Volume 06, No.6 Pages 456 - 458
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SPring-8シンポジウムに参加して
SPring-8 Symposiums Report
(財)新産業創造研究機構 研究所 研究二部 Research Department-II, Research Institute, The New Industry Research Organization
(財)新産業創造研究機構(略称:NIRO)の西尾より感想を交えて、10月9日〜10日の両日、昨年同様、放射光普及棟で開催されました第5回SPring-8シンポジウムの報告をさせてもらいます。私は、昨年4月に川崎重工業㈱より出向し、主に兵庫県BLを利用してSRの産業利用技術研究を行っております。昨年のシンポジウムはちょうど1週間後にSR実験を控えていました関係で、ポスターセッションに参加した程度で、全プログラムに参加したのは今回が初めてです。
先ず、シンポジウムの概要を報告します。出席者数は、主催者発表では一般参加者約100名と、昨年を上回る盛況なシンポジウムとなりました。
先ず、はじめに<主催者側の挨拶>として、本年4月に姫工大・松井教授よりSPring-8利用者懇談会長を引き継がれました名大・坂田教授の挨拶、続いて本年7月に放射光研究所・所長に就任されました(元)理研・副理事長・吉良氏の挨拶がありました。吉良所長は挨拶のなかで、「JASRI財政面を取り巻く環境にも、構造改革(JASRI独立法人化)の波が押し寄せてきており、今年度の予算においては特別法人予算が15%削減され、JASRI運営の難局を迎えている」と述べられるとともに、今後の効率的な設備利用に関連して、「産業利用、医学利用、蛋白質研究分野利用と各利用分野で価値観は異なるが、お互いに他分野の価値観を尊重しつつ利用促進を行う寛容さが今求められる」と述べられました。供用4周年を機に、JASRI、利用者懇談会とも新体制に移り、この難局に立ち向かおうとされています。
続いて、施設側から<施設報告>、<蓄積リング・光源>、<機器開発>、<新設BL>に関しての各種報告、利用側から<特定利用研究課題>、<代表的研究成果(トピックサイエンス)>に関しての報告がありました。
<施設報告>では、JASRI・菊田副所長から加速器運転の2000年実績が、総運転時間5,168h、ユーザー利用時間3,193h、2001年の計画では総運転時間5,500h、ユーザー利用時間4,200h、と更なる利用時間延長を予定しているとの報告がありました。これはユーザーにとっては大いなる朗報でありますが、菊田副所長も述べられていましたように、ビーム軌道安定化など加速器高度化、最近発生してきた放射線損傷・劣化に対しての対策等、施設側の大いなる努力の賜物と思われます。また、産業利用への取組みについてJASRI・古宮コーディネータから報告がありましたが、そのなかで「分析・解析手法とその対象とがマッチングしてこそ、成果が生まれる。コーディネータとして、このマッチング・コンサルタントを行う。」と意味深い指摘がありました。PF等での放射光利用実績の高い半導体関係者などを除き、一般産業界は放射光に不慣れですので、今後のコーディネータの活躍が期待されます。
<蓄積リング・光源の現状>では、JASRI・熊谷部門長より、低エネルギー(6GeV程度)運転により、新たな利用展開の可能性のあることを報告されました。これにつきましては、本年12月17,18日のワークショップでご講演予定とのことです。また、放射線損傷事例として、空洞部アブソーバの銅が放射線照射により活性化した冷却水により損傷(溶出)した事例の紹介がありました。また、JASRI・北村GLより、これまでに設置された23台(共用13台、専用6台、原研2台、理研3台)の挿入光源が概ね順調に運転されている現状が報告されました。
