ページトップへ戻る

Volume 03, No.6 Pages 24 - 28

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)の立ち上げの現状(II)
Characterization of a 100~150 keV Monochromator for High Energy Synchrotron Radiation

山岡 人志 YAMAOKA Hitoshi[1]、平岡 望 HIRAOKA Nozomu[2]、伊藤 真義 ITOU Masayoshi[3] 、水牧 仁一朗 MIZUMAKI Masaichiro[3]

[1]理化学研究所 播磨研究所 RIKEN Harima Institute、[2]姫路工業大学 大学院理学研究科 Division of Biological Sciences, Graduate School of Science, Himeji Institute of Technology、[3](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 JASRI Research Sector

Download PDF (274.03 KB)

1.はじめに
 BL08Wでは、SPring-8共同利用開始直前の1997年9月にウイグラーからの放射光を分光して300 keV付近の光を実験ハッチに導くことに成功した。分光器の調整・評価実験の後、これまでこのSPring-8で最も高いエネルギーの光を使ったいくつかの利用実験が行われてきた[1][1]山岡人志、水牧仁一朗:SPring-8利用者情報 Vol. 3, No. 2, March (1998) 16-20.
 このビームラインでは、もう少し低いエネルギー領域、100〜150keVの光を使った高分解能コンプトン散乱の実験も予定されている。このため、上記の300keV分光器の立ち上げの後、100〜150keVの分光器の立ち上げを1998年5月〜6月に行った。


2.100keV〜150keV分光器[2, 3][2]H. Yamaoka, K. Ohtomo and T. Ishikawa:J. Synchro. Radiation 5 (1998) 687-689.
[3]H. Yamaoka, T. Mochizuki, Y. Sakurai and H. Kawata:J. Synchro. Radiation 5 (1998) 699-701.

 分光器の分光結晶部分の基本的なデザインは、KEK AR NE1で河田 洋氏らが開発した方法をほぼ踏襲、発展させている[4][4]H. Kawata, M. Sato, Y. Higashi and H. Yamaoka:J. Synchro. Radiation 5 (1998) 673-675.。図1に結晶とホルダーの概念図を示す。Si 400反射を利用している。厚さ約3 ㎜の結晶をIn−Gaを間にはさんで水冷した銅ホルダーに沿わせ、間接冷却する。結晶はホルダーに沿って曲げやすいように表と裏に溝が切られている。また、結晶は地面に対して水平におかれるので、回折したビームは約5度ほど垂直上方向にはねられる。結晶ホルダーはsagittal方向は約820㎜の固定した曲率半径をもつ。このシリンダー状の銅ホルダーの表面研磨は、KEKの東 保男氏のところにお願いし、ミラー表面のように鏡面研磨していただいた。これに結晶を張り合わせた後、ホルダーごとビーム軸方向に曲率半径約800〜1000m前後にベンドして2次元集光を行う。有限要素法による熱解析の結果によると、結晶が数度の温度差をもっても分解能に影響するような歪みが出てしまう。そこで、SPring-8では、少しでも熱伝達の効率を上げるために、結晶ホルダーの部分に幅約1㎜の矩形の冷却チャンネルを設けた。この冷却溝は、通常の丸い冷却チャンネルと違って単純にドリルで穴を開けるような加工法ではできない。そこで、平たい銅ブロックに冷却溝を掘った後、片側から接合(銀鑞付け)して塞ぐ方法が取られた。銅ホルダーは結晶とともにベンドされるので、この接合部分がはがれる不安があったが、予備的なテストを経て光を導入し、評価実験を終えた段階では幸い問題は生じてはいない。



