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Volume 02, No.3 Pages 1 - 3

1. ハイライト/HIGHLIGHT

蓄積リングの試験調整運転
Commissioning of SPring-8 Storage Ring

熊谷 教孝 KUMAGAI Noritaka

(財)高輝度光科学研究センター放射光研究所 加速器部門 Japan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI) Accelerator Division

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1.概要

 平成9年3月13日より、シンクロトロンから蓄積リング(SR)への電子ビームの取り出し調整が開始され、翌14日には蓄積リングで電子ビームの一周の周回軌道がビーム位置検出器によって確認された。その後、リングのオプティクスの調整等を経て3月25日にはrf捕獲に成功し、同日午後10時20分、ビーム電流50 µAで初めて蓄積を開始し、翌日午前8時30分にビームを廃棄するまで回り続けた。図-1は入射後6時間に渡るビーム電流と寿命の変化をプロットしたものである。50 µAのビーム電流は放射光がクロッチ、アブソーバ等、真空機器を最初に爆露した事による急激な真空度悪化によって決まった。翌26日にはBL02B1の偏向電磁石用ビームラインに放射光を通しスクリーンモニターで放射光を初めて観測した(写真-1)。その後、蓄積リングの各種パラメータの調整を行い、4月25日現在、ビーム電流19 mAで平均寿命4時間程で蓄積が可能となっている。この値は放射線申請書の定格値20 mAを実現するもので、今後は電子ビームのビーム寿命の改善に向けて放射光による真空チェンバー、特にクロッチ、アブソーバの焼きだし作業が主となる。また6月中旬に予定されている放射光発生装置の使用時検査に向けて蓄積リング、ビームライン等で各種の準備作業が進められることになる。

 ここでは、試験調整運転で得られた結果と今後の計画について簡単に報告する。

 

図-1 最初の電子ビームの蓄積後6時間のビーム電流とビーム寿命の時間変化

 

写真-1 放射光の初めての確認(BL02B1ラインに設けた蛍光板に照射)

 

 

2.試験調整運転の経過

 3月13日から4月25日までの試験調整運転の内容を時系列に並べたものを表-1に、4月25日現在のビーム性能を表-2に示す。

 

表-1 試験調整運転の内容

3月13日~19日 ・シンクロトロンから電子ビームの取り出し
・ビーム輸送系(SSBT)の調整
3月14日 ・蓄積リングで一周の周回軌道を確認
3月21日~25日 ・蓄積リングでビーム調整を開始
・入射エネルギー、COD、チューンの測定
・6極電磁石のON
・rf位相の調整
・rf周波数を測定したリング周長に合わせる
3月25日 ・ON axis入射でrf捕獲に成功
・50 µAで平均寿命~10時
3月26日~4月4日 ・蓄積リング棟内の放射線線量の測定
4月8日~4月25日 ・蓄積ビーム電流の増強に向け、入射軌道、rf周波数、チューン、
 COD等の基本パラメーターのFineチューニングを開始
・4月9日ビーム蓄積のためのOFF axis入射に成功
 4/10 ・・・・・・ 4.2 mA
 4/12 ・・・・・・ 7 mA
 4/17 ・・・・・・ 15.5 mA
 4/18 ・・・・・・ 19.6 mA

 

表-2 4月25日現在のビーム性能のまとめ

・シンクロトロンからの入射効率 〜90%
・水平、垂直方向のCODのrms値(両方とも) 〜0.3 mm
・水平方向のビームエミッタンス(スクレーパー方式で) 〜10 nmrad以下
VHVV(ベータトロンチューン) 51.22、16.30
・ビーム寿命 20 mAで4時間

 

3.電子ビームの性能

3-1.閉軌道のずれ(COD)

 蓄積リングの最初のCODの大きさは水平方向、垂直方向ともに±5 mm程度と非常に小さい。これは電磁石の据え付け・アライメントの測定データから計算したCODの大きさとほぼ一致する。この小さなCODのためステアリングによる軌道補正をすることなく6極電磁石をONし、かつrf捕獲による電子ビームの蓄積ができた。またこの小さなCODのため軌道補正に必要なステアリングの台数も少なく、おおよそ20台程度で水平、垂直ともに0.3 mm程度のrms値にCOD軌道を補正する事ができた。その結果を図-2に示す。図中で所々でスパイク状に上がっている点はビーム位置モニターの不調によるものである。

 

図-2 ステアリング電磁石を用いて補正された後のリング一周のCOD軌道、上が水平方向、下が垂直方向でrms値は共に〜0.3 mm程度

 

 また第三世代の低エミッタンスリングではモーメンタムコンパクション係数(α)が10-4と非常に小さいため、rfの周波数を周長に対応した周波数に数100 Hz以内で精度良く合わせないとビームは周回しない。

