ページトップへ戻る

Volume 07, No.3 Pages 194 - 200

4. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS

ドイツDESY・BESSYとフランスESRF訪問と加速器の信頼性ワークショップ報告
Visits to DESY, BESSY and ESRF and Report on the Accelerator Reliability Workshop

原 雅弘 HARA Masahiro

(財)高輝度光科学研究センター 広報部長兼加速器部門付 JASRI Public Relations Division and Accelerator Division

pdfDownload PDF (845 KB)


 SPring-8の放射光普及棟を訪れたことのある人は、展示室に飾られている線型加速器の模型(図1)に気づかれたと思う。今回の私のドイツ訪問は、2001年4月にDESYのRossbach氏がSPring-8を訪問した際に、放射光普及棟に展示していた進行波型線型加速器のメカニカルモデルを見て、DESYにも同じものを作ってほしいと望んだことがきっかけとなった。彼は帰国後もe-mailで設計者である私に製作の可能性と値段を問い合わせたが、当初は値段が高くて折り合わなかった。しかし模型が貸し出し可能だと話したら、ベルリンで開かれる展示会用に貸し出してほしいということになった。何度かのメールのやりとりの後、ベルリンの展示は1月16日から2月17日までの1ヶ月で、展示の準備のために12月半ばまでに模型をハンブルグのDESYに送ることになった。その後DESYの依頼で展示会にできれば出席したらどうかという話になり、線型加速器の展示の面倒を見るということで、ハンブルグのDESYとベルリンにあるDESY Zeuthenを訪問し、ベルリンのウンターデンリンデン通りにあるフォルクスワーゲン社の展示場で開かれる展示会(TESLA - Licht der Zukunft)に出席することになった。 
 
 
 
図1 SPring-8放射光普及棟に飾られている進行波型線型加速器模型。


 DESYはDeuches Elektronen-Synchrotronの略でハンブルグにある高エネルギー加速器・高エネルギー物理学の研究所である。パンフレットから簡単な紹介をする。

1959年12月    ハンブルグにDESY創立
1960-1964年    最初の加速器建設 DESYと名付ける。
1965-1976年    素粒子実験
1967年    最初の放射光利用実験
1969-1974年    電子・陽電子ダブルリングDORIS建設
1972年    欧州分子生物学研究所(EMBL)を設立し放射光の利用を図る。
1974年    DORISでの最初の高エネルギー実験
1975-1978年    2.3kmの電子・陽電子リングPETRA建設
1980年    ハンブルグ放射光研究所(HASYLAB)設立
1984-1990年    6.3kmのハドロン・電子リングHERA建設
1992年    Zeuthenの旧東ドイツ高エネルギー物理学研究所がDESYの第2研究所となる。
1992年    TESLAプロジェクト開始
1993年    DORISをHASYLABのため放射光利用に開放
1998年    TESLAのための試験装置、300mの超伝導線型加速器による自由電子レーザー(TTF-FEL)開始
2000年    TESLA-Teststandで自由電子レーザー発信に成功 

 年間予算はDESY Hamburgが145 Mユーロ、DESY Zeuthenが15 Mユーロで、90%はドイツ国家予算から、10%はハンブルグ市から支払われている。人数はDESY Hamburgに1390人。うち300人が研究者、DESY Zeuthenに170人、うち65人が研究者である。DESYで研究に従事している研究者の総数は3400人で、うち素粒子物理学が1200人、放射光関連が2200人程度である。
 DESYハンブルグには主要な加速器として、電子・陽電子のためのLINAC Ⅱ、PIA、DESY Ⅲ、DORIS、TTF-FEL、PETRA、HERAがあり、陽子のためのLINAC Ⅲ、DESY Ⅲ、PETRA、HERAがある(図2)。 
 

 
 

図2 ドイツハンブルグにある加速器施設DESYの主要な加速器。 

 