図1 100〜150keV分光結晶とそのホルダー部分の概念図

 結晶のベンダーは、300keV分光器の場合と同様の方式を採用した。ベンダーの部分が熱的に膨張・収縮してもそれがブラッグ角の変化に影響を与えにくい構造となっている。
 分光器全体は、SPring-8標準分光器のように、装置の中身全体を大フランジの蓋で支え、そのまま水平にレールに沿って引き出せる構造としメインテナンスを容易にしている。
 放射線シールドの問題は、散乱X線の発生源である分光器の真空容器の外側全体を厚さ約20㎜の鉛の板で覆うことにより、ハッチの鉛の厚さを低減した。散乱X線による真空容器のヒートアップの問題も、300keV分光器と同様に、真空容器の内側全体に水冷された厚さ5㎜の銅板を張って対処した。
 分光器後の真空パイプは矩形縦長である。結晶の角度を振ってエネルギーを変えることによってビーム軸が振れても、115.5keV付近の光を中心にプラスマイナス20〜30keVの光が通るようにしてある。


3.100〜150keV分光器の特性評価実験
 300keV分光器の立ち上げの時には、最初、光を直接つかまえることができず苦労した。今回はその経験を生かし、様々な検出器を用意して万全を期した。しかし、放射光を結晶にあてた最初の段階で回折光が蛍光板で光ることがわかったので、300keVの場合と比べて実験が比較的楽になった。各検出器の感度特性をそれぞれの分光器からの光に対してまとめたものを表1に示す(但し、数値については目安の値である)。入射光のフラックスにも依存するであろうが、100keV程度までならほぼすべての検出法が使えることがわかった。これらの実験のとき、フォトダイオードの評価実験も行われ、100keV付近にも感度があることがわかった。イオンチェンバー、SSD測定結果と比較し、それぞれに対して良いリニアリティが得られている。但し、放射線損傷の問題はまだ不明であり今後の課題である。分光器の評価実験の結果は以下の通りであった。

表1 各検出器の入射光に対する特性(BL08Wでの評価結果から)

  100~150keVの光
(10 11 ~100 12 photons/s at Is~20mA)
300keV付近の光
(~10 9 photons/s at Is~20mA)
リナグラフ 約5分で感光 60分以上露光で変化なし
デマルキスト No No
蛍光板 OK No
ポラロイド57 Pb 3㎜の後で約5sec.で感光
Cu 5㎜の後で約3sec.で感光
数秒で感光
FUJI工業用X線フィルム
(25+50&25+50+80)
Pb 3㎜の後で
約60sec.で感光
約60sec.で感光
イオンチェンバー(空気)
(10~15㎝)
~100nA
(High Voltage=150V)
No
イオンチェンバー(kr) ~500nA? ?
Photo diode ~1μA(30V Bias) dark current(~5nA)と
同じレベルのシグナ
SSD(Ge) OK O



 フォトンフラックス:分光器から回折してきたビームをダイレクトにSSD(Ge)で測定した。但し、厚さ480㎜のアルミフィルターをSSDの前に置いた。このときフロントエンドのアルミメタルフィルターも一番厚く(45㎜)した。挿入光源(ID)の gap=30㎜, 蓄積電流Is=20mAのとき、スリット系がオープンならば〜1×10 12 photons/sオーダーのフラックスが実験ハッチBまできていることがわかった (SSDの効率80%を仮定)。分解能を上げるためにフロントエンド(FE)スリット系を最適化(1.5×18㎜2) すると、この値は〜2×10 11 photons/sになった。
 分解能:300keV分光器はSSDのスペクトル幅から分解能が見積もられたが、この分光器では、UO2のK吸収端測定からエネルギー幅が計算された。この酸化ウラン(密封線源)は、組成比は、U238:99.3%、U235:0.7%、U234:〜0%で、ほとんどU238と考えて良い。 図2に吸収端測定の結果とその微分曲線を示す。この微分曲線の幅からエネルギー幅dEが見積もられる。ウランのK吸収端(エネルギー、E=115.54keV)の自然幅は96.1eVと計算されている[5][5]M. O. Krause and J. H. Oliver:J. Phys. Chem. Ref. Data 8 (1979) , 329-338.。ウランのK吸収端の場合、L吸収端の場合のように吸収曲線の微細な構造は表れない。最適化された上記のスリット系のとき、dE=173eVと測定され、これから、モノクロメーターのエネルギー幅は、約144eVだと見積もられた。このとき、E=115.54 keVに対してdE/E=1.25×10−3となり、ほぼ設計値のdE/E≦1×10−3に近い値が得られた。




