Volume 07, No.2 Pages 100 - 102
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SRMS-3報告
SRMS-3 Conference Report
2002年1月21から24日の4日間、シンガポールのThe Shangri-La Hotelにて開催された、The Third International Conference on Synchrotron Radiation in Materials Science(SRMS-3)に参加した。本国際会議は、1994年ヨーロッパで開催されたEuropean Conference on Synchrotron Radiation in Materials Scienceをもとに発展したものであり、材料科学における放射光利用を多面的に議論することを目的としている。第一回をシカゴ(ICSRMS,1996年)、第二回を神戸(SRMS-2,1998年)で開催している。これらの会議報告は本利用者情報誌にも掲載されており、会場の雰囲気を容易に知ることができる[1,2]。特にSRMS-2は、日本原子力研究所、理化学研究所、JASRI、放射光学会が主催し、また国内から多くの参加・発表があったため、記事に頼らずともその盛大な様子でご記憶に新しい方も多いのではないだろうか。本来、主催国はヨーロッパ、アメリカ、アジアの順で持ち回りの予定であったが、先にConference Chairに決まっていたProf. MoserがSSLS(Singapore Synchrotron Radiation Light Source)に移ったことで、神戸・シンガポールとアジアでの開催が二度続いた。
今回は24カ国から約190件の発表があった。日本からの発表が圧倒的に多く約60件と全体の1/3近くを占めた。次いでドイツ22件、アメリカ10件という順である。発表件数はSRMS-2の200件とほぼ同数であったが、会場を見渡した限りでは参加者は前回より少ないように思われた。2001年9月11日の飛行機テロ事件が特に欧米からの参加者を減らしていたようである。
会議の基調講演とも言うべく初日のPlenaryは、APS(Advanced Photon Source,USA)のProf.Shenoyによる、材料科学における次世代放射光光源の位置付けを鳥瞰する講演で始まった。XFEL(X-ray Free Electron Laser)を遠目に?見ながら材料科学の将来像をFemto chemistryやNano scienceといったキーワードでまとめ、時空間分割に対する要求に対して光源の強度が不足している現状を示すものであった。また、新施設SLS(Swiss Light Source,Switzerland)の稼動状況もProf.Abelaから紹介され、大型のみならず中型の放射光施設もそれぞれの位置付けで発展している様子が示された。その他のPlenaryについてまとめておくと(括弧内は講演者)、2日目は表面(M.V.Kovalchuk,RAS,Russia)やホログラフィ(G.Faigel,Research Institute for Solid State Physics and Optics,Hungary)と言った希薄系への応用研究、3日目はESRFにおける放射光の産業応用の現状(J.Doucet,ESRF,France)、最終日はSPring-8における材料研究の現状(H.Ohno,JASRI/SPring-8,Japan)等の講演があった。特に、基礎研究よりも応用が重要視される昨今において、放射光の産業利用は施設の社会的評価を決める要素の一つと考えられるが、ESRFにおいてもまだ模索段階であることが報告されていた。施設や実験装置が基礎研究向けであることを原因の一つとしてあげていたが、その色合いがより濃くなるXFELなどの次世代光源では、産業利用と施設のギャップは更に大きくなる方向にあるであろう。本会議のPlenary講演を荒っぽくまとめるならば、「時空間分割や希薄系の測定など高輝度光源に対する研究的なニーズが高まる一方で、一般社会への還元をどのように進めるか、超大型施設の先端的立場と中・小型放射光装置のコストパフォーマンスを見ながら考える」と言ったところであろうか。
一般講演を含めて会議全体についてもPlenaryと同様な流れがあった。一般の口頭講演はPlenaryに引き続き終日パラレルセッションで進められた。光電子分光や蛍光分析などの測定手法、または表面など測定対象でテーマ分けした最新の成果報告がまとめて行われた一方で、中・小型放射光施設の開発や利用、またはリソグラフィやバイオテクノロジー関連など産業応用を意識した発表を固めると言ったセッションの構成であった。
