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Volume 01, No.5 Pages 17 - 21

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

ESRFでの真空封止ハイブリッドアンジュレータビームテスト
Beam Test of the In-Vacuum Hybrid Undulator at ESRF

原 徹 HARA Toru、ザビエル・マリ・マレシャル Xavier-Marie Maréchal

日本原子力研究所・理化学研究所 大型放射光施設計画推進共同チーム 利用系グループ JAERI-RIKEN SPring-8 Project Team Experimental Group

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はじめに

 SPring-8では、8 GeVという高ビームエネルギーを生かし、硬X線領域でのアンジュレータ基本波放射を実現するために、磁石列を真空チェンバー内に入れた真空封止アンジュレータが挿入光源の主役となる[1][1]"Insertion devices for third-generation light sources" H. Kitamura, Rev.Sci.Instrum, 66(2), 2007(1995).。しかし、真空封止アンジュレータでは、磁石や形状変換部など様々なコンポーネントが真空内にあり、また電子ビームが直接磁石表面近傍を通るため、通常の真空外アンジュレータとは違った問題点がでてくる。今回、SPring-8の調整試運転前に、 ESRFにおいて実際に電子ビームを使って、SPring-8で開発した真空封止アンジュレータのビームテストを行ったので以下に報告する。

 

 

1.SPring-8真空封止アンジュレータ

 SPring-8標準型真空封止アンジュレータは、長さ1.5 mのユニットを3つ並べた4.5 m長のピュア型アンジュレータであるが、今回はハイブリッド型アンジュレータの1ユニット(1.5 m)をESRFに送りテストした。ハイブリッド型のものも、磁石配列を除いて標準型と同じ構造をしている(図1)。主な真空封止ハイブリッドアンジュレータのパラメータを表1に、ESRFリング設置時の外観写真を図2に示す。

 

図1 真空封止ハイブリッドアンジュレータ

 

図2 真空封止ハイブリッドアンジュレータの外観

 

表1 真空封止ハイブリッドアンジュレータの仕様

全長 1.5 m(SPring-8標準型の1/3)
周期数 62
周期長 24 mm
磁石シート SUS 50 μm厚
形状変換部 BeCu(C1720)0.25 mm厚

 

 各磁石ピースは、ガス放出と表面の酸化を防ぐためにTiNを5 μmコーティングしている。また、電子ビームが磁石表面近傍を直接通るため、磁石列表面を50 μm厚のSUSシートで覆い、磁石列端と両隣の真空ダクト間はBeCu製形状変換部(トランジッション)で滑らかにつないで、ビームに対するインピーダンスを低減している[2][2]"SPring-8挿入光源開発状況" 原 徹他、SPring-8利用者情報 Vol.1、No.3、19(1996).。よく用いられているシムを用いた磁場調整は、磁石列表面に凹凸ができるため採用せず、小さなチップ磁石を磁石ピースの裏側に挿入して磁場を調整している。

 排気系は、1.5 mユニット当たり125 ℓ/sイオンポンプ(アネルバ製)2台と500 ℓ/s カートリッジ式NEGポンプ(サエスゲッター社製)4台で構成され、4.5 m長標準型真空封止アンジュレータのオフライン真空テストでは、最終到達真空度3.0 × 10-9 [Pa]を達成している[2][2]"SPring-8挿入光源開発状況" 原 徹他、SPring-8利用者情報 Vol.1、No.3、19(1996).

 

 

2.ビームテスト

 ビームテストは、96年7月から8月にかけて計3日間、合計16時間マシンタイムを使ってESRFで行った。

 今回のテストの第一の目的は、真空封止アンジュレータが電子ビームに与える影響や、実際に電子ビームを通した時のアンジュレータ各部の真空、温度上昇などを見ることである。ESRFにおいてアンジュレータを設置したビームラインに、モノクロメータ等がなかったこともあり、アンジュレータ放射光に関するスペクトル等の測定は行わなかった。

 アンジュレータは、ESRFのLowベータ直線部(ID23、βx=0.9 m、βy=3.5 m)に設置し、1/3filling (約330バンチ)、32バンチ、16バンチ、シングルバンチの各ビームモードでビームテストを行ったが、シングルバンチモードはテスト時にビームが安定しなかったため、主に1/3filling(最大平均ビーム電流140 mA)と16バンチモード(最大平均電流90 mA)で、ギャップ値を変化させてテストを行った。

 

 