 DESYの研究の中心は、TESLA計画とHASYLABでの放射光である。TESLA計画とは(TESLA:TeV-Energy Superconducting Linear Accelerator)33 kmの長さの超伝導線型加速器で電子・陽電子をTeVエネルギーまで加速して衝突実験させるというプロジェクトである。現在はTESLA計画の前段階で、TESLA試験装置(TTF)をつくりSASE自由電子レーザーの実験に成功している。300 mの真空紫外の自由電子レーザー装置は2004年に完成予定である。
 この他にDESYではHERAを用いた素粒子実験とDORISを用いたHASYLABでの放射光利用に力を入れている。

 私は、1月29日朝から夜まで丸1日DESYで主としてTESLA計画に従事している研究者(Hans Weise, Rosbach)と議論した。研究所に着くなり、研究所の1部屋の鍵を与えられ自由に使ってよいといわれた。Hans Weiseと午前中にお互いの仕事について話し合い、食事後TTFを中心として装置を見せてもらった(図3〜5)。案内はMichiko氏(イタリア系日本人)にしてもらった。午後Rossbach氏とDESYの将来計画や広報についての協力について話し合った。これからも、教育や広報について幅広く協力していきたいということになった。 
 
 
 
図3 DESY TTF(TESLA TEST STAND)の超伝導線型加速器。 
 
 
 
 
図4 DESYの制御室の一部。 
 
 
 
図5 DESYのTESLAトンネル。すでにTESLA計画のトンネルの一部が掘られていた。 
 
 Hans WeiseとTESLAグループを対象にSPring-8の紹介を1時間半ほど行った。特にSPring-8で10テスラの超伝導ウイグラを用いて陽電子を生成する話は彼らの興味を引き、議論が弾んだ。
 1月30日は朝10時のIC(Inter City)でベルリンへ行った。DESY Zeuthenで10周年記念の講演会があるので、ドイツ中から、特にハンブルグやベルリンから多くの研究者が集まっていた。同じ列車にDESY Hamburgからも大勢の人が乗り合わせていた。昼過ぎにベルリンに着き、ホテルに荷物を置いてからSバーンでベルリン南東部の郊外にあるZeutenにいった。研究所は駅から徒歩5分ほどの距離にあった。
 DESY Zeuthenは、東ドイツのZeuthenにあった高エネルギー物理学の研究所を東西ドイツ統一の際にDESY Zeuthenとして吸収する形で1992年に発足した。1月30日はその10周年記念で講演会を開いたのである。ドイツの科学・教育関係の大臣を迎えて半日間開かれた。Zeuthenには加速器関連の施設がなかったので、加速器関連の技術開発の拠点として発展させるため、TESLA計画に重要な短パルス電子銃の試験装置であるRF電子銃(Photo Injector Teststand in Zeuthen)をこのZeuthenに設置し、そのお披露目をも兼ねていた(図6〜7)。6時半には講演会が終了し、全員でベルリンのオートフォーラムに場所を移し、EXHIBITION会場で祝賀会を行った。かなり凝った会で、大臣の挨拶・DESYの所長の挨拶をはじめにクラシックの演奏があり、展示を見ながら3時間ほど過ごした。 
 
 
 
図6 DESY Zeuthen 10周年記念とRF電子銃試験装置の完成披露。 
 
 
 
 
図7 DESY Zeuthen 10周年記念に出席した科学研究文化大臣Johanna Wanka(左端)とDESY理事長Albrecht Wagner(左から2番目)。 
 
