Volume 08, No.5 Pages 327 - 329
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
2003B利用研究課題選定委員会を終えて
Report of the Proposal Review Committee on the 12th Public Research Term 2003B
東京工業大学 応用セラミックス研究所 Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology
1.はじめに
SPring-8の供用が開始されてからすでに5年が過ぎ、その利用研究も佳境に入ってきています。年間応募者数が着実に右肩上がりで増加していることは、SPring-8のもつ大きな魅力ゆえのことと、非常にうれしく思っています。このような中で、重要な課題選定の任務を、姫工大の松井純爾主査から引き継ぐことになり、責任の重大さを痛感する毎日です。
利用研究課題選定では、審査課題の増加に対応して、一次審査の方法の見直しや関係委員の増員等の改善をしていただきました。主な分科会に専門委員制(レフェリー制)が導入され、今期から85名のレフェリーの方々(分科会委員を含む)に審査をお願いしております。大量の申請課題を短期間に処理する必要がありますが、公平で厳正な審査になるよう勤めています。予備審査の評点が大きくずれることはそれほど多くはありませんが、評価がばらついた場合には分科会で丁寧に議論しています。また、選定課題のシフト充足率を満足すること、平和目的であること、挑戦的な課題に充分な配慮をすることなどを念頭において選定作業を進めています。
今期から一般利用研究課題(課題公募:従来型、長期利用型)のほかに、重点研究課題(課題公募:領域指定型、課題非公募:利用者指定型、戦略型)が立ち上がりました。これらは、国の中間評価を受けて、SPring-8が主体的・戦略的な運営を機動的に行っていくべく対応した結果です。重点研究課題導入の経緯については、松井前主査による報告がSPring-8利用者情報(Vol. 8, No. 2, pp. 61-63, 2003)に掲載されています。今回、領域指定型の重点研究課題として、重点産業利用(トライアルユース)、重点ナノテクノロジー総合支援、および、重点タンパク500の公募がありました。このように、いくつかの新しいカテゴリーの課題が加わった結果、一般利用、重点、従来のJASRI留保枠との間で利用時間の配分調整が必要となり、関係委員会でシフト枠を慎重に決定しました。利用研究課題選定委員会としては、一般利用研究課題の配分割合が、一般共用ビームラインで50%を切らないように特に留意しました。
2.今期の課題募集と審査
今回、第12回目の共同利用研究の課題選定を行いました。その対象期間は、2003年第6サイクルから2004年第1サイクルまでで、平成15年9月から平成16年2月までです。1年間を前期と後期に分けたときに生じる利用時間枠のアンバランスを緩和するため、今期もこれまでと同様に第1サイクルまでを2003Bとしました。このため、放射光利用時間は252シフト(1シフトは8時間)となり、このうち共同利用には201シフトの配分となっています。課題選定の対象となるビームラインは総計33本で、共用ビームライン25本(3本のR&Dビームラインを含む)の他に、原研ビームライン3本、理研ビームライン4本、物質・材料研究機構ビームライン1本となっています。
課題募集は6月14日に締め切られました。一般利用研究課題648件、重点研究課題290件、総応募件数として938件の課題応募があり、これまでの最高件数となっています。今期から導入された新レフェリー制のもとでの事前評価に引き続き、7月16日までには重点課題の各分科会での最終審査を終了し、7月17日、18日の2日間で一般課題分科会による最終審査を行いました。その結果を受けて、7月18日の利用研究課題選定委員会で、621件(選定率66%)の課題を選定し、合計4,464シフトを配分する旨を機構側に通知しました。選定件数はこれまでの最高となっています。重点研究課題の1つであるタンパク500を除くと、選定された課題に配分されたシフト数は、4,464シフト(要求5,364.5シフト)となり、平均のシフト充足率は83%でした。このシフト充足率は前回とほぼ同程度です。課題選定委員会では、採択率を下げてでもシフト充足率を確保することを念頭におき、できるだけビームライン担当者の見積りシフト数に近づける努力をしています。また、個々の選定課題の平均シフト数は、9.2シフト(前回と同程度)となっています。
研究分野別の選定課題数は、生命科学265件、散乱・回折169件、分光64件、XAFS 56件、産業利用36件、実験技術31件の順です。選定課題の実験責任者の所属機関別では、従来どおり国立大学が全体の半数以上を占めて大きな変化はありませんが、民間の実験責任者による選定課題が増えたことが、今回の特徴となっています。また、成果専有利用として、民間から8件、国立研究機関等から2件の計10件の応募があり、公共性・倫理性・技術的可能性・安全性の審査の結果、全件選定されました。
BL02B1(単結晶構造解析)では、2002B期から1年課題の募集をしています。これは、回折・散乱分科1で2年間試行しているもので、分野の特徴や実験の種類により一度の実験で測定が完成しない課題に対し、1年間のビームタイムを保証しようというシステムです。シフト数の要求の少ない課題でも2期に分けて実験を行うことで、重要な成果が出ることを期待しています。今回は、試行2年目にあたり、12件の1年間有効課題の応募のうち7件が選定されました。ちなみに、1年前の前々回には、25件応募で11件が選定されています。また、分野ごとに特徴ある課題選定として、XAFS分科では留保ビームタイム制を実施していますが、今回、試し実験が必要な課題はありませんでした。
ここ数年間についての選定課題数の推移を、1年単位で要約して示します。括弧内は応募課題数です。平成12年2月~13年1月には706件(1,006件)、平成13年2月~14年2月には866件(1,121件)、平成14年2月~15年2月には992件(1,394件)、平成15年2月~16年2月には1,184件(1,671件)と、年とともに着実に増加しているのがわかります。
3.長期利用課題募集と審査
