業課題の解決を基礎科学から実施できるものとして、最近、特に注目を集めています。
このような高輝度軟X線を発生する光源として、SPring-8 BL07LSU[1][1] S. Yamamoto, Y. Senba, T. Tanaka, H. Ohashi, T. Hirono, H. Kimura, M. Fujisawa, J. Miyawaki, A. Harasawa, T. Seike, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, M. Takeuchi, T. Ohata, Y. Furukawa, K. Takeshita, S. Goto, Y. Harada, S. Shin, H. Kitamura, A. Kakizaki, M. Oshima and I. Matsuda: J. Syn. Rad. 21 (2014) 352-365.では全長約30 mの長尺アンジュレータ(undulator)が理化学研究所放射光科学総合研究センターと公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の協力の下に設置、そして管理・運営されています。そしてこの長尺アンジュレータ(ID07)と連続偏角可変のMonk-Gillieson型不等刻線間隔平面回折格子分光器[2][2] Y. Senba, S. Yamamoto, H. Ohashi, I. Matsuda, M. Fujisawa, A. Harasawa, T. Okuda, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, T. Ohata, Y. Furukawa, T. Tanaka, K. Takeshita, S. Goto, H. Kitamura, A. Kakizaki and M. Oshima: Nucl. Instr. and Meth. A 649 (2011) 58-60.により、高輝度軟X線ビームラインとして現在、(1)光エネルギー250−2,000 eV、(2)分解能10,000以上、(3)スポットサイズ10 μm以下(ゾーンプレートで70 nm、ミラー集光で1 μm)、(4)強度~1012 photons/秒、(5)偏光の切換、の性能を達成しています。エンドステーションでは時間分解軟X線光電子分光や、3次元光電子顕微分光、高分解能発光分光、雰囲気軟X線光電子分光、共鳴軟X線回折、共鳴磁気光学効果などの先端測定法の開発やそれらを用いた物質科学の研究が実施されています。
図1 SPring-8 BL07LSUの挿入光源ID07
(a)水平偏光型「8の字」アンジュレータ、(b)垂直偏光型「8の字」アンジュレータ、(c)2種類を各4台、合計8台のアンジュレータから構成された長尺アンジュレータの写真。挿入図はビームラインのロゴマーク。
2. 分割型クロス・アンジュレータ
アンジュレータ中では、電子の軌道が周期的に変化(加速度運動)することで電磁波が発生(軌道放射)・干渉し、放射光の強度及び単色性が向上します(アンジュレータ光の発生)。そしてその電子軌道を制御すると、生成される軟X線フォトンの偏光特性も選択することができます。例えば、アンジュレータ中の電子が、蛇行や「8の字」の軌道で運動をすると直線偏光の光が、螺旋運動すると円偏光が、それぞれ光軸に沿って発生します。一方、光は複数の光を重ね合わせることでも、その偏光特性を変えることができます。そこで水平直線偏光と垂直直線偏光の2種類のアンジュレータを組み合わせた「クロス・アンジュレータ」が提案され[3][3] K. J. Kim: Nucl. Instr. and Meth. 222 (1984) 11-13.、ドイツはBESSY放射光施設でその開発が行われ[4][4] J. Bahrdt, A. Gaupp, W. Gudat, M. Mast, K. Molter, W. B. Peatman, M. Scheer, Th. Schroeter and Ch. Wang: Rev. Sci. Instrum. 63 (1992) 339.、最近ではX線自由電子レーザーでもその利用[5][5] E. Ferrari, E. Allaria, J. Buck, G. De Ninno, B. Diviacco, D. Gauthier, L. Giannessi, L. Glaser, Z. Huang, M. Ilchen, G. Lambert, A. A. Lutman, B. Mahieu, G. Penco, C. Spezzani and J. Viefhaus: Scientific Reports 5 (2015) 13531.が検討されています。この光源の鍵となるのは内部で電子軌道が異なる2種類のアンジュレータの間に置かれた移相器で、これは電子の軌道を変化させることでそれぞれのアンジュレータ光に位相差を生み出し、放射光全体の偏光を制御するものです。しかしながらクロス・アンジュレータは、仮に質の良いビームを用いても、フラックスを十分に得ようとする限り高い偏光度は期待できず、改善するためにはセグメント数を増やした「分割型」のクロス・アンジュレータにしなくてはなりません[6,7][6] T. Tanaka and H. Kitamura: AIP Conf. Proc. 705 (2004) 231.
