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Volume 07, No.6 Pages 359 -363

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

不老不死の自動車排ガス浄化触媒 —インテリジェント触媒—
Immortal Catalytic Activity for Cleaning up Automotive Emissions
– Intelligent Catalyst –

西畑 保雄 NISHIHATA Yasuo[1]、田中 裕久 TANAKA Hirohisa[2]

[1]日本原子力研究所 放射光科学研究センター Synchrotron Radiation Research Center, JAERI、[2]ダイハツ工業㈱ 材料技術部 Materials R&D Division, Daihatsu Motor Co. Ltd

Abstract
Catalytic converters are widely applied to control automotive emissions, such as nitrogen oxides, carbon monoxide and unburned hydrocarbons. In actual catalysts, however, the catalytic activity deteriorates owing to the particle growth of precious metals during vehicle use. An ageless catalyst is a kind of philosopher’s stone in automotive engineering. Referring to the wisdom of ancient Indian philosophy and medical science, Ayur Veda, we have developed a new self-regenerating perovskite-based catalyst. The perovskite catalyst, LaFe0.57Co0.38Pd0.05O5, regenerates itself without any auxiliary treatment, in direct reaction to the natural fluctuation between reductive and oxidative atmospheres in the exhaust gas from state-of-the-art gasoline engines. As palladium reversibly moves back and forth between inside and outside of the perovskite crystal, the particle growth of palladium can be suppressed. Such a self-regeneration provides new insight into the development of future automotive catalyst, as an intelligent catalyst.
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1.研究の背景と課題
 ガソリン自動車排ガス中に含まれる有害成分はガソリンの未燃成分である炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)と、高温燃焼によって生成した窒素酸化物(NOx)である。自動車触媒はCOとHCを酸化して無害な二酸化炭素と水に変えると同時にNOxを還元して無害な窒素と酸素に変える働きをすることから三元触媒(Three-way Catalyst)とも呼ばれる1)1)日本化学会編:化学総説、学会出版センター、No.34(1982)p.204。自動車触媒は1970年代に実用化されてから四半世紀がたち改良が加えられながら広く用いられているが、1990年代からは全世界的に自動車排ガス規制が強化され、特にエンジン始動直後からの排ガス浄化が強く求められるようになり、エンジン直下に搭載できる耐熱性の高い触媒の開発が焦点となっている。
 ここで自動車触媒に使用される貴金属は白金、パラジウム、ロジウムの3種であり、このような高温環境下で自動車の寿命に応じた触媒性能を確保するためには多量の貴金属を必要としていた。なかでもパラジウムはガソリンの未燃成分である炭化水素(HC)を低温から燃焼させる活性に優れるが、3種の貴金属の中では最も融点が低く耐熱性の課題はさらに深刻であった。欧州での排ガス規制が開始された1992年から全世界の自動車用途でのパラジウム需要は急激に増加し、化学、歯科用、電子、宝飾といった他の需要に対し大きな影響を与えており、自動車用途での使用量の大幅な削減が社会的な使命となっている2)2)田中裕久、西畑保雄:工業材料(出版予定2002年12月号)。今後ますます超低排出ガス基準(U-LEV:☆☆☆)等のクリーン車の積極的導入による環境貢献を図るためには、貴金属使用量を大幅に低減し資源問題を解消できる触媒技術が望まれていた。


2.古代インド哲学的着想
 これまでの自動車触媒はアルミナやセリア・ジルコニア(複合酸化物)といった比表面積の高いセラミックス粒子の上に貴金属を分散させていた(図1)。これは貴金属間の距離を稼いで、貴金属が高温環境下で物質移動により集合(肥大化)して活性を減少するのを防ぐためであった。この方法は延命効果はあるものの自動車の一生である10万kmを超えても環境基準を満たす触媒活性を確保するには、劣化分を補うために調製時から貴金属使用量を増やすことが必要であった。しかしながら排ガス浄化反応はあくまでガスと貴金属の界面で起こるため、貴金属使用量の増加はより多く貴金属を表面に集めることになり、かえって貴金属の肥大化を促進していた。




