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Volume 18, No.2 Pages 131 - 133

5. SPring-8通信/SPring-8 COMMUNICATIONS

SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告1 −生命科学分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair - Life Science –

佐藤 衛 SATO Mamoru

SPring-8利用研究課題審査委員会 生命科学分科会主査/横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 Graduate School of Medical Life Science, Yokohama City University

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1.はじめに
 平成23年4月から平成25年3月までSPring-8利用研究課題審査委員会生命科学分科会の主査を務めてきた。この間、平成23年4月22日の最初の課題審査委員/分科会合同委員会では、東日本大震災の直後ということもあり、Photon Factoryを含む被災量子ビーム施設ユーザー支援の課題審査も行うことになり、放射光や中性子などの量子ビームを利用した研究の今後に大きな不安を抱いたが、Photon FactoryおよびJ-PARCの両施設ともに関係者の懸命の復旧・復興努力により非常に短期間の間に量子ビームを利用した実験ができるようになり、わが国の量子ビーム科学のレベルの高さを改めて認識させられた。
 生命科学分科会は、3つの分科(L1, L2, L3)に分かれ、それぞれL1:蛋白質結晶構造解析、L2:生体試料小角散乱、L3:医学利用、バイオメディカルイメージング分野の課題審査を担当している。この分科会はもともと蛋白質を中心とする生体高分子の結晶とそれ以外(非晶質)の2つの分科から構成されていたが、放射光(SPring-8)X線の利用が非晶質状態の蛋白質溶液や脂質分散系などのin vitro系だけでなく、遺伝子改変マウスや病態モデルラットの血管造影などのin vivo系にまで拡大するようになり、主にin vitro系の生体試料を扱うL2分科とin vivo系の生体試料を扱うL3分科として、従来のL2分科が発展的に改変されL3分科が誕生した経緯がある。
 以下、それぞれの分科(L1, L2, L3)ごとに2011Bから2013Aの2年間の課題審査について報告させていただく。なお、L1は熊坂崇氏(JASRI)、L2は高橋 浩氏(群馬大学)、L3は白井幹康氏(国立循環器病センター)にお願いして報告をまとめていただいた。



2.生命科学分科Ⅰ(L1:蛋白質結晶構造解析)
 L1分科では蛋白質結晶の回折実験の課題を中心に取り扱い、偏向電磁石ビームラインBL38B1とアンジュレータビームラインBL41XUの2本の共用ビームラインを中心に、実験内容によっては理化学研究所が部分的にビームタイムを供出しているBL26B1 (イメージングプレート実験)、BL26B2 (顕微分光測定実験)、BL32XU (マイクロビーム実験)も対象に加えた課題選定を行っている。
 この2年間(2011B〜2013A)では、2013B期以降に計画されているBL41XUでのビームライン高度化を控え、全般的にビームラインの大きな改変はなく、各利用者の利用内容には大きな変化はなかった。実際に、各課題あたりの希望シフト数はほぼ変わっておらず、結果として1課題あたりの平均配分シフト数はBL38B1で約6シフト、BL41XUでは4.5シフト前後で推移している。
 一方、2010A期には事業仕分けと時期を同じくして2割程度減少した応募課題数であったが、東日本大震災での震災留保枠の配分(Photon Factoryの同種47課題)を経て以前の水準に回復し、2011B期以降は80件程度で推移している。結果として、各ビームラインの第一希望ベースでの採択率もBL38B1が60〜75%程度、BL41XUが40〜60%程度と以前と同等に戻った。なお、BL32XUでは、全ビームタイムの20%と枠自体が小さいこともあり、ここ2期の採択率は31%、36%と厳しいものとなっている。
 この変化の背景には本分野での解析対象の多様化と結晶化が困難な試料の増加がある。特に、結晶化が難しい膜タンパク質や超分子複合体では結晶化条件の検討に年単位の長い期間を要するが、このような回折能の低い試料では高輝度ビームを使った評価実験が必要なため、短時間のビームタイムを複数回求めるユーザーが多い。こうした実験がアンジュレータビームラインに偏ってビームタイムを逼迫する結果となっている。現に、2007A期には39%であったビームライン単願率が2013A期には54%となっていて、課題を他ビームラインに回す融通が利かなくなっている。これに長期利用課題と成果専有課題の増加が追い打ちをかけ、評価点が高いにもかかわらず配分ができない課題が増えている。
 こうした状況を踏まえ、偏向電磁石光源を有するBL38B1では高集光化を実現し、収集時間の短縮(1/2~1/3)と異常分散測定に適した安定した光源特性の活用を進めている。また、試料の状態変化をトレースする紫外可視顕微分光装置やX線蛍光測定の高度化により、多様な測定にも対応している。さらに、遠隔地からの実験を支援するメールインシステムや遠隔実験システムを実装し、特に遠隔実験は2010B期から開始されて実施例も増えつつある。各ビームラインの特徴を考慮した課題採択により、ビームラインの効果的な活用を進める必要を感じた。
 ところで、ビームタイム配分は年2回行われる審査を経て行われているが、ビームタイムの有効な配分のために申請時にある程度の質の結晶が得られていることが求められる。このため、科学的なインパクトは重要なポイントではあるが、評価が困難な申請、つまり実験内容や試料に関する具体的な記述が乏しいものは、レフェリーの評点が厳しくなる傾向が認められた。また、ビームラインで得られた成果は研究成果データベースへの登録が求められ、未登録の場合には評点から減点されることがある。実際にこの2年間でも該当者が見受けられた。申請に当たっては、これらの点についても十分な考慮が必要である。
 一方、審査スケジュールの合間に結晶が得られた場合でも、速やかにデータ収集ができるように、L1分科では分科会独自の留保ビームタイム枠による随時募集を行っている。この2年間でも、配分時期によって若干のばらつきはあるものの、緊急性の高い申請が数多くあり有効に機能した。効果的なビームタイム配分のためにも、今後も継続実施が望まれる。
 なお、BL41XUでは逼迫するビームタイムに対し、運用の効率化のため2008A期から半日(1.5シフト)単位のビームタイム配分を行っている。おおむね好評であるが、今後予定されるビームライン高度化により測定時間のさらなる短縮が想定される。しかし、配分シフト単位を短縮すれば、スタッフの負担とスケジュール編成の困難さが増す。現状でさえ、以前は少なかったビームタイムのキャンセルが目立つようになってきた。今後、複数の研究グループでの同一枠の利用や試料確認用ビームタイムの導入など、新たな対策が急務であると感じる。



