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Volume 15, No.2 Pages 64 - 68

2. ビームライン/BEAMLINES

京都大学革新型蓄電池先端基礎科学ビームラインBL28XU (Kyoto University RISING BL-28XU Beamline)の建設
Rising of Kyoto University RISING BL-28XU Beamline -Advanced Basic Science for Battery Innovation (ABSBI)-

小久見 善八 OGUMI Zempachi[1]、松原 英一郎 MATSUBARA Eiichiro[2]

[1]京都大学 産官学連携本部 Office of Society-Academia Collaboration for Innovation, Kyoto University、[2]京都大学 工学研究科 Graduate School of Engineering, Kyoto University

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1.はじめに

 二酸化炭素排出の大幅削減、石油依存性低減の切り札の1つとして、多様なエネルギーでかつ低環境負荷で走行する電気自動車、プラグインハイブリッド自動車、燃料電池自動車等の次世代自動車の本格的な普及が期待され、技術開発研究が我が国のみならず世界各国で激しい開発競争が行われています。蓄電池技術は、これら次世代自動車に共通するコア技術で、性能の飛躍的向上が必要です。現在開発されている最も高性能な蓄電池はリチウムイオン電池(LIB)であり、ポータブルコンピューター、携帯電話、カメラなど多くの携帯電子機器の電源として世界中で使われています。このLIBは急速な発展を遂げてきましたが、未だその限界まで性能が引き出されているとは言えません。さらに、電気自動車用電源としてLIBを利用する場合には、エネルギー密度、パワー密度、高低温特性、安全性、寿命を大幅に向上させる必要があります。また、電気自動車の走行距離を増大させるためにはLIBを凌駕する性能を示す新しい革新型蓄電池(ポストリチウムイオン電池)の開発も望まれています。

 放射光による蓄電池関係のXAFS、X線回折に関連した世界的な研究動向の指標として、論文数の推移を示すとXAFSとX線回折はそれぞれ図1と図2に示すようになります。XAFSに関しては1990年代のリチウムイオン電池の実用化とそれに伴う材料開発を契機に、発表論文数が飛躍的に増大しています。特に日本は多くの論文を発表し、世界をリードしている状況です。しかし、最近は、XAFSの有用性が研究者に広く認知されるようになりユーザーが増加しています。一方、X線回折に関する論文の絶対数は、XAFSと比べて少ないのが現状です。しかし昨年、米国におけるオバマ政権によってグリーンニューディール政策の柱として蓄電池開発が位置づけられ、Argonne国立研究所を中心に蓄電池研究への放射光施設の使用が大幅に増大されるようになり、アメリカでの蓄電池研究は加速的に増加すると考えられます。また、韓国、中国の論文発表数も最近急増しており、我が国の論文数は相対的に減少傾向にあります。このような点から、SPring-8に蓄電池専用のビームラインを設置し、活発な解析評価を行える環境を整備することで、大学や公的な研究所のみならず、産業界の蓄電池分野の研究者をさらに呼び込み、我が国の蓄電池研究の分野での研究レベルと優位性を維持していくことは極めて重要であり急務です。また、この蓄電池専用のビームラインを使って、ポストリチウム蓄電池研究のための新しい解析手法の開発研究を行うことも、日本の蓄電池分野の研究革新のためには不可欠です。

 

 

図1 放射光XAFSを用いた蓄電池関係の論文数。

 

 

 

図2 放射光X線回折による蓄電池関係論文数。

 

 

 我が国では、特許戦略を踏まえた蓄電池技術の優位性維持と性能向上、低コスト化、高安全性を早期に実現させ、次世代自動車開発をリードしていくためには、産学官の力を結集し、基礎研究の重点化による技術全体の底上げと革新フェーズに向けた本質的な現象を解明することが必要です。そのために、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、平成21年度より7年間の研究開発期間、年間30億円(予定)の事業規模で、「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」(通称、RISING事業:Research & Development Initiative for Scientific Innovation of New Generation Batteries)を立ち上げました(図3参照)。このプロジェクトでは、(1)世界最先端の測定手法の開発により、革新型蓄電池の本質的な現象の解明、(2)革新型蓄電池の2030年までの早期実用化に資するために、現行技術水準(重量エネルギー密度100[Wh/kg])の3倍以上のエネルギー密度並びにサイクル安定性の基礎技術の確立、(3)リチウムイオン電池の反応メカニズムの解明による現状のリチウムイオン電池等の技術レベルのブレークスルーという3つの目標に設定しました。この実現のために、平成21年度より(1)高度解析技術の開発、(2)電池反応メカニズムの解明、(3)革新型蓄電池の基礎研究の3つの研究開発課題について、取り組みが始まっています。

