Volume 04, No.6 Pages 50 - 54
6. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS
播磨のお花畑
Flower Gardens in and around Harima
花は個として美しいものですが、花の大集団もまた個とは異なった別の美しさを見せてくれます。「お花畑」はもともとは登山用語で、高山帯のカールなどにできた高山植物の群落を意味します。丁寧語を使うのは、山男(含女性登山家)たちの山や自然に対する畏敬の念を表すためだと思われます。タイトルで使っている「お花畑」は、高山の「お花畑」ではなく平地の「花畑」を意味し、接頭語「お」は自然に対する敬意を表しています。播磨地方を中心に筆者が訪れたお花畑を紹介します。
片栗(カタクリ)の花
カタクリは、早春に紅紫色の花を開くユリ科の北方系多年草で、万葉集の時代には堅香子(かたかご)と呼ばれていました。地方によっては「かたかし」(堅香子の誤読らしい)「かたご」「かたこゆり」などとも呼ぶそうです。良質な澱粉(でんぷん)として知られる「かたくり粉」は、その名が示すとおりかつてはカタクリの地下茎(鱗茎)から作られました(今はジャガイモなどから作るそうですが)。
筆者の田舎(信州)にも、カタクリの自生地がありました。田舎を離れた後も、関東以南の何か所かのカタクリ群生地へ花を見に行ったことがありますが、筆者が見た群生地は、驚くほど共通した地形的条件を備えていました。先ず第一に、北ないし北東に面した疎らな雑木林の斜面であること。第二に、朝陽が斜面に当たること。第三に、斜面の傾斜が、早春の正午前後の陽光がほぼ平行に射す角度であること。このような地形は、春先まで根雪が残ります。第三の条件は、国内すべての群生地に当てはまるとは無論思いませんが、日照条件と雪解けとの間の微妙なバランスがカタクリの群生を保つための要因となっているのは確かのように思われます(北海道・東北地方のような雪国では、カタクリはこれほどの急傾斜は必要としないでしょうし、生育場所の様子が関東以南とはかなり異なっているかもしれません)。カタクリは雑草や帰化植物のような強い繁殖力を持ち合わせていないので、草原のような日当たりのいい場所では生き残れません。根雪が春先まで残るような日当たりの悪い場所で、雪解け直後、他の草木に先んじていち早く芽を出し、早々に開花し、他の草木の若葉が萌える頃には鱗茎に養分を充分蓄えその年の営みを終えて休眠状態に入ります。外国ではカタクリ(dogtooth violet)にSpring Ephemeral(春のはかない命)というニックネームが与えられているという。さしずめ、カタクリは植物界の“蜻蛉”ということでしょうか。しかしながら、その特異性のおかげでカタクリは生き残れるのです。雪の降らない地方ではカタクリは自生できないかもしれません。暖冬や地球の温暖化はカタクリにとって不利な条件として作用するに違いありません。さらに、この特異性には危険が伴います。早春の気象は不安定です。突然の雪や冷雨や寒さから花を護らなければなりません。夜間や雨・雪の日は開いていた花を閉じます。
春雨のふりつぐ中にみづみづしく一日閉じたるかたくりの花 土屋文明
かつてはかたくり粉の原料や食用にされたほど各地に群生していたカタクリも、時代とともにその“テリトリー”をどんどん人間に奪われ、今では、あたかも秘境の地に追い詰められた落人のごとく、限られた場所に分散してひっそりと生き残っています。環境庁の植物レッドリスト(日本の絶滅のおそれのある野生植物の種のリスト)にカタクリの名が載るのはそう遠い先の話しではないかもしれません。最近は群生地を保護区域に指定して管理するところが増えたようです。
カタクリのそんなぎりぎりの際どい生き残りの術を知ってもなお、その花の可憐さ故か、常に俯きかげんに咲く謙虚さ故か、人の目には、カタクリが敢えて自ら厳しい環境を選んでいるかのように見えます。カタクリの花の愛好者が多いのは、アスファルトの割れ目からでも芽を出して花を咲かせてしまう西洋タンポポのような自己顕示欲旺盛で逞しい野草とは対照的に、カタクリは目立たぬ場所でひっそりと咲くうえに、滅びへの道を辿りつつもその孤高の姿を毅然として保っているように映るからではないでしょうか。高山帯のがれ場を好むコマクサとイメージが重なります。山菜に関するどの本を見てもカタクリは必ず登場しますが、カタクリを採取して食べようと思う人は少ないでしょう。
