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Volume 01, No.4 Pages 36 - 40

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

生体分析ビームライン(BL39XU)の概要
Outline of the Physicochemical Analysis Beamline(BL39XU)

伊藤 正久 ITO Masahisa[1]、早川 慎二郎 HAYAKAWA Shinjiro[2]、中井 泉 NAKAI Izumi[3]

[1]姫路工業大学理学部 Himeji Institute of Technology Faculty of Science、[2]東京大学工学部 The University of Tokyo Faculty of Engineering、[3]東京理科大学理学部 Science University of Tokyo Faculty of Science

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1.ビームラインの概要

 「生体分析」ビームラインは、磁気散乱・吸収 SG(代表圓山裕)、分析SG(代表合志陽一)、医学応用SG(代表宇山親雄)の3つのサブグループが参加しており、ビームライン建設は圓山裕が責任者、早川慎二郎が副責任者となって、共同チーム担当者の後藤俊治氏とともに現在すすめられている。

 本ビームラインの概要は以下の通りである。光源:アンデュレーター(140極、λu=3.2 cm);X線エネルギー:5ー70 keV(アンデュレーターの1、3、5次光を利用);モノクロメーター:Si double crystal;ミラー:平板;移相子:ダイヤモンド単結晶。

 ビームライン、実験ハッチ、磁気吸収・散乱用回折計および電磁石の概略を、それぞれ、図1-4に示す。先ず図1で、光源から36 m地点にSi(111)のdouble crystal monochromatorが設置されている。2つの結晶ともに水冷されており、特に第1結晶はピンポストクーリングが施される。44 m地点に置かれるミラーは平板型でmonochromatorの高次高調波の除去が主目的となる。図2で、実験ハッチのX線入射部に移相子が置かれている。これはSPring-8光学素子グループから提供されるもので、ダイヤモンド単結晶を透過型で用いるものである。ハッチ内の上流部には磁気吸収・散乱用の回折計を、下流部には分析SGの蛍光分析用スペクトロメーターが設置される。光源から試料位置までの距離は、前者では48 m、後者では50 mとなっている。図3の回折計はZステージ上に置かれ、Zステージを含めた回折計全体は光軸に垂直に敷かれたレール上を移動できるようになっている。蛍光X線分析スペクトロメーターを使用するときは、回折計全体を光軸から外すことになる。回折計の中心部には磁石(本来ならば超伝導磁石が欲しいところであるが、当初予算の都合上、電磁石でがまんせざるをえない状況である)が載る予定である。図3の右側部分(カウンターアーム上)が散乱X線の偏光解析用の分光結晶が載る4軸回折計である。現在想定している電磁石の概略を図4に示す。磁石全体が水平軸回りに回転できるようになっており、水平、垂直の両方向の磁場が利用できる。また、He循環型の冷凍機を備える予定である。

 

図1 生体分析ビームラインレイアウト(BL39XU、側面図)

 

図2 生体分析ビームライン・ハッチレイアウト(上面図)

 

図3 磁気吸収・散乱用回折計

 

図4 磁気吸収・散乱用電磁石

 

 

2.X線磁気吸収・散乱実験

 磁気散乱・吸収SGのねらいは、円偏光あるいは直線偏光のX線と磁性体との相互作用(吸収および干渉性散乱)を通して、spin-dependentな電子構造ならびに磁気構造等の磁性を理解する上での基本的性質を明らかにすることである。具体的には、2種類の実験に大別される。

(A)円偏光を用いたX線磁気吸収・散乱実験。

(B)直線偏光を用いた磁気散乱実験。

 これらの実験を可能にすべく、本ビームラインでは、硬X線領域の円偏光をつくるのに透過型移相子を用いており、また、試料からの散乱X線の偏光解析を行なえるシステムを備えている。これら2点が、本ビームラインの最大の特徴である。それぞれの実験について簡単にふれる。

 

(A)円偏光を用いたX線磁気吸収・散乱

 想定している実験は、(a) 円偏光を用いたX線磁気吸収〈具体的には、MCD(磁気円二色性)と磁気EXAFS〉、および、(b) 円偏光を用いたX線磁気回折(非共鳴型)。これらの実験では移相子により作られる円偏光X線を用いる。

 アンデュレーターからの強力な直線偏光X線を移相子に入力し、移相子への入射角度を変えることにより、任意の偏光度をもつ強力なX線を得ることができる。磁気吸収実験ではほぼ完全な円偏光のX線(円偏光度Pc=1)を、磁気回折実験では所望の(回折強度の磁気効果を最大にする)偏光度のX線を、それぞれ用いる。

 これらの実験は強磁性体を対象とする。試料透過X線(場合によっては蛍光X線)あるいは,回折X線強度のmagnetic effectを得るのに、従来は外部磁場の反転による磁化の反転をさせていた。本ビームラインでは、移相子による光のhelicity(右回り、あるいは、左回り)の変換によりmagnetic effectを得ることを目標とする。本方法により、極端条件〈強磁場、高圧、低(高)温〉下での実験が容易となるはずである。

