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Volume 01, No.3 Pages 41 - 44

5. 談話室/OPEN HOUSE

EPAC96

中村 剛

日本原子力研究所・理化学研究所 大型放射光施設計画推進共同チーム 研究開発グループ

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 EPAC96(第5回European Particle Accelerator Conference)が、6月10日から14日までの1週間、スペイン、バルセロナ近郊の地中海沿岸の町Sitges(シッチェス)において開催された。EPACはヨーロッパの加速器会議であるが、アメリカの加速器会議であるPAC(Particle Accelerator Conference)と1年おきに交互に開催されているため、ヨーロッパに限らず世界中から研究成果が発表されている。以下では、主に電子加速器に関する発表について報告する。

 

 

1.放射光リング

1.1 ESRF

 当初目標の100倍のbrillianceが、電子ビームのカップリング補正、アンジュレータの磁場補正、そして蓄積電流の増強により達成された。蓄積電流については当初目標の2倍の200 mAでのユーザー用の運転が可能となっているが、クライストロンや空洞カップラーのパワー負荷を下げることによる安定した運転および加速電圧振幅増強によるシングルバンチや少数バンチ運転時でのより長い寿命をめざして、新たに1.3 MWの第三RFステーションとそれにつながる2つの5セル空洞を建設中である。また、少数バンチ運転での蓄積電流はベローズでのビームによる発熱が制限しているが、ベローズテスト用のセクションをリングに用意し、APSやB-FactoryであるLEPIIのベローズのテストを行っている。local feedback(0.003-100 Hz, 2 RFBPMs(1 μm resolution@1 kHz))のビームによるテストでは、ビームの振動をほぼ半分、垂直方向で1.5 μm、水平方向で3 μmに減らせた。

 また、次世代となる第四世代の放射光源の実現方法の一つとして、より大きなサイズのリングを比較的低いエネルギーで運転することにより良質の電子ビームを得るという方法がある。そのための実験として、ESRFのリングの運転エネルギーを6 GeVから 1 GeVまで下げてエミッタンスやエネルギー広がりを小さくしようとした場合のビーム挙動についての実験が行われている。だが、エネルギーを下げた場合、理由は不明だが小さな蓄積電流しか得られていないとのことであった。計算では、このような大型で低エネルギーのリングでは、バンチ内部での電子同士の散乱によるエミッタンス、エネルギー広がりの増大が問題となるとのことであった。一般に、このようなリングでは、放射減衰時間が長くなり、小さなビーム不安定性でもビームの蓄積電流値、品質に影響してくるので、それについての検討も重要と思われる。

 また、短バンチが今後、必要とされるということで、それをめざした研究を始めようとしているが、ここでもピーク電流が大きくなるのでリングのインピーダンス特性やビーム不安定性の詳細な解析が必要となるのだが、インピーダンスや不安定性についての研究はいずれの場合もESRFではまだ始まったばかりのようであった。

 

1.2 第三世代VUV-軟X線放射光源

 すでに稼働を開始しているイタリアのElettra(2 GeV)、韓国のPohan Light Source(PLS、2 GeV)、台湾のTaiwan Light Source(TLS、1.5 GeV)から、加速器構成機器、挿入光源とそのビームへの影響、ビームオプティクスの観測と補正、バンチ結合不安定性の観測とその手当などについて、一般に加速器の運転の初期におこなわれるべき研究について、多くの発表がなされており、運転は順調のようであった。

