Volume 19, No.4 Pages 355 - 358
5. SPring-8通信/SPring-8 COMMUNICATIONS
2014B期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2014B
2014B期は3件の長期利用課題の応募があり、全て採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。
− 採択課題1 −
課題名 | クリーン・高効率次世代エンジン開発へのX線光学技法の適用:超高速燃料噴霧の形成メカニズム解明及び理論モデル構築 |
実験責任者名(所属) | 文 石洙((独)産業技術総合研究所) |
採択時の課題番号 | 2014B0111 |
ビームライン | BL40XU |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題は、エンジン燃焼室内への燃料噴射の超高速噴霧流のX線による可視化技術を用いて噴霧形成過程の物理的な理解と次世代エンジンの高度数値解析に資するユニバーサルな噴霧モデルの構築を目指している。放射光を用いたX線可視化技術は、次世代燃料や多様な噴射条件が燃料噴霧の発達に及ぼす影響を高精度で計測できるという特徴がある。申請者らは、既に一般課題を利用してX線噴霧計測の実験装置を立ち上げ、X線短パルスを用いた単一パルス露光によって噴射された液体燃料の微粒化画像の取得、さらには3重露光画像から自己相関解析によって噴霧ダイナミクス解析を行うなど、研究進展が図られている。これまでの実験技術の開発をはじめとした着実な研究を踏まえ、長期の実験計画も世界初となる高圧雰囲気条件下でのX線噴霧計測を計画するなど挑戦的なテーマである。
本課題は低炭素・グリーン社会の早期実現に資する意欲的な研究であり、我が国の自動車産業における産業基盤技術としても大いに期待できる。また、高輝度で多様なX線短パルスを利用できるSPring-8が研究手段として不可欠であることは明白である。よって、本申請課題は長期利用課題として採択するに相応しい課題であると判断する。
ただし、本課題ではX線短パルスを用いた単一パルス露光実験をはじめとした多種多様な実験条件による実験データを大量に取得する必要があることから、SPring-8のビームライン性能を最大限に活かした実験装置の改良も重要なテーマである。そのため、申請者らは施設側の専門家と密接に連携を取って実験技術の改良を進め、効率よく研究を遂行することを期待する。
[実験責任者による研究概要]
脱石油化、温暖化の抑制は世界共通の課題であり、日本のようなエネルギー技術先進国においても低炭素・グリーン社会の実現が急務である。熱機関は輸送用、分散型電源等の多様な分野で利用されていることに加え、中・長期的にも他の動力源とは代替し難く、引き続きエネルギー変換機として重要な位置を占めると予測されることから、これらの高効率化及び低炭素化の効果は非常に大きい。
熱機関の熱効率向上には燃焼室内に噴射される燃料と空気を混合させる燃料噴射技術が非常に重要である。しかしながら、燃料と周囲気体との混合や噴霧の発達といった、燃焼室内で生じる物理現象はそのメカニズムに未解明な部分が多く、燃焼制御技術の実用化や製品化に際しては実験的な試行錯誤が数多くなされてきた。同時に、噴射された燃料の微粒化及び混合気形成過程について運転時に想定される全ての条件を対象に実験的方法で解析し製品開発を行うのは非効率的・非現実的であることから、これまでに理論モデルに基づく数値計算が併用されてきた経緯がある。燃料噴霧を対象とした数値計算にはノズル内部および出口流動、初期微粒化過程、流速分布などの初期条件・境界条件を与える必要があるが、これまでのレーザ光学に基づく計測技法ではノズル内部および噴霧基部の超高速・高密度領域の正確な情報を得ることが困難であり、それら領域は100年以上続く研究の歴史においても解明できなかった未知の領域であった。また、噴霧基部の実験データの欠乏により理論噴霧モデルの妥当性の検証が十分でなく、実験で得た巨視的噴霧形状に合わせて初期入力値とモデルの定数を任意に調整する、いわゆる合わせ込みが噴霧の数値解析において一般的に行われてきた。以上のように様々な次世代燃料の物性及び新噴射戦略に対する数値計算結果の信頼性に改善の余地があるということもあり、既存エンジンの熱効率改善に関する技術開発の多くは試行錯誤的に行われてきた。
以上の状況を鑑み、本研究では低炭素・グリーン社会の早期実現に資する噴霧形成メカニズムの解明および理論モデルの構築を目指し、その先駆けとして次世代燃料の物性及び様々な噴射条件が燃料噴霧の発達に及ぼす影響についてX線位相コントラスト画像法による高精度計測を行う。X線の高い光強度はこれまで未知の分野であったノズル内部および噴霧基部の高密度領域の解析を、短いパルス長は超高速噴霧流の可視化と解析をそれぞれ可能とする。この技法により、噴霧形成過程の物理的な理解を導出することで、既存噴霧モデルの検証及び高精度噴霧モデルの構築が可能になり、かつ、これまでに前例のないデータの提供が期待される。詳細な実験データに基づいた噴霧形成過程の物理的な理解と信頼性のあるモデルの構築は、学問的な発展を遂げるという意味と、次世代クリーン・高効率エンジンの開発に大きく貢献するという意味を両方持つ重要な研究テーマである。
− 採択課題2 −
課題名 | メガバール超高圧物質科学の展開 |
実験責任者名(所属) | 清水 克哉(大阪大学) |
採択時の課題番号 | 2014B0112 |
ビームライン | BL10XU |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