<機器開発、分光器・検出器>では、JASRI・鈴木氏から、X線変調分光法の高度化に関して、ガルバノスキャナーを用いた高速円偏光スイッチング、高速応答速度(従来の検出器の数十倍高速)のライトル電離箱検出器を開発との報告がありました。JASRI・大橋氏からも、軟X線BL光学系の冷却において、超高真空中の光学素子と冷却板の密着性がIn, InGaシートを用いて向上、温度安定性が向上との報告がありました。また、理研播磨・山本氏から蛋白質構造解析用に高速CCD検出器を開発(理学電機と共同)、サンプルチェンジング自動化、等により迅速化が図られていると報告がありました。さらに、JASRI・望月氏より液体窒素分光器に関して、現状6台稼動中の液体窒素分光器に対しての振動対策(ベース間へのSUSボール挿入等)、ドリフト対策の現状報告がありました。何れの報告も最先端の技術開発に関するもので、ユーザーに見えない所での施設側の不断の技術開発・装置改良・開発が行われていることに感銘しました。
<新設ビームライン報告、ビームライン立ち上げ報告>では、先ず昨年JASRIに赴任されるまで、APSのDND-CATで勤務されていた、JASRI・坂田氏よりBL13XUの報告がありました。BL13XUでは6軸回折装置、超高真空チェンバー3基を備え、5.5keV〜18.9keVのX線を用いて、超高真空中の斜入射X線散乱・回折を可能とし、結晶表面の原子構造の動的変化の研究等への利用が期待されるとのことでした(供用開始は2002A予定)。
次に、JASRI・岡島氏より、現在立ち上げ調整中の産業利用ビームライン(BL19B2)の報告がありました。ここでは8keV〜75keVのX線を用いて、第1ハッチで(透過、蛍光、電子収量)XAFS、X線反射率測定、蛍光X線分析、第2ハッチで粉末X線回折、多軸X線回折が行え、第3ハッチは実験ホール外付属施設W(W棟)に設置し多目的利用に備えているとのことでした。
次に、JASRI・鈴木氏より中尺アンジュレータビームライン(BL20XU)の報告がありました。このBLは各種イメージング実験(マイクロビーム、結像顕微鏡、トポグラフィー、トモグラフィー等)への利用を主目的に8keV以上の全エネルギー領域が利用できるよう設計され、高分解能画像検出器が準備され、2001年9月より共同利用が開始されているとのことでした。
また、ビームライン立ち上げ状況については、25mアンジュレータ光源の理研・物理科学ビームライン(BL19LXU)についてJASRI・矢橋氏より、長尺1kmの理研ビームライン(BL29XUL)について理研播磨・玉作氏より、共用(高分解能非弾性散乱)ビームライン(BL35XU)についてJASRI・Baron氏よりそれぞれ現状の報告がありました。
<特定利用研究課題の進捗状況>では、先ず、京大・田村先生より「超臨界金属流体の静的・動的構造の解明」について、流体水銀、流体セレンの液体から超臨界領域、高密度気体までの領域でのX線回折(BL04B1)測定に成功、ミクロ構造変化と金属—非金属転移との関係を解明、X線小角散乱(BL04B2)により、流体水銀、流体セレンの臨界散乱観測に成功、密度ゆらぎ等の長距離構造の様相を解明、等の報告がありました。
続いて、京大原子炉実験所・瀬戸先生より「核共鳴非弾性散乱による元素およびサイトを特定した局所振動状態密度の研究およびその測定法の開発」についての報告がありました。局所振動状態と物性との相関の解明を目的とした、核共鳴非弾性散乱実験を多くの核種で可能とするため、高分解能モノクロメーター、APD検出器系を開発、従来核共鳴非弾性散乱が測定されていなかったK-40について、高分解能モノクロメーター、高速時間応答・高検出効率APD検出器の開発により、核共鳴非弾性散乱を測定した、とのことでした。
次に、広大・早川先生より「硬X線マイクロビームを用いる顕微分光法の開発」についての報告がありました。硬X線域での顕微分光実現を目的に微小領域蛍光分析装置開発を進めており、これまでに、RhコートKBミラーの採用によりビームサイズ:2µm×4µm程度、エネルギー範囲:〜約18keVのX線マイクロビームを実現されているとのことでした。誰でも簡単に利用でき、短時間でデータが取得できる装置開発を目指されており、大いに期待されます。
