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Volume 20, No.3 Pages 251 - 253

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第1回低エミッタンス-ラティス設計に関するワークショップ
The 1st Workshop on Low Emittance Lattice Design

早乙女 光一 SOUTOME Kouichi

(公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI

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SPring-8

 

 現在、世界各地の放射光施設では、電子ビームのエミッタンスを1桁以上低減させるための加速器のアップグレード計画が盛んに検討されている。そのような計画の基本となる電磁石ラティスの設計に関して、各施設の検討状況や問題点などを議論すべく、2015年4月23~24日の2日間、バルセロナでワークショップが開催された(ホストはALBA Synchrotron)。以下、この会議について報告する。
 放射光の発生源は、蓄積リングを周回している電子ビームである。電子ビームは、リングに設置された高周波加速空胴を通過するタイミングで集群(バンチング)しており、縦方向(進行方向)と横方向(水平および垂直方向)それぞれに広がりを持っている。縦方向の広がりは放射光のパルス幅を決め、横方向の広がりは放射光の輝度を決める。従って高輝度放射光を得るには、集群している電子の横方向運動に関する位相空間面積、すなわち位置と角度の広がりをできるだけ小さく抑えて、断面積が小さく平行度の高い電子ビームを得ることが必要となる。この位置と角度の広がりの程度を表す量(位相空間面積)がエミッタンスであり、運動の方向に応じて、水平あるいは垂直エミッタンスと呼ばれる(単位はm・rad)。
 電子は偏向電磁石を通過する際に放射光を発生するが、この時の不連続なエネルギー変化によって電子が振動を始める。これがエミッタンス発生の源である。一般の蓄積リングでは水平面内で電子ビームを周回させるため、エミッタンスは水平方向に有限な値をとる。これを自然エミッタンスと呼び、単に「エミッタンス」といった場合には自然エミッタンスを指すことが多い。
 垂直エミッタンスは、誤差磁場などの影響で垂直方向に軌道が曲げられたり、電子の水平振動が垂直方向に回り込んだりすることで発生する。現SPring-8では、垂直/水平エミッタンス比はおよそ0.002であり、集群した電子ビームは水平面内に広がった扁平な断面を持っている。挿入光源発光点位置での水平方向の空間広がりは316 µm、角度広がりは8.8 µradで、自然エミッタンスの設計値は2.4 × 10-9 m・rad(= 2.4 nm・rad)である[1][1] 広がりの値は分布のrms値である。空間広がりと角度広がりには電子のエネルギー広がり(およそ0.1%)からの寄与も含まれており、積が2.4 nm・radにならないのはそのためである。
 ではどうすれば、エミッタンスを下げられるのか。前述の通り、偏向電磁石での放射光放出に伴う電子のエネルギー変化は、電子の水平振動を生み、位相空間面積を増大させる方向に作用する。従って、偏向電磁石を弱くして数を増やし(マルチベンド化)、エネルギー分散関数[2][2] エネルギーが設計値からずれた電子は中心軌道から離れた軌道を通る。この軌道のずれは相対エネルギー偏差に最低次で比例し、その比例係数をエネルギー分散関数(ディスパージョン関数)と呼ぶ。を下げて放射光発生に伴う振動の励起を弱め、同時に偏向電磁石部での電子の位相空間分布を最適化して、角度変化の影響が極力抑制される状況を収束(4極)電磁石で作り出せればよい。
