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Volume 04, No.2 Pages 5 - 9

1. ハイライト/HIGHLIGHT

蓄積リングの運転の現状とビーム診断用ビームラインの計画
Current Status of the Operation of the SPring-8 Storage Ring and a Plan of the Machine Diagonostics Beamline BL38B2

高雄 勝 TAKAO Masaru、高野 史郎 TAKANO Shiro、大熊 春夫 OHKUMA Haruo

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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はじめに
 平成9年3月にビーム運転を開始した蓄積リングは順調に稼働しており、同年10月からはユーザー利用運転が開始され、現在では、ユーザータイムに主として用いられている2/3フィリングの運転モードで70mA蓄積時のビーム寿命は70時間程度に達している。この間の蓄積リングの状況については、既にSPring-8利用者情報に記述があるのでそちらを参照していただきたい[1][2][3]
 蓄積リングの平成10年の総運転時間は4190時間であった。その内、ユーザータイム(利用運転)に供された時間は2624時間であった。残りの時間は加速器の調整、マシンスタディ、ビームラインの調整等に使われた。今後、加速器の調整、ビームラインの整備が進むとともにユーザータイムの占める割合は増加していくと思われる。ユーザータイム時の蓄積リングの運転モードの約38%が少数バンチ運転であり、残りがマルチバンチ運転であった。本稿では、蓄積リングの運転の現状として、ユーザーにとって有益な情報と思われるフィリング、ビーム寿命等を中心に述べることとする。
 また、蓄積リングのビーム性能を向上させるために重要と考えるビーム診断系の1つとして、平成11年の稼働開始を目指して整備を進めている加速器ビーム診断用ビームラインBL38B2について述べる。BL38B2では、放射光を観測し、電子ビームの空間構造、時間構造等を測定することが計画されている。また、放射光を利用した加速器コンポーネントの開発研究を行う等の広範囲の利用を検討している。一方、BL38B2ビームラインの建設計画に先立ち、平成10年1月に可視光取り出し用のミラーチェンバーがマシン収納部内に設置され、可視光を利用するビーム診断が可能となっている。現在、ストリークカメラを用いたバンチ長測定、光子計数法によるバンチ純度測定などが行われている。これらのBL38B2の現状と計画について簡単に紹介する。

少数バンチ運転

 SPring-8蓄積リングでは、蓄積中の電子は周長 1436mのリングを約5μsecで周回している。周回中の電子は磁場で曲げられる時に放射光としてエネルギーを放出するので、同じ軌道を回り続けるためには何らかの方法でエネルギーが補給されなければならない。SPring-8蓄積リングは、3つのステーションに設けられた加速空洞にクライストロンからの高周波(RF)パワー(周波数508.58MHz)を送り込み、加速空洞内の高周波電場により電子を加速している。2nsecのRF周期の特定の位相で加速空洞を通過する電子は、加速エネルギーと放出エネルギーがバランスして安定に回り続けられる。電子が安定に回り続けられる位相をシンクロナス位相(安定位相)といい、蓄積リング内の電子ビームは、安定位相の回りにバンチと呼ばれる集団を形成して周回している。リング一周の安定位相の数(RFバケット数)は、RF周波数と周回周波数の比の整数になる。この整数をハーモニック数と呼ぶ。SPring-8蓄積リングの場合のRFバケット数は2436個であり、最大で2436個のバンチを周回させることが出来る。どのRFバケットにビームを入れるかによって形成されるリング一周のバンチの分布パターンをフィリングパターンと呼んでいる。SPring-8のタイミングシステムは個々のRFバケットを指定して電子ビームを入射することができる。現在、少数バンチ運転を行う場合には、線型加速器から1nsec幅の電子ビームパルスを出射し、シンクロトロンでRFノックアウト法により主バンチ以外の電子ビームをクリーニングしてシングルバンチを形成してから、蓄積リングに入射している[4]。少数バンチ運転時に主バンチ以外に電子が存在する割合(バンチ不純度)として、10−6 以下を達成している。少数バンチが必要でない場合(マルチバンチ運転)は、40nsec幅の電子ビームパルスを線型加速器から出射して、シンクロトロンでRFノックアウトを行わずにそのまま8GeVまで加速し、約20個のバンチ列として入射している。平成10年12月までに、ユーザー運転で用いられたフィリングパターンは、少数バンチ運転では全周等間隔21バンチモード、12+28×2バンチモード(全周等間隔12バンチと12空隙の内二つに7バケットおき28バンチに蓄積、図1の(a))、3×21バンチモード(3バンチトレインを全周等間隔21個、図1の(b))があり、マルチバンチ運転では2/3フィリングモード(図1の(c))等がある。 
 