3.テストの結果

COD、チューン

 ビームテストはまず、電流値17 mAでアンジュレータギャップ変化に伴うリングCOD(Closed Orbit Distortion)を測定した。その結果を図3に示す。 CODは、アンジュレータの残留1次磁場積分(ビームに対してアンジュレータ部でキックを与える)によって決まる。図3には、SPring-8でホールプローブを用いて測定した磁場(水平方向のみ)と、ESRFにおいてリング設置前にフリッピングコイルシステムで測定したアンジュレータ磁場の、各々の結果から計算したCODもともにのせている。両者を比較すると、磁場測定結果から予想されるCODと、実際にリングに組み込んだ時のCODはほぼ一致していることがわかる。ESRFでテストしたアンジュレータは、磁場調整の時間が充分取れなかったこともあり、ギャップ変化に伴う1次磁場積分が大きくなっているが(300〜400[gauss・cm])、SPring-8に入る挿入光源については100[gauss・cm]以下に調整されている。

 

図3 磁場測定からのCOD計算結果と実際の測定結果。縦軸はビームサイズで割ってある。(a)水平方向、(b)垂直方向。

 

 チューンの変化についても調べたが、最小ギャップ5 mmまで閉めても、チューンの変化は見られなかった。

 

ビームロス

 次に、1/3fillingモードでビーム電流を増やし(81 mA)、アンジュレータギャップを全開から最小5 mmまで閉じていくと、ギャップ7 mmで垂直方向のビームexcitationがスクリーンモニターで観測され、ビーム電流の一部が落ちた。最大ビーム電流(140 mA)でギャップを閉じていくと、ビームロスがおきるギャップ値は8 mm前後と大きくなった。また、ビームモードを1/3fillingから16バンチモード(90 mA)に変えると、ビームロスのおきるギャップ値は9 mm前後と更に大きくなった。このビームロスの様子を詳しく見ていると、以下のような特徴がある。

(1) 電流が大きいほど大きなギャップ値で落ちる。
(2) 1/3fillingよりも16バンチモードの方が大きなギャップ値で落ちる。
(3) ギャップを閉じてから、ビームが落ちるまでに数分のタイムラグがある。
(4) しばしば、スクリーンモニター上で垂直方向の excitationが見られる。
(5) ビームが落ちるタイムスケールは、数msec〜数十msecのオーダーで、一部ビームが落ちた後は安定にビームは回っている。ビーム電流が10 mA以下であればライフタイムの悪化なく最小ギャップ5 mmまで閉じることができる。

 ビームロスの原因については、ダスト粒子によるトラップ、ビームのコヒーレント振動なども当初予想されたが、全実験を終了後、アンジュレータをリングから取り外し真空槽を開いてみたところ、磁石列表面に張ったSUSシートが一部融けて穴が開き、磁極が見えているところがあった。このことから、resistive wallの効果でSUSシートの温度が上昇し、熱膨張によって波打って磁極表面から浮き、更に温度が上昇して最終的に融けてしまったと考えられる。いったん磁極表面からシートが浮いてしまうと、浮いた部分に発生した熱は薄いシートを伝って両端に逃げていくしかなく、磁石の方に熱は逃げない。このように、真空断熱に近い状態になってしまうと、シート温度が1000度以上に上がることが簡単な計算からもわかる。1000度温度が上昇すると、SUSシートの水平方向の熱膨張だけを考えても、シート幅約10 cm当たり約1 mmの伸びとなる。シート両端は治具で固定されているため、磁極から約3 mmシートが浮いてしまうことがわかる。これがビーム不安定性や、ビームに触れてビームロスの原因になっていたようである。

 このようなresistive wallによる発熱量(P)は、ピーク電流(Ipeak)とバンチ数(N)に対しPNI 2peakの関係にあることから、電流値や、ビームモードに対する実験の特徴と一致する。即ち、ビーム電流が大きい時、また16バンチモードの時の方が発熱が大きく、シートが浮きやすくなっていた。また数分のタイムラグは、SUSシートの温度上昇にかかる時間だと考えられる。Resistive wallの発熱量を、各ビームモードやシートの材質について計算したものを表2に示す[3][3]"Impedance of the NSLS prototype small-gap undulator vacuum chamber" K. Bane and S. Krinsky, BNL-48792 Informal Report(1993).

 

表2 磁石シートの発熱量
(ESRFは1.5 m長、SPring-8は4.5 m長のアンジュレータについて計算した)

ビームモード ビーム電流
[mA]
バンチ長
σt[ps]
シート材質 パワー
[W/m]
ESRF
ギャップ5 mm
1/3filling
(300バンチ)
140 15 SUS
Ni+Cu
28
4.4
ESRF
ギャップ5 mm
16バンチ 90 35 SUS
Ni+Cu
61
9.6
SPring-8
ギャップ8 mm
16バンチ 100 30 SUS
Ni+Cu
100
16

 

真空度

 リング組み込み前に、オフラインで真空テストを2回行ったときの最終到達真空度は3.0 × 10-8[Pa]であった。組み込み後、ビームを通した時の真空度は、ビームモードやビーム電流などの条件によって異なるがほぼ 10-6[Pa]台であった。ビームがアンジュレータ部で落ちると10-5[Pa]台まで悪化したが、リング真空としては特に問題なかった。ガスアナライザーで放出ガスを調べてみると、ビームが落ちるときにCOの放出が特に顕著であった。

