Volume 18, No.4 Pages 296 - 299
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告3 放射光X線回折法およびスペクトロスコピーを併用した地球中心部の総合的解明
Long-term Proposal Report 3: Study of the Earth Deep Interior by Using Synchrotron X-ray Diffraction and Spectroscopy
東北大学 大学院理学研究科 Graduate school of Science, Tohoku University
- Abstract
- 本研究(長期課題番号2009B0028)は、BL10XUにおいて、高温高圧発生技術の開発とともに、放射光メスバウア法を導入し、放射光粉末X線回折と放射光メスバウア法の同時測定を可能にした。現在、100 GPaを超える圧力のもとでルーチンの実験が可能になっている。また、移設可能なポータブルレーザー加熱測温システムを開発し、2000 Kを超える条件での長時間加熱・測温を可能にした。地球の内核を構成すると考えられる鉄、鉄ニッケル珪素合金、鉄ニッケル硫黄合金等の相平衡関係と状態方程式を決定し、内核が軽元素とニッケルを含むhcp構造の合金であることを示した。また、鉄軽元素系の溶融関係を核内部の圧力で決定し、内核境界および核マントル境界の温度を推定した。さらに、高圧で安定な含水鉱物δ相(δ-AlOOH)が、下部マントルの主要構成鉱物であるペロブスカイト相およびポストペロブスカイト相と共存することを示し、プレートの沈み込みにともなって、この鉱物が核マントル境界に水を運ぶことを明らかにした。
1. はじめに
地球核、核マントル境界、マントル深部の地球中心領域は、地球惑星科学のフロンティアである。特に、地球核および核マントル境界域は、核からマントルへの熱の流入、外核の対流による地球磁場の生成などにより全地球のダイナミクスと進化に大きな影響を与えている。地球内部の核とマントルの境界(CMB)は135 GPa、内核と外核の境界(ICB)は330 GPaという超高圧である。また地球中心部の温度については不明の点が多いが、CMBの温度は、2000~4000 K程度、ICBの温度は、5000~7000 Kであると推定されている。
図1にPREM [1][1] A. M. Dziewonski and D. L. Anderson: Phys. Earth Planet. Inter., 25 (1981) 297–356.と呼ばれる地球内部の地震波構造モデルを示す。地球核は、その不均質性や速度異方性など地震学的な観測情報が報告されているが、核の条件の実現とそこでの物性測定の困難さのために、低圧の実験結果を外挿したり、モデル物質や理論計算によって、核の実態が推定されているにすぎない。さらに、下部マントルおよび核は、上部マントルに比べて還元的であると推定されているが、そこでの鉄の価数・スピン状態のマントル構造への影響は未解明のままである。
この研究では、BL10XUにおいて、圧力スケールを確立し、地球核、核マントル境界、マントル深部の地球中心領域を、地球核の温度圧力を実現し、これらの技術にもとづいて、核の条件における鉄―軽元素系の状態方程式、相関係・溶融関係を明らかにすることを目指した。また、ビームラインBL10XUにメスバウア分光システムを導入し、高圧下でメスバウア分光とX線粉末回折の同時測定を可能にした。さらに、下部マントルおよび核・下部マントル条件でケイ酸塩鉱物の相関係およびそれへのH2Oなどの揮発性物質の影響、プレート沈み込みにともなう揮発性物質の移動と循環を解明した。
図1 地球内部の密度ρおよび縦波Vp、横波Vsの分布
2. 実験の方法
2.1. 高温高圧発生方法
この研究では、地球中心部の高温高圧条件を実現するために、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧装置を使用している。図2にダイヤモンドアンビルの写真とその模式図を示す。この装置を用いて、地球中心部の温度圧力を再現するために高温高圧発生技術の開発が行われ、地球の中心部の圧力300 GPa以上、3000 Kを超える超高圧の発生が可能になっている。また、この長期利用課題では、様々なビームラインにおいて移動設置が可能な、ダイヤモンドアンビル高圧装置を用いてレーザー加熱と温度測定が可能な「ポータブルレーザー加熱・測温システム」を開発した。この装置で150 GPaを超える超高圧で3000 Kで10時間以上の安定な加熱と温度測定が可能になっている。
図2 ダイヤモンドアンビル高圧装置。両面からレーザーによって試料を加熱する。
2.2.X線回折および放射光メスバウア分光システム