本課題は、メガバール(100万気圧)を超える圧力領域の物質科学を進展させると共に、このことにより、これまでなし得なかった新物質を創成することを目的としている。超高圧力・高温または極低温環境下における放射光X線粉末回折と電気抵抗測定の同時測定により高圧科学の最重要課題である水素を中心とした軽元素物質の新規物性の探索を目指すものである。100万気圧を超える超高圧下で化学的見地から新物質を創成することは、物質科学のフロンティア研究でありインパクトのあるテーマである。本課題の主要なテーマは、1)金属水素の実現とその室温超伝導の検証、2)超高圧合成による軽元素機能性物質の創成、3)ダイヤモンドアンビル装置による高温または極低温環境下における上限発生圧力の拡張である。これらは、これまでの長期利用課題で構築した極限環境下複合測定システムを活用するものであり、SPring-8の計測基盤を最大限に活用する研究である。
これまでのすぐれた成果を踏まえた上で、明確な目標とそれを実施するための適切な研究計画が立てられており、今後も傑出した成果が期待できるので、本申請課題を長期利用課題として採択するものとする。
[実験責任者による研究概要]
本研究は、メガバール(=1 Mbarは、106気圧=100万気圧)を超える高圧力領域における物質科学を新展開させると同時に、これまでなし得なかった物質創造に挑戦する、科学研究費補助金(特定領域研究)「超高圧力下の新物質科学:メガバールケミストリーの開拓」(H26~30)の研究推進に不可欠な超高圧力下の構造科学の推進を目的とする。これまでに、圧力下において非金属体が金属化する圧力誘起金属化や、非超伝導体が超伝導体化するなどの効果を明らかにしてきた。しかし、メガバール領域では典型的な金属と考えられるリチウムが絶縁体化する(T. Matsuoka and K. Shimizu, Nature 458(2009)186)などの発見に至り、メガバールの超高圧力は、もはや単純に原子間距離を縮めるだけの効果ではなく、電子軌道を変化させ、原子のネットワークを組み替え操作する領域に入ろうとしていると着眼して本研究課題を立案している。これまでの一般課題の研究および直前の長期利用課題(2011B0038)の実施によって培ってきたSPring-8の実験技術をより一層発展させる計画である。
本研究課題では、特別推進研究の実施計画に基づき、シンプルなシステムと機能性物質に焦点をしぼり、以下の3項目を目的とする。
項目A「水素をはじめとしたシンプルなシステムの超高圧物性」
液体水素の金属相の探索、リチウムの再超伝導化の検証、軽ハロゲンの超伝導探索、超高圧下構造物性の理論的解明
項目B「超高圧合成による機能性物質のフロンティア」
炭素の金属化探査、(2)ダイヤモンドフィルムの作成
項目C「革新的な高圧実験技術および理論計算手法の開拓」
4メガバールを超える超高圧技術開発、高温高圧力下のX線、電気抵抗、及びラマン分光の同時計測の開発、第一原理電子状態計算を用いたコンピュータ・シミュレーション開発
メガバールの超高圧状態は極めて微少な空間で達成される。高圧力物質科学はいわば微細化と高精度化によってなされてきたといえる。特別推進研究の達成のための根幹をなす本研究はSPring-8の利用が不可欠であり、かつ本課題の遂行によって、温度圧力環境の高精度な制御技術をSPring-8において達成する計画である。
− 採択課題3 −
課題名 | Energy scanning X-ray diffraction study of extraterrestrial materials using synchrotron radiation |
実験責任者名(所属) | Michael Zolensky(NASA) |
採択時の課題番号 | 2014B0113 |
ビームライン | BL37XU |
審査結果 | 採択する |
[審査コメント]
This group has been applying an energy scanning X-ray diffraction technique with micro X-ray beams to the structure analysis of many kinds of extraterrestrial samples in order to understand the birth and evolution of the solar system. The aim of the new proposal is to gain deeper insight into the formation conditions and history of extraterrestrial materials, such as Wild-2 samples, Hayabusa samples, cryovolcanic samples. For achieving this, the unique technique of energy scanning X-ray diffraction with a high quality and stable synchrotron X-ray beam of SPring-8 is essential. In addition, the immediate and timely beam-time allocation for experiments which are guaranteed with the long-term project is indispensable for the research which is carried out under the joint projects approved by JAXA and NASA. Thus, the committee concludes that this proposal is worth being accepted as a long-term proposal at SPring-8.