片栗の一つの花の花盛り 高野素十
田舎での子供時代、独特の斑模様の大きなカタクリの葉は遊び道具の一つでした。葉を摘んできて、それをゆでました。そうすると、半透明な表皮が葉肉から剥がれやすくなります。柄の部分を口に含んで呼気を送ると風船ができあがります。ただそれだけのことでしたが、当時の子供たちの遊びでした。カタクリが貴重な植物になるなどとは、その当時は思いもしませんでした。田舎では、カタクリを「エノバラ」と呼んでいたように記憶しています(定かな記憶ではありません)。
写真は播磨科学公園都市近郊の私有地で撮ったものです。地主の話によるとその群生地の中に、一株だけ毎年純白の花を咲かせるカタクリがあるという。白花カタクリは大変珍しいそうです。プロのカメラマンも撮影に訪れたそうです。場所も教えてもらいましたが、時すでに遅く、純白の花は咲き終わっていました。純白の花の代わりに、群生地を隈無く捜して漸く淡いピンクの花を見つけました。読者の皆さん、たった一株しかない白花カタクリを暖かく見守ってあげて下さい。
「夜中に盗む人がいるんですよ。」と地主は嘆いていました。所々に盗掘の痕跡の穴があいていました。野草を商品として売る業者の仕業でしょうが、もし、野草の愛好者が鉢植えにしようと思って採取したとすれば、止めた方がいいでしょう。カタクリを鉢植えで育てるのは至難の業だからです。どうしてもカタクリを鉢植えにしたい人は、アメリカ原産の黄花カタクリを園芸店で購入すべきです。
カタクリの花は、三日月町の「大ムクの木」(天然記念物)の近くの山の斜面で見られます(件の私有地とは別の場所です)。開花期は3月最終週から4月第1週にかけての短期間です。この時期アマチュアカメラマンが大勢参集します。播磨からは少し外れますが、岡山県美作町三倉田にも有名な群生地があると件の地主が教えてくれました。
カタクリの花
白に近い淡いピンクのカタクリの花
菜の花
千種川の河原の菜の花
「菜の花」はアブラナ科の植物の花の総称です。3月から5月にかけて西播磨の河原や川沿いの土手に一面に咲きます。3月下旬から4月下旬あたりまでが見頃です。春の代名詞のような花です。
花が咲く前に芽を摘み取ってお浸しにして辛し醤油で食べてみようかと思ったことがありましたが、まだ試していません。
写真は南光町を流れる千種川の河原で撮影したものです。
牡丹(ボタン)
「立てば芍薬(シャクヤク)座れば牡丹(ボタン)歩く姿は百合(ユリ)の花」と美人を形容するのに使われるほどボタンは美しい花です。西播磨のボタンの名所としては、「ぼたん寺」として知られる万勝院(上郡町)が随一でしょう。種類によって多少の差はありますが、開花期は4月下旬から5月上旬です。平年はゴールデンウィークに最盛期を迎えますが、暖冬の年は4月下旬に咲き終わってしまうことがあります。開花期が短いので要注意。写真は万勝院のボタン園で撮りました。
万勝院のボタン園
石楠花(シャクナゲ)
シャクナゲの花は、山崎町の「播州山崎花菖蒲園」や佐用町の「しゃくなげの里」で見られます。4月上旬から5月下旬が開花期です。見頃は、「播州山崎花菖蒲園」では5月中旬、「しゃくなげの里」ではゴールデンウィークのようです。今年の5月22日に筆者が「しゃくなげの里」を訪れたときには、すでに閉園していました。
「石楠花色にたそがれる遙かな尾瀬、遠い空」と歌の歌詞にもあるように、日本では赤色系の花が代表的ですが、世界には様々な種類の花があるようです。シャクナゲはもともと高山植物です。登山の好きな人は、低地には赤花シャクナゲ、高山帯には黄花シャクナゲが咲いていることをご存じだと思います。高山帯の黄花シャクナゲは平地では育ちません。
花菖蒲(ハナショウブ)
ハナショウブはアヤメやカキツバタと同じアヤメ科アヤメ属の多年草で、自生するノハナショウブを園芸用に品種改良したものだそうです。アヤメ・カキツバタ・ハナショウブは見掛けは酷似していますが、アヤメは乾燥地を、カキツバタは湿地を、ハナショウブは半乾燥地を好み、開花期はこの順に遅くなり、花の大きさはこの順に大きくなり、葉の幅も異なるなどの相違点があるそうです。
端午の節句に軒に差したり風呂に入れたりする芳香のするショウブは、サトイモ科の植物であり、ハナショウブとは別の植物です。