図1 自動車触媒の構成


 このような高活性と易劣化、低活性と難劣化という相反する特質を克服するにはどうしたらいいのだろうか。そこで我々はこの問題を解決するにあたり、古代インド哲学の知恵、特に不老不死の生命観と健康観からその糸口を見出した。「アーユルヴェーダ (Āyur-Veda) 」は医学と薬学を総称したものであり、生命や寿命を意味するアーユス(āyus)と、宗教的な知識を意味するヴェーダ(veda)とが合成された言葉である3)3)岩本 裕:日本臨床30巻5号(1972)p.1258。古くは紀元前1000年頃のバラモン教の呪術や祈祷を記した「アタルヴァヴェーダ」の中から、特に治療に関する実用的な知恵がアーユルヴェーダとして伝承されていたと思われている。アーユルヴェーダ的健康観については聖仙たちの問答という形で様々な考えが示されている。五大説(パンチャマハブータ)や五業説(パンチャカルマ)、三毒説(トリドーシャ)などが主なものである。中でも我々にとって最も興味深いものが、サーンキヤ哲学(数論)の基本概念を強く反映しているトリグナ(triguna)の考え方であった4)4)中央公論社版:世界の名著1 バラモン教典p.194。グナ(guna)とはものの性質を示し純質(サットヴァ;sattva)、激質(ラジャス;rajas)、翳質(タマス;tamas)の3つ(tri)の性質から健康を説く(図2)。




図2 古代の健康観とトリグナとしての触媒活性(他の事例も示す)


 ラジャスとはマハラジャ(大王)の性質であり生き生きとした活動性を示す。タマスは逆に意気消沈した陰の性質である。この2つはギリシャをはじめとする西洋哲学の二元論にも観られる概念である。二元論では善(明、活動性)を肯定し悪(暗、消極性)を否定する。また中国の陰陽論では陰と陽の両方を自身に包含する自然のままの荒削りな状態を考える。それに対しトリグナの思想ではラジャスとタマスの間にサットヴァという、いわば理性にコントロールされたバランス状態を想起し、これを理想とする。サットヴァという言葉は完全なる満足を表し、仏教ではこれを求める者をボディサットヴァ(bodhisattova)すなわち菩薩と呼ぶ。プラスとマイナスの間にゼロを発見したのに通じるインド的発想ともいえる。二元論では善悪の思想により患部を切除するが、アーユルヴェーダでは、患部の外的な切除はかえってバランスを崩すものと観て、患部の存在を肯定しながら内的な体質改善によりサットヴァに至ろうとする。これが問題解決のヒントを示している。
 自動車排ガス浄化触媒において二元論的発想では高活性にすればするほど劣化しやすくなり、耐久性を求めると低活性に陥りやすい。常に必要充分な活性を発揮しながら不老不死であり続ける触媒とは、インド的にいえば菩薩の触媒、西洋で言う賢者の石(philosopher’s stone)に通ずるのかもしれない。


3.インテリジェント触媒
 触媒におけるインテリジェンスとは使用される環境変化を敏感に察知して、自らの構造や機能を変えてその環境に常に適切な性能を発揮する能力といえる。現在の自動車用ガソリンエンジンはジルコニア酸素センサーを用いて、空気と燃料の比率(空燃比A/F)が化学的に等量点となるよう電子制御され、排ガス浄化触媒は常に1〜4Hzといった周波数で酸化還元変動雰囲気にさらされている。この酸化と還元という、現代のガソリンエンジンにとって自然な環境変化を利用した「自己再生」により永遠の寿命を実現することが、自動車触媒の持つことのできる真のインテリジェンスともいえよう。我々はこのような機能をもった触媒を「インテリジェント触媒」と名付けた5, 6)5)岩本正和監修:環境触媒ハンドブック、㈱エヌ・ ティー・エス(2001)p.320
6)上西真里、丹 功、田中裕久:自動車技術、Vol.55, No.9(2001)p.81

 インテリジェント触媒(LaFe0.57Co0.38Pd0.05O3:Pd-ペロブスカイトと称す)は従来のように貴金属を排ガスと接触する表面に集中するのではなく、ペロブスカイト型酸化物の結晶中にパラジウムをイオンとして原子レベルで配位(固溶)したものである(図1)7)7)H. Tanaka, M. Uenishi, I. Tan, M. Kimura, J. Mizuki, Y. Nishihata:SAE Paper, 2001-1-1301(2001)。これまで貴金属をガスと接触しにくいコート層内部に分散するだけでも活性を損なうものと考えられていた。ましてや貴金属を複合酸化物として結晶中に固溶することは、活性を失い貴金属を無駄にすると思われていた。
 このインテリジェント触媒を実エンジン排気管に装着し900℃にて100時間耐久し、市場での劣化を模擬させたところ触媒性能の低下は見られず高活性な状態を維持していることが確認できた(図3)。図の縦軸はCO-NOxクロス浄化率を示す。それに対して、同量のパラジウムをアルミナに担持した従来触媒は10%近い活性の劣化が観察された。また透過型電子顕微鏡により耐久試験後のパラジウム粒子を観察したところ1〜3nmという微細な状態で保たれ、従来型のパラジウム触媒の粒子が120nmまで肥大化したのと比べて顕著な差があることがわかった。このパラジウムの粒成長を抑制することにより、高活性を維持しているものと考えられる。




