Volume 08, No.4 Pages 227 - 232
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SPring-8放射光による応力評価研究分科会の成果
Activities of Research Committee on Stress Evaluation by SPring-8
1.はじめに
機械、構造物の設計や寿命評価には、構成部材に発生する応力を正確に把握することが不可欠である。最近では、静的・動的ともに実用的な精度で解析できるコンピュータプログラムが威力を発揮している。しかし、複雑形状部材、微小な部材などは計算上の特異点として存在する場合があり、さらに、静的な場合においても、力の伝達のモデル化や熱的条件、動的な場合の減衰の評価にはどうしても実験的手法が必要となる。また、部材に内在する残留応力は、強度・寿命設計に大きな影響を与えるが、予測することは困難であるので、やはり、実測が必要である。
従来から、部材に手をふれることなく残留応力や実働応力が測定できるX線応力測定法があるが、部材の表面のみに限られ、使用するX線にも限界があり、精度の良い測定には至らなかった。
一方、ESRF(EU)、APS(US)に続きSPring-8という第3世代の放射光実験施設が稼動し、非常に優れたX線が使えるようになり、しかも、微小なスポットのみならず深さ方向の測定まで可能となる状況となった。ESRFでは、早くからこの応力測定に取組んでいたが、SPring-8においても、最近、応力測定の実験課題が増えて、放射光による応力測定への興味が急増している。
このような状況に対応するために、(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の協力を得て、2000年4月に、日本機械学会材料力学部門「放射光応力評価研究分科会」を立上げ、同時に、SPring-8利用推進協議会研究開発部会「SPring-8放射光応力測定研究会」も発足し、分科会、研究会を同時開催することになった。
これらの分科会、研究会(以下、単に、研究会と称する)は、3年間、活発な活動を行い、ここに、その研究成果を報告する。
2.応力測定のためのビームライン
X線による応力測定においては、多結晶材中のX線回折条件を満足する結晶の格子面間隔の変化(ひずみ)に基づき、応力を導く。X線の波長をλ、格子面間隔をdとすると、X線は次のBraggの式を満足する結晶から回折角θで回折する。
λ = 2d sin θ
回折角θを得るための方法として、sin2ψ法があり、この時、回折角の測定方向(検出器の走査方向)と回折面角度(ψ)との関係によって、図1に示すような、並傾法(a)と測傾法(b)の2種類の方法がある。
したがって、実験に用いるSPring-8のビームラインは、「回折」に対応したものとなる。回折が測定できるビームラインはSPring-8では比較的多いが、後述する研究会メンバーが測定に措置いたビームラインは、
BL02B1、BL09XU、BL13XU、BL19B2
となっている。
図1 X線応力測定法(sin2ψ法)
これらのビームラインの名称、主な測定対象分野、検出器・付属設備、使用できる放射光のエネルギー範囲の概略を表1に示す。
表1 応力測定用ビームラインの仕様概要
なお、図2には、SPring-8の放射光を用いることで、どの程度、計測精度が上がるかを示す。図2(a)が、実験室X線による回折角の測定で、図2(b)がSPring-8放射光による測定結果である。回折曲線の形状の他に縦軸の強度の数字に注目されたい。
(a)実験室X線(CuKα)
(b)SPring-8(BL09XU)
図2 回折曲線の比較(Ti-6Al-4V合金の場合)
3.応力評価(測定)研究会の活動状況
3-1. 「研究会」発足の経緯
SPring-8が応力測定と密接な関連を持つようになったのは、2000年3月27日に開催された放射光産業利用ワークショップ「表面・界面応力の放射光による測定」が発端である。SPring-8放射光の機械系への応用としての応力測定を、機械学会副会長(当時)でこの分野の専門家である駒井京大教授の同意を得、当時のJASRI、上坪放射光研究所長と相談し、機械学会のみならず関連する複数の他学会にも協力を呼びかけ、さらに松井姫工大教授にも尽力を願って、ワークショップが開催され、集まった大勢の産官学の研究者達が熱心な議論を行った。
このワークショップは、JASRIおよびSPring-8利用推進協議会が主催し、日本機械学会、日本材料学会、日本金属学会関西支部、日本接着学会、日本鉄鋼協会関西支部、高分子学会が共催、兵庫県が後援し、2000年3月27日(月)、SPring-8のある播磨科学公園都市において開催された。
このワークショップでは、金属、セラミックスなど各種材料の表面・界面の応力やそれと接合面・表面処理層との微視的関連、機械や構造物の非破壊での実機残留応力評価が主なテーマで、これらの課題の究明には、世界一のSPring-8の放射光があってはじめてできるとの大きな期待が寄せられた。