[7] T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 490 (2002) 583-591.。
SPring-8 BL07LSUでは、この「分割型」クロス・アンジュレータを採用しています[1][1] S. Yamamoto, Y. Senba, T. Tanaka, H. Ohashi, T. Hirono, H. Kimura, M. Fujisawa, J. Miyawaki, A. Harasawa, T. Seike, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, M. Takeuchi, T. Ohata, Y. Furukawa, K. Takeshita, S. Goto, Y. Harada, S. Shin, H. Kitamura, A. Kakizaki, M. Oshima and I. Matsuda: J. Syn. Rad. 21 (2014) 352-365.。実際の挿入光源(ID07)では、図2のように水平の直線偏光を生成する水平偏光型「8の字」アンジュレータ(H)、垂直の直線偏光を生成する垂直偏光型「8の字」アンジュレータ(V)の2種類のセグメント各4台を交互に並べたものを用意しています。そしてセグメントの間には移相器(Phase Shifter, PS)として、図3のように「永久磁石型」と「電磁石型」のものが1ペアとして、合計7ペアが設置されています[8][8] I. Matsuda, A. Kuroda, J. Miyawaki, Y. Kosegawa, S. Yamamoto, T. Seike, T. Bizen, Y. Harada, T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 767 (2014) 296-299.。それぞれ磁石間の空間ギャップ及び電磁石コイルに流す電流で、運動する電子に印加する磁場の大きさを調整しています。BL07LSUではエンドステーションでユーザーが水平直線偏光(LH)及び垂直直線偏光(LV)を用いる場合はそれぞれ水平偏光型「8の字」アンジュレータ(H)及び垂直偏光型「8の字」アンジュレータ(V)を用い、いずれも直偏光度はPl = 1.00です[1][1] S. Yamamoto, Y. Senba, T. Tanaka, H. Ohashi, T. Hirono, H. Kimura, M. Fujisawa, J. Miyawaki, A. Harasawa, T. Seike, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, M. Takeuchi, T. Ohata, Y. Furukawa, K. Takeshita, S. Goto, Y. Harada, S. Shin, H. Kitamura, A. Kakizaki, M. Oshima and I. Matsuda: J. Syn. Rad. 21 (2014) 352-365.。円偏光(LHCP、RHCP)や斜め直線偏光(楕円偏光)を用いる場合は、2種類のアンジュレータセグメントと移相器を組み合わせます。図4は各アンジュレータセグメントの種類及び台数に応じた光スペクトルの変化です。図のように分割型クロス・アンジュレータのセグメントの台数に応じて強度が大きくなり、またメインピーク(main peak)と共にサイドピーク(side peak)が現れる特徴もあります。円偏光度は高い光エネルギー側のサイドピークで最も高くなり、Pc = +/−0.93はあります[1][1] S. Yamamoto, Y. Senba, T. Tanaka, H. Ohashi, T. Hirono, H. Kimura, M. Fujisawa, J. Miyawaki, A. Harasawa, T. Seike, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, M. Takeuchi, T. Ohata, Y. Furukawa, K. Takeshita, S. Goto, Y. Harada, S. Shin, H. Kitamura, A. Kakizaki, M. Oshima and I. Matsuda: J. Syn. Rad. 21 (2014) 352-365.。
図2 SPring-8 BL07LSUの長尺アンジュレータID07の構成図。水平偏光型「8の字」アンジュレータセグメント(H)及び垂直偏光型「8の字」アンジュレータセグメント(V)から構成され、それぞれの間に移相器(PS)として「永久磁石型」(緑色)と「電磁石型」(黄色)がペアとなって設置されています(図3)。この図の右側にビームラインがあります。
図3 2種類のアンジュレータの間に設置された (i) 永久磁石型及び、(ii) 電磁石型移相器(PS)の写真です。この写真の左の方にビームラインがあります。
図4 SPring-8 BL07LSUで発生した光スペクトルにおけるアンジュレータセグメント台数に対する変化。
3. 偏光スイッチング
ビームラインBL07LSUのクロス・アンジュレータでは移相器として電磁石型を用いているため、AC電流を使用することで偏光を高速に切り換えることができます。図5は電磁石移相器の(a) 3次元図と(b) 調整中に撮影した実物の写真です[8][8] I. Matsuda, A. Kuroda, J. Miyawaki, Y. Kosegawa, S. Yamamoto, T. Seike, T. Bizen, Y. Harada, T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 767 (2014) 296-299.。(a)のように2つカットコアコイルから構成され、その間のスペースを電子(electron)が通過します。そしてコイルの中を設定したパターンの電流が流れて、その間の磁場を時間変化させます。(b)のように実物ではSUS製の薄肉チャンバーがコイルの間に設置され、電子が通過するところを超高真空条件にしています。
