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Volume 08, No.1 Page 2

所長の目線
Director’s Eye

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector

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 米国のAPSの建物の入り口の横に三角形のモニュメントが立っていて、その向かって右の隅に、直訳すると次のような文章が書かれている*。

 Advanced Photon Sourceを設計し建設した人々に贈る。
 努力と技術革新と献身をもって、彼らは科学に輝かしい新しい光を与えた。
 利用者からの最も深い感謝の念を込めて、1996年5月、これを捧げる。

 何の変哲も無い言葉であるが、これを見て私は心を打たれた。そして次にSPring-8にはこういうものが無いことに気が付いた。SPring-8の玄関の前には立派な野外彫刻があるが、利用者の感謝の言葉などは書いてない。そこで高ぶった私の心は短絡して、SPring-8の利用者には基本的に、建設者に対する尊敬と感謝の念が欠けていたか薄かったのではないか、と思うに至った。この命題は、それ以来いつも私の頭の中にある。

 これは歴史を知らない私の感傷かもしれない。SPring-8の場合、従来の放射光利用者は、ともに建設を推進した側であって、本当に建設に当たった人々とは仲間であったため、むしろ完成の喜びをともにしただけで終わってしまったのかもしれない。今日の状況から見ると、その後は、急速に自分たちの利用上の利益に関心が移ってしまったように見える。一方、大型共同施設に対して期待をかけていた新参の利用者は、予想よりはるかに困難なその利用に対して戸惑いと不満を抱いた。施設側、あるいはその背後にある伝統的な利用者社会が、未熟練の新参利用者に対して彼らの期待通りの支援をしなかった、あるいは手が廻りかねて出来なかったことは事実である。しかし新参利用者の言動の中にも、極端な場合、これまでの放射光の文化の中に、土足で踏み込んできたような感じのものが無かったとは言えない。

 私は、SPring-8に赴任してきた時に、多くの問題の根底に、伝統利用者社会と新参利用者の文化の衝突があると感じ、お互いに理解しないまでも異なる文化に敬意を払おう、と呼びかけた。APSの碑を見て私が思ったことは、優れた施設を持ち得た事への感謝の念を共通に持つことによって、新しい文化を創りうるのではないか、ということであった。この施設の建設に情熱を燃やした上坪前所長は、よく、「世界一のものを作るから、利用者はそれで世界一の仕事をしてくれ。」と言っておられた。われわれは初心に帰って、このすばらしい施設が現実に目の前にある、ということの幸福と、これを作ってくれた人々に最善をつくし、報いよう、ということをもっと強く意識するべきではなかろうか。異なる価値観の人々がお互いに力を発揮するために必要な相互の寛容さが、その意識を共有することによって生まれてくることを期待する。

 利用者の感謝の念が、APSの運営に実際どう反映しているかを議論するのは大変難しい。しかし、私がここで指摘したことは、今のわれわれの状況で、建設に対する感謝の念を新たにするのは意義があろうということである。

*原文(改行は原文どおり) Presented to the people who designed and built the Advanced Photon Source
By virtue of their diligence, innovation and commitment, they have given science a brilliant new light.
With deepest gratitude from the users, Dedicated on May, 1996


Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794