この長期利用課題では、BL10XUに放射光メスバウア分光システムを導入した。このシステムは、通常行われている時間領域の放射光メスバウア法ではなく、エネルギー領域の放射光57Feメスバウア分光法であり、同じ光学系を用いて粉末X線回折実験が可能になるというメリットがある[2][2] T. Mitsui et al.: Jour. Synchrotron Rad., 16 (2009) 723–729.。図3に、この放射光メスバウア分光システムの模式図を示す。
図3 放射光メスバウア分光システム
3.地球核物質の相平衡と状態方程式
地球の内核は、鉄を主とする合金であり、少量のNiとともに珪素、硫黄などの軽元素が固溶していると考えられている。したがって、内核を構成すると考えられる鉄、鉄ニッケル合金、鉄ニッケル珪素合金、鉄ニッケル硫黄合金などの相平衡関係と状態方程式を明らかにすることは、地球の中心部の理解に不可欠である。
地球の内核を作る物質として、これまで軽元素とニッケルを含む合金であると考えられているが、その結晶構造については、hcp構造かbcc構造であるのか意見が分かれている[3][3] L. Dubrovinsky et al.: Science, 316 (2007) 1880–1883, doi: 10.1126/science.1142105.。我々は、純鉄、鉄ニッケル合金(Fe0.9Ni0.1)、鉄ニッケル珪素合金(Fe0.88Ni0.04Si0.08)の高温高圧下における相関係を明らかにした。高温高圧の発生方法は、前章2.1に示す。また、回折X線はイメージングプレートまたはX線CCDを使用した。図4にその結果を示す[4][4] T. Sakai, E. Ohtani, N. Hirao and Y. Ohishi: Geophys. Res. Lett., 38 (2011) L09302, doi: 10.1029/2011 GL047178.。この図から明らかのように、我々の実験結果にもとづくと地球核の温度圧力条件では、これらの合金ではhcp構造を持つ。したがって、地球の内核の主要な構成物質はhcp構造の鉄を主とする合金であると考えられる。
このように内核はhcp構造を持つものと予想されるが、我々はさらに、この構造を持つ鉄軽元素合金の高圧下における状態方程式を決定した。図4(b)(c)にhcp構造を持つFe0.83Ni0.09Si0.08組成およびFe88.1Ni9.1S2.8組成の合金の状態方程式を内核の条件である374 GPaおよび335 GPaまでの測定した結果を示す[5,6][5] H. Asanuma et al.: Earth Planet. Sci. Lett., 310 (2011) 113-118.
[6] T. Sakai, E. Ohtani, S. Kamada, H. Terasaki and N. Hirao: Jour. Geophys. Res. (2012) doi: 10.1029/2011JB008745.。
図4 (a) 鉄合金の高温高圧相平衡図、(b) hcp-Fe0.83Ni0.09Si0.08の状態方程式、(c) hcp-Fe88.1Ni9.1S2.8の状態方程式
4. 鉄軽元素系の融解と核の温度
外核は液体であり、内核と外核の境界では固体の内核と液体の外核が接している場所であるから、この境界を核の温度定点として使用することができる。地球核の温度を推定するには、Fe-軽元素系のソリダス温度(溶け始める温度)とリキダス温度(溶けきる温度)を決定する必要がある。この研究では、鉄軽元素系の溶融関係の決定を行った。融解の判定には融解によるX線回折ピークの消滅と冷却に伴う固体の回折線の再出現にもとづいて行った。図5にFe-S系の融解にともなう回折パターンの変化を示す[7][7] S. Kamada et al.: Earth and Planet. Sci. lett., 359-360 (2012) 26-33.。この図は、hcp-FeとFe3Sの共存が、加熱による融解にともなってhcp-Feと液の共存に変化し、さらに冷却にともないFe3Sに出現したことを示している。また、図6(a),(b)には、この課題で決定したFe-S系およびFe-S-O系の融解実験の結果を示す。図6(a)は、Fe-S系のソリダス温度を、融解実験としては、世界最高の圧力である180 GPaの温度条件で決定したものである[7][7] S. Kamada et al.: Earth and Planet. Sci. lett., 359-360 (2012) 26-33.。また、図6(b)は、Fe-S-O系のソリダス温度とリキダス温度を128 GPa、3600 Kまで決定したものである[8][8] H. Terasaki et al.: Earth Planet. Sci. Lett., 304 (2011) 559-564.。これらの図に示すように、Fe-S-O系のソリダスはFe-S系のソリダスとほとんど変化がない。また、両方の系において、ともにFeSが最初に溶解する相であり、hcp-Feがリキダス相(最後に融解する相)となる。
