Volume 16, No.3 Pages 213 - 215
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
International Conference on Materials for Advanced Technologies(ICMAT 2011)報告
Conference Report on International Conference on Materials for Advanced Technologies (ICMAT 2011)
1.はじめに
International Conference on Materials for Advanced Technologies(ICMAT)は、2001年から隔年でシンガポールにて開催されている材料科学分野の国際会議である。シンガポールのみならず将来性のある近隣地域、発展性のあるニッチな分野の材料科学研究促進を目的として1999年に設立されたMaterial Research Society of Singapore(MRS-S)は、その目的達成のために、ICMATの開催を主要な活動の一つとしている。毎回、ノーベル賞受賞者やノーベル賞候補者など合わせて10名程度の著名な研究者による特別講演やノーベル賞受賞者の公開講演を企画している点は、MRS-SのICMAT開催に対する姿勢とICMATの国内外における地位確立の意図を明確に物語っている。
会議は、全体セッションと専門分野に分かれて開催されるテクニカルセッション(シンポジウム)によって構成されている。前者は上述の著名研究者の招待講演企画である。一方、後者はホットな話題について深く議論するシンポジウム企画である。2001年に16シンポジウム、参加者1,400名で始まったICMATは、3回目以降は20以上のシンポジウム、2,000名以上の参加者と規模を拡大している。第6回となるICMAT2011は、さらに規模を拡大してシンポジウム数を40とし、6月26日から7月1日の期間、サンテック・シンガポール国際会議展示場と隣接するパンパシフィック・シンガポールで開催された。今回は、アジア地域での放射光利用研究施設の建設ラッシュや材料科学研究における放射光利用研究の重要性の高まりを反映してAdvanced Materials Supported by Synchrotron Radiation(シンポジウムHH)が新設された。筆者らは、テクニカルセッション中は主にこのシンポジウムに参加した。
2.会議内容
全体セッションでは、2010年に「二次元物質グラフェンに関する先駆的実験」でノーベル物理学賞を受賞したProf. Andre Geim、2009年に「リボソームの構造と機能の研究」でノーベル化学賞を受賞したProf. Ada Yonath、2007年に「巨大磁気抵抗効果の発見」でノーベル物理学賞を受賞したProf. AlbertFert(図1)、1985年に「量子ホール効果の発見」でノーベル物理学賞を受賞したDr. Klaus von Klitzingの4名のノーベル賞受賞者とトムソン・ロイター社がノーベル賞有力候補として選出するトムソン・ロイター引用栄誉賞受賞者の北川進教授(2010年、化学分野、図2)、Prof. Charles Lieber(2008年、化学分野)らによる特別講演などが行われた。特別講演は、皆、素晴らしいものであったが、Prof. Andre Geimの講演には特筆すべきものがあった。
Prof. Andre Geimのノーベル物理学賞は記憶に新しい。古くから我々の生活に密着している黒鉛(グラファイト)は、科学技術の進歩に伴い次々に明らかになる機能を我々に提供し、我々はその恩恵を享受してきた。鉛筆、リチウムイオン電池の負極などは良い例である。グラフェンは、層状化合物であるグラファイトの1枚を取り出したナノ材料であり、その性質がバルクの黒鉛とは大きく異なることから注目を集めた。そのパイオニアであるGeim氏が2010年のノーベル物理学賞を勝ち取った。Geim氏の特別講演は、注目されている電子物性のみならず、その物性の背景となる物理学の位置づけを系統的に整理し、幅広い分野の参加者に解りやすく紹介するとともに、その応用への展開、我々の将来への夢までをも展望するものであり、聴衆を魅了した(図3)。Geim氏のプレゼンテーションが多くの科学技術関係者の心を引き付けたであろうことは想像に難くない。
図1 Prof. Albert Fertによる特別講演
図2 北川進教授による特別講演
図3 Prof. Andre Geimによる特別講演
シンポジウムHH: Advanced Materials Supported by Synchrotron Radiationでは、招待講演と一般講演を合わせて32件の口頭発表と10件のポスター発表からなり、アジア地域のみならずヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアからの参加・発表もあった。講演内容は、施設紹介とその利用研究の動向から分光、回折実験の最近の成果まで多岐にわたり、セッションは広がりを持ったものであった。このように、放射光利用研究特有の幅広い研究対象、研究手法による研究成果報告が一堂に会するシンポジウムHHにおいて、「その場観察」のための時間分解能、空間分解能の向上による計測技術の開発が分野・手法に関わらず共通に議論された。今後の放射光利用研究の方向性に関して共通認識が感じられた。
日本からは、岩澤康裕教授(電気通信大学)、高田昌樹博士(理化学研究所)と筆者ら2名による合計4名がSPring-8の世界最高品質のビームと計測・解析技術に基づく研究成果を口頭発表した。岩澤教授は、EXAFSによる触媒のその場観察の報告をもとに将来の触媒設計における放射光分析の重要性を強調した。高田博士は、SPring-8におけるナノ領域でのX線回折におけるこれまでの成果と将来の展望を示した。筆者らは、鉄系超伝導体と熱電材料として期待されるクラスレートの精密電子密度解析と静電ポテンシャル解析から機能の起源と物質設計の展望について発表した。これらの発表は、それぞれのセッションの中で非常に高い注目を集めた。さらに、SPring-8の利用研究成果を報告する日本国外の研究者やSPring-8の研究成果を先行事例として紹介する講演も多数あり、シンポジウムHHにおけるSPring-8の存在感は圧倒的であった。
3.施設見学
シンポジウムHHの発表がプログラムされていない7月1日の午前に、シンポジウムチェアの計らいで、Singapore Synchrotron Light Source(SSLS)の見学会が開催された。施設はシンガポール国立大学キャンパスのほぼ中心にある(図4)。電子エネルギー700 MeV、リング長10.8 m、最大21本のビームラインが設置可能な小型蓄積リングHelios 2からの放射光を5本のビームライン(X線回折、FT-IR、軟X線分光、イメージング、リソグラフィー)で利用研究を推進している。また、XAFSのビームラインを建設中である。施設入口付近には、Helios 2の旧型機Helios 1が展示されており(図5)、2機がほぼ同じ規格であるため運転中の蓄積リングの理解に有用であった。小さな放射光施設であるが、新しいビームラインの建設を含め活発に活動を行っていたのが印象的であった。
図4 Singapore Synchrotron Light Source施設入口
図5 展示されているHelios 1
4.おわりに
開催の度に規模を拡大し、その存在感を大きくしているICMATでは、特別講演、一般講演の発表内容からはもちろん、会議の運営や世界を牽引する研究者による姿勢から受けるものに強い印象を感じた。本報告は、これらの印象を伝えることを目的とした。このため、会議のプログラム等詳細情報には触れていない。興味のある方は会議のホームページ(http://www.mrs.org.sg/icmat2011/index.htm)を参考にしていただけたら幸いである。
金 廷恩 KIM Jungeun
(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750
e-mail:kimj@spring8.or.jp
藤原 明比古 FUJIWARA Akihiko
(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750
e-mail:fujiwara@spring8.or.jp