 
展示会について
 DESYはハンブルグにある。ハンブルグは昔から港を中心として栄え、いまでも商業の中心で、1つの都市で1つの州となっているほど大きい。いまでも国際見本市や一般の展示会が多く、DESYでも展示会などに出展することが広報活動として重要な位置を占めている。今回の展示会はDESYでも3年に1度開かれるほどの大きなもので、DESYに資金提供をしているドイツの自動車会社であるフォルクスワーゲンと協力して行っている。フォルクスワーゲン社はベルリンのウンターデンリンデンというブランデンブルグ門や国会からすぐ近くの目抜き通りにオートフォーラムという展示会場を所有しており、これが提供されて、DESYの今回の展示会が実現した。フォルクスワーゲン社としては、DESYに出資しその協力関係で先端技術の開発を行っているという宣伝に利用し、DESYは非常にいい場所を提供してもらうという形で協力関係にある。DESYは、国会に近い場所で行うことにより予算に関係する国会議員にDESYや、科学技術に理解を深めてもらうことについてかなり積極的であるとの印象を受けた。宣伝ポスターも2種類出まわっており、フォルクスワーゲンの出しているものは自動車の絵が入ったもので、DESYが出しているのはフォルクスワーゲンの宣伝はいっさい載せていない。展示そのものは1月16日から2月17日までの1ヶ月続いており、DESYとしては人と資金をかなりかけた力の入ったものである。計画は2年ほど前から練り始め外部の専門のデザイン会社に依頼し、1年前から研究者との密接な相談のもとかなり専門的な細かい測定方法まで踏み込んで展示している。単なるパネルだけではなく、実験装置を多く持ち込んでいる。たとえば、放射光の測定でいえば大きな分光器を設置していたり、Spiegelmonochrometerで可視光の分光をみせたり、超伝導空胴、超伝導4極電磁石、高エネルギー測定器、空胴の変形による共振周波数の変化をその場でさわらせて測定する装置、ビーズを用いた摂動法による空胴内電場分布をその場で自分で測定できる装置、電子銃とリニアックの収束・偏向モデル、霧箱放射線測定器、宇宙線を計るスパークチェンバー、IDモデル、ホログラフのデモンストレーション、小さなクリーンルームで埃の密度を測定してみせる装置など、見て触れ体験することが中心で、その回りにパネルを配置していた。休みはなく通常朝9時から夕方8時まで開いているが、2月2日の土曜日には夕方6時から深夜2時まで特別展が開かれ、サイエンスショーや軽音楽の演奏に合わせて大勢の人々が展示会に訪れ、TESLA - Licht der Zukunft -(テスラ‐未来の光 物質誕生への探索‐)を楽しんでいた(図8)。 
 
 
 
図8 特別展のサイエンスショーを楽しむ参加者。 
 
 私は、1月30日から2月2日までSPring-8から貸し出した進行波型線型加速器のメカニカル模型の展示の前で説明をした。模型を見てさわった人は夢中になって楽しんでいたようである(図9)。 
 
 
 
図9 線型加速器模型を操作して楽しむ入場者。 

 

BESSY訪問
 展示の期間中の2月1日の午後BESSYを訪問した。BESSYはベルリンの南東にあり、SバーンのAdlershof駅の近くにある。DESY Zeuthenの少し手前の駅である。
 BESSYはBerliner Elektronenspeichrring-Gesellschaft fur Synchrotron Strahlung m.b.Hの略で放射光ベルリン蓄積リング会社といった組織である。1979年に、リソグラフィー、ラジオメトリー、その他基礎研究推進のため、ドイツ最初の放射光専用施設として、マックスプランク協会、ハーンマイトナー研究所、フラウンホーファー協会、DESY、およびシーメンス、フィリップス、テレフンケン、ユーロシル4民間会社の協同で創立された。現在はユーリッヒ研究所、カールスルーエ研究所と2つの民間会社、教育科学省、経済技術省、ベルリン市、大学と連邦基準局も参加している。BESSY Ⅰはベルリンの中心部にあった。電子エネルギー800 MeVで1982年から1999年まで運転され、現在は廃棄・保管されているが、ヨルダンで新しい放射光施設として生まれ変わりイスラエルとアラブの国際協力に供されることになっている。BESSY Ⅱは1998年から運転が開始され、電子エネルギーが1.9 GeVでVUV、XUV中心の放射光を発生する。BESSYの運営は科学、技術、管理の3人のdirectorがいて、理事会が監督・指導する。スタッフは2000年の夏現在188人。年間予算はおよそ22 Mユーロである。
 施設は副所長のDr.Braun氏とDr. Krammerが案内してくれた(図10)。年間3000時間程度運転しているそうで稼働中のビームラインの数もSPring-8よりはまだ少なかった(図11〜12)。案内された後、SPring-8の現状について話した。後日談であるが3月半ばにSPring-8を訪問したBraun氏を私が案内したが、2月にDESYがベルリンで展示に使用した模型をBESSYの公開日に展示したいというので引き続いて貸し出すことになった。 
 
