Volume 06, No.1 Pages 51 - 56
5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第4回播磨国際フォーラムを終えて
The 4th Harima International Conference on “New Trends in Phosphoinositide SIgnalling and Protein Phosphorylation”
第4回播磨国際フォーラム(HIF2000)
テ ー マ:イノシトールシグナリングとタンパク質リン酸化の新しい潮流
主 催:播磨国際フォーラム組織委員会((財)高輝度光科学研究センター、理化学研究所、日本原子力研究所、兵庫県、(財)ひょうご科学技術協会、兵庫県立姫路工業大学)
後 援:(財)三共生命科学財団
実施期間:平成12年11月1日(水)〜4日(土)
実施場所:SPring-8普及棟(播磨コンファレンス)及び県立先端科学技術支援センター(一般向け講演会)
趣旨・目的:生体膜構成成分であるイノシトールリン脂質が、細胞内のカルシウムの調節やタンパク質リン酸化酵素の活性化などを介して、細胞内シグナル伝達系の制御に重要な役割を担っていることは、パラダイムとして1990年代初頭までにほぼ確立した。しかし、近年になって、この研究分野は新たな注目すべき展開を見せつつある。すなわち、イノシトールリン脂質および関連するタンパク質リン酸化酵素あるいは脱リン酸化酵素が形成する細胞内シグナル伝達系は、単に二次情報伝達因子産生系としての意義だけでなく、細胞内の広範な機能に関わることが示され、疾病との関係も明らかになりつつある。また、これらに関わる因子の細胞核への出入りによる細胞機能制御の存在が明らかにされつつあり、従来の細胞膜・細胞質という場での役割に加え、遺伝子発現や染色体分配など核内での役割を解明する必要が生じてきた。このようにイノシトール化合物と関連するタンパクの研究は、基礎研究はもとより、臨床研究まで含めた幅広い範囲の立場からの研究対象になってゆく可能性を示しており、その情報の受け渡しの分子構造的基盤の解析を含めた、より広い視野のもとで推進されることが要求されている。そのためには、現時点でそれぞれの専門的視点から基礎研究に取り組んでいる研究者が議論を尽くし、相互の緊密な連携をとりながら21世紀へ向け新たな研究展開をはかる必要がある。本会議では、現在、国内外でイノシトール化合物ならびにタンパクリン酸化・脱リン酸化の研究を進めている先進の研究者を招聘し、これからの生命科学を展望する視点に立った新しい研究方向を探ることを目標とする。
会議概要:11月1日(水)登録・ウェルカムパーティ
11月2日(木)播磨コンファレンス・SPring-8見学・ポスター討論
11月3日(金)播磨コンファレンス・バンケット
11月4日(土)播磨コンファレンス・一般向け講演会・エクスカーション
一般講演会:「科学における出合いと伝承−細胞同士の対話の仕組み−」西塚泰美氏
発表件数:講演 29件(国外17件、国内12件)
ポスター 20件(国外4件、国内16件)
参加者数:播磨コンファレンス: 81名(国外22名、国内59名)
一般講演会: 240名
第4回播磨国際フォーラム(HIF2000)は平成12年11月1日(水)から4日(土)まで播磨科学公園都市内のSPring-8普及棟レクチャールーム(播磨コンファレンス)、ならびに、先端科学技術支援センター大講堂(一般向け講演会)で開催された。
本フォーラムは、組織委員会からの要請をうけ、1999年8月に計画・立案を行った。その後、実行委員としてLucio Cocco(ボローニャ大・教授)、吉川潮(神戸大・バイオシグナル研・教授)、神谷信夫(理化学研究所・播磨研究所・室長)、平田雅人(九州大学・歯学部・教授)、八木澤仁(姫路工大・理学部・助教授:姫路工大理学部10周年記念行事担当)が加わった。また、一般向け講演会の講師ならびに本コンファレンスの特別顧問を西塚泰美神戸大学学長に依頼した。
実行委員会での人選、ならびに、西塚特別顧問よりのアドバイスに基づき、1999年12月から2000年1月の間に15人の国外研究者と11人の国内研究者に講演依頼状を送付した。その結果、先約のあった1人(代理人を推薦)を除き、すべての方より受諾を得た。
また、コンファレンスを完全なクローズドセッションとはせず、若手研究者にも、ポスターという形で発表の機会を与える方針を決定した。これに基づき、2000年6月にはインターネット上にホームページを立ち上げ、プログラムを掲示し、さらにweb上でポスター登録と宿泊の予約ができるようにした。また、当該テーマに関連する研究をおこなっている国内の主要研究室に案内を送付するとともに、生命科学系月刊誌(2誌)と日本生化学会誌にコンファレンスの案内を掲載した。またポスターとプログラムを日本生化学会シンポジウム、日本神経科学会年会、日本生物物理学会年会の場に掲示した。9月中旬をポスター登録の締め切りとし、最終的に20演題(うち4題が国外からの発表)の参加が決定した。