 

 

図3 革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING事業)の概要。

 

 

 RISING事業の中核研究機関である京都大学では、プロジェクトリーダーである京都大学産官学連携本部小久見善八教授の下で、京都大学人間・環境学研究科内本喜晴教授が高度解析技術開発グループを組織し、革新型蓄電池の本質的な現象解明に必要な様々な先端技術開発に取り組んでいます。この高度解析技術の1つとして、SPring-8に革新型蓄電池研究開発用ビームラインを建設することが認められ、平成23年度夏のリング停止期間内で建設を終え、秋から光を使ったビームラインの立ち上げ・調整・試験使用を行い、平成24年度から本格的な研究利用の開始を目指して、現在建設を急ピッチで行っています。

 

 

2.放射光による蓄電池解析研究

 現状の代表的な蓄電池であるリチウムイオン二次電池は、図4に示すように、正極、負極、電解質溶液(通常はセパレータに含浸)から構成されています。正極は、活物質粒子、導電材(カーボン微粒子)、高分子バインダー、および電解質からなる複雑な三次元構造(合剤電極)を形成しています。負極も同様に、活物質粒子、導電材(カーボン微粒子)、高分子バインダー、および電解質で構成されています。正極と負極は、電気化学的に電子導電パスとイオン導電パスが両立できる構成となっており、電池性能を決定する最も重要な部分です。充放電反応は、多結晶体である活物質粒子(数百nm〜数µm)にリチウムイオンが挿入あるいは脱離することによって進行します。

 

 

図4 LIBの内部構造の模式図。

 

 

 これらの反応は、活物質粒子と電解質の境界面(電気二重層)において開始し、リチウムイオンが活物質内を拡散して、活物質内で結晶格子の再配列が起こり相変化をもたらします。この際、リチウムイオンの活物質と電解質界面間での移動は原子・分子レベルであり、ナノメートルのオーダーです。一方、電気自動車用LIBの合剤電極層に含まれる電池活物質はミクロンメートルのオーダーの多結晶粒子で 、電極層の厚みは数百マイクロメートルです。電池自体の厚さは数ミリメートルです。すなわち、LIBは、ナノ・メゾ・マクロスケールを経て、ミリメートルに至る蓄電池の階層構造を持っています。

 蓄電池がこのような複雑な階層構造を持つために、蓄電池反応は異なる時定数を示す複数の反応素過程から成り立っています。LIBの場合、活物質粒子と電解質境界面のリチウムイオンがミリ秒オーダーで移動することで反応が開始し、その後、10〜100ミリ秒で活物質粒子内のリチウムイオン拡散が起こり、結果として数秒で合剤電極内の電気化学反応の不均一な空間分布が形成されます。蓄電池においては、蓄電池の階層構造に起因する合剤層内での反応素過程の時間・空間分布が、蓄電池の性能、寿命の劣化、不安定性を支配しています。しかし、このような空間や時間スケールにわたる時系列現象については、これまでほとんど解明されていません。

 蓄電池の電極がこのような複雑な階層構造をもつことは、蓄電池の高性能化に必要であると現状では考えられていますが、一方でリチウムイオンの挿入・脱離反応という一見単純な反応を複雑なものにしています。したがって、蓄電池の充放電過程で進行する(1)活物質粒子と電解質境界面のリチウムイオン移動((ナノメートル、ミリ秒))、(2)活物質粒子内のリチウムイオン拡散((ミクロンメートル、10〜100ミリ秒))、(3)合剤電極内の電気化学反応の不均一分布((百ミクロンメートル、秒))の形成という空間、時間スケールにわたる時系列現象を原子レベルで理解することが、我々の課題です。そのため、高輝度放射光を用いて電池動作下で起こる電気化学反応のその場測定が不可欠であり、時間および位置分解能をもつその場測定を、SPring-8の蓄電池専用のビームラインの放射光を用いて実現したいと考えています。

 

 

