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Volume 19, No.3 Page 219

理事長室から -世界結晶年にあたり歴史に学ぶこと-
Message from President – A Historical Essay on International Year of Crystallography –

土肥 義治 DOI Yoshiharu

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 近代物理学への道を拓いた魁は、1895年におけるX線の発見であり、発見者のレントゲンは1901年に第1回のノーベル物理学賞を受賞している。その後、ラウエは結晶によるX線回折現象の発見で1914年に、そしてヘンリー・ブラッグとローレンス・ブラッグの親子はX線回折による結晶構造解析の成功によって1915年に、それぞれノーベル物理学賞を受賞した。X線の利用は、原子や分子の構造と性質を求める化学や生物学の学問分野にも拡大して、数多くの発見や発明を生み出した。たとえば、バークラは1917年に元素の特性X線の発見でノーベル物理学賞、マラーは1946年にX線による人工突然変異の発見でノーベル生理学・医学賞、ぺルーツとケンドルーは1962年にタンパク質結晶構造解析の成功でノーベル化学賞を受賞している。2014年は、結晶学の誕生から100年の記念すべき年であり、世界各国で結晶学に関する会議が開催されている。ここでは、結晶学の歴史に燦然と輝くローレンス・ブラッグの偉業とケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所の人材育成や組織精神について考えてみたい。
 ローレンス・ブラッグは、1912年に結晶によるX線回折についてのブラッグ条件を発見し、1913年には父ヘンリーが開発したX線分光器を用いて食塩とダイヤモンドの結晶構造(原子配列)を決定した。結晶学の基礎を築いたローレンスは、前年にトリニティ・カレッジを首席で卒業した22歳の若者であり、J. J.トムソンが所長であるキャヴェンディッシュ研究所の研究生であった。25歳でのノーベル賞受賞は、現在も続く最年少受賞記録である。その後、1919年からマンチェスター・ビクトリア大学の物理学教授などを務め、1938年から1953年までの15年間はケンブリッジ大学に戻りキャヴェンディッシュ研究所の所長(教授)に就任している。所長に就任するや、3代目所長J. J.トムソン(1884 - 1919)や4代目所長ラザフォード(1919 - 1937)が築いてきた原子物理学、核物理学から、研究所の研究内容をX線結晶学と電波天文学に大きく舵を切るとともに、研究所の組織を小さな研究グループに分割する改革を進めた。ぺルーツは1939年に研究所員となりヘモグロビンのX線構造解析の研究を、そしてケンドルーは1946年にペルーツのグループに加わりミオグロビンのX線構造解析の研究を進めた。1953年にはタンパク質のX線結晶解析に必要な重原子同型置換法を開発し、1960年に世界で最初のタンパク質(ミオグロビン)立体構造を明らかにした。これらの業績に対して、1962年に2人にノーベル化学賞が授与された。
 ブラッグは、所長として20世紀生物学の最大の発見である遺伝子DNAの構造解明にも大きな貢献をしている。1951年にアメリカから研究所に留学してきたワトソンは、遺伝を司る物質はDNAではないかと考えて、ペルーツ研の大学院生のクリックとDNAの立体構造について連日の議論を重ねた。さらに共同研究にDNAのX線構造解析を進めていたウィルキンスが加わり、1953年にDNAの二重らせん構造を提案した。この時、ワトソンは25歳であった。3人は核酸の分子構造と生体における情報伝達に対するその意義の発見で、1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。ブラッグは、彼らの偉大な発見を見届けて所長を1953年に退任した。
 さて、キャヴェンディシュ研究所は、天才科学者ヘンリー・キャヴェンディシュを記念して1874年に開設された実験物理学の教育研究組織である。初代所長のマクスウェルから9代目の現所長まで、所長交代時に研究領域を大きく変えて、常に物理学の地平を開拓し続ける研究所である。ブラッグの後任所長はモットであり、1971年までの17年間のモットの時代は物性物理が研究所の重点課題であった。現在までに29人のノーベル賞受賞者を輩出し、その内訳は物理学賞20人、化学賞6人、生理学・医学賞3人である。若い優秀な研究者を惹きつけ育てる研究所の体制、そして新しい研究領域を常に開拓する研究所精神など学ぶべきことが多い。世界結晶年にあたり研究組織の足元を確かめながら、将来を構想できればと思う。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794