図3 耐久試験前後での触媒活性の比較(挿入図は概念を示す)


4.自己再生メカニズム
 パラジウム粒子が肥大化しないのは以下に示すように、自動車排ガスの自然な酸化還元変動によってパラジウムがペロブスカイト結晶に固溶・析出・再固溶を繰り返し自己再生するメカニズムをもつためであることが明らかになった8)8)Y. Nishihata, J. Mizuki, T. Akao, H. Tanaka, M. Uenishi, M. Kimura, T. Okamoto, N. Hamada:Nature, 418(2002)p.164。X線異常散乱とXAFSの実験は原研ビームラインBL14B1において行われた。
 排ガスの酸化還元変動をモデル化し、触媒粉末を酸化(大気)、還元(水素10%)、再酸化(大気)の順に各々800℃ 1時間の熱処理を行った。この熱処理は実際の排ガスの雰囲気変動に比べて十分長い時間なので、酸化と還元に対応した極限の構造変化を観察することにあたる。これらの触媒粉末に窒化ホウ素(BN)を混ぜてペレットに成形した試料の粉末X線回折パターンを図4(a)に示す。ここでブラッグ反射のミラー指数は擬立方晶の単位胞に対して付けてある。最初の酸化処理されたものに比べて、還元処理されたものは(100)と(110)反射の位置が低角側にシフトしているのが分かる。これは還元処理によりペロブスカイト格子から酸素が抜け、格子定数が伸びていることによる。またLaの酸化物および水酸化物の反射が新たに加わり、還元処理によりペロブスカイト型構造が一部壊れていることが分かる。驚いたことに再酸化処理により、これらのLaの酸化物と水酸化物の反射は消滅し、ペロブスカイト構造からの(100)と(110)反射も高角側に戻る。



図4 触媒試料のX線回折(a)酸化、還元、再酸化処理されたPd-ペロブスカイト触媒の粉末X線回折パターン(b)酸化処理された触媒試料の(100)反射強度のエネルギー依存性(c)同じく(110)反射強度のエネルギー依存性


 このように酸化−還元−再酸化の雰囲気変動中には全体としてペロブスカイト構造は安定に維持されており、還元雰囲気中でのみ一部のペロブスカイト構造が破壊されるのが分かる。しかもこれらは雰囲気変動に対して可逆な変化である。このような状況下で貴金属Pdは触媒試料中にどのように存在しているのであろうか。従来パラジウムはその安定原子価とイオン半径からペロブスカイト結晶に固溶させにくいと考えられていた。そこでX線異常散乱の手法を適用してPdがペロブスカイト結晶に固溶しているかどうかを調べた。図4(b)と(c)は酸化処理された触媒試料の(100)および(110)反射強度のPd K吸収端エネルギー(24.35 keV)近傍の振る舞いを示している。そのようなカスプ状の反射強度の変化はPdがペロブスカイト格子のBサイト(酸素八面体の中心)を占有していることを明確に示している。
 XAFSは注目する元素の電子状態や局所構造を知るのに便利な手法である。図5(a)ではXANESスペクトルを比較している。標準物質として用意したPdOの吸収端の位置はPdの原子価が+2であることを示す。酸化処理された触媒試料の吸収端はより高エネルギー側へシフトしており、Pdの原子価が+2より大きいことを示唆している。バンド理論計算によりPdは+3の異常原子価であることが結論された。次に還元処理された触媒試料の吸収端は金属Pd箔のものと良く一致しており、金属状態であることが分かる。再酸化により吸収端位置はほぼ酸化試料の位置に戻る。図5(b)にはEXAFS信号をフーリエ変換することにより求められたPdの周りの動径構造関数を示す。酸化処理された最初の触媒試料では、Pdの周りの第1近接のピークは6個の酸素原子を表しており、ペロブスカイト型構造の酸素八面体の中心(Bサイト)をPdが占有していることを示している。次に還元処理された触媒試料では、分布のパターンは大きく変化しており、第1近接のピークはPdとCoの合金(面心立方格子)として説明されることが分かった。再酸化処理により、Pdの周りの局所構造はほぼ完全に復元している。このように酸化−還元−再酸化のサイクルにより、Pdの電子状態および局所構造が可逆的に変化していることが分かる。