 
 
図10 BESSYの制御室にて。Dr. Krammer(左)とDr. Braun。 
 
 
 
 
図11 BESSYの蓄積リング、実験ホールとビームラインの一部。  


 
 
図12 BESSYの蓄積リングビームラインマップ。 
 
 
 
 
図13 BESSYの事務・研究棟と蓄積リング棟


ESRF訪問
 2月3日はベルリンからグルノーブルに移動した。2月4日から6日までグルノーブルで開かれたAccelerator Reliability Workshopに出席し、Dr. Freundと広報担当のDominique Cornuejolsと会い、ESRFとSPring-8の広報活動状況についての情報交換、やり方、考え方などを話し合った。
 ESRFはグルノーブルの研究施設が集まった地域にあり、原子炉のあるILL(Institute Laue Langevin)と同じ敷地にあるため、入場は厳しく規制している。そのためSPring-8と比べて見学者の数はそれほど多くない。公開日も2年に1回程度で自由に参加できるのではなく招待状をもってないと入場は許されない。公開日にはあらかじめ参加希望のはがきなどを受け取った人に招待状を送る。招待状を送った人の半分以下しか参加せず、1日2000人程度が見学するらしい。ESRFでは広報をPublic RelationsではなくCommunicationと呼んでおり、現在は普及棟のような建物はなく展示物を飾る場所はほとんどない状態である。しかし近々建物を新しく立てる予定で、Communication担当の人数も増やす予定ときく。
 昨年11月に開かれた3極の会議で、放射光普及のためのCD-ROMのバージョンアップを協力して行うことが話し合われたが、それに対して協力を要請され、こちらは大いに賛成であると応じた。特に私が作った幾つかのアニメーションに非常に驚き、協力してさらに良いものにしようということになった。3極がそれぞれ順調に稼働して運転や利用の経験を積み、広報活動についても多くの経験をもったわけだから、今後これらの活動について話し合い、広報のあり方についてのワークショップをもとうということになった。3極にとって有用であるとともに、放射光施設を自国で初めて作ろうとしたり作り始めているスイス、カナダ、オーストラリアなどの施設にとって、放射光とはどういうものかを広く知らしめる広報活動は予算確保の上でも重要であり、大変意義のあるものとなるということで意見が一致した。これについては順調にいけばESRFで第1回ワークショップを開けるようにCornuejoilsが所長と話して努力することになった。

加速器の信頼性ワークショップ
 加速器の信頼性についてのワークショップが2月4日から6日までESRFで開かれた。SPring-8からは、私の他に大島 隆、備前輝彦、庄司善彦が参加した。最初はESRFのL. Hardyが開会の挨拶をし、異なった加速器に対する特殊性と信頼性の問題について議論された。J.L.Laclareがワークショップの視野について話した。60年代は加速器についてはエネルギー、電流、費用などが主要な問題であった。Factoryという考えが出てきた70年代に入って、Photon Factory、Meson Factory(LAMPF, SIN)などで信頼性が問題になり始めた。当時加速器は、ほぼ10000 fauls/year程度の故障が起こっていた。現在放射光のような利用者の数が圧倒的に多い加速器が出現し、生物試料など寿命の短いターゲットが用いられるようになって益々信頼性が問われるようになった。次に、数MWのスポレーション中性子源が次に出現すると、安全性の面からもさらに信頼性が問題となった。これからは益々信頼性が問われることになる。その意味ではこのワークショップは重要なものとなるであろう。信頼性が失われる原因としては、天候、電気や冷却水などの施設の問題、ハードウエアの問題などがありここでそれらを議論するのがこのワークショップの目的である。
 ついでY. Jongenが医療用加速器(サイクロトロン)の信頼性について話した。医療用加速器を使って年間3500人の患者を治療している。信頼性を解析するためにMTTR(Mean Time to Repair)やMTBF(Mean Time Between Failure)という数値を用い、前者を短く、後者を長くなるよう努力し、また設計を単純化することで信頼性を向上させることも大切であるとの主旨であった。
 つづいて米国ジェファーソン研究所のSuhringが原子核実験用の加速器の運転で起こった問題について話した。PSIのSchmeltzbachは、最近の高エネルギーのサイクロトロンの性能とサイクロトロンの運転条件や部品の信頼性について議論した。
 午後はスポレーション中性子源についての信頼性、ハッチや高性能電源、高周波系の改善の話がなされた。