 既存のリングに偏向電磁石を追加することは容易ではないが、4極電磁石の励磁量を変えてエネルギー分散関数を調整し、エミッタンスを低減させることはある程度可能で、現SPring-8でも行われてきた[3,4][3] 田中均 他:SPring-8利用者情報 Vol.8 No.2 (2003) 84-89.
[4] 下崎義人 他:SPring-8利用者情報 Vol.19 No.3 (2014) 244-250.
。しかし1桁以上のエミッタンス低減を目指すには、偏向電磁石も含めたリングの電磁石並び(これをラティスと呼ぶ)を抜本的に見直す必要がある。昨年公開された“SPring-8-II Conceptual Design Report”[5][5] “SPring-8-II Conceptual Design Report” http://rsc.riken.jp/pdf/SPring-8-II.pdfは、そのようなラティスの改造案を示したものである。
 現在、世界的に検討が行われている低エミッタンスラティスは、マルチベンド化を基本としたものである。このようなラティスが近年現実味を帯びてきた背景の1つには、挿入光源技術の進展がある。真空封止型アンジュレータの短周期化により、低エネルギーのコンパクトなリングでも短波長領域の高輝度X線を発生させることが可能となった。
 また電子ビームの非線形ダイナミックスの最適化手法の深化もあげられよう。一般に低エミッタンス化を追求していくと、ビームを収束させるための4極磁石を強めることが必要となり、収束力のエネルギー依存性(色収差)を補償するための6極磁石もそれに応じて強くしなければならない。この強い6極磁場は、電子の変位に対して非線形な力を与え、入射ビームなど大振幅の電子を不安定にさせる。この非線形性の制御が低エミッタンスラティス設計の際の一つのポイントである。周長が決まっているなどの与えられた境界条件の下で、なるべく弱い磁場で安定領域を広げながら、エミッタンスを極力下げる、という作業を繰り返していく。ハードウェアに対する要求も必然的に厳しくなり、その点においてもハードルは高くなる。
 そこでサブnm・radの低エミッタンスリングに関する問題点を議論し、その実現可能性をより確かなものにしていこうという主旨で、これまでに何度かワークショップが開催されてきた。今回のワークショップもそのような主旨での開催であり、主にラティスデザインとそれにまつわる話題に特化したものである。
 ワークショップ自体はEuCARD-2(Enhanced European Coordination of Accelerator Research & Development)[6][6] http://eucard2.web.cern.chという枠組みの中での開催であり、放射光施設関係者以外にも、CLIC(Compact Linear Collider)ダンピングリングなどに携わるCERN関係者が多数参加していた。全部で51名の参加があったが、欧米の施設からの参加者がほとんどで、日本からの参加は筆者のみであった。ワークショップは、内容によって、
・Design Concepts
・Design Tools / Tools for Non-linear Optimization
・Error Sensitivity
・Influence of Collective Effects on Design
・Future Circular Colliders
の5つのセッションに区切られ、講演と議論が進められた。最初のセッションではAPS、SPring-8、ESRF、MAX-IV、DIAMOND、SLS、Elettraの各放射光施設での検討状況が報告された。今回は発表がなかったが、ALSとSIRIUSでも低エミッタンスリングの計画があり、これらも含めた現時点での各施設の計画一覧を、表1に示す。表1からわかる通り、ESRF(現6 GeV)、APS(現7 GeV)、SPring-8(現8 GeV)のいわゆる「三極」は、いずれもビームエネルギーを6 GeVとする計画である。一方、中型のリングでは、ビームエネルギーが2~3 GeVの範囲に集約している。