 

(B)直線偏光を用いたX線磁気散乱

 強力な直線偏光のアンデュレーター光を用い、試料からの散乱X線(共鳴あるいは非共鳴)の偏光解析を行なう。偏光解析により、共鳴磁気散乱ではdipolar transitionとquadrupolar transitionを分けて検出することが可能となり、また、非共鳴磁気回折では磁気モーメントの軌道成分とスピン成分の分離が容易になることが期待できる。これらの実験では、強磁性体のみならず、フェリ磁性体、反強磁性体も対象となる。本ビームラインでは、この偏光解析用に、独立した4軸回折計を備える。

 

 

3.蛍光X線分析実験

 現在、分析SGでは実験ハッチ内に設置する集光光学系、架台、蛍光X線イメージングチャンバー、汎用斜入射チャンバーの設計、作成を進めている。分析SGのステーションは図5に示す通り、ハッチの後ろ半分を利用して設置される。現在の進行状況や期待される応用、成果を以下に紹介する。

 

図5 ハッチ内レイアウト(蛍光X線分析ステーション)

 

3.1 X線のマイクロビーム化

 X線のマイクロビーム化は第2世代の放射光を用いて様々な試みが行われた。Wolterミラー、Kirkpatrick-Baezミラーなどの全反射集光ミラーが作成され、硬X線のマイクロビームが既に実現している。高輝度光源を用いることで空間分解能、ビーム強度共に改善が期待されるが、ビーム径1ミクロン以下で1010個/s以上のフォトンフラックスを持ったエネルギー可変なマイクロビームの実現をめざしている。これまでにWolterミラー(回転放物面+回転双曲面)、K-Bミラーなどの設計を行っている。

 

3.2 超微量元素分析・イメージング

 現在作成中の蛍光X線イメージング装置はX線集光光学系と組み合わせて超微量元素分析、イメージングに利用される。PFなど第2世代の放射光施設の多くではSi(Li)検出器を用いて蛍光X線分析が行われており、SPring-8においてもこのようなエネルギー分散型の検出系は重要であると考えられる。しかしながら試料位置でのフォトン数はPFでの偏向磁石光源を用いた場合と比べて4桁以上向上すると考えられるため、エネルギー分散型の検出系では検出器の飽和が大きな問題になると予想される。高い計数率でエネルギー分散型のように多元素を同時に測定するため波長分散型蛍光X線検出系の設計に取り組んでいる(図6)。点に近い発光点からの蛍光X線を平板の結晶で分散させて位置敏感比例計数管(Position Sensitive Proportional Counter, PSPC)で検出する。この検出系はエネルギー分散型の検出系と比べて検出器の立体角の面では劣っているが、信号対バックグラウンド比(S/B)についてはエネルギー分解能の比だけ本質的には優れていると考えられる。PFでの実験結果との比較からSPring-8を用いることで100 ppb以下の微量元素が測定可能になると期待される。

 

図6 波長分散型蛍光X線イメージングチャンバー

 

 また、イメージングに関しては従来は不可能であった微量な元素の空間的な分布を測定できることに加えて、ビームラインに設置される移相子を用いることでX線偏光顕微鏡の実現をめざしている。λ/4板(-λ/4板)の利用による円偏光X線の利用や、λ/2板を用いた局所での線2色性測定などが実現する。

 

3.3 斜入射X線分析

 全反射蛍光X線分析による超微量分析はSPring-8の利用で最も成果が期待される分野の一つである。しかしながら、ハッチや検出器など周辺要素からの汚染による影響も大きいと予想されるため、クリーンハッチの建設などを将来の課題としてまず汎用斜入射チャンバーを設置する。このチャンバーを用いて表面・界面での微量元素分析および状態分析を行い、新しい分析手法の開発をめざす。

 

3.4 硬X線域におけるしきい蛍光X線分光

 軟X線域でのしきい蛍光X線分光はすでに多くのグループにより取り組まれているが硬X線域での蛍光X線測定においては強度的に困難があった。しかしながらSPring-8の利用によりその問題は解決されると考えられる。現在、分光系の検討を行っているが硬X線域のしきい分光は未開拓の分野であり、新規な現象が観測される期待が大きい。

 

 

4.医学応用実験

 医学応用SGの生体微量分析班の実験は、方法論的には分析SGと共通することから独自の実験ステーションを作らずに分析SGと協力して実験ステーションを建設している。

 

4.1 研究概要

 本グループの研究対象は生体内の微量元素である。これらの微量元素はタンパク質の構成成分として存在し、生命活動の維持に重要な役割を果たしている。一方、ガン等の疾病により生体内の微量元素レベルが変動する事が知られている。この微量元素の詳細な作用機序を理解していくためには、臓器や組織ごとの微量元素の2次元分布に加えて、分子生物学的な情報とも対応し得るさらに微小な領域として、細胞内の微量元素分布までを明らかにする必要がある。貴重な試料を破壊することなく、多元素同時分析が可能なSR-XRFで現行の分析条件よりも格段に高分解能・高感度な条件、一分析点あたり1 mm2〜0.1 μm2の分解能で、生体試料中の濃度が数十ppb〜数ppmレベルの元素分析を可能にすることをめざしている。