 
 
図1 蓄積リングのフィリングパターン
 
ビーム寿命
 蓄積電子の寿命は、放射光の量子効果に依るビームの広がりに起因する量子寿命、残留ガスによる散乱、バンチ内の電子散乱によるビームロス(タウシェック効果)で決まる。量子寿命は、放射光が光子として確率的に放出されると言う量子効果によってビームが広がり、蓄積電子が確率的に物理的なアパーチャーより大きな振幅を持ったり、RFバケットで許されるより大きなエネルギーを持つことによりビームが失われることに対応している。通常、物理的なアパーチャーは充分大きく取られており、また加速電圧も充分取られるので、量子寿命は天文学的に長くなり無視することができる。SPring-8ではマシン調整時等に、ステーション間の加速空洞の位相をずらし実効的な加速電圧を下げることにより量子寿命を短くして、RFバケットから電子をこぼして任意の値まで下げるという方法で蓄積電流値の調節を行っている。残留ガスによる散乱は、放射光(およびそれにより放出される光電子)によって真空容器内表面が叩かれて飛び出すガスがその主な源で、放出ガス量は総蓄積電流値に比例するので、これに起因する寿命は総蓄積電流値に反比例する。タウシェック効果は、低エミッタンスになるほど電子密度が高くなり、電子散乱の確率が上がるのでその影響が大きくなる。SPring-8ではマルチバンチ運転でもタウシェック効果を無視することはできない程である。少数バンチ運転では電子ビームのピーク電流値が大きくなり電子密度がさらに高まり、ユーザータイム運転時にはバンチ当たりの蓄積電流値を1mAに制限しているが、そこでは寿命はほとんどタウシェック効果で決まっている。
 SPring-8では、電磁石据え付けにガーダーシステムを導入し、ガーダー内の電磁石の据え付けを精密に行い、次にガーダー間の据え付けを行うという2ステップアライメントにより据え付け誤差による磁場エラーを小さくなるようにした。さらに、軌道補正の際に局所的に軌道を大きく蹴らないよう工夫して補正を行った結果、水平運動と鉛直運動の結合比(x−y結合比)を極端に小さく抑えることができた。電子ビームサイズは放射光の量子効果によるエネルギー広がりで決まっており、分散を通してエネルギーと結合する水平方向のビーム広がりは避けられないが、x−y結合比を小さくして水平方向のビーム広がりの垂直方向への流れ込みを削減した結果、鉛直方向のビーム広がりを非常に小さくすることができた。こうして、高輝度を実現した結果として、ビーム寿命がx−y結合比(κ)に大変敏感なものとなっている。挿入光源のギャップ開閉に伴う僅かな結合比の変化にも呼応してビーム寿命は大きく伸縮するので、ビーム寿命を観ているとビームラインの利用状況が分かるほどである。シングルバンチ1mA蓄積時にx−y結合比を変えた時の寿命を図2に示す。マーカーは測定値、実線は計算値を表す。この図から、マシン調整時には0.05%程度の結合比を達成していると思われる。 
 
 
 