最後に、名大・高田先生からは「高圧下における実験的精密構造物性研究手法の開発」についての報告がありました。構造物性研究では電子密度レベルでの精密構造解析が求められ、高圧化での構造物性研究を実現するため、放射光の高エネルギー・高輝度を利用した精密構造解析技術を開発しているとのことでした。
<トピックスサイエンス>では、先ず、奈良先端科学技術大学院大学・大門先生より「原子配列の3D観察」についての報告がありました。X線照射による原子から出る光電子の前方収束ピークが、円偏光X線照射時には回転の向きにずれること、このずれの角と立体認識での視差角とが同じ関係にあることを見出し、左右の円偏光X線照射(BL25SU実験)により得られた光電子放出角度分布パターンを組合わせ、原子像(結晶構造)を実空間にて立体で捉えることができたとのことでした。
続いて、名大・高田先生より「高エネルギー放射光粉末回折による精密構造物性の研究」についての報告がありました。透過法による放射光粉末回折法で得られた回折データ(BL02B2実験)を用いて、MEM(マキシマムエントロピー)/Rietveld法により精密構造解析を行い、フラーレン、ゼオライト化合物等の様々な物質の電子密度レベルの構造を解明したということでした。
次に、松下電器・難波氏より「細菌鞭毛素繊維の結晶構造とスイッチ機構」についての報告がありました。マイクロシステムの駆動機構の原点ともなる細菌鞭毛の駆動機構の研究で、鞭毛素繊維の結晶構造解析(BL45XU実験)により、鞭毛運動のスィッチ機構を解明したということでした。
最後に、川崎医大・松本先生より「放射光利用による心筋内小血管のダイナミックス解析」についての報告がありました。狭心症、心筋梗塞等を引き起こす冠循環破綻機構の解明にむけ、心筋内微小血管の動的解析を行ったもので、BL20B2/µCT装置により、ラット摘出心に放射光X線(17keV)を照射、直接撮像管で透過X線を検出、異なる角度からの撮像により血管造影(3D)を行い、得られた画像データを動的解析したということでした。
何れも、先端的な新規手法・装置開発とこれを用いて新規構造解明を果たしたというもので、非常に興味深いものばかりでした。
<ポスターセッション>では、ビームラインの現状報告として、共用ビームライン関係29件、専用ビームライン関係7件、原研ビームライン関係3件、理研ビームライン関係5件、「高度利用技術研究開発」プロジェクトの報告として8件、計52件のポスター発表がありました。出席者が多かったため、少し会場は手狭な印象を受けました。
シンポジウムと同時開催されました<利用者懇談会総会>では、特殊法人改革の影響が懸念されるなか、規約改正案が提出されるなど、坂田会長の下で会の活性化が図られているように感じました。また、懇談会の活動に関しても、25のサブグループ活動など、懇談会の持つ役割の大きさを再認識しました。
シンポジウム全体の感想としましては、2日間で口頭発表が25件、ポスター発表が52件と非常に多く、このため発表時間は質疑を含めて15分から20分程度と短く、発表内容が限られてしまっていたのが残念に思いました。発表時間に余裕があれば、聴講者の理解も深まり、ディスカッションもより活発化したのではないかと残念です。利用者の立場としては、普段目に触れることの少ない不具合解消・性能改善、BL新設等への取組など、施設側の絶え間ない技術研鑽が広範囲に精力的に行われている実態に触れることができ、とても有意義な機会となりました。最後に、このような機会を与えて頂きましたシンポジウム運営関係者に深く感謝致します。
西尾 光司 NISHIO Kozi
(財)新産業創造研究機構(略称;NIRO)研究所 研究二部
〒678-1205 兵庫県赤穂郡上郡町光都3-1-1
先端科学技術支援センター 研究開発支援棟3F/S301 NIRO/SR産業利用研究室
TEL:0791-59-8050 FAX:0791-59-8051
e-mail:nishio@wonder.ocn.ne.jp
略歴:
1977年 大阪大学・基礎工学部卒業、川崎重工業㈱入社。
1977年−1984年 製鉄プラント装置設計に従事。
1984年−2000年 明石技術研究所にて材料研究開発に従事、
1998年 参事拝命。
2000年4月— (財)新産業創造研究機構に出向、SRの産業利用技術研究を実施中。