Volume 09, No.5 Pages 376 -378
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
EPAC2004参加&SLS訪問記
Report on EPAC2004 and Visit to the SLS
平成16年7月5日から11日までスイス・ルツェルンで開かれた第9回EPAC2004に参加した。会議に参加して考えたこと感じたことをここにまとめた。会議のすべてに渡って述べるのは不可能であるし、実際すべてを見聞きしているわけではないので私の個人的な関心領域に話が偏るのはご容赦頂きたい。なお会議のプロシーディングスはhttp://oraweb03.cern.ch:9000/pls/epac04/toc.htmで見ることができる。会議が開かれたルツェルンはスイスの中でも有名な観光地で、チューリッヒから電車で1時間弱のスイス中央部に位置する。写真1のカペル橋がヨーロッパ最古最長の木橋として有名であるが1993年の火事でかなりの部分が焼けてしまっている。会議場はルツェルン駅のすぐ側のKKLという非常に大きく、またデザインに優れた会議場で行われた。
写真1 カペル橋
ご存知の人もいるだろうがEPACはヨーロッパで開かれるもっとも大きな加速器に関する会議であり、2年に1回アメリカでPACが行われない年に開かれる。私はこれほど大きな会議に参加するのは初めてである。内容も多岐に渡っており、まるで加速器技術の博覧会のようである。参加者の多さについては前回参加した冨澤氏から聞かされていたが、バンケットが1つのホテルに入りきらないので2ヶ所のホテルに分かれて行われたのには驚いた。
SPring-8からはJASRI加速器部門では私以外に大島、小林、鈴木、田中(均)、妻木、高尾、中村の各氏が参加した。このうち田中氏は口頭発表でトップアップの話、他はポスター発表である。他にはJASRIビームライン技術部門の備前氏、理研播磨の北村氏が発表した。私は現在研究を進めているRF電子銃の開発に関する発表を初日の月曜日に行った。今年の3月に韓国で行われたAPACでもRF電子銃に関する別の発表をしたがこのときは多くの人が話を聞きに来てくれて有意義だった。しかし今回は参加者が多い割に私のポスターに目を留めてくれる人は多くなく少し残念であった。せっかくはるばるスイスまで来ながらこれでは仕方ないので、気持ちをきりかえて情報収集に努めることにした。
RF電子銃関係の発表では2日目のCERNのG. Suberlucによるレビューが印象に残った。Top10 challengesとかいってレーザーにしろカソードにしろ空胴にしろ様々な可能性について検討していた。SPring-8ではアメリカやヨーロッパの研究所に比べRF電子銃に関してはかなり小規模で研究を行っている。まともに立ち向かってもまず勝ち目はないので彼らのやらないところで勝負する他はない。我々のRF電子銃はオリジナルの単空胴のデザインで高電界が得られることが特徴であるが、単空胴ではエミッタンスの点で不利なことも最近わかりつつあり、今後設計する新しい空胴はさらに一ひねりしたものにしなければならないとつくづく思う。カソード、レーザーにしてももちろん同様である。
ポスター発表に関しては大きな用紙1枚にプリント出力したものを貼る発表者がかなり多かったと思う。このような形式ではデザインのセンスがさらに重要になってくる。今回の私の発表はその点悪くはないがベストではなかったと思う。ヨーロッパの発表者のいくつかのデザインの優れた見やすいポスターはとても参考になった。そのなかでも特に配色が参考になった。また日本から大きなポスターをケースに入れて持っていくと空港の税関でチェックを受けるのは覚悟しないといけない。チューリッヒ空港では税関で中身をしっかり検査されてしまった。ポスター発表は数が多いため同時に2会場でおこなわれた。1会場約100件2ヶ所で1日およそ200件の発表を4日間見るのは大変だった。当然全部見切れるわけもなく、目ぼしいものを探すのが大変だ。ポスターで目に付いた発表を以下に列挙する。イタリア・フラスカティのChianchiらが位置を移動させながら測定できるエミッタンス測定器を開発していた。1.5mのベローズを使って1次元のペパーポットを動かすようになっていた。これを用いて電子銃の後ろのビームエミッタンスの変化の様子を測定しようというわけである。私もアイデアとして持っていたが実際できたものを見て感心した。私のポスターのとなりではイタリア・ミラノのSertoreらがTOFを使って熱エミッタンスの測定を発表していたが、一応はちゃんと測定できているようだ。カソード材料の違いによるエミッタンスの違いを示していた。1πmm・mrad以下のオーダーの低エミッタンスビームを狙う場合にはカソードを出た時点でのビームエミッタンスが問題になってくるので、我々も測定したいと思っているがなかなかそこまで手が回っていない。2年前に住友重機械の楊氏(現大阪大学)らが世界に先がけてレーザーの時間軸ビーム整形を用いた低エミッタンスビーム発生に成功したのであるが、今では多くの研究所で研究が進められているようである。RF電子銃の研究は全体としては応用よりもむしろ基礎的な方向へ進んでいるように感じた。各所で要求される性能が極めて高いからであろう。ほかにはRFデフレクターをつかったバンチ長モニターがはやっているようである。新しいものとしてはスイスのWinterらはEOサンプリングをつかったバンチ長モニターを報告していた。