個々の研究成果の発表は専門的かつ広範囲に及ぶので、ここで全てを紹介することはしないが、全く個人的な立場でいくつかの一般講演から感じたことを紙面の埋め草に述べることにする。まず蓄積リングが1.2mという正にテーブルトップ型硬X線光源の開発に成功した講演(H.Yamada,Ritsumeikan Univ.,Japan)が、今後の放射光の在り方の一つを示す興味深い発表であった。放射光の利用としては、高空間分解測定が実用レベルに届きつつある例として、動作中の集積回路の配線劣化をビデオレートで可視化したインパクトある発表(G.Schneider,LBNL,USA)があった反面、広い領域からの情報をむしろ一般的性質として捕らえ、金属表面に吸着した有機化合物の特性を綺麗に議論した発表(T.Jung,Paul Scherrer Inst.,Switzerland)もあった。これらのミクロとマクロの考えは相補的であることが理想であろう。しかしながら現状では、例えばナノ構造の放射光による観測等のためは“ミクロな情報を損なわないマクロな試料”が不可欠であり、分析結果自体が試料の出来不出来に左右される部分が多いことを講演全体を通して感じた。また光源の高強度化が進む中で、検出器のカウントレートの限界とそのブレークスルーを進めている発表(G.Derbyshire,CLRC,UK)が目を引いた。ここでは開発費が質問されるなど、かなり現実的な議論が行われていた。
会議の全体的な運営は参加者にとって大変気持ちの良いものであったと思うが、二三気が付いたことを記しておく。休憩時間が長く余裕を持ったプログラム構成であった反面、ポスター発表の時間枠を設けていないことが気になった。お茶を片手にポスターを前に議論する形式を狙ったのであろうが、それには時間が短すぎたように思われる。またアブストラクトは講演順ではなく投稿順に製本されており、若干使い辛さがあった。また、前述のようにやむないことではあったが、参加者が少なかったことで分野によっては議論の盛り上がりが欠けていたようである。Closingでは発表される予定であった次回開催国も、出席者不足で結局決定を見送られた。インドも候補にあがったようだが、「ヨーロッパ発祥の会議がAsian Conference on Synchrotron Radiation in Materials Scienceになってしまうので止めておきます」との笑い話も飛び出した。しかしこれらも一時のことであり、回を重ねていく間には放射光の隆盛の前に些細なことになるであろう。
会議の後、IMRE(Institute of Materials Research & Engineering)とSSLSの見学会があった。近年のシンガポール経済はご多分に漏れず減速傾向にあるようであるが、NUS(National University of Singapore)内に1996年にできた真新しいIMREは最新の装置を揃え、材料分野でのシンガポールの今後の活躍を窺わせるには十分であった。SSLSはビームラインの建設こそこれからであるが、エンドステーションとしてクリーンルームを用意するなど放射光の産業利用に一矢報いることが期待される。
最後に会議のポスターセッションの様子とSSLS見学会の様子のスナップを添えて、本報告を締めくくることにする。
今回の国際会議の参加に際して理化学研究所から援助を戴いた。理化学研究所 放射光物性研究室の辛先生をはじめ、関係の方々に深く感謝いたします。
参考文献
[1]水木純一郎:SPring-8利用者情報Vol.1,No.4(1996)47.*
[2]水木純一郎:SPring-8利用者情報Vol.4,No.1(1999)39.*
*http://www.spring8.or.jp/JAPANESE/user_info/sp8-info/index.htmlからHTML、PDFでダウンロード可能。
石井 真史 ISHII Masashi
(財)高輝度光科学研究センター
利用研究促進部門Ⅰ
〒679-5198
佐用郡三日月町光都1-1-1 SPring-8
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e-mail:ishiim@spring8.or.jp
略歴:1995年 大阪大学大学院 基礎工学研究科 博士後期課程修了 博士(工学)
理化学研究所 大型放射光施設計画推進本部を経て1997年より現職。BL10XUビームライン担当者 専門は放射光を利用した半導体物性評価と分子軌道計算による材料設計