[実験責任者による研究概要]
In order to understand the birth and evolution of the solar system, it is essential to analyze extraterrestrial materials such as meteorites, lunar samples, Stardust mission comet Wild-2 dust and Hayabusa mission asteroid Itokawa samples. The crystal structures of such rare and small minerals record critical information about their formation conditions in the early solar system because they are often present as several polymorphs formed at certain P-T condition, and they require characterization at the highest possible resolution[1][1] M. E. Zolensky, C. Pieters, B. Clark and J. J. Papike: "Invited Review, Small is beautiful: The analysis of nanogram-sized astromaterials" Meteoritics and Planetary Science 35 (2000) 9-29.. We have been working for the past three years on synchrotron radiation X-ray diffraction (SXRD) studies employing a micro-beam diameter as small as 1 μm at SPring-8[2][2] K. Hagiya, T. Mikouchi, M. Zolensky, K. Ohsumi, Y. Terada, N. Yagi and M. Takata: "Derivation of the cell parameters of meteoritic olivine in a thin section by energy-scanning X-ray diffraction with synchrotron radiation" Meteoritics and Planetary Science 45 (2010) Suppl. #5083.. We found that this technique offered the necessary diffraction data from 1 μm areas of minerals on PTS from extraterrestrial materials[3][3] T. Mikouchi, M. Komatsu, K. Hagiya, K. Ohsumi, M. E. Zolensky, V. Hoffmann, J. Martinez, R. Hochleitner, M. Kaliwoda, Y. Terada, N. Yagi, M. Takata, W. Satake, Y. Aoyagi, A. Takenouchi, Y. Karouji, M. Uesugi, and T. Yada: "Mineralogy and crystallography of some Itokawa particles returned by the Hayabusa asteroidal sample return mission" Earth, Planets and Space 66 (submitted)..
We propose here to test three hypotheses. The first is that the silicates in comet Wild-2 are dissimilar to those in any other single type of astromaterial. The second hypothesis is that halides and other xenolithic phases among the Itokawa particles are extraterrestrial, and that their analysis will identify the nature of bodies that interacted with Itokawa. The third hypothesis is that we have identified samples of early solar system cryovolcanics (probably from asteroid Ceres[4][4] M. Fries, M. Zolensky and A. Steele: "Mineral inclusions in Monahans and Zag halites: evidence of the originating body" Meteoritics and Planetary Science 46 (2011) A70.) within very strange halide foreign clasts found in two exceptional meteorite regolith breccias[5][5] M. E. Zolensky, R. J. Bodnar, E. K. Gibson, M. Gounelle, L. E. Nyquist, Y. Reese, C. Y. Shih and H. Wiesmann: "Asteroidal Water Within Fluid Inclusion-Bearing Halite in an H5 Chondrite" Science 285 (1999) 1377-1379., and that we can use the crystal structures of inorganic solids trapped within the halide grains as a probe of the chemical and physical environment of the interior of the asteroid Ceres, which may today contain an interior ocean.
References
[1] M. E. Zolensky, C. Pieters, B. Clark and J. J. Papike: "Invited Review, Small is beautiful: The analysis of nanogram-sized astromaterials" Meteoritics and Planetary Science 35 (2000) 9-29.
[2] K. Hagiya, T. Mikouchi, M. Zolensky, K. Ohsumi, Y. Terada, N. Yagi and M. Takata: "Derivation of the cell parameters of meteoritic olivine in a thin section by energy-scanning X-ray diffraction with synchrotron radiation" Meteoritics and Planetary Science 45 (2010) Suppl. #5083.
[3] T. Mikouchi, M. Komatsu, K. Hagiya, K. Ohsumi, M. E. Zolensky, V. Hoffmann, J. Martinez, R. Hochleitner, M. Kaliwoda, Y. Terada, N. Yagi, M. Takata, W. Satake, Y. Aoyagi, A. Takenouchi, Y. Karouji, M. Uesugi, and T. Yada: "Mineralogy and crystallography of some Itokawa particles returned by the Hayabusa asteroidal sample return mission" Earth, Planets and Space 66 (submitted).
[4] M. Fries, M. Zolensky and A. Steele: "Mineral inclusions in Monahans and Zag halites: evidence of the originating body" Meteoritics and Planetary Science 46 (2011) A70.
[5] M. E. Zolensky, R. J. Bodnar, E. K. Gibson, M. Gounelle, L. E. Nyquist, Y. Reese, C. Y. Shih and H. Wiesmann: "Asteroidal Water Within Fluid Inclusion-Bearing Halite in an H5 Chondrite" Science 285 (1999) 1377-1379.