Volume 18, No.2 Pages 134 - 136
5. SPring-8通信/SPring-8 COMMUNICATIONS
SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告2 −散乱・回折分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair - Diffraction and Scattering –
SPring-8利用研究課題審査委員会 散乱・回折分科会主査/東京工業大学 応用セラミックス研究所 Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology
散乱・回折分科では、X線の回折散乱を利用研究する広範な研究分野について、申請された課題を選定した上でシフト配分まで行っている。本分科は、D1:無機系結晶、有機・分子系結晶、D2:高圧物性、地球科学、D3:材料イメージング(トポグラフィー、CT)、D4:非弾性散乱(コンプトン散乱、核共鳴散乱、高分解能X線散乱)、D5:合成高分子、D6:非晶質(準結晶、アモルファス、液体等)、不均一系(表面界面構造、ナノ構造等)の6つの小分科に分かれている。分科会が扱う研究分野が多岐にわたるため、以下のように、各分科の審査員に分科概要を分筆していただいた。
D1小分科では、単結晶構造解析(BL02B1)および粉末結晶構造解析(BL02B2)のビームラインで行われる課題を中心に審査を行っている。BL02B1では、大型湾曲IP カメラや多軸回折計を用いた精密構造解析や微小単結晶構造解析、さらに、外場応答による構造相転移やX線共鳴磁気散乱などの研究が行われている。BL02B2では、イメージングプレート搭載大型デバイシェラーカメラを用いて、構造相転移、未知構造決定、構造精密化、電子密度分布解析などの粉末結晶構造解析や薄膜回折などの実験を行うことができる。本小分科では、広範な研究分野で利用される回折散乱実験の申請や構造物性の研究に関わる申請を扱っている。そのため、課題申請数が非常に多くなり、採択率も利用期によっては比較的大きく変動する。単に課題数の多さだけに留まらず、課題の多様化により審査に関係するビームラインが増加し、小分科が増設された現状でも審査対象ビームライン数が2桁にのぼっている。このような状況であっても、レフェリー制度がうまく機能しているため、公平な審査が行われていると確信する。各申請課題は、レフェリー評価と並行して、小分科審査員により慎重に評価されている。小分科の特徴として、実験に必要なシフト数が一定ではなく、実験手法により大きく増減することが挙げられる。このように、配分シフト数に大きなバラツキが存在するが、担当者から出される課題実施に必要な推奨シフト数を充分に尊重して、課題の選定とビームラインの決定をより慎重に行っている。
D2小分科は、高温高圧(BL04B1)および高圧構造物性(BL10XU)のビームラインで行われる課題を中心に審査している。BL04B1では大容量高圧プレスを使った地球科学分野の実験が行われており、高圧下で密度測定と超音波速度測定を行うことで弾性定数を決定し正確な圧力―体積関係を求めるなど、新しい測定手法を利用した課題が増えている。BL10XUでは、ダイヤモンドアンビルセルとレーザー加熱を組み合わせた高温高圧実験、冷凍機を組み合わせた低温高圧実験、さらに、ラマン散乱、ブリルアン散乱を組み合わせた複合測定が可能で、高圧力下の多重環境実験を行うことができる。こうした多重環境下の複合測定を行える国内の放射光実験ステーションは極めて限られており、必然、採択される課題もそのようなテーマが主流となる。その一方で少々気がかりなのは、最近、申請課題数が減少傾向にあることである。申請者側にある種の自己規制が働いているとも想像される。長い目で見るとこれは好ましくない傾向と思われる。ユーザーの拡大を図り、サイエンスのすそ野を広げていくことが、高圧科学のさらなる活性化に必要であろう。他方、ダイナミクスやカイネティクスに注目する高圧力実験が増えていることが最近の傾向といえる。その結果、非弾性測定やイメージングが可能なステーションへの申請数が増加しており、高圧科学のカッティングエッヂとなりつつあることがうかがえる。
D3小分科(材料イメージング:トポグラフィー、CTなど)では、トポグラフィー(BL28B2)、異相コントラストや結像イメージングなどを含めたX線イメージング(BL20B2・BL20XU・BL47XU)があり、これらのイメージングに関係したX線光学系の開発も行われている。BL47XUは継続的に競争率が高く、第2希望のBL20XUで採択される課題がある。申請前にビームライン担当者と打ち合わせいただき、実験内容に基づいたビームラインの選択(単独・複数ビームラインの選定とその優先順位など)を申請に反映していただくことが望ましい。ごく少数であるが科学的意義が評価されているにも関わらず、イメージング技術に関する申請内容の不備のため、放射光施設利用の妥当性が評価されずに不採択になった申請があった。