長期利用研究制度は、ビームタイムを集中的・計画的に利用することによって顕著な成果が期待できる課題に対し、最大3年間の長期にわたる利用を可能にすることを目的に2000B期からスタートしたシステムです。今回から重点研究課題制度がスタートすることになり、2003A採択以前まで特定利用課題と呼ばれていたものが、長期利用課題という名前に変更されました。一般利用研究課題の枠内であり、旅費等の経済的支援は受けられませんが、採択課題は、ビームタイムの配分を上限20%まで優先的に利用できることになっています。そのため課題選定にはよりいっそうの厳格化が求められており、たとえ海外からの申請であっても、課題責任者への面接による厳しい審査を行っています。
5月29日に締め切った今回の公募では、3件の応募がありました。6月2日から9日にかけての外部の専門家を含む長期利用分科会での書類審査、6月17日の二次面接審査の結果、「Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy (NRVS) of Hydrogen and Oxygen Activation by Biological Systems」(Stephen P. Cramer; University of California; BL09XU)、「多剤排出蛋白質群のX線結晶構造解析」(村上 聡;大阪大学;BL41XU)の2件が選定されました。なお、村上課題には、ビームラインの混み具合に配慮しながら毎回の配分シフトを決めるという条件が付いています。そのため、2003B期では、18シフトの要求に対し12シフトの配分となっています。
現在有効な長期利用課題は、2001A採択高田課題(BL10XU)、2001B採択菅課題(BL25SU)、2002A採択小泉課題(BL08W)、2002B採択守友課題(BL02B2, BL40XU)、2003A採択巽課題(BL10XU)、と今回採択の2課題です。一方で、2000B期に開始した最初の長期利用課題が、2003A期に終了となりました。該当するのは、瀬戸課題(BL09XU)、田村課題(BL04B1, BL28B2, BL04B2, BL35XU)、早川課題(BL39XU, BL37XU)ですが、今後、この3課題については事後評価が行われることになります。まずは、平成15年11月12日開催のSPring-8シンポジウムの中で、成果を取り纏めた発表を公開の場で行うことになっています。また、シンポジウム終了後には、まとまった解説記事が利用者情報誌に掲載されることと思います。
4.重点領域課題募集と審査
今期より本格的な実施が始まった重点領域課題の選定結果に触れます。「重点ナノテクノロジー支援」では、応募課題数114件に対して54件が選定されました。選定率は47%です。この段階で選定されなかった60件の課題は、再度、一般利用研究課題選定委員会の審査を受け、その結果、36件が成果非占有の一般利用研究課題として採択されています。「重点タンパク500」では、今回選定された138課題に対し、重点タンパク500のシフト枠の範囲内(225シフト)で個別に調整配分が行われます。そのシフト配分は、実施1ヶ月前には確定されます。「重点トライアルユース」の選定課題数は、38件の応募に対し23件(選定率61%)でした。
5.民間企業の利用と産業利用
民間からの利用については、各研究分野で合わせて74件の応募があり、53件が選定されました。選定率は、以前とあまり変わらない72%でした。前回の課題選定では、応募が55件、選定が40件でしたので、応募数も選定数も着実に増加してきています。
産業利用分野の課題は、これまで対象ビームラインがBL19B2の1本でしたが、今回から、BL01B1(XAFS)、BL20XU(医学・イメージングⅡ)、BL46XU(R&D(2))等のビームラインでも、一部の産業利用分野課題が選定されました。これらの課題も含めた産業利用分科会の審査では、58件の応募に対し36件の課題が選定されています。その選定率は62%であり、他の分科会での選定率と同程度になっています。
今回の課題応募を、民間からの応募と産業利用分野への応募とを加えた大枠でまとめてみますと、応募総数は100件にのぼりました。その中で、課題が選定された件数は65件であり、その選定率は65%となっています。この大枠で前回の値と比べてみますと、民間または産業利用の応募が73件、選定された課題が47件(選定率64%)でしたので、今回、明らかに増加しています。
6.おわりに
昨今の情勢の変化で、SPring-8の重要性を社会に認識してもらうことが益々必要となってきています。そこでは、科学的にポテンシャルの高い研究を強力に推進すると同時に、底辺の拡大や産業利用も強く求められています。特に重点化利用と社会性の重視ということで、課題審査が複雑化しているのが現状です。今がその過渡期ということで色々ご迷惑をおかけしていますが、シンプルな審査に向かって努力しますので、ご協力をよろしくお願いします。
特殊法人の改革や予算削減の荒波の中、SPring-8ではメリハリのある運営が求められています。この厳しい状況下、一般利用研究課題に対する旅費の支援がなくなったことが気になっています。SPring-8の運営費全体からみればごくわずかな金額ですが、旅費の支援がないということで、長い目で見て、利用研究全体のアクティビティーが低下することは避けられないように思えます。科研費やプロジェクトなどの競争的資金で旅費を工面できる人は限られています。課題責任者自身は、たとえ旅費がサポートされなくても自費でという熱意で実験されると思いますが、旅費がないという皺寄せが学生に向かうのではないかと危惧しています。自費で実験する教官に教育途中の大学院生の旅費までサポートする余力はないように思われます。実験が即戦力のある中堅研究者だけで行われてしまうことにはならないでしょうか。
若手への教育や実験技術の継承は非常に大切な問題で、空白の世代を作ってしまっては、放射光科学の将来にとって大きな禍根となりかねません。実施課題への支援とは独立であってもいいと思います。特に大学院生に対し、院生自身が別途旅費を申請できるようなシステムを早急に構築していただきたく、関係者のご努力を切にお願いします。
佐々木 聡 SASAKI Satoshi
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