図2 各種の条件下での酸化ウランのK吸収端測定の例

 結晶のベンド:評価実験は間に1週間弱の期間を置いて、2回に分けて行われた。第2回目の実験のとき第1回目の実験結果が再現できなかった。経時変化が起きたのだと思われる。図3に集光した像のイメージを示す。X方向がsagittal方向、Yがビーム軸方向に対応する。sagittal方向に関して集光した像のイメージを結晶からの距離の関数として見た結果、集光ポイントが設計値の場所よりも下流側にずれているのがわかった。フォーカスされたビームのサイズは、結晶からの距離q=16.3mの実験ハッチ内の位置で、1〜2㎜×5〜6㎜となった。これらの結果から、まだ結晶がホルダーに完全に沿うような理想的な形では張られてないのがわかった。今後改良していくべき点のひとつである。



図3 実験ハッチ内で集光されたビームのプロファイル測定

 高調波成分:図4にSSDによる測定の結果(アルミフィルター521㎜の後)を示す。Si 400面反射の高調波、Si 800、Si 1200の反射が出ていることがわかった。 分解能を要求しないのなら2倍高調波(231keV)に対して現在でも〜10 10 photons/s程度のフラックスはある(SSDの効率10%を仮定)。Si 1200反射(347keV)では〜10 7 photons/s程度のフラックスがある(SSDの効率5%を仮定)。



図4 SSDによるSi 400面からの回折光の測定結果
厚さ521㎜のアルミフィルターをSSDの前に置きダイレクトに回折光を測定している。2倍高調波、3倍高調波が出ているのがわかる。

 実験ハッチ内での散乱X線:バックグラウンドとしては、分光器の結晶から真空パイプを通ってくる前方散乱が大きく、実験ハッチ内の真空パイプを出たすぐのところを鉛ブロックで覆わないといけなかった。また、空気によるコンプトン散乱も注意しないと無視できないバックグラウンドとなって検出器に入ってくることがわかった。空気以外にもスリットやサンプルホルダーなど、光がものにあたることによるコンプトン散乱が検出器の窓に入り込む。測定系の設計や設置の段階で、これらを注意して除くような工夫がこのビームラインでは必要であろう。


4.おわりに
 このビームラインの分光器は、結晶がひとつで2結晶分光器のような定位置出射型ではない。ウランのK吸収端測定では、分光器の角度をふるとビームが上下に動く。このためにスリット系、イオンチェンバー及びターゲット系を結晶の角度変動に連動させて動かさねばならなかった。平岡による「ユーザー便り(SG立ち上げ実験記)」の報告にもあるように、その調整に最後まで苦労させられた[6][6]平岡 望:SPring-8利用者情報 Vol. 3, No. 4, September (1998) 35-36.。このシステムは今後恒常的に実験ハッチ内に置かれ、分光器の性能チェックに使われる予定である。
 1999年1月以降、IDgapを20㎜にすることができる。これにより、放射光のパワーが計算値で約80Wから約600Wへ、結晶への実質的な熱入力が現在の約50Wから約350Wになり約7倍に増大する。この影響により結晶の状態は現在よりも大きく変化することが予想される。300keV分光器も含め、現在より大きなヒートロードがかかったときには再調整が必要であろう。
 100〜150keV分光器は分解能を優先すると現在でもビームを一部カットせざるを得ない。フラックスはその分下がることになる。IDgap=20㎜, Is=100 mA になれば現在よりも数10倍のフラックスが期待できる。分解能との兼ね合いでもあるが、さらにフラックスを上げるには、(a)結晶表面をpolishする、または結晶全体をアニールする[7][7]H. Yamaoka, S. Goto, Y. Kohmura, T. Uruga and M. Ito:Jpn. J. Appl. Phys. 36 (1997) 2792-2799.、(b)結晶のホルダーへのはり方を良くしてビーム全体を受けかつ分解能を保つようにする、などの方法が有効であろう。今後、実験ハッチBにはアナライザーや検出器が置かれ、高分解能コンプトン散乱等の実験がこのビームを使って行われる予定である。
 BL08Wは2台の分光器の基本的な立ち上げが終了し、今後、分光器を改良してその性能を上げていく段階となる。たゆまぬ努力を続けることにより、世界で最も高いエネルギーをもち、かつ最も高いフラックスの光を安定供給するビームラインとなるであろう。そうして、このビームラインが、放射光でこれまで利用の少なかった比較的高い100〜300keVオーダーの光を利用する核となる場所になることを祈っている。