 

温度上昇

 磁石列取付アルミビームの温度は、冷却水により常に30度前後で一定に保たれていたが、前に述べたようにSUSシート温度はかなり上昇していたと考えられる。形状変換部の温度も、ギャップを閉じると上昇し最高200度まで達した。

 

減磁

 リング組み込み前後において、アンジュレータ入り口付近の一点での磁場をホールプローブで測定して比較した。その結果、磁場変化は測定誤差の範囲内で、radiationによる減磁は見られなかった。但し、SUSシートが融けていた部分については減磁している可能性が高い。アンジュレータ全体の磁場再測定は、SPring-8にてアンジュレータ到着後の96年12月に行う予定である。

 

ライフタイム

 ビームロスがおきる前後を除いてはビームは安定に回っており、数mA程度のビーム電流では、最小ギャップ5 mmまで閉じてもライフタイムの顕著な悪化は見られなかった。

 

 

4.SPring-8挿入光源へのフィードバック

 今回のテストで一番大きな問題となったのは、SUSシートである。ビームに悪影響を及ぼし、最悪融けてしまったという結果を受けて、SPring-8に設置するアンジュレータの磁石列表面のシートはすべて、Cuメッキ(10 μm厚)のNiシート(50 μm厚)に変更する。表2にも示したように、Cuの電気抵抗は SUSに比べて約1/40で、表皮効果を考慮すると発熱量は約1/6に抑えられる。この時、Cuシートがビームから受けるパワースペクトルは図4のようになり、10 μm厚のCuは、厚さ無限大の銅を磁石列表面上に張った場合と比較して、トータルの発熱量の差は0.1%以下であり、Cuメッキの厚さ10 μmはビームに対して十分厚いといえる[3][3]"Impedance of the NSLS prototype small-gap undulator vacuum chamber" K. Bane and S. Krinsky, BNL-48792 Informal Report(1993).。またNiとCuの熱伝導率は、SUSの各々約6倍、約25倍と大きく、温度上昇は減少する。さらにNiは磁性をもっているため、磁石表面に密着しやすく、磁石を伝って逃げる熱量も大きくなる(Niシートがアンジュレータ磁場に与える影響は、測定の結果0.1%以下と小さくほぼ無視できる)。磁石列取付アルミビームの冷却チャンネルについても、現在の1本から2本に増やし、冷却能力を上げる。将来的にはシートを無くし、磁石ピースのTiNコーティングの上にCuをコーティングする等の手法も検討中である。

 

 

図4 磁石列シートの発生するパワースペクトル
(SPring-8のパラメータで、ギャップ8 mmで計算)

 

 実線はシート厚さ無限大、点線は10 μm厚Cuシートの場合。ωdは表皮厚さ10 μmとなる周波数。トータルの発熱量は、Pωを積分したものになる。

 形状変換部の温度上昇については、150度以上になるとBeCuの弾性がなくなることや、放出ガスによる真空悪化が考えられるため水冷を施すことにした。また、BeCu自身についても、熱と電気伝導率が約2倍の高熱電気伝導性BeCuに変え、発熱と温度上昇を抑えることにした。

 

 

5.まとめ

 今回のテストで、真空封止アンジュレータシステムの問題点を洗い出し、SPring-8の調整試運転前に改良の手だてを打つことができた。また、磁石列シートや形状変換部の問題点以外については、真空システムなどには特に問題ないことが確認された。小ビーム電流(10 mA以下)では、ギャップを5 mmまで閉じてもライフタイムなどに変化がみられなかったことから、磁石列シートの材質変更によって、ビームに対する影響も少なくできると思われる(SPring-8での最小ギャップは8 mm)。

 

 

 

[1]"Insertion devices for third-generation light sources" H. Kitamura, Rev.Sci.Instrum, 66(2), 2007(1995).

[2]"SPring-8挿入光源開発状況" 原 徹他、SPring-8利用者情報 Vol.1、No.3、19(1996).

[3]"Impedance of the NSLS prototype small-gap undulator vacuum chamber" K. Bane and S. Krinsky, BNL-48792 Informal Report(1993).

 

 

 

原  徹 HARA Toru

(Vol.1,No.3,P23)

 

 

Xavier-Marie MARÉCHAL

(ザビエル・マリ マレシャル)

昭和41年7月11日生(フランス)

略歴:平成1年〜4年:ESRFのInsertion Devices Group、平成4年博士(物理学) Joseph FOURIER大学(グルノーブル、フランス):control of the polarization of SR generated by IDs. 平成5年〜7年:SPring-8共同チーム(埼玉県和光市RIKEN)STAフェロー平成7年4月JASRI.

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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