以上のソリダス温度とリキダス温度をICB(内核境界)の330 GPaまで外挿することによって、ICBの温度を推定することができる。ICBの温度の上限をリキダス温度、下限をソリダス温度とするとICBの温度T(ICB)は4500 K < T(ICB)< 5600 Kと推定される[8][8] H. Terasaki et al.: Earth Planet. Sci. Lett., 304 (2011) 559-564.。
また、外核は、液体であり核ダイナモを駆動するように激しく対流していると考えられる。したがって、外核は断熱温度勾配を持っていると考えられる。地震学的に推定される外核の金属液体のグリュナイゼン定数γ~1.3[9][9] O. L. Anderson: Phys. Earth Planet. Inter. 109 (1998) 179–197.を用いると外核の温度勾配を推定することができる。それによるとCMB(核マントル境界)の温度T(CMB)は、3600 K < T(CMB)< 4310 Kと推定することができる。その結果を図7に示す。
図5 Fe-S系試料の回折パターン
図6 (a) Fe-S系の溶融関係。180 GPaまでの条件でソリダス温度を決定した。(b)126 GPaまでのFe-S-O系のソリダス温度とリキダス温度
図7 ICB(内核境界)とCMB(核マントル境界の温度)
5. 下部マントルにおける相関係:最下部マントルへの新しい水素輸送のメカニズムの解明
この研究では、下部マントルの条件において、含水鉱物δ相(δ-AlOOH)と下部マントルの最重要鉱物であるぺロブスカイトおよびポストぺロブスカイトの共存関係を明らかにした。出発物質には、水分を6wt%含有するゲルを用いた。図8に、(a)64.1 GPa, 2110 Kおよび(b)128 GPa, 2190 KにおけるX線粉末回折パターンを示す。(a)は、ペロブスカイト相と含水δ相が共存し、(b)では、ポストペロブスカイト相と含水δ相が共存することを示す。
以上の実験結果から、含水δ相という高圧含水鉱物は、下部マントルの主要構成鉱物であるペロブスカイト相およびポストペロブスカイト相と共存することが明らかになった。なお、この含水δ相には、約40モル%程度のMgSi(OOH)2相が固溶することが明らかになった。したがって、この含水鉱物は、下部マントルに普遍的に存在し、プレートの沈み込みに伴う水(水素)を結晶中に蓄えて核マントル境界にまで輸送でき、水素を核マントル境界に運ぶ重要な鉱物になることが明らかになった[10][10] I. Ohira et al.: A new mechanism for water transport into the base of lower mantle. Submitted to Scientific Report, 2013.。
図8 MgSiO3-30mo1%組成の高温高圧実験の結果。(a) ペロブスカイト相と含水δ相の共存、(b) ポストペロブスカイト相と含水δ相の共存
参考文献
[1] A. M. Dziewonski and D. L. Anderson: Phys. Earth Planet. Inter., 25 (1981) 297–356.
[2] T. Mitsui et al.: Jour. Synchrotron Rad., 16 (2009) 723–729.
[3] L. Dubrovinsky et al.: Science, 316 (2007) 1880–1883, doi: 10.1126/science.1142105.
[4] T. Sakai, E. Ohtani, N. Hirao and Y. Ohishi: Geophys. Res. Lett., 38 (2011) L09302, doi: 10.1029/2011 GL047178.
[5] H. Asanuma et al.: Earth Planet. Sci. Lett., 310 (2011) 113-118.
[6] T. Sakai, E. Ohtani, S. Kamada, H. Terasaki and N. Hirao: Jour. Geophys. Res. (2012) doi: 10.1029/2011JB008745.
[7] S. Kamada et al.: Earth and Planet. Sci. lett., 359-360 (2012) 26-33.
[8] H. Terasaki et al.: Earth Planet. Sci. Lett., 304 (2011) 559-564.
[9] O. L. Anderson: Phys. Earth Planet. Inter. 109 (1998) 179–197.
[10] I. Ohira et al.: A new mechanism for water transport into the base of lower mantle. Submitted to Scientific Report, 2013.
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