写真は山崎町の「播州山崎花菖蒲園」で撮りました。種類によって多少の差はありますが、開花期は6月初めから7月初めまで、見頃は6月中旬です。
播州山崎花菖蒲園のハナショウブ田
紫陽花(アジサイ)
アジサイの名所はたくさんあると思いますが、岡山県作東町の「大聖寺」はその株数の多さに圧倒されます。アジサイに埋もれた寺です。6月下旬から7月中旬が見頃のようです。筆者が訪れたときは、残念ながら、長雨に叩かれた上にすでに最盛期を過ぎていました。
向日葵(ヒマワリ)
ヒマワリは種まきの時期によって開花期にかなりの幅があります。しかし、ヒマワリに一番ふさわしいのは8月の暑さの盛りです。ヒマワリは“太陽の花”でなければなりません。ヒマワリの花は太陽の動きに合わせて首を回すと言われていますが、それは咲き始めの頃だけのことで、満開の頃は花の首は固定されてしまうそうです。しかしながら、不思議なことに、どの花も実にみごとに一斉に同じ方向を向いて咲いています。いつどのような条件の下に首が固定されるのでしょうか。
ヒマワリ畑はあちこちで見られますが、南光町の「ひまわり館」周辺のヒマワリ畑は圧巻です。
南光町のヒマワリ畑
秋桜(コスモス)
コスモスは初夏から晩秋にかけていつもどこかで見かけるような気がします。しかし、その名が示すごとく秋に咲くのが最もふさわしい花です。コスモスはメキシコ原産のキク科の植物で、幕末時代に日本に入ってきたそうです。「コスモス」は「飾り」という意味のギリシャ語だそうです。新参の割には、日本的な雰囲気にすっかり溶け込んでしまった花です。詩歌の題材にもよく利用されます。紅、ピンク、白、それらを交配させた色のほかに最近は黄花コスモスもよく見かけます。秋の畑(田)に咲く一面のコスモスは、田畑の肥料となる運命にあることを知ってか知らずか、色とりどりの花々が風に揺れながら美しさを競い合っています。
風の無き時もコスモスなりしかな 粟津松彩子
晩秋の播磨路を車で走っていると、路傍でコスモスが風になびいているのをよく見かけます。「播磨路へようこそ」と歓迎してくれているようにも見えます。「寂しい人、悲しんでいる人、どんどんいらっしゃい」と手招きしているようにも見えます。厳しい冬を控えた晩秋に咲く花の種類はそんなに多くはありません。そんな時期に溌剌と咲き乱れるコスモスが人に強い印象を与えないわけはありません。
コスモスや雲忘れたる空の碧 松根東洋城
上郡町のコスモス畑
水仙
淡路島南淡町の「黒岩水仙郷」で、野生の水仙の大群落が見られます。2月上旬から下旬にかけて、島の南側の海に面した急斜面一帯に500万本の水仙が咲き乱れます。
水仙郷花の傾斜の海に落つ 朝倉房子
淡路島黒岩水仙郷の水仙
ただ、観光地としては、当地に至るまでの道順が複雑すぎる、道が狭くて対向車とのすれ違いに神経を使う、駐車場が狭い、交通渋滞に悩まされる、といった難点をかかえてはいますが。今年の冬訪れたときは、各所で道路の拡張工事を行っていましたので、来年は道路幅については多少改善されているかもしれません。
水仙の三大自生地、「黒岩水仙郷」、伊豆半島須崎爪木崎、福井県越前岬のうち前二者を筆者は訪れたことになります。
その他のお花畑
紅花(ベニバナ):山崎町上ノ下地区で栽培しています。6月末から7月中旬にかけて紅黄色の花が咲き乱れるそうです。筆者が訪れたときは、残念ながらすでに花期が終わっていました。
彼岸花(ヒガンバナ):曼珠沙華(マンジュシャゲ)ともいいます。9月から10月にかけて、西播磨の農村地帯では、農家の周辺や田畑の畦などでヒガンバナの赤い花をごく普通に見かけます。
「西はりま天文台公園」:ラベンダー、ポピーなどの花々が咲き乱れるお花畑があります。佐用町にあります。
「沖田遺跡公園」:9月頃、コスモスとヒマワリが同時に見られます。赤穂市東有年にあります。
「とっとり花回廊」:大山の近くにある鳥取県立の花公園です。回廊式に設計されているので、雨の日でも観賞できます。今年の7月に訪れたときは、7月のテーマ花として特集された、各種ユリの花が最盛期を迎えていました。近代的な温室の中に造られた蘭(ラン)の花壇も見事でした。
「播磨科学公園都市」:様々な種類の花の種子が蒔かれ花期を迎えると一面のお花畑が出現します。チューリップ畑もあります。
西はりま天文台公園のお花畑
とっとり花回廊のラン花壇
播磨科学公園都市の丘に咲く花