この間、招待講演者よりの推薦、あるいは、自薦による有力研究者の参加希望が実行委員会に寄せられた。日程的にかなりハードになるリスクを背負ったが、Daryl Dewald(ユタ大)、Alex Toker(ハーバード大)、御子柴克彦(東大・医科研・教授)がプログラムに加わり、コンファレンスの講演者のカバーする領域と質が拡充されることになった。また、三共生命科学財団から、平成12年度国際学術会議助成を受けられることになり、本年度から予算規模が半分になったことによる財政的不安が、若干解消された。また一般向け講演会は、姫路工大理学部10周年記念行事とひょうご科学技術協会の科学技術セミナーとしても位置づけ、両組織から費用の部分援助を得るなどの配慮がなされた。
以下、播磨コンファレンスと一般向け講演会に分けてその内容を紹介したい。
播磨コンファレンス参加者(11月3日、普及棟前で)
1.播磨コンファレンス
「イノシトールシグナリングとタンパク質リン酸化の新しい潮流」のテーマのもと、国外17人、国内12人の招待講演者が2日半にわたり、生体内信号の制御に関わる分子の構造と機能について討論を行った。講演の3分の1以上がコンピューターを利用した動画を含むプレゼンテーションであったことは、今後の構造生物学と細胞生物学の融合を象徴していた。X線結晶解析やNMR解析に基づく分子の構造の動的変化や、細胞の中での信号分子の局在性の変化とその生理的な意義についてきわめてわかり易い発表が多かった。発表方法ばかりでなく、その内容は、細胞の膜の成分である脂質やタンパク質が細胞の機能全般を制御する機構において、リン酸化と脱リン酸化が生体内スイッチとしていかに重要であるか、また、そのスイッチの制御を利用しての、医学や生命科学への応用についての可能性に関して、世界的に最先端の報告ばかりであった。また、国内外からの若手研究者を中心に発表されたポスターは、きわめて質の高いものばかりであり、多くは一流学術雑誌にアクセプトされ印刷中のもの、あるいは、先進的な未発表データであった。ポスターは2日半の播磨コンファレンス中、講演会場に隣接する部屋に掲示され、コーヒーブレークなどの合間にも活発な議論が行われていた。コンファレンス2日目夜のポスター討論の時間(2時間)にはきわめて熱心な討論が随所で行われ、この時間だけでは足りずに、ソーシャルアワーでも議論が続けられていた。
なお、11月3日(金)夜には、実行委員長の主催でバンケットが開かれ、上坪播磨国際フォーラム組織委員がホスト側を代表して、また、ユタ大学のGlenn Prestwich教授が外国人招待講演者を代表して挨拶を行った。さらに、本フォーラム特別顧問であり、また一般向け講演会の講師である、西塚泰美神戸大学長が乾杯の音頭をとられた。この後、実行委員長より菊田組織委員と当日スタッフの紹介があり、盛会のうちに終了した。また、翌日、コンファレンス終了後、海外からの招待講演者は姫路城へのエクスカージョンに参加し、姫路にて解散した。
当初予定していたAlexandra Newton博士が、緊急の家庭の事情で来日不能になったことを除けば、コンファレンス参加者がほぼ全員、事前登録のとうり参加した。ほとんどの参加者が会議日程の最初から最後まで熱心な議論に参加していた。また、宿泊施設の都合上、on-siteでのみ参加していただいた方々も2〜3名おられた。文末に示すように、海外からの参加者の多くから、その質の高さとテーマへの集中度、そしてオーガニゼーションにおいて、今までに参加したこの種のコンファレンスの中でベストであるとの評価が寄せられている。以下にカンファレンスのプログラムを示す。
SPring-8理研ビームラインの見学(11月2日)
ポスター討論(11月2日夜)
Thursday, Nov.2
Opening remarks.
Hajime Hirata (Himeji Inst. Tech., Japan)
Session I. Structural basis of phosphoinositide signalling molecules (Chair: H. Hirata)
Mark A. Lemmon (Univ. Pennsylvania, USA):
Pleckstrin homology domains: Phosphoinositide-regulated membrane tethers.
Roger L.Williams (MRC Cambridge, UK):
The structural basis of phosphoinositide 3-kinase signalling.
Session II. Lipid kinases and phosphatases (Chair: R. A. Anderson and Y. Kanaho)
Richard A. Anderson (Univ. Wisconsin Madison, USA):
The multiple signalling roles of phosphatidylinositol phosphate kinase.
Yasuhisa Fukui (Univ. Tokyo, Japan):
Phosphatidylinositol 3-kinase in malignant tumours.