 

4.2 マイクロビームアナリシス

 ガン患者の摘出組織、金属精錬作業従事者、あるいは有害金属に暴露して中毒を起こした動物の組織について、微量元素の細胞レベルの分析を行うとともに、本分析法の非破壊性を利用して同一試料からの組織病理学検査や中毒や疾病の際にターゲットとなる蛋白・酵素の組織極在を検索し、これらの情報を総合して、微量元素の作用機序を検討する。また、XANESスペクトルを測定することにより、金属元素と蛋白などの生体分子との結合状態についても知見を得る。

 現在の第2世代の放射光X線を用いることにより、元素含有量が数十ppmである測定試料に対して、検出感度を確保するためには1点数十秒の測定時間を必要とし、ビームサイズも数μmまでしか集光できていない。SPring-8の高輝度のX線源を用いることにより、光源サイズを小さくすることができるので、サブミクロンサイズの集光X線を利用できるようになることから、細胞レベルでの元素分布の解明を可能にする。

 

4.3 全反射蛍光X線分析

 生体内には鉄、銅、亜鉛を始めとする多くの種類の微量元素が含まれており、分析法の進歩とともに種々の微量元素の必須性が明らかにされつつある。全反射蛍光X線分析法は、極微量の試料で極めて高感度な分析が可能であり、放射光は平行光であることから全反射蛍光X線分析の光源として理想的である。本研究ではアンジュレータからの超高輝度放射光をX線源として汎用斜入射チャンバーを用いることにより、生体内の微量元素の多元素同時定量法の開発をめざしている。本研究が実現すれば、必須微量元素の探索に加えて、極少量の試料で分析できることから、臨床医学的に重要な生検試料や動物実験で用いられるモルモットなどの小動物の組織などの分析が可能となり、微量元素とガンやアルツハイマー病などの疾病との関係、水銀、ニッケルなどの金属中毒学的研究に画期的な分析法となるであろう。なお、マイクロビームによる2次元分析と相補的に併用することにより、イメージングのデータの定量的解釈においても有用となる。

 

 

5.終わりに

 圓山は現在ESRFに滞在中*であり、また3人の著者らも最近間近にESRFを見学する機会を得た。フランス、ドイツ、イギリスを初めとするヨーロッパ各国の技術力の粋を集めてつくられた施設は、グルノーブルの美しい自然と調和して機能的で美しく、すでに効率よく運転されているのが印象的であった。欧州各地から世界的な研究者たちが集まり、第2世代の放射光によってつくられた記録が次々と塗り変えられて行くのを見ると、我々も一刻も早く競争に参加したいという思いを強くした。SPring-8の順調な建設を祈るばかりである。

 

脚注* このため本稿は生体分析ビームラインの責任者圓山にかわって伊藤、早川、中井が分担執筆した。

 

 

 

伊藤 正久 ITO Masahisa

昭和27年8月19日生

姫路工業大学 理学部 物質科学科

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地1479-1

TEL:07915-8-0145

FAX:07915-8-0146

E-mail: itom@sci.himeji-tech.ac.jp

略歴:昭和52年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了、昭和53年理化学研究所入所、平成4年姫路工業大学理学部助教授、この間英国ワーウィック大学へ留学、工学博士。日本物理学会、日本結晶学会、日本放射光学会会員。最近の研究:白色X線磁気回折による強磁性体の軌道およびスピン磁気形状因子の研究。趣味:テニス・・・の後のビール。

 

 

早川 慎二郎 HAYAKAWA Shinjiro

昭和39年3月23日生

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻

〒113 東京都文京区本郷7-3-1

TEL:03-3812-2111 ext.7234

FAX:03-5802-3373

E-mail: thaya@hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp

略歴:平成3年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士、同年東京大学工学部(現大学院工学系研究科)助手、日本化学会会員、日本分析化学会会員、応用物理学会会員。最近の研究:放射光蛍光X線分析による微量元素の状態分析。趣味:友人とお酒を飲むことぐらいでしょうか?

 

 

中井 泉 NAKAI Izumi

昭和28年2月16日生

東京理科大学理学部応用化学科

〒162 東京都新宿区神楽坂1-3

TEL:03-3260-3662

FAX:03-3235-2214

E-mail: inakai@ch.kagu.sut.ac.jp

略歴:昭和55年筑波大学化学研究科博士課程修了、筑波大学助手、講師を経て平成6年より東京理科大学助教授、理学博士。日本分析化学会、鉱物学会、結晶学会、化学会、放射光学会、文化財科学会、米国鉱物学会、電気化学会会員。最近の研究:放射光X線分析、リチウム2次電池材料の開発と解析、考古化学。趣味:泳ぐこと、料理、ワインを楽しむこと。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794