 SPring-8の蓄積リングでは、この周波数が周長の設計値(〜1436 m)に対応するrfの初期設定周波数508.58 MHzに対して、周長が設計値より1.8 mm長いアライメント結果に対応した周波数508.579343 MHzが中心周波数であった。これらの事から蓄積リングでの電磁石のアライメント精度が非常に高く、今後のビーム性能の改善がより易しくなったと言える。

 

3-2.ビーム入射効率

 OFF axis入射時での入射毎の電子ビーム入射効率をシンクロトロン側とSR側に設置してあるビーム電流検出器(DCCT)を用いて測定した。その結果、全てのビーム電流値で入射効率は80〜90%を示した。また入射されたビーム強度をビーム位置検出器の4個のボタン電極の電圧の和をターン毎に求めた結果が図-3で、20 m秒まで95%以上が生き残っている事が分かる。これらの結果から、シンクロトロンからのビーム入射時間の短縮(シンクロトロンから10 mA入射されれば20 mA蓄積するのに要する時間は約8秒程度となる)と入射時のビーム損失による実験ホール内への立ち入り制限(今後詳細な放射線線量の測定結果を持たなければならないが)はおそらく必要ないと思われる。

 

図-3 蓄積リングへ入射後約4000ターン(20 m秒)までのビーム生き残り率

 

3-3.ビーム強度、ビーム寿命と真空度

 蓄積リングの真空系は分布型のイオンポンプ(DIP)と分布型の非蒸発型ゲッターポンプ(NEG)で構成され、ビームのない状態で10-8パスカル程度を実現している。3月25日のrf捕獲以降、蓄積電子ビームによる放射光がクロッチ・アブソーバ表面に照射される状態となった。3月25日時点では50 µAでリング内の真空度は10-5パスカル程度に悪化したものが、その後の放射光による焼き出し効果(4月24日現在のビーム電流積分値0.6 Ahr)により約20 mAで4時間程に改善されている。図-4に19.6 mA蓄積後のビーム電流の時間変化を示す。今後20 mAで200時間程度の放射光による焼き出しで(積分値で4 Ahr程度)20 mA、10時間以上の寿命を実現できると見込んでいる。ちなみに4月24日現在では、5 mAで15時間程の寿命となっている。

 

図-4 19.6 mA蓄積時のビーム電流の時間変化、入射後の寿命は3〜4時間、10時間後で約12〜13時間

 

3-4.高周波加速システムとタイミング系

 蓄積リングには3ヶ所(B、C、D)のrfステーションに計24台の加速空胴が設置されている。試験調整運転当初、軌道パラメータが最適化されていない事もあり1ステーション当たり5 MV、計15 MVの加速電圧で運転されていたが、rf周波数やシンクロナス位相等、パラメータの最適化にともない当初設計の12 MV(オーバーボルテージ比〜1.10)で運転を行っている。この運転条件でビーム電流20 mAまで、ビーム寿命が短くなるような影響は全く見えていない。また、この時のクライストロンの高周波電力の出力は各ステーションともに400 KW程度で定格の1 MWに対してかなり余裕がある事から、当面挿入光源の設置に対しても電力的な問題は生じない。蓄積リングへのビーム入射に関しては、蓄積リングの2436のrfバケットの任意のバケットアドレスにビームを入射する事ができるようにタイミングシステムが作られている。現在は入射器から1 µsecの長さのビームが蓄積リングへ来ているため、入射先頭アドレスを決めビーム蓄積を行っている。この状態でビームモニターを見る限り、同じ位置にビームが積み上がっている事が確認された。また任意のバケットアドレスを指定して入射蓄積できる事も確認した。今後入射器からシングルバンチビームを打ち込み、同じアドレスに入射蓄積できる事を確認し、早い時期にマルチバンチユーザーとシングルバンチユーザーが共存できる、few bunch、20 mAの運転モードを目指す予定である。

 

 

4.今後の予定

 当面6月中旬の放射線発生装置使用時の検査に向け、蓄積リング真空系の放射光による焼き出しによるビーム寿命の改善とCOD、運動量分散関数、入射効率の詳細な調整を実施するとともに、放射光を用いたビームライン機器(当面、ID1本、偏向電磁石1本)の調整とこれら機器の焼き出し作業を行う。更に使用時検査後、10月の供用開始に向け電子ビームの軌道振動およびエミッタンスの測定、単バンチ運転およびトップアップ運転等のサーベイを実施する予定である。また、これらの作業と平行しての収納部周辺での漏洩放射線線量の測定を放射線遮蔽の観点から、より精密に行う予定である。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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