David Fruman (Univ. California Los Angeles, USA):
Multiple defects in mice lacking phosphoinositide 3-kinase p85α.
Yasunori Kanaho (Tokyo Met. Inst. Med. Sci., Japan):
Activation mechanisms and physiological function of phosphatidylinositol 4-phosphate 5-kinase.
Stephen K.Dove (Univ. Birmingham Medical Sc., UK):
The role of Fab1-type PtdIns3P 5-kinases in membrane trafficking.
Daryll B.Dewald (Utah State University, USA):
The phosphatidylinositol 4-kinase, Pik1p, regulates yeast protein secretion.
Kaoru Goto (Yamagata Univ., Japan):
DG kinase in the brain: Its functional implications.
Session III. Lipases, phosphoinositide signalling in the nucleus (Chair: H.Yagisawa and K.Fukami)
Sung Ho Ryu (Pohang Univ.Sci.Tech., Korea):
Compartmentalisation of phosphorylation-dependent phospholipase D regulation in mammalian cells.
Matilda Katan (CRC Centre for Cell and Molecular Biology, UK):
Enzymes involved in sphingomyelin hydrolysis: comparison with PI-PLC signalling.
Friday, Nov.3
Kiyoko Fukami (Univ.Tokyo, Japan):
Requirement of phospholipase C-δ4 for the first step of fertilisation.
Hitoshi Yagisawa (Himeji Inst.Tech., Japan):
Nucleocytoplasmic shuttling of PLC-δ.
Lucio Cocco (Univ.Bologna, Italy):
Inositide-specific phospholipase C and nuclear signalling.
John York (Duke University, USA):
Inositol polyphosphate messengers as regulators of nuclear processes.
Session IV.Inositol phosphate binding proteins, inositol phosphate metabolism (Chair: K.Mikoshiba and M.Hirata)
Dario R.Alessi (Univ.Dundee, UK):
Identification of PH domain containing proteins with novel phosphoinositide binding specificity.
Masato Hirata (Kyushu Univ., Japan):
p130, a new Ins(1,4,5)P3 binding protein: Possible functions based on the binding characteristics and the interacting molecules.
Christophe Erneux (Free Univ. Brussels, Belgium):
The inositolpolyphosphate 5-phosaphatse and triphosphate 3-kinases.
Katsuhiko Mikoshiba (Univ. Tokyo, Japan):
Roles of inositol polyphosphate binding proteins, synaptotagmins, in cellular signalling.
Stephen B. Shears (NIEHS, NIH, USA):
Integrating the actions of inositol phosphates into signal transduction pathways.
Session V.Protein kinases (Chair: U.Kikkawa and A.Toker)
Shigeo Ohno (Yokohama City Univ., Japan):
The aPKC-PAR system, universal machinery regulating cell polarity.
Boudewijin M.T.Burgering (Univ.Utrecht, Netherlands):
PKB as effector of PI 3-kinase dependent cellular signalling.
Ushio Kikkawa (Kobe Univ., Japan):
Activation of PKCδ and PKB by oxidative stress.
Alex Toker (Harvard Univ. USA):
Protein kinases activated by the PI 3-K signalling pathway.
Saturday,Nov.4
Session VI. Visualisation of cell signalling: Novel methodologies and tools (Chair: T.Meyer and N.Saito)
Naoaki Saito (Kobe Univ., Japan):
Visualisation of PKC targeting and its regulation by lipids.
Tobias Meyer (Stanford Univ., USA):
Lipid second messenger gradients in chemotactic signalling.
Masamitsu Iino (Univ.Tokyo, Japan):
Visualisation of intracellular calcium and IP3 dynamics.
Glenn D.Prestwich (Univ.Utah, USA):
Chemical cell biology in action: New tools for studying phosphoinositide localisation and movement.
Atsushi Miyawaki (RIKEN Wako Institute, Japan):
Dynamic and quantitative imaging of cell functions.
Closing remarks.
