Volume 18, No.2 Pages 75 - 79
2. ビームライン/BEAMLINES
レーザー電子光ビームラインⅡ(BL31LEP)稼働
BL31LEP: Laser-Electron Photon Beamline Ⅱ (LEPS2)
[1]東北大学 電子光理学研究センター Research Center for Electron Photon Science, Tohoku University、[2]大阪大学 核物理研究センター Research Center for Nuclear Physics, Osaka University
- Abstract
- 30m長直線部ビームラインBL31LEPに新レーザー電子光実験施設LEPS2が完成し、平成25年1月27日にレーザー電子光ビーム生成を初観測した。24 W出力紫外レーザー(波長355 nm)を蓄積リングに入射し、最大2.4 GeVまでのガンマ線ビームを2~5 MHzの強度で生成した。この際、レーザー電子光ビームのエネルギー・スペクトルの測定も行われ、コンプトン端を伴う分布形状が確認された。長直線部の電子ビーム発散角が水平方向で12 µradに抑えられているのに伴い、135 m下流のLEPS2実験棟においてビーム径が標準偏差で10 mm以下程度に絞られていることを確認した。今後、大立体角・高分解能の電磁カロリメーター系及び荷電スペクトロメーター系をLEPS2実験棟内に整備し、体系的に次世代のハドロン物理実験を推進する予定である。
1.はじめに
このほど完成した新レーザー電子光ビームラインBL31LEPでは、紫外(波長355 nm)又は深紫外(波長266 nm)レーザー光を8 GeV電子蓄積リングへ入射し、逆コンプトン散乱によってそれぞれ最大2.4 GeV及び2.9 GeVの高エネルギーガンマ線ビームを得る。生成されたビームは、液体水素や原子核の標的に照射され、ハドロン光生成実験(LEPS2実験)に供される。SPring-8で一本目のレーザー電子光ビームラインであるBL33LEP(LEPS実験)が1999年から稼働しているが、ビーム強度の増強と検出器系の大型化に限界があった。BL31LEPにおけるLEPS2実験では、複数レーザーの入射を可能にする大口径ビームラインを建設して一桁高いガンマ線ビーム強度を目指すと同時に、蓄積リング棟外の広いスペースに専用実験棟を建て、大立体角・高分解能検出器系による実験プログラムを推進することを掲げている。
LEPS2実験は、2010年3月にプロポーザルをSPring-8へ提出し、6月に計画承認された。その後、大阪大学核物理研究センターを中心に、ビームライン真空チェンバーの製作やレーザー入射系の整備を始めとした建設準備が着々と進んだ。2011年3月にリング棟外でLEPS2実験棟が完成し、後述する検出器系の整備が進んでいる。2012年8~9月及び12月の加速器停止期間中には、収納部内でビーム取出し部及びフロントエンド部の真空チェンバーを設置完了し、翌1月には高出力紫外レーザー3台とその光学系の設置・調整が終わった。2013年1月27日のマシンスタディ中にレーザー電子光ビームが初観測され、2月21日に完成式典を迎えるに至っている。(写真1参照)
写真1 平成25年2月21日のLEPS2ビームライン完成式典におけるテープカットの様子。
2.ビームラインの概要
2-1. 加速器収納部内
BL31LEPはSPring-8に4本ある30 m長直線部の一つを利用している。電子ビームの発散角が水平方向で12 µradと大幅に抑えられており、逆コンプトン散乱で生成されるガンマ線ビームが遠方まで広がらず、リング棟の外に大型実験装置を建設することが可能となった。また、レーザー電子光ビームのエネルギー測定は、逆コンプトン散乱における反跳電子を標識化することによって行っており、BL33LEPの場合に比べてエネルギー分解能の向上も見込まれる。図1に、新しく改修・設置されたビームライン真空チェンバーの場所を示す。4本のレーザーを同時入射するために、十分に広い開口を持つ真空チェンバーが製作され、四重極磁石等を貫通するビーム取出し部(SS2C)と超高真空部分の末端に当たるフロントエンド部がインストールされた。