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Volume 07, No.2 Pages 72 - 73

所長の目線
Director’s Eye

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector

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 ご存知のように、日本全体の大きな機構改革の波の中で、末端のJASRIもその影響を受けています。JASRIはその運営資金の大部分を特殊法人である原研と理研から委託金として受け取っています。時期の差こそあれ、理研も原研も独立法人化し、いろいろと仕組みが変わるであろうと思われますが、どう変わるのか予測するのはなかなか難しいものがあります。ただ、別の見方をすれば、積極的に仕組みを変える数少ない好機であるともいえます。組織や制度に問題があると感じても、それが、理研、原研、文部科学省にまで繋がる場合、JASRIが不自由だと言った位ではどうにもならなかったのですが、全体の枠組みが変わるときなら、多少いじる余地があるかもしれません。実際にはどの程度の事が出来るかは分かりませんが、とにかく、発言する機会や打って出る機会があったときに備えて、JASRIの意思をはっきりさせるための作業を、いま、内部で大急ぎでやっています。

 昨年10月に、JASRIの特定放射光評価委員会(放射光利用促進機構諮問委員会の専門委員会)によるピアレビューが行われました。その正式な報告は、この原稿には間に合いませんでしたが、まもなく出ることになっています。また、秋以降、政府の科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会評価部会SPring-8ワーキンググループによるSPring-8全体の評価が進行中です。これらの結果も当然、今後のJASRIの運営の中に当然反映させることになります。

 JASRIが今抱えている問題は、建設期から利用期への転換に対する対応です。建設は大成功に終わり、今日のこのすばらしい施設が稼動しているわけですが、それを利用した研究が、施設ないしは機械の性能を十全に生かすためには、これからの努力が必要です。私の赴任時に白紙状態で受けた印象は、
(1)産業利用に関して、課題選定の仕方、非専門または未熟練利用者の支援体制、委託分析への要望など、設立時の方針に書かれていて実現していないことに対して、関係者、特に産業界からの不満や批判が強かった。
(2)JASRIの研究開発が、抑制される傾向が強まることに対して、JASRI内部には不満と危機感があった。
と言うのが一番主なところです。

 最初の批判、(1)、に関しては、組織替えを含む対応を3月に行ったところで、私の赴任時には、まだようやく効果が出始めたところだったと思います。しかし内部では、「JASRIは良いビームを出すことが最も基本的で重要な任務で、その先は利用者の責任である。」と言う声がありました。早くから放射光に関わってきた研究者の殆どがそう信じていて当然と思います。問題は、そこに、「放射光や測定装置の細かい御託は要らないから、そのすごい装置で、自分の試料を測定して結果だけ聞かせて欲しい」と言う利用者が大挙参入してきたことにあります。このことが起こることは、産業界をも含めて広く開かれた施設にする、と言う趣旨から当然予想されていたことで、「特定放射光施設の共用の促進に関する基本的な方針」(平成6年、内閣総理大臣)にも、その様な利用者に対して十分な支援をするべきことが書かれています。しかし、現実には、あまり、スムースに施設が立ち上がってビーム供用が始まってしまったため、建設者側の心理的な切り替えが追いつかなかったようです。ただ、本格的な利用期に入った放射光施設では、価値観も利用形態も異なる広い範囲の利用者の受け入れ方が最重要課題です。そこを処理しきれないと、次世代放射光施設の議論などは社会からは相手にされなくなる可能性があります。このような認識に立って、私は、分野ごとの価値観をとにかく尊重して始めよう、と提唱しました。そして、しばらくそれぞれ活動を行って、評価を行い、その結果を踏まえて次の発展を考えるのが良いと思ったからです。

 JASRIに期待されている支援が不十分である、と言う外部の批判はかなり強く、その一部の声が直接、関連行政機関に届き増幅されて問題視されている傾向があります。支援については、昨年、JASRIは利用促進部門の再編成を行い、産業コーディネーターを設置しました。これで完璧だとは申しませんが、外部からも改善されてきているとの評価はいただいていると思っています。この内部の再編成に際し、それまであった実験部門と言う利用研究の強化を目指した部門を廃止して、その分をすべて利用促進部門に回したと言う事実があります。形の上では、支援のために、利用系のインハウス研究は犠牲にせざるを得なかった、と言うことです。根本的にはJASRIの支援要員を施設の大きさに見合うように増やせばよいのですが、これは現在の国の政策の下では殆ど期待できません。

 SPring-8のような高度な施設が、インハウス研究機能を全く持たないで健全に発展することは出来ないことは、多くの研究者の共通認識だと思います。また、世界一という地位を考えれば、その重要性は、他所にも増して重要なはずです。JASRIが強い研究部門を持ってSPring-8の研究を引っ張るのが望ましい、と言う意見がSPring-8あるいは放射光の将来を真剣に考えている人々から寄せられています。しかし、組織論としては、JASRIは運転、維持、管理だけに専念すればよく、研究をしなくても良い、ないしはする必要がない、と言う見解があります。原研、理研と言う研究所から業務を委託されていることから、この理屈が発生します。その詳しい議論はし切れませんが、一つだけこれに関連した事実を述べれば、JASRIの予算費目に研究費と言うのは無く、高度利用技術開発という費目があるだけです。

 インハウス研究を行うとして、JASRIの現在の規模で、なおかつ支援と両立させることを考えると、SPring-8の非常に広い分野にわたる多様な目的の利用の全部に対応できるほどの研究機能を備えることは到底無理です。たとえば理研の播磨研究所は、研究系だけで300名程度在籍していますが、その大部分が蛋白に関わっています。さらに、理研の他の部分(横浜のゲノム科学研究センター)などのポテンシャルを入れると、大変な人的、知的資源が投入されているのが分かります。この分野に社会の要請を満たしつつ対応するにはこの程度のことが必要だと言う例です。これを、現在のJASRIで真似することは出来ません。また、逆に全ての分野を指導的立場で網羅するような放射光研究所を作るとしたら、それはとんでもない大きさになることも想像がつきます。現在、可能であり、また早急にするべきことは、パワーユーザーにビームラインまたは特定の研究分野の活動の中心になっていただき、SPring-8のその部分の活動に責任を持っていただく、と言うことだと思います。実際の形はこれからの検討事項です。そのためには、そういう責任者に然るべきインセンティブや権限を与える必要があります。それを利用者社会が認めることが、出発点になります。

 JASRIの研究はかくあるべし、という議論は、同時に支援をどうするかという議論と不可分です。それがないと、世間、もっと近くは新利用者層にさえ説得力を持たない議論になってしまいます。インハウス研究に対する状況は、決してよくありません。しかし、何とか突破口を見出したいと思っています。このために、支援の問題については、利用者側にご理解をお願いするようなことが必要かもしれません。その際には、よろしくご議論くださいますようお願いいたします。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794