国内ユーザーの申請だけでなく、欧州や豪州のユーザーからの申請も多い。さらに、研究分野はビームライン技術、素粒子・原子核科学、地球・惑星科学、物質科学・材料科学、生命科学、医学利用、産業利用など多岐にわたっている。そのため、専門分野が違う審査員にも申請課題の科学的価値が容易に理解できる説明に加えて、放射光利用が研究に与えるインパクト、観察手法の妥当性(代替手法の有無、SPring-8の必要性など)に関する具体的な説明を申請書に記入いただければ、申請課題の採択率が向上するだけでなく、分科全体でより公平で公正なビームタイム配分にも貢献すると考えられる。この期の審査を通して、新しいイメージング技術の開発や科学的応用が申請されており、今後の発展を期待している。
D4小分科では非弾性散乱をキーワードとする課題を審査している。関係するビームラインは、BL08W、BL09XU、BL35XUで、それぞれコンプトン散乱法、核共鳴散乱法、高分解能非弾性X線散乱法をベースとするビームライン群である。高エネルギーX線を必要とするコンプトン散乱法のBL08Wは世界的にただ一つのビームラインであり、ヨーロッパ、アメリカ、インドといった海外からの申請が約半分を占めている。またその対象物質も強相関物質群の電子軌道状態や極端条件下での物質電子状態研究といった広がりを見せて来ている。BL09XUが展開している核共鳴散乱法も第三世代放射光源によって発展してきた手法であるが、近年、磁性材料から生物試料に至る幅の広い応用研究が展開されて来ている。より一層のユーザー層の拡大を期待したい。BL35XUが展開する高分解能非弾性X線散乱法も超伝導物質群をはじめとして、液体、ランダム系の格子振動観測が精力的に行われ、その流れは地球科学で代表される高圧下での物質への展開が急速に高まって来ている。その結果、今季最後の課題審査では、本ビームラインの責任分科をD2が担当するまでに至った。この対象物質の広がりは、放射光科学の発展につながるものであり、更なる新しいユーザー拡大を期待したい。
D5小分科ではソフトマターと生物関連の高次構造と高次構造形成過程を調べるための実験申請が大部分を占めている。ビームラインとしてはBL40B2、BL45XU、BL40XUの利用がほとんどであり、小角散乱実験が多く、対象は高分子固体、高分子溶液、生体系物質が主である。現状ではほとんどの申請が小角散乱と広角散乱を同時に測定するというものであり、小角・広角同時測定が非常に一般的になったことを実感した。また、BL40XUを用いたμビームの実験やBL02B2での高エネルギー(短波長)放射光X線を利用したアモルファス構造解析を狙った実験も幾つか見られ、D5分科のユーザーもSPring-8のビームラインの利用に習熟してきていると感じた。高分子系の産業利用サイドの課題については幾分減少した印象を持ったが、これは産業利用を目指したBL03XU(Frontier Soft material Beamline:FSBL)が順調に稼働しており、適切な棲み分けがなされているためであった。
D6小分科では非晶質(準結晶、アモルファス、液体、等)と不均一系(表面界面構造、ナノ構造、等)に関する申請を審査している。ビームラインとしては、前者はBL04B2、後者はBL13XUを用いる実験が多いが、対象が多岐にわたるため、BL40B2の小角散乱をはじめとして他の様々なビームラインを用いる申請も含まれる。そのため、専門の異なる複数名の分科会委員によって審査が行われている。非晶質・液体では、超高温無容器液体の実験等の極端条件下での測定や、実用材料に近い比較的複雑な組成の物質の測定、あるいは複数の手法を組み合わせた提案も多くなってきた。新しい実験技術や解析技術の普及で研究対象が拡大して競争率が高くなっていることがうかがわれた。不均一系は継続的な研究だけでなく、新しい対象や実験手法の提案があって興味深い反面、レフェリーによって評価が分かれる申請もあった。このようなときは、レフェリーのコメントが貴重な判断材料になるので、コメントはぜひとも書いていただけるようお願いしたい。
分筆いただいた、浜谷望、安田秀幸、河田洋、櫻井吉晴、金谷利治、片山芳則の各氏に感謝いたします。また、お世話になった分科委員やレフェリーの方々、そしてJASRIの関係者に深く感謝いたします。
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