図2 シングルバンチ1mA蓄積時のx-y結合比(κ)の違いによるビーム寿命の変化 
 
 少数バンチ運転時のビーム寿命はマルチバンチ運転時に比べて、タウシェック効果によりかなり短くなってしまう。そのため、x−y結合比を大きくすることにより鉛直方向のビーム広がりを多少大きくしてビーム寿命を延ばす運転も試みられている。
 タウシェックビーム寿命は電子密度に反比例することから、バンチ当たりの電流値を下げた方が寿命を長くできる。このため、マルチバンチ運転ではできる限り多くのRFバケットに電子を蓄積した方が良いように思われるが、実際は全周の2/3のRFバケットにだけ入射している。これは、全てのRFバケットに電子を蓄積した時、何らかの不安定性が起こりビームが振動してバンチ体積が増加するなど、ビーム品質の低下が見受けられるからである。この不安定性の原因として考えられるものの1つに、電子ビームの作るポテンシャルに捕捉されたイオンによる不安定性(イオントラッピング)があり、電子ビームとイオンが束縛し合って振動を誘起していることが予想される。全てのRFバケットに電子を充填せずにリング一周の間に空隙を設けると、その間隙でイオンは束縛されずに失われイオントラッピングに依る不安定性は避けられる。フィリングパターン(空バケットの空隙の長さ)を変えて70mA蓄積し、ビーム寿命を測定した結果を図3に示す。マーカーは測定値を表し、左からフルフィル、11/12フィル、5/6フィル、2/3フィル、1/3フィルパターンに対応している。実線は不安定性が起こってないとして、ガス散乱とタウシェック効果によるビームロスから計算したビーム寿命を示す。実線が左に行くほど上昇しているのは、総蓄積電流値一定でフィリングを変えたため、バンチ当たりの電流値が下がってタウシェックビーム寿命が延びるからである。フルフィルでは、測定点は明らかに寿命の予想曲線から離れて長くなっている。総蓄積電流値は70mAで一定としていたのでガス散乱ビーム寿命は変わらないと考えられ、このビーム寿命の変化は不安定性によりバンチ体積が増加してタウシェックビーム寿命が延びたためと思われる。この分だけビーム品質が低下したことになるので、現状ではマルチバンチモードでは2/3フィリングでユーザーに高品質のビームを供給している。 
 
 
 
図3 マルチバンチ運転時のフィリングパターン(空バケットの間隙)の違いによるビーム寿命の変化 
 
加速器ビーム診断用BL38B2の現状
 平成10年1月にマシン収納部内に可視光取り出し用のミラーチェンバーが設置され、同年2月より可視光を利用するビーム診断が可能となった(図4)。ミラーチェンバーは、水冷無酸素銅のブロックにアルミ蒸着を施したミラーによって放射光を横向きに90度実験ホール側に曲げた後に、サファイア窓を通して可視光成分を大気中に取り出す構造となっている。放射光によるミラーの熱変形を避けるために、ミラーの手前には、熱負荷の大きい軌道平面の上下±0.5mradの範囲を遮る水冷マスクが設けられている。 
 
 
 
図4 BL38B2の現状 
 
 大気中に取り出された光は、数枚の平面鏡で構成される輸送系により、シールド壁貫通部付近の床に設けられた通線用セルダクトを通して実験ホールに導かれる。実験ホールには光学台と簡易暗室から成る光学モニター室が設置されている。光学モニター室には、バンチ長を測定するためのストリークカメラや、バンチ純度を測定するためのシステムなどが置かれている。
 バンチ長はRFバケットのポテンシャルの深さと真空チェンバーのインピーダンス等により決まる。ストリークカメラを用いた測定で、SPring-8蓄積リングの自然バンチ長は40psec(FWHM)程度であるという結果が得られている。
 バンチ純度測定は、検出器としてMCP付き光電子増倍管を用いた光子計数法により行っている。平成10年第7サイクルより、等間隔21バンチ等少数バンチのユーザータイム運転でのバンチ純度定点観測を開始した。定時入射の直前と直後にバンチ純度の測定を行っている。測定感度は、フィリングパターン(バンチ数など)によって異なるが、概ね主バンチに対して10−6 台の不純バンチが検出可能である。
 バンチ純度の測定感度を向上させるために、高速ポッケルスセルを用いた光シャッターのテストが進められている。主バンチに対しては光シャッターを閉じておき、不純度を測定したいバンチにタイミングを合わせて光シャッターを開けることにより、不純バンチの検出効率を上げる仕組みである[5]。平成10年12月のマシンスタディに於いて、光シャッターを応用した単バンチ運転時の純度測定を試験的に行い、計測時間500秒で10−9 台の不純バンチを検出することに初めて成功した[6]。今後、光シャッターの消光比の改善、シャッター開時間の拡大、開閉周波数の高速化などの改良を経て、ユーザータイム時の少数バンチ運転用純度モニターとしての実用化を行っていく。また、これと並行して少数バンチ運転時のバンチ純度を向上させるために、蓄積リング内に不純バンチのクリーニングを行う装置を設置することを計画している。
平成10年12月に、加速器収納部内にレンズ光学系とCCDカメラなどから構成されるビームプロファイルモニターが新たに設置され、ビームサイズ測定に向けた実験がスタートした。