リニアコライダー関係でも多くの発表があった。私も線型加速器屋の端くれとして関心が無いわけではないが、その規模の大きさは本当に実現可能なのだろうかと思わずにはいられないほどである。発表の内容はほとんどこれまで10年以上にわたって研究されてきたものの延長上にあるものである。世界に1つしか建設できないことから超電導と常伝導の2つの方式がその優劣を競いあっていたが、この会議のおよそひと月後、その方式をヨーロッパで研究されてきた超電導方式とすることに決まった。いずれにしろ1兆円規模の超大型加速器。人類の知恵、資源を尽くして作るべき大型装置であり、今後の展開に関心を持ちたい。
また今回の発表では1−3GeVくらいの中規模の現在建設中及び計画中の新しいSRリングの発表が目に付いた。オーストラリアシンクロトロン、CANDLE(アルメニア), SESAME(ヨルダン)、Diamond(オックスフォード・英国)、米国南東部、SSRF(上海・中国)、スペインライトソースなど。またPETRAⅢ(ドイツ)はPETRAⅡの更新となる6GeVのSRリングで2007年に建設が始まるそうだ。これはSPring-8と競合するマシンとなるのであろう。そんなにたくさんSRリングを作ってもそれほど面白いこととは思わないが、それだけ世の中に必要とされているということだろう。
EPACのあと小林氏とともにSwiss Light Source(SLS)を訪問した。SLSはチューリッヒから電車とバスで約1時間のところにあるPaul Scherrer Institut内にある。SLSでは Marco Pedrozzi 博士に案内していただいた。多忙の中時間を割いていただいたことに感謝したい。私はSLSのことはこれまでよく知らなかったが、SPring-8よりも先にトップアップ運転を行っている放射光施設である。訪問の目的はSLSでのトップアップ運転での入射器の様子を聞くことにあった。SPring-8でトップアップ運転を開始してから「入射器トラブルのためトップアップ運転を中断します」のような放送が聞かれるようになった。これらのトラブルは主として線型加速器の加速管やモジュレーターなどで発生しているがトップアップ運転を始めてからトラブルが増えたわけではない。以前は1日2回入射それぞれ10分程度の運転だったのであるからその間にトラブルが発生しなければ表には現れなかったのだが、24時間連続入射するようになって見えるようになっただけのことである。現在はトラブルが発生すると必ず放送されるが、担当する側としてはこのような状況はうれしくないわけで、なんとかしてトラブルの回数を減らしたいと考えている。それでSLSではどういう状況なのだろうというわけである。結論からいえばSLSではそういう問題はほとんどないという認識だということである。その理由のひとつとして考えられることはSLSは線型加速器のビームエネルギーが100 MeVと低いので(SPring-8は1GeV)、モジュレーター、加速管の数がそれぞれ2台、2本しかない(SPring-8はそれぞれ13台、26本)。当然トラブルの回数はモジュレーターや加速管の個数に比例する。もう一つの理由はSLSで採用しているサイラトロン(高速の高電圧大電流スイッチングのための真空管)がE2V社のものでこれは自己放電を抑制するための水素の圧力を自動的にコントロールするようになっている。一方我々の使っているサイラトロンは放電の状況に応じてコントロール用の電圧を現場で調整するようになっているため、放電の具合が悪くなって初めて水素濃度を調節することになる。この点においてE2V社のサイラトロンは優れているといえる。但しKEKで最近購入したE2V社のサイラトロンの多数に初期不良があったらしく、問題がないわけではなさそうだ。
他にはSLSの入射器ではクライストロンのパルストランス内の放電が問題になっているそうだ。写真2はタンク内の絶縁オイルの耐圧性能を測定する装置で、絶縁オイル内の電極にかける電圧を上げていき放電が起きたときの電圧を測定するものである。このような装置は初めて見たが、実演していただいたのが面白かった。運転中だったので遮蔽内は見学できなかったが、建設途中の写真を見ながら中の様子を説明していただいた。
写真2 絶縁油試験装置
またSLSでもSASEFELの研究を進めているようでまずはRF電子銃の研究から始めるとのことである。エミッタンスに関しては野心的な目標をもっているようで、話のなかでエミッタンス0.1πmm・mradの数字が出てきた。以上で10日間の会議参加およびSLS訪問の報告を終えたい。
出羽 英紀 DEWA Hideki
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