図5 電磁石移相器の様子 (a) 3次元図、(b) 調整中の写真。
吸収分光で偏光実験を行う場合、直線偏光を元にして移相器で位相を+/−π/2変調させると、左右円偏光を高速で切り換えることができます。そして該当する周波数成分の吸収信号を抽出すると、自動的に円2色性を測定することができます。図6はFePt合金のFe L3端磁気円2色性のスペクトルについて、永久磁石型移相器で左右の円偏光を切り換えて測定したものと、10 Hzで偏光スイッチングしたものを比較したものです。これらはH5+V6の2台のアンジュレータのペアで測定したものですが、磁気円2色性がこの偏光スイッチングで確かに測定することができるのが分かります。クロス・アンジュレータでは高速に偏光を切り換えても光源点がずれません。そのため、エンドステーションにおける微小スポットや高分解能の軟X線実験などとの相性が良く、今後微小信号検出や新しい物理量の測定に力を発揮することが期待されます。
図6 FePt合金のFe L3端磁気円2色性(XMCD)スペクトル。永久磁石型移相器で測定したもの(static)と電磁石型移相器による偏光スイッチングで測定したもの(switching)。外部磁場0.26 Tにより、試料は面直磁化しています。
4. まとめ
SPring-8 BL07LSUは現在、高輝度軟X線ビームラインとしてユーザーに利用され、物質科学において順調に成果をあげています。光源の分割型クロス・アンジュレータの特性を活かした高速切換実験として、これまで2台のアンジュレータセグメント(H+V)を用いた実証実験に成功しました。今後は8台全てを利用した偏光スイッチング実験を実現し、この新しい光源機能を利用した次の軟X線測定技術の展開を図ります。
謝辞
SPring-8 BL07LSUにて軟X線分光・散乱実験の開発を行い、そしてユーザーにそれらを利用していただけるのは、理化学研究所放射光科学総合研究センター、公益財団法人高輝度光科学研究センター、VUV・SX高輝度光源利用者懇談会、東京大学放射光連携研究機構、東京大学物性研究所の関係者の協力あってのことです。本紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。
参考文献
[1] S. Yamamoto, Y. Senba, T. Tanaka, H. Ohashi, T. Hirono, H. Kimura, M. Fujisawa, J. Miyawaki, A. Harasawa, T. Seike, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, M. Takeuchi, T. Ohata, Y. Furukawa, K. Takeshita, S. Goto, Y. Harada, S. Shin, H. Kitamura, A. Kakizaki, M. Oshima and I. Matsuda: J. Syn. Rad. 21 (2014) 352-365.
[2] Y. Senba, S. Yamamoto, H. Ohashi, I. Matsuda, M. Fujisawa, A. Harasawa, T. Okuda, S. Takahashi, N. Nariyama, T. Matsushita, T. Ohata, Y. Furukawa, T. Tanaka, K. Takeshita, S. Goto, H. Kitamura, A. Kakizaki and M. Oshima: Nucl. Instr. and Meth. A 649 (2011) 58-60.
[3] K. J. Kim: Nucl. Instr. and Meth. 222 (1984) 11-13.
[4] J. Bahrdt, A. Gaupp, W. Gudat, M. Mast, K. Molter, W. B. Peatman, M. Scheer, Th. Schroeter and Ch. Wang: Rev. Sci. Instrum. 63 (1992) 339.
[5] E. Ferrari, E. Allaria, J. Buck, G. De Ninno, B. Diviacco, D. Gauthier, L. Giannessi, L. Glaser, Z. Huang, M. Ilchen, G. Lambert, A. A. Lutman, B. Mahieu, G. Penco, C. Spezzani and J. Viefhaus: Scientific Reports 5 (2015) 13531.
[6] T. Tanaka and H. Kitamura: AIP Conf. Proc. 705 (2004) 231.
[7] T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 490 (2002) 583-591.
[8] I. Matsuda, A. Kuroda, J. Miyawaki, Y. Kosegawa, S. Yamamoto, T. Seike, T. Bizen, Y. Harada, T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 767 (2014) 296-299.
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