BL38B2の今後の計画
 平成11年度の稼働開始を目標に、加速器ビーム診断用偏向電磁石ビームラインBL38B2の建設計画が進行している。加速器収納部内に設置する基幹チャンネルの設計が終了し、現在、基幹チャンネル用超高真空装置の製作が行われている。また、並行して、実験ホール側に設置するハッチや内部の真空装置等の設計を行っている。
 BL38B2は、他の通常の偏向電磁石ビームラインと比べて放射光の取り出し開口を大きく取っている点に特徴がある。これは、波長の短い紫外線、真空紫外、軟X線、硬X線だけでなく広がり角の大きい長波長の可視光までも含めた広いエネルギー範囲の光を最大限の効率で利用するためである。たとえば、基幹チャンネルの物理的開口は、幅4.6mrad×高さ6.0mradとなっている。基幹チャンネルの上流側の蓄積リング真空系については、既に蓄積リングの建設段階に於いて、クロッチアブソーバーの水平方向のスリット幅を通常のビームラインの倍の4.0mradに拡げる等がなされている。
 基幹チャンネルの全体組立図を図5に示す。基本的な機器の構成は、通常の偏向電磁石ビームラインとほぼ同様である。ビーム輸送系の配管の径を大きくしているのは、光の取り出し開口を大きく取るためである。各種の実験装置を設置するために、汎用のモニターチェンバーが用意されている。モニターチェンバーには、天板に2箇所、左右の側面に2箇所ずつ、合計6個の機器取り付け用のポートが設けられている。側面のポートのフランジはICFフランジであるが、天板のポートは機器の取り付け位置精度を出すためにヘリコフレックスシールを用いたフランジとなっている。モニターチェンバーの上流、下流には真空系を分割するためにゲートバルブを設けている。新たに開発したモニター等の試験をなるべく早く行うために、モニターチェンバー内の装置の交換と真空立ち上げを、サイクルの間の限られた期間内(通常4日間)で無理なく完了できるようにするためには、ベーキングを能率よく実施できることが必要である。このために、後付けでリボンヒータなどを使う必要がないように、ベーキング用シースヒータの取り付けを徹底するとともにシースヒータが取り付けできないベローズにはマントルヒータを取り付ける、鉛をはずさずにベーキングが可能なように鉛コリメータ矩形管に断熱材付きのヒータカバーを取り付ける等の工夫がなされている。2箇所の単管部分(単管253AおよびB)は、新たなモニターチェンバー等を将来設置するための拡張用スペースである。 
 
 
 
図5 加速器ビーム診断用ビームラインBL38B2 基幹チャンネル 
 
 実験ホール側には、光学ハッチと可視光実験室とを建設する計画である。光学ハッチ内に可視光取り出し用のミラーチェンバーを設置し、大気中に取り出した可視光をハッチ外の可視光実験室に導入する。可視光実験室では、バンチ長、バンチ純度、ビームサイズなどの測定を行う。光学ハッチ内では、X線ピンホールカメラを用いてエミッタンスを評価するためのビームサイズ測定などを計画している。また、ミラーチェンバーの下流に照射実験用チェンバーを設置する。ここでは、白色X線(真空紫外、軟X線、硬X線)を用いた加速器コンポーネントの開発研究が実施される予定である。具体的な項目としては、光アブソーバー等の耐熱素子の性能評価や真空チェンバー材料のガス放出特性の研究などが検討されている。  
 
 
参考文献
[1]熊谷教孝、SPring-8利用者情報、vol.2,No.3 MAY 1997,p.1
[2]熊谷教孝、SPring-8利用者情報、vol.3,No.1 JANUARY 1998,p.10
[3]熊谷教孝、SPring-8利用者情報、vol.3,No.5 SEPTEMBER 1998, p.1
[4]鈴木寛光、他、SPring-8利用者情報、vol.3,No.2 MARCH 1998,p.1
[5]K.Tamura and S.Takano,SPring-8 Annual Report 1994 pp128−129.
[6]田村和宏、他、マシンスタディー報告書98-052(1999)



高雄 勝 TAKAO  Masaru
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL: 0791-58-0860 FAX:0791-58-0850
e-mail:takao@spring8.or.jp


高野 史郎 TAKANO  Shiro
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
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大熊 春夫 OHKUMA  Haruo
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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