 

表1:サブnm・radエミッタンスリング計画(D. Einfeld氏の発表スライドをもとに作成)。表中、Eは電子ビームのエネルギー、ɛはエミッタンス、Cは蓄積リングの周長、NBはユニットセル当たりの偏向電磁石の数、Jxは水平ダンピングパーティション数、B'は4極電磁石の最大磁場を表す。2015年4月時点。

Facility E [GeV] ε [nm·rad] C [m] NB Jx B' [T/m]
ALS II (USA) 2 0.052 197 9 1.30 133.4
Elettra II (Italy) 2 0.280 260 6 1.26 53.2
SLS II (Switzerland) 2.4 0.132 288 6 1.69 68.0
MAX-IV (Sweden) 3 0.33 528 7 1.8 40.5
SIRIUS (Brazil) 3 0.28 518 5 1.31 33.0
DIAMOND II (UK) 3 0.28 543 4 1.32 53.0
ESRF II (France) 6 0.133 844 7 1.51 91.1
APS II (USA) 6 0.065 1104 7 1.62 80.3
SPring-8-II (Japan) 6 0.149 1436 5 1.00 55.4

 

 

「三極」の中で最も具体的に計画が進んでいるのはESRFである。ESRFでは、既にラティスデザインをフィックスさせ、アップグレードに向けての機器の詳細設計と製作を開始している。2018年12月にマシンをシャットダウンして改造工事を始め、2020年6月にはユーザー運転再開という予定である。ESRFのラティスデザインは特筆すべきもので、色収差の発生を抑えつつエミッタンスを低減させ、さらに6極磁場の影響が相殺するようにベータトロン位相条件を課すというものである。
 このラティスの基本的な考え方はAPSとSPring-8でも取り入れている。ただしESRFのラティスは、強い機能結合型電磁石[7][7] ビーム軌道を曲げるための機能(偏向磁場成分)と、収束/発散機能(4極磁場成分)を併せ持つ電磁石。例えば4極電磁石の磁場中心から離れた所にビームを通すと、そのような機能が得られる。を使って設計されており、電磁石設置の省スペース化と水平ダンピングパーティション数Jx[8][8] 放射光という形でのエネルギー放出自体は、電子の振動を減衰させる方向に作用する。水平方向x、垂直方向y、進行方向zそれぞれの減衰の強さを表す量がダンピングパーティション数で、機能分離型の偏向電磁石を使ったラティス(例えば現SPring-8)では、Jx : Jy : Jz = 1 : 1 : 2となる。この割合は、機能結合型の電磁石を使うと、和が一定(= 4)の条件の下である程度制御することができる。例えば、Jx = 1.3とすると、水平エミッタンスは、1/1.3倍になる。の制御による低エミッタンス化という観点ではメリットがあるが、機能結合型電磁石の製作および設置に関して20~30 µmという要求精度をクリアできるかが大きな課題である。SPring-8-IIのラティス設計では、今のところ機能結合型電磁石の採用は考えていない。その理由は、シミュレーション計算[9][9] 下崎義人、金木公孝による。の結果、精密アラインメントの困難さがネックとなり、到達性能の観点から機能結合型電磁石を使ったラティスに優越性を見出せないと判断したためである。この点は筆者の講演でも指摘したのであるが、実は表1に示す計画のうちSPring-8-II以外では全て、機能結合型電磁石が使われている(これは、Jxが1より大きいことでわかる)。ラティス設計上、機能結合型電磁石が安易に導入されていないか、今一度慎重に検討すべきではないだろうか。
 今回のワークショップのプログラムや発表スライドなどは既に公開されている[10][10] https://indico.cern.ch/event/370770/。加速器の詳細な検討にまつわる話題であるため、興味のある方はそちらを参照していただくことにして、ここではそれらを逐一紹介することは省かせていただく。
 最後に一言。ESRFもそうであるが、2020年を一区切り(マイルストーン的な意味も含めて)と捉えている施設が結構多い。各施設でのアップグレード計画が順調に推移したとすると、今から5~10年後には世の中が一変しているかもしれない。その中においてもなお、SPring-8が最先端の放射光施設であり続けるのは容易なことではない。今回のワークショップに参加して、改めてそう感じた。

 

20-3-2015_p251_pic1

 

 

注釈と参考文献
[1] 広がりの値は分布のrms値である。空間広がりと角度広がりには電子のエネルギー広がり(およそ0.1%)からの寄与も含まれており、積が2.4 nm・radにならないのはそのためである。
[2] エネルギーが設計値からずれた電子は中心軌道から離れた軌道を通る。この軌道のずれは相対エネルギー偏差に最低次で比例し、その比例係数をエネルギー分散関数(ディスパージョン関数)と呼ぶ。
[3] 田中均 他:SPring-8利用者情報 Vol.8 No.2 (2003) 84-89.
[4] 下崎義人 他:SPring-8利用者情報 Vol.19 No.3 (2014) 244-250.
[5] “SPring-8-II Conceptual Design Report” http://rsc.riken.jp/pdf/SPring-8-II.pdf
[6] http://eucard2.web.cern.ch
[7] ビーム軌道を曲げるための機能(偏向磁場成分)と、収束/発散機能(4極磁場成分)を併せ持つ電磁石。例えば4極電磁石の磁場中心から離れた所にビームを通すと、そのような機能が得られる。
[8] 放射光という形でのエネルギー放出自体は、電子の振動を減衰させる方向に作用する。水平方向x、垂直方向y、進行方向zそれぞれの減衰の強さを表す量がダンピングパーティション数で、機能分離型の偏向電磁石を使ったラティス(例えば現SPring-8)では、Jx : Jy : Jz = 1 : 1 : 2となる。この割合は、機能結合型の電磁石を使うと、和が一定(= 4)の条件の下である程度制御することができる。例えば、Jx = 1.3とすると、水平エミッタンスは、1/1.3倍になる。
[9] 下崎義人、金木公孝による。
[10] https://indico.cern.ch/event/370770/

 

 

 

早乙女 光一 SOUTOME Kouichi
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〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0851
e-mail : soutome@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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