3.生命科学分科Ⅱ(L2:生体試料小角散乱)
 この分科L2では蛋白質溶液、脂質分散系などの非晶質系、筋肉などの繊維試料、皮膚などの様にある部分は結晶化しているが大半は非晶質である生体試料に関するもの、さらには、金属の微小結晶(ナノ結晶)からの回折ピークを利用して、生体分子1個の動きを調べるものや、生体試料系の反射率測定などの申請課題について審査した。2011B期から2013A期の2年間に取り扱った総課題数は89件、採択課題数は64件で、採択率は約7割であった。論文発表が少ないとペナルティを付ける課題審査システムを採用しているが、この分科ではペナルティによって不採択となった課題はほとんどなかった。
 X線回折と微小結晶の組みあわせによる1分子計測実験は、この2年でかなり裾野が広がってきたとの印象を持った。生細胞を含めた様々な生体試料への適用に関して、今後の発展を期待したい。4年前のこの欄を読み返すと、次の様なことが書かれていた。「生物は生体分子単体だけでは機能せず、全体として生命システムとして働く。そのため、生命システムを支える複数の生体分子からなるネットワークを、構造の側面から解き明かす研究を推し進めて行くことが必要である」と。具体的には、蛋白質複合体を対象とするならば、個々の蛋白質は、その蛋白質を結晶化しX線結晶構造解析で原子座標構造を決定し、その後に、X線小角散乱で、実際にその蛋白質複合体が機能する生理的条件下で、複合体の全体構造や複合体形成、解離といったダイナミックスを解き明かすといった研究である。このような同一の蛋白質試料に対して、結晶構造解析と溶液散乱を相補的に使用する課題は、この2年間、実際何件か申請があり、実験も実施されている。ただ印象としては、もっと多くの課題が実施されても良いと感じた。
 審査員からの点数を見ると、生物学的に興味深いテーマとともに、放射光の特性を生かした新手法の開発のテーマなどにも高い点数が付く。逆に、新規性のないテーマには低い点数が付く。それは当然のことであるが、他の分野においては既に確立した測定手法を、生体系試料へ新たに適用する申請テーマに対しては点数がバラつくことがあった。X線のダメージに極端に弱い、試料より溶媒の水の方が圧倒的に多いなど実際の測定になると、生体系の試料では、それなりに独自の工夫が必要となり、他分野で確立した手法であっても測定法の開発的な要素も出てくる。これらをどう評価するかは悩ましい問題であった。
 X線自由電子レーザー施設(SACLA)の供用運転が開始されたが、その高いコヒーレント光を有効に利用するための予備実験を、通常の8 GeVのリングからの光を上手く使うことで実施するという課題の申請が現れた。これは最近の新しい傾向である。