ビームラインの広開口部の距離を縮めて真空排気を容易にするため、レーザー入射は通常のラチェット部でなく、収納部側壁から行うように設計されており、フロントエンド部はレーザー入射系の役目も果たす(図2参照)。これにより、側壁入射部の放射線レベルが抑えられ、光学ハッチを縮小、レーザー入射室をクリーンルーム化することが可能となった。フロントエンド部の下流には、レーザー電子光ビームの裾を切る鉛(Pb)コリメーターとX線を吸収するタングステン(W)・アブソーバー、それらで対生成される電子・陽電子を除去するスイープ磁石が設置され、放射線レベルを上げてしまう装置類を収納部内に収めるように工夫されている。
図1 新しく改修・設置されたビームライン真空チェンバー。
フロントエンド部(FE)及びビーム取出し部(SS2C)で開口の大口径化が図られた他、反跳電子標識化のための改造(CR1 & BM1)とレーザー光終端部取出し窓の設置(BE5C)が行われた。
図2 フロントエンド部。
右側が下流に当たり、2 mm厚のアルミ窓からレーザー電子光ビームが取り出される。レーザー光は紙面手前側から入射され、M1ミラーにより左側の蓄積リングの方向へ方向転換される。
2-2. レーザー入射系
図3に示す通り、レーザー入射室において紫外波長355 nm及び深紫外波長266 nmの全固体レーザーがそれぞれ4台ずつ設置される設計となっている。電子ビームとの衝突点(長直線部の最下流から2 m上流地点)までの距離が約30 mとなっており、ビームエキスパンダー(ガリレオ式望遠鏡)でレーザー径を30~40 mmに拡大し、衝突点で電子ビーム径に絞る光学系を設置している。紫外・深紫外それぞれの波長に最適化された合成石英ミラー・直角プリズムを駆使して4つのレーザー光を同方向入射し、各ミラーをステッピングモーター付き回転ステージに載せて光軸の遠隔調整をする。入射されたレーザー光は収納部内フロントエンド部のM1ミラーで長直線部へと向かう。M1ミラーには、X線透過用の水平スリットが入れられて入熱を抑えている他、生成されたレーザー電子光ビームが通過する直径5 mmの穴も空けられている。入射レーザーのスポット位置は、衝突点を8 m過ぎた地点でレーザー光を上下方向へ取り出すミラーモニターチェンバーを設置し、大気中のスクリーンに映し出した像をCCDカメラで読み出すことで確認している。最終的な光軸の微調整は電子との衝突レートを最大にするようにミラーを振ることで行う。レーザー電子光ビームの強みは、レーザーの偏光情報を逆コンプトン散乱後も保持することであり、入射レーザーの垂直・水平偏光のコントロールはレーザー入射室内で水晶波長板により行う。レーザー偏極度の測定は、図2のM0ミラー(アブソーバーと一体化されている)を挿入し、レーザー光を計測器系へ取り出して行う仕組みとなっている。
図3 レーザー入射室及び収納部内フロントエンド部。
レーザー入射室(赤枠)内に紫外(UV)及び深紫外(DUV)レーザーが4台ずつ設置され、コンクリート壁で覆われた小型光学ハッチを経て、フロントエンド部M1ミラーから入射される。
2-3. LEPS2実験棟
衝突点より135 m下流地点に18 m ×12 mの面積を持つLEPS2実験棟が建設された(写真2参照)。リング棟内のラチェット部より実験棟までの間は、低真空の直管パイプによりレーザー電子光ビームを輸送している。実験棟上流側のスペースには、大立体角電磁カロリメーターBGOeggを設置し、光生成された中間子の崩壊で生じるガンマ線等を検出するべく、データ収集系を整備している。BGOeggは20放射長のBi4Ge3O12(BGO)結晶を1320本、卵型に組み上げた形状となっており、世界最高のエネルギー分解能(1 GeVに対して1.3%)を持っている(写真3参照)。BGO結晶からの信号波高に温度特性があることから、検出器全体は恒温ブースの中に収められている。BGOeggの下流側には、直径5 m、総重量400トンの1 Teslaソレノイド磁石をアメリカ・ブルックヘブン国立研究所より移設・設置している。その内部には大立体角荷電スペクトロメーター系を建設中である。