3.京都大学RISINGビームライン

 京都大学の革新型蓄電池研究専用のビームラインは、BL28INにおいて建設が進んでいます。昨年末に着工し、現在、図5に示すように、光学ハッチと実験ハッチが完成しました。リングの壁に添う形で長さ約18メートルの光学ハッチを建設し、隣接するBL28B2の出入り口を避けて実験ハッチ1および実験ハッチ2を、タンデム型で並べて建設しました。実験ハッチ1では主に回折とイメージング、実験ハッチ2では主にXAFSなどのスペクトロスコピーによる実験をそれぞれ行う予定です。なお、本ビームラインの設計、建設にあたっては、(独)理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センターおよび(財)高輝度光科学研究センターから全面的な支援をいただいています。特に、真空封止型アンジュレータの設計では(独)理化学研究所播磨研究所の北村英男博士、フロントエンド、輸送系、実験ハッチ、XAFSの装置などの設計では、(財)高輝度光科学研究センター後藤俊治博士、宇留賀朋哉博士、チャンネルカット結晶やミラー設計の液体窒素冷却については(株)トヤマの望月哲朗博士からご助言やご指導をいただき、建設が順調に行われています。

 

 

図5 京大革新型蓄電池先端科学基礎研究事業RISING BL28XUの配置図。

 

 

 挿入光源には、SPring-8標準の真空封止型テーパーアンジュレーターを採用し、約5 keV付近から30 keVのエネルギー領域をカバーできるように設計する予定です。光学ハッチおよび実験ハッチ内には、放射光を集光するためのミラーや単色化のための分光器を配置する予定です。実験ハッチ1では、テーパーアンジュレーターからの準白色光とモノクロメータで単色化した光の両方を自由に使い分けて回折実験ができるような回折光学系を建設する予定です。これは、蓄電池の合剤層が粉末物質で構成されており、小さく絞ったビームを使った測定を行う場合に、活物質粒子からの回折を簡便に検出し、単色化した場合の結晶軸の調整を容易に行えるようにするためです。また、入射X線のエネルギーを吸収端近傍で簡便に変えるようにすることで、X線異常散乱現象を利用した測定にも時分割で対応できる元素選択性回折実験ができるように設計する予定です。実験ハッチ2では、蓄電池反応下での活物質の時分割XAFS測定を行うための装置を導入する予定です。光学ハッチ内のミラーによる集光に加えて、高精度ミラーを用いて位置分解能と時分割を両立させたXAFS測定を行えるように設計する予定です。また、時分割XAFSにおいてはできるだけ短時間での測定を実現するための光学系を建設する予定であり現在検討が進んでいます。

 

 

4.まとめ

 京都大学革新型蓄電池先端基礎科学ビームラインBL28XU(Kyodai RISING BL-28XU)では、蓄電池反応における空間・時間スケールにわたる複雑な時系列現象を時間分解能と位置分解能を併せ持つ元素選択性X線回折やXAFSスペクトロスコピーを用いて測定できる、光学系および装置の設計が現在進行中です。これにより、蓄電池反応を時間軸と空間軸で整理した構造、化学結合に関する情報を研究者に提供し、次世代の革新型蓄電池に関する研究を推進し、SPring-8を我が国の蓄電池産業の成長と優位性を確保するために不可欠な先進評価技術として活用していきたいと考えています。京都大学革新型蓄電池先端基礎科学ビームライン建設については、我が国の置かれている現状と革新型蓄電池の重要性をご理解いただき、理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センターおよび高輝度光科学研究センターの多くのスタッフ等の皆様から技術的、人的支援を受けて行われていることに、再度深く感謝申し上げます。最後に、京都大学革新型蓄電池先端基礎科学ビームライン建設が、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」(通称、RISING事業)から資金提供を受けて行われていることを申し添えます。

 

 

 

小久見 善八 OGUMI Zempachi

京都大学 産官学連携本部 教授

〒615-8520 京都市西京区京都大学桂 京都大学ローム記念館

TEL:075-383-3033 FAX:075-383-3031

e-mail : ogumi@scl.kyoto-u.ac.jp

 

 

松原 英一郎 MATSUBARA Eiichiro

京都大学 工学研究科 教授

〒606-8501 京都市左京区吉田本町

TEL:075-753-3569 FAX:075-753-5480

e-mail : e.matsubara@materials.mbox.media.kyoto-u.ac.jp

 

 

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