 翌日の午前はデータの取得と信頼性の解析の方法について議論がなされ、PSIのMezgerやESRFのRevol、APSのYao氏、SRSのHodgkinson氏が相次いで自分たちの施設での信頼性解析について話した。その後にSPring-8の大島氏が、SPring-8の概要と経験したマシンのトラブルの例をゆっくりと丁寧に話した。聴衆は逆にSPring-8の信頼性の高さに驚いていたようである。
 さらに加速器のコンポーネントの信頼性の話が続いた。IPNのCommeauxはクライオジェニック系の信頼性について、CERNのSchmidtはLHCのインターロックシステムについて、PSIのSiggと姫路工業大学の庄司氏が高周波に関連して生じた問題と改善、クライストロンの電源について話した。
 この日の討論の議題として冷却水のパイプやコイルのホロコンダクター内での酸化銅の析出があった。冷却水の系統を酸で洗浄する、空気を含んだ高圧の水でフラッシングを行う、ホースを定期的に交換するなどの対応がなされているようだ。

 最終日の6日午前には放射線に対する寿命について議論された。CERNのTalvetが有機物の対放射線寿命について数値を上げて議論をした。SPring-8の備前氏は挿入光源の磁石の劣化についての実験結果を示し、注目を浴びた。
 加速器の信頼性の向上について類似性のある話題として、テレビの映像の話があった。30年前は放送施設の故障による映像のテストパターンが頻繁に見られたが、現在では、故障はあっても数10ms以内に復旧しほとんど気にならない水準にまで向上している。加速器の信頼性も今後の我々の努力で向上させることができるのではないかというものだった。
 加速器の信頼性の尺度はユーザーによって異なるが(たとえばスポレーション中性子源のユーザーにとって0.1秒の運転停止は問題にならないが、放射光ユーザーにとって0.1秒の機器の停止による蓄積電流の喪失は大きな問題となる)、共通する部分も多くあり、加速器運転上の問題点を共通の認識として持つことは意味がある。加速器の運転上発生した問題点についてデータベースで情報の共有化を図る努力を行う。
 その後総括討論をして信頼性が如何に大切か、如何にそれを確保するか、これからもデータを交換し意見をも交換していこうという意志を確認した。


 今回のドイツとフランスの放射光施設の訪問で感じたことは、SPring-8の性能の優秀さと広報活動の大切さである。まず、SPring-8の施設の性能については外国にはまだそれほど知られていないということである。外国に対する広報と情報の交換は益々重要となっている。広報活動の重要性はどの施設でも感じられたが、広報のとらえ方に違いがあるように思えた。ESRFでは広報といわずCommunicationといっており、研究所内の情報交換、研究所と利用者との情報交換、研究所と一般市民との情報交換といったとらえかたをしており、日本では施設と外部との情報の交換しかも施設から外部への情報伝達に重みを置いているように感じた。DESYの展示に見られた広報に対する姿勢、つまり一般の人に対しても非常に丁寧に詳しく、工夫を凝らしているのに感心した。参考にすべきは取り入れてこれからのSPring-8の活動に役立てていきたいと思った。


原 雅弘 HARA  Masahiro
(財)高輝度光科学研究センター 広報部長兼加速器部門付
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
e-mail:hara@spring8.or.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794