さらに、SPring-8の高エネルギーの光を利用することにより、表面応力のみならずより深部の応力、コーティングなど薄膜より厚い層と母材との界面の応力、あるいは鉄鋼など重い元素からなる材料の応力等の評価が可能となり、実機により近い対象の測定ができること、また、マイクロビームを実現することで、マイクロマシンの局所の強度評価、高輝度を利用した時間分解測定により、動的な測定から破壊や腐蝕の進展機構を解明できるなど将来テーマも提起された。
以後、この機運にのって設立された、「放射光応力評価研究分科会」および「SPring-8放射光応力測定研究会」の二つの研究会は、1年間の調査・検討期間を経て、2001B以降から研究会メンバーが共同で課題申請、実験を行い、今日に至っている。
3-2. 「放射光応力評価(測定)研究会」の活動成果
2つの研究会の目的は、
①放射光による実働応力、残留応力測定法の確立
②表面、界面、内部の応力測定への取組み
③SPring-8を用いた計測・評価
であり、研究会が扱った実験対象は、
①複雑形状部材
②微小部材
③複合材料(コーティング材、セラミックス、その他表面改質材)
である。
活動期間は2000年4月〜2003年3月で、研究会活動においては、
(1)SPring-8の研究動向
(2)X線による応力測定法と現状における限界
(3)Photon Factoryの放射光応力測定の現況
(4)中性子による応力測定の現況
(5)SPring-8の放射光による応力測定の現況
などを調査・分析し、これに基づいて、SPring-8の実験テーマを設定し、大学の委員を中心に興味ある企業の委員が加わり、SPring-8での共同実験を計画し、2001Bおよび2002Aの実験期間に以下の課題を実施した。申請課題のうち、1件が不採択となった。
● SPring-8 2001B(2001年下期) 課題
(1)Ti-6Al-4V合金の微小領域における残留応力分布の測定(BL13XU)
(2)セラミックスのき裂近傍の応力マッピング(BL09XU)
(3)表面処理材の残留応力の内部分布の非破壊測定(BL02B1)
(4)高エネルギーを利用した遮熱コーティング(TBC)の内部応力評価(BL02B1)
● SPring-8 2002A(2002年上期) 課題
(5)遮熱コーティング膜の酸化損傷の検出と残留応力測定(BL02B1)
(6)銅薄膜の加熱サイクルにおける内部応力のその場測定(BL02B1)
(7)Ti-6AI-4V合金の微小領域における残留応力分布の測定(BL09XU)
(8)局所応力マッピングによるセラミックスの破壊挙動の解明(BL09XU)
(9)硬質膜の内部応力の評価(BL13XU)
【1】これらの実験によって、以下が明らかとなった。
● 委員の所属機関の知識ポテンシャルがアップし、自らSPring-8に課題申請し、実験できるようになった。
● 表面改質材や遮熱コーティング(TBC)の内部応力測定では、シンクロトロン放射光の高エネルギーX線による深い透過力を用いて、トップコートを介してボンドコートの回折を得ることができ、ボンドコートの残留応力の非破壊測定ができた。この場合、73keVのX線波長によるNi3Alの311回折は、回折強度も高く、孤立ピークであり、応力測定に好適である。同様に、ZrO2の511+333回折はトップコートの残留応力測定に適していた。
図3は、ラボX線による実験データも使った、ハイブリットX線応力測定法によりTBCのはく離応力の解析のためのもので、トップコートのσ3を評価した結果である。
図3 コーティング内部の残留応力の分布
● 表面改質のためのウォータジェットピーニングおよびレーザピーニング処理材の応力評価には集合組織および粗粒の影響を考慮する必要がある。
● セラミックスのき裂近傍の応力マッピングでは、ラボのX線による測定と比較して、50×50µm程度の空間分解能でも、精度よくスピーディな測定が可能である。
図4は、多結晶アルミナの切欠き先端近傍の応力分布である。
図4 切欠き先端近傍の局所応力分布
● 測傾法と並傾法を重畳させて、侵入深さ一定の条件での測定法を考案し、深さ方向応力分布を効率よく求めることができるようになった。
● その他、Ti-6Al-4V合金の微小領域の残留応力(図5)、銅薄膜の加熱サイクルにおける内部応力、セラミック被膜、Ti硬質膜の内部応力、燃料電池セルスタックの残留応力、などについても、有益な情報を得ることができた。
図5 圧痕の内部と周辺の残留応力分布
(鋼球の衝突速度ν =90m/s,ビームサイズ100µm)
【2】研究会活動中、以下の諸行事の企画、開催、協力を行った。
(1)日本機械学会材料力学部門が主催する「2002年春のシンポジウム」における先端技術フォーラム「放射光の応力評価への適用」
(2)(財)高輝度光科学研究センター主催のSPring-8講習会「放射光による応力評価」(企画と講師派遣)(2002.10.11)