Lucio Cocco (Univ.Bologna, Italy)
2.一般向け講演会
一般向け講演会は、姫路工大理学部10周年記念行事と第16回ひょうご科学技術セミナーを兼ねたものとして、11月4日(土)午後1時45分より午後4時まで、県立先端科学技術支援センター大ホールで240人の参加者を集めて開催された。
講演に先立ち、フォーラム組織委員である鈴木胖姫路工業大学学長より、同大理学部の創設10年の歩みの概略の紹介と、播磨科学公園都市で国際学術会議や科学講演会を開く意義を紹介する挨拶があった。講師である西塚泰美神戸大学長の略歴を私が紹介したのち、「科学における出合いと伝承−細胞同士の対話の仕組み−」という演題で講演が行われた。講演は予定の一時間を約30分もオーバーするほどの熱演でまた、西塚講師がたどられた、研究上の人間的・学術的出合いに関して、多くの貴重なスライドを用いた説明があった。途中で西塚講師が発見されたPKCというタンパク質リン酸化酵素が、実際に細胞内を動き回る様子を見ることができる最新の研究成果のビデオも紹介された。このように、科学的にも一般参加者に非常に理解のしやすい工夫がされており、聴衆の一部として参加していた高校生にも好評であった。
また、終了後の質疑応答の部分では、4人ほどの聴衆より、日本の科学教育について、若い研究者の心構えについて、今後の生体シグナル研究の動向などについて、質問が出され、講師からは丁寧な回答をいただいた。
約20分の活発な質疑応答を終え、講演会が終了したのは予定を45分も過ぎた午後4時であった。飛び石連休の中日の土曜日でもあり、また当日は快晴であったために、講演会への動員が心配されたが、杞憂に終わったのは幸いであった。
一般向け講演会(11月4日CAST)における西塚泰美講師
一般向け講演会で質問する若手研究者
このように、前回までの3回のフォーラムで築き上げられた“播磨国際フォーラムはGordon ConferenceやHarden Conferenceに優るとも劣らない”という実績や評判を汚さないような、真の意味での「公の場」(フォーラム)を持つことができたと自負している。
本フォーラムの開催は、多くの方々の協力なしには不可能であった。年2回に増え、日程的にたいへん負担が増えたにも関わらず、実務担当としてご尽力いただいたJASRI企画調査部の北嶋勇人氏、坂川琢磨氏、そして兵庫県企画管理部の落合正晴氏、杉浦美紀彦氏に厚くお礼を申し上げたい。また、当日および準備段階で、様々な作業をこなしてくれた姫路工大理学部生命科学科生体情報学Ⅱ講座のスタッフや院生・学生諸君、特に事務局責任者を引き受けてくれた八木澤仁助教授(フォーラム実行委員)に感謝したい。
最後に、播磨コンファレンスに参加した国外招待講演者から寄せられた感想の一部(SPring-8 beamline見学のレビューを含む)を紹介し、今後のフォーラムの発展を祈って筆を置きたい。
I would like to thank you once again for your kind hospitality during the HIF2000 meeting. The meeting was probably the most timely and comprehensive meeting regarding phospholipid signalling that I have attended. It was very helpful and informative for us. The following summarizes the tour that we had of the SPring-8 synchrotron facilities.
“The tour of the SPring-8 beamlines acquainted the meeting participants with the unique facilities for structural studies of macromolecules. The beamline scientists outlined the advanced capabilities of the beamlines, including microfocus optics, novel muti-wavelength diffraction methods and small-angle scattering. The beamline scientist for RIKEN beamline I explained the use of a transparent diamond monochromator to split the beamline into a station for protein crystallography and another for small angle scattering of proteins in solution. Both types of experiments can be carried out simultaneously, with dichromatic radiation emitted from two coaxial undulators. It was explained how the protein crystallography branch of beamline I was designed to collect MAD data using a novel simultaneous collection of data sets at three different wavelengths from a single protein crystal without changing any beamline settings during data collection. This system minimises the systematic errors in measurement of anomalous diffraction for MAD structure determination that can occur in the more conventional approach of collecting the three data sets consecutively. The tour also outlined the impressive range of structures that have been determined in the relatively short period that the RIKEN beamlines have been fully operational. The work at these beamlines will clearly include a variety of projects at the forefront of structural biology”.
Roger L. Williams, MRC Laboratory of
Molecular Biology, UK
I think that the meeting was the best that I have ever been to. Everything was organized perfectly. The selection of speakers was tremendous, and the location was terrific. This will go down in everyone's history as a classic meeting. You organizers did such a fantastic job at running the whole thing. I am extremely grateful, as is everyone else. Thank you very much. I am now motivated to try and return the favor over here at some point.
Mark A. Lemmon, University of
Pennsylvania School of Medicine, USA
Thank you again for inviting me to what undoubtedly turned out to be a superb meeting on Phosphoinositide Signalling at SPring-8. It was a truly a stimulating and outstanding conference, as well as a culturally unique experience, one which I am very grateful to have been a part of. You all are to be congratulated for organizing such a well balanced meeting incorporating the topics at the forefront of phosphoinositide siganlling as well as an outstanding social schedule. Without question the last week has given me appetite for visiting Japan again in the near future. Again it was my privilege to be a part of the programme.
Alex Torker, Harvard Medical School, USA
平田 肇 HIRATA Hajime
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都3-2-1
姫路工業大学 理学部 生命科学科生体情報学Ⅱ講座
TEL:0791-58-0205 FAX:0791-58-0198
e-mail:hirata@sci.himeji-tech.ac.jp