写真2 LEPS2実験棟の外観。
右側が実験棟、左側が冷却水システム、奥がリング棟となっており、レーザー電子光は左側から輸送される。
写真3 電磁カロリメーターBGOeggの外観。
前方部(左側)の300チャンネルのみ光電子増倍管が取り付けられている。
3.現在の稼働状況
平成25年1月27日のマシンスタディ中に8時間の調整時間をいただき、レーザー入射によるレーザー電子光ビーム生成を初めて行った。ビーム生成の確認は、まずエネルギー・スペクトルの測定により行った。図4は、LEPS2実験棟のビーム軸上に直径8 cmの大型BGO結晶を置き、入射ガンマ線による電磁シャワーのエネルギー分布を光電子増倍管で測定したものである。長直線部残留ガスによる制動放射ガンマ線のエネルギー・スペクトル(図中で任意スケール)と異なり、コンプトン端を持った形状が確認された。また、レーザー入射前後のビーム生成レートの変化も測定され、加速器収納部内で反跳電子を検出する標識化検出器、およびLEPS2実験棟内でアルミ製コンバーターから対生成する電子・陽電子を検出するプロファイルモニターの二台が使用された。確認のため、加速器側で測定している蓄積電子寿命の変化もモニターされた。いずれの手法においても優位な生成レート変化が観測され、2.4 GeV以下の全エネルギー領域に換算して2~5 MHzのレーザー電子光ビーム生成が観測された。上記のプロファイルモニターにおいては、図5に示されているように、実験棟におけるレーザー電子光ビームの拡がりも測定され、標準偏差で10 mm以下程度であった。
図4 大型BGO結晶で測定されたレーザー電子光ビームのエネルギー・スペクトル。
レーザー入射前に測定された制動放射ガンマ線ビームのスペクトルも任意スケールで重ねてある。
図5 初観測されたレーザー電子光ビームのプロファイル。
コンバーターで対生成された電子・陽電子の位置を3 mm角のシンチレーション・ファイバー16本×16本の二次元配列で測定した。
図6 BGOeggで検出された2個のガンマ線の不変質量分布。
青線と赤線はそれぞれガンマ線エネルギーの閾値を100 MeVと200 MeVにした場合を表す。
既述した通り、現在はLEPS2実験棟にBGOegg検出器が設置されており、下流側(前方側)のBGO結晶300本分の信号が読み出せるようにデータ収集系が組まれている。2月のユーザータイム中に検出器系の試験運用をしており、検出された2個のガンマ線から図6に示す不変質量分布が得られている。観測されたピーク構造から、炭素原子核標的へのレーザー電子光ビームの照射でπ0中間子(質量135 MeV/c2)が光生成されていることを確認した。
4.今後の展開
平成25年1~2月の立ち上げ時には、レーザー入射によるビームライン真空チェンバーのベーキングが十分に間に合わず、24 Wレーザー一台のみでレーザー電子光ビームの生成を行った。今後は、現時点でセットアップが終了している16 W出力機二台を追加して、大強度ビームの生成を行う。いずれは当初の予定通り四台のレーザーを同時入射するほか、波長266 nmの深紫外レーザーとその光学系についても順次整備を進め、大強度ビームの高エネルギー化を図る。レーザーの偏極測定も今後、整備完了となる予定である。
BGOegg検出器系は一部が稼働している状態であるが、平成25年度の秋以降にフルセットアップ実験を本格始動するべく、鋭意準備している。また、BGOegg実験と並行して、大立体角荷電スペクトロメーター系の建設も進める予定であり、二つの検出器系で包括的にハドロン物理実験を推進していく計画となっている。
謝辞
BL31LEP(LEPS2)ビームラインの建設においては、JASRI加速器部門の大勢の方々から多大なるご支援・ご協力を賜った。また、LEPS2実験棟の建設においては理化学研究所・仁科センターのご協力を戴いた。LEPS2実験が無事に走り始めたことに深く感謝申し上げます。
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