(3)ドイツで開催されたInternational Workshop at the DESY facility(2003.4.9〜11)に、本研究会の鈴木委員をSPring-8の代表として派遣。海外の放射光施設の応力測定関連情報を入手。
(4)上記ワークショップに付随して、VAMAS-TWA20(残留応力測定のテクニカルワーキングエリア)が開催され、鈴木委員はこれにも参加し、今後の作業として、中性子による測定標準作成に次いで、放射光による残留応力測定標準が検討中であることもわかった。放射光による測定基準の対応については、これから国内でも論議が始まるが、本研究会のメンバー達が中心になると思われる。
(5)本研究会の成果に基づいた、SPring-8利用推進協議会研究開発部会の主催による、「放射光応力評価研究成果報告会」(2003.4.25)
(6)日本機械学会2003年度年次大会研究発表会(8月、徳島大学)で、放射光応力測定のオーガナイズドセッションを企画。このO.S.は機械学会としては、初めての試み
【3】両研究会は、2003年3月に終了し、放射光適用分野のひとつとしての応力測定での重要な役割を果たすことができた。しかし、放射光を利用した応力評価(測定)をより幅広く産業界に展開するには、実用技術の確立が必要で、この研究活動を、日本機械学会材料力学部門の研究会「放射光による応力評価の実用化に関する研究会」(A-TS03-20)に受け継いでいくことになり、SPring-8利用推進協議会研究開発部会でも同様の研究会を継続させる。2003年5月29日には、新しい二つの研究会(主査:田中教授[名大])の第1回が開催された。
4.おわりに
海外では、放射光と応力との関連において、ESRF(フランス、グルノーブル)の関心は非常に高く、新しい優れた実験手法による研究成果が発表されつつある。
日本においても、今後、2003年9月には、名古屋において、
ATEM’03(Advanced Technology in Experimental Mechanics)国際会議においても、放射光による応力評価のオーガナイズドセッションが開催され、その中で数件の招待講演が行われることになっている。
今後、VAMAS-TWA20をはじめ、放射光による応力評価を産業界で実機に適用しようという動きは急速に展開されることが予想される。SPring-8への利用研究課題申請も増加するはずであり、概して、実験時間の長い「回折」の課題が増えることになろう。ビームタイム確保が問題となる。
本報告が、これらの動きに関する一助となれば、研究会委員一同の望外の喜びである。
日本機械学会「放射光応力評価研究分科会」
委員名
主査:駒井 謙治郎(京都大学大学院)
幹事:古池 治孝(JASRI)
幹事会メンバー
:駒井、古池
:田中 啓介(名古屋大学大学院)
:箕島 弘二(京都大学大学院)
委員:(官、学)
:秋田 貢一(武蔵工業大学)
:秋庭 義明(名古屋大学大学院)
:坂井田喜久(静岡大学)
:佐々木敏彦(金沢大学大学院)
:柴野 純一(北海道大学大学院)
:鈴木 賢治(新潟大学)
:鳥居 太始之(岡山大学)
:英 崇夫(徳島大学)
:広澤 一郎(JASRI)
:松永 久生(九州大学大学院)
:宮下 卓也(新産業創造研究機構)
:村上 敬宜(九州大学大学院)
:吉岡 靖夫(武蔵工業大学)
委員:(企業)
:大城戸 忍(㈱日立製作所)
:小川 一義(㈱豊田中央研究所)
:川村 昌志(川崎重工業㈱)
:金子 秀明(三菱重工業㈱)
:川上 崇(㈱東芝)
:佐野 雄二(㈱東芝)
:高瀬 孝雄(京セラ㈱)
:土屋 新 (三菱マテリアル㈱)
:藤山 久男(関西電力㈱)
:矢加部久孝(東京ガス㈱)
:山口 浩司(住友電気工業㈱)
:山本 三幸(住友金属工業㈱)
:横山 亮一(理学電機㈱)
【引用文献】
調査研究分科会成果報告書[P-SC327]
「放射光応力評価」(日本機械学会)
古池 治孝 KOIKE Harutaka
(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0947 FAX:0791-58-0965
e-mail:h_koike@spring8.or.jp
共用ビームライン名の変更について
共用ビームラインの内、下記の3本について現在の運用状況に良く合うようにビームライン名を変更しました。
記
1.BL No.:BL02B1
旧名称:結晶構造解析(Crystal Structure Analysis)
新名称:単結晶構造解析(Single Crystal Structure Analysis)
2.BL No.:BL04B1
旧名称:高温構造物性(High Temperature Research)
新名称:高温高圧(High Temperature and High Pressure Research)
3.BL No.:BL10XU
旧名称:高圧構造物性(Extremely Dense State Research)
新名称:高圧構造物性(High Pressure Research)