4.生命科学分科Ⅲ(L3:医学利用、バイオメディカルイメージング)
 L3は医学から生物学まで広い分野の申請を扱い、課題の対象はヒト、動物、植物など多様である。いくつかを紹介すると、医学イメージングでは、微小血管、肺、骨、神経線維、軟組織などのイメージングに関する課題が採択された。なかでも、遺伝子改変マウスや病態モデルラットでのin vivo心・肺微小血管造影の成功は、冠循環・肺循環調節や心筋梗塞、肺高血圧症などの疾患病態の分子機序解明に大きく貢献すると考えられ、この分野においてSPring-8が世界をリードするものと期待される。海外のグループが中心で行っている、屈折コントラストイメージング法を用いたin vivoウサギ新生児肺の微小形態イメージングは、出生時の呼吸開始機構を始めて解明し、さらに最近は肺血管造影を組み合わせることで、呼吸と循環の協調の仕組みを明らかにしようとしている。また、位相コントラストマイクロCTによる大動脈壁や眼球などの軟組織の密度差イメージングは、病態解析にユニークな情報を与え得ると考えられた。単色マイクロCTの優れた測定精度を活かした骨微細構造解析も注目される。その他、昆虫・魚類や植物種子に関する課題、蛍光を利用した臓器内金属粒子イメージングの課題が申請されたが、研究グループの固定化傾向がみられ、研究効率と成果の意義の再評価が必要と思われた。治療では、すだれ状マイクロビームによるがん治療研究の申請がみられたが、この課題の研究期間はかなり長く、実用性に関する成果を期待したい。
 イメージング手法の改革や新たな手法の創出に関する課題申請も目を引いた。特に、CTイメージングの大視野化および高空間・時間分解能化は、将来的に生体の動的三次元観察を可能とし、生体機能のより高度な理解を助けるものと期待される。また、新たな手法として、マルチビームイメージングシステムにも注目したい。
 今後、医学利用・メディカルイメージングをさらに普及し、多くのユーザーを得るには、急速に利用が広がっている多光子共焦点レーザー顕微鏡などの蛍光生体イメージングに対して、明確な差別化が必要である。また、放射光イメージング技術の多彩な応用例の提示は、医学・生物学分野の専門外の研究者の注意を引くきっかけとなり、ユーザーの裾野を広げる効果があると考える。何よりも放射光イメージングによる際立った医学・生物学的発見が重要であることは言うまでもない。
 課題審査において、レフェリー評点は極めて重要な指標となる。L3の課題は広い分野にまたがっているため、レフェリーが専門外の課題を評価せざるを得ない場合が想定される。従って、レフェリーが評点をつける際には、少なくとも総合評価だけは書いていただく仕組み作りが必要だと感じた。そうすれば、評点の根拠の希薄なものは外すことができ、よりフェアーな審査が可能になると思う。海外も含めた、さらに多くの研究者からの応募を望み、本分科のなお一層の発展を期待したい。



5.おわりに
 発足当時から今日に至るまでの放射光X線の生命科学分野への貢献は筆舌には尽くし難いほど大きく、短期間に生命科学研究、特に構造生物学研究は大きく様変わりした。さらに、将来光源に目を移せば、そこには「静から動、バルク構造解析から局所構造解析、結晶・溶液構造解析から1分子解析」の可能性から生命科学のパラダイムシフトがもたらされ、epoch-makingな発見が期待される。日本学術振興会理事の浅島誠先生も「静的な構造解析から動的な構造解析」へのパラダイムシフトが今後の生命科学研究の進展に不可欠であることを力説されている。そのためにも生命科学分科会の役割と責任は非常に大きいと思う。今後とも引き続き質の高い研究成果が数多くSPring-8から発信されていくことを切に願っている。



佐藤 衛 SATO Mamoru
横浜市立大学大学院 生命医科学研究科
〒230-0045 横浜市鶴見区末広町1-7-29
TEL:045-508-7225
e-mail:msato@tsurumi.yokohama-cu.ac.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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