図5 触媒試料のXAFS(a)酸化、還元、再酸化処理されたPd-ペロブスカイト触媒のXANESスペクトル(標準試料のPd箔、PdOも示す)(b)同触媒試料のPdの周りの動径構造関数


 この可逆的な結晶構造変化を図6にまとめ、従来型触媒と比較した。図中のインテリジェント触媒の楕円はサブミクロンサイズのペロブスカイト結晶の粒子を意味している。酸化雰囲気ではPdはペロブスカイト酸化物のBサイトを占有しているが、還元雰囲気では一部ペロブスカイト構造を壊しながらPdは結晶外に析出する。この時、還元条件が厳しければ一部のCoも同時に析出しナノメートルサイズの合金粒子を形成する。そして再酸化によりPdはCoと共に再びペロブスカイト結晶中に固溶する。このようなPdの出入りは酸化還元雰囲気の変動に応じて起るので、結果として貴金属粒成長は抑制されると考えられる。トリグナ的に表現すれば、この触媒は酸化還元雰囲気変動に応じて高活性なラジャス(析出)と劣化を受けにくいタマス(固溶)を行き来することにより、完全なる満足とバランスを示すサットヴァ(活性と再生:インテリジェンス)を実現していると言えよう。一方、従来型触媒の担持された貴金属は肥大し続け、活性は劣化するばかりである。



図6 インテリジェント触媒の自己再生と従来型触媒の劣化



5.結 語
 インテリジェント触媒の完成による社会、経済に対する貢献の可能性は大きい。この触媒技術は変動する使用環境中で自己再生させることにより、最小限の貴金属使用量で劣化することなく高活性を維持できる新しい材料設計手法を提案するものである。従来触媒に比べてパラジウムを70〜90%削減してもより高い性能を発揮できる。そのため組み合わせて使われる白金やロジウムの負荷も減少し、これらの使用量も同時に低減できるようになった。この触媒技術が国際標準となることにより現在の貴金属問題を解決できるだけでなく、将来の自動車以外の内燃機関などのクリーン化への扉を開くものといえよう。
 釈迦の時代にはジーヴァカ(耆婆)という名の医者がガンダーラ地方の東端の地タキシラでアーユルヴェーダを学び、後にマガタ国王ビンビサーラと釈迦の侍医として活躍したことが知られている。一方ここSPring-8からは、放射光を利用して現代の自動車社会における「菩薩の触媒」を創り出すことができ、開発関係者は感慨無量である。仏教では主体(正報)とその周りの環境(依報)は相互に関連し合っており、別々に考えることは本質を見失うとされる(依正不二または二而不二)。インテリジェント触媒の自己再生も周囲の雰囲気変化への応答の結果として特異な活性を生み出す。引き続き放射光を用いて、インテリジェント機能のダイナミックスを明らかにし、人類にとって有益な特性を最大限引き出すことは大きな意義があると考えている。



参考文献
1)日本化学会編:化学総説、学会出版センター、No.34(1982)p.204
2)田中裕久、西畑保雄:工業材料(出版予定2002年12月号)
3)岩本 裕:日本臨床30巻5号(1972)p.1258
4)中央公論社版:世界の名著1 バラモン教典p.194
5)岩本正和監修:環境触媒ハンドブック、㈱エヌ・ ティー・エス(2001)p.320
6)上西真里、丹 功、田中裕久:自動車技術、Vol.55, No.9(2001)p.81
7)H. Tanaka, M. Uenishi, I. Tan, M. Kimura, J. Mizuki, Y. Nishihata:SAE Paper, 2001-1-1301(2001)
8)Y. Nishihata, J. Mizuki, T. Akao, H. Tanaka, M. Uenishi, M. Kimura, T. Okamoto, N. Hamada:Nature, 418(2002)p.164






西畑 保雄 NISHIHATA  Yasuo
日本原子力研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2639 FAX:0791-58-2740
e-mail:yasuon@spring8.or.jp
略歴:1989年 関西学院大学大学院 理学研究科博士課程修了(理学博士)、岡山大学理学部助手。
1997年 日本原子力研究所入所。
現在、DAFS(=XAFS+X線回折)を利用した構造物性研究に従事。





田中 裕久 TANAKA  Hirohisa
ダイハツ工業㈱ 材料技術部
〒563-8651 大阪府池田市ダイハツ町1-1
TEL:0727-54-3205 FAX:0727-54-3240
e-mail:hirohisa_tanaka@mail.daihatsu.co.jp
略歴:1980年 京都工芸繊維大学 工芸学部卒業。
1989年 ダイハツ工業㈱入社。
1998年 東京大学にて学位取得(工学博士)。
現在、自動車触媒の研究開発に従事。



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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