謝辞
 この分光器の立ち上げ・評価実験には、立ち上げ協力グループとして姫工大理学部の坂井信彦、小泉昭久、角谷幸信、生子雅章の各氏に参加していただいた。また、 KEKの東 保男氏らには結晶ホルダーを研磨していただいた。結晶をビームラインに設置する前に、オフラインで結晶をホルダーに張り付け評価する作業では、KEKの河田 洋、佐藤昌史の各氏に協力していただいた。酸化ウランの準備及び分光器以外のビームライン建設全体に関してはJASRIの櫻井吉晴氏の寄与が大きい。これらの方々にここに感謝したい。



参考文献
[1]山岡人志、水牧仁一朗:SPring-8利用者情報 Vol. 3, No. 2, March (1998) 16-20.
[2]H. Yamaoka, K. Ohtomo and T. Ishikawa:J. Synchro. Radiation 5 (1998) 687-689.
[3]H. Yamaoka, T. Mochizuki, Y. Sakurai and H. Kawata:J. Synchro. Radiation 5 (1998) 699-701.
[4]H. Kawata, M. Sato, Y. Higashi and H. Yamaoka:J. Synchro. Radiation 5 (1998) 673-675.
[5]M. O. Krause and J. H. Oliver:J. Phys. Chem. Ref. Data 8 (1979) , 329-338.
[6]平岡 望:SPring-8利用者情報 Vol. 3, No. 4, September (1998) 35-36.
[7]H. Yamaoka, S. Goto, Y. Kohmura, T. Uruga and M. Ito:Jpn. J. Appl. Phys. 36 (1997) 2792-2799.



山岡 人志 YAMAOKA  Hitoshi
(Vol. 3, No. 2, P20)



平岡 望 HIRAOKA  Nozomu
昭和47年9月26日生
姫路工業大学大学院理学研究科、理研ジュニア-リサーチ-アソシエイト
〒678-1297
兵庫県赤穂郡上郡町金出地1475-2
TEL:07915-8-0101 ex.431
FAX:07915-8-0146
略歴:平成6年姫路工業大学理学部卒業、平成8年神戸大学自然科学研究科修士課程修了、同年姫路工業大学理学研究科博士課程進学、同時に理研ジュニア-リサーチ-アソシエイト。日本物理学会、日本放射光学会 会員。
最近の研究:コンプトン散乱を用いた物性研究。
趣味:スキーを少々。



伊藤 真義 ITOU  Masayoshi
昭和45年12月28日生
(財)高輝度光科学研究センター 実験部門
〒679-5198
兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0831 FAX:07915-8-0830
略歴:平成5年東京学芸大学教育学部卒業。平成7年東京学芸大学大学院教育学研究科修了。平成10年総合研究大学院大学数物科学研究科修了。博士(理学)。同年4月より高輝度光科学研究センター研究協力員。日本物理学会、日本放射光学会 会員。
最近の研究:コンプトン散乱における反跳電子同時測定法の開発と応用。
趣味:散歩、パズル。


水牧 仁一朗 MIZUMAKI  Masaichiro
(Vol. 3, No. 2, P20)




設置予定のアンジュレータの説明をうける藤家原子力委員会委員長代理(H.10.8.3)



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794