 ところで、PLSやTLSでは、彼らの加速器を用いていろいろな加速器研究を行おうという意欲がかなりあるように感じられた。たとえば、空洞によるバンチ結合不安定性に対しては、空洞の温度コントロールと複数のチューナを用いて不安定性共鳴から空洞をはずして運転するという手法が一般に用いられているが、PLSやTLSでは、彼らのリングにもこの手法は適用可能であるところを、あえてバンチの振動をバンチ個々に観測し、別々に処理して別々に減衰させるというbunch-by-bunchフィードバックによる安定化を実用化しようとしている。実際、両者ともすでにベータトロン振動については試作機や実機が稼働しており、シンクロトロン振動についてはここ1年程度で実機を製作する予定とのことであった。また、特にTLSからは、蓄積電流値を一様に保つために電流値の減衰とともにすぐさま入射を行うトッピングアップ運転のテスト、レーザーコンプトン散乱による電子エネルギーの絶対値の測定、フォトダイオードの飽和特性をもちいたビーム面積モニタ、100Hzでのグローバルフィードバック、DSP+refrective memory高速ネットワーク+中央プロセッサを用いた、クロストークや漏れなどを押さえたlocalフィードバックシステムなどの発表があり、手広い研究を行っていると感じられた。

 

1.3 ヨーロッパにおける放射光将来計画

 第三世代のVUV-軟X線領域の装置についていくつか検討されている。予算がつきそうな、SOLEIL(仏、エネルギー2.15 GeV、エミッタンス2.7 nm、Double Bend)、Swiss Light Source(スイス、2.1 GeV、3.2 nm、7 BA)、DIAMOND(英、2.3 GeV、14 nm、DBA、2 × 20 m長直線部)、ANKA(独、2.5 GeV、45 nm、DBA、2.5世代、産業用〈X線微細加工用〉、安価!)をはじめ、LSB(スペイン、2.5 GeV、10 nm、TBA)、ISI-800(ウクライナ、0.8-1 GeV、27 nm、TBA)などの計画での、加速器パラメータや機器の検討について発表がなされていた。

 また、電子加速器ではないが、放射光と同様に物性研究に用いられる装置として、MW級のrapid cycling陽子加速器を用いた大強度スポレーション中性子源の計画がISIS(英)、Argonne研(米)、Oak Ridge研(米)などから発表されていた。ArgonneではAPSのマシングループが設計を行っている。

 

 

2.自由電子レーザー

 波長可変、高出力、短波長などの特色をもつ自由電子レーザー(FEL, Free Electron Laser)であるが、これについては、別にFELだけの国際会議があるので、主にそちらで発表されている。しかし、この会議でも蓄積リングFELと線形加速器FELについてreviewする講演がそれぞれについて行われ、また、特に加速器に関連するものについてはいくつか発表があった。

 

2.1 赤外〜可視〜近紫外光の領域

 このような波長領域では反射率の高いミラーが存在するので、そのようなミラーにより光共振器を作って光を何度も往復させて増幅することにより、高い干渉性をもつレーザーを安定して発生する方法が用いられている。この領域での運転中のFELとして、super-ACO(仏)での蓄積リングFELの発表があり、蓄積リングFELの特に時間構造について研究し、その成果を用いて従来のレーザーにくらべて干渉性の高い光を安定してユーザーに供給しているとのことであった。これは、フランスの次の放射光施設である、SOLEILに引き継がれ、より高出力、短波長での発振がめざされていくようである。

 線形加速器を用いたFELでは、放射光関連の研究所が行っているプロジェクトとして、Elettraの入射器を用いたFERMIとよばれる(遠)赤外FEL(電子エネルギー数十MeV)のための線形加速器の運転方法についての発表があり、また、reviewではAPSの、RFグループにおいて検討されている、60 GHzと非常に高い高周波をもちいたコンパクトな超伝導線形加速器と、波長数mmのマイクロアンジュレータとによる、低いエネルギーのビームでの可視光FEL(波長300 nm、エネルギー50 MeV)が、紹介されていた。加速管、アンジュレータとも、LIGAを用いて精密に製作できるとのことであった。

 

2.2 紫外〜X線の領域

 このような短波長の場合、高い反射率を持つミラーが存在しないので、光共振器を作ることができない。そこで、kA級の非常に高いピーク電流かつ低エミッタンス、低エネルギー広がりをもつ電子バンチを作り、それがアンジュレータを1回の通過する間に、放射光の発生からその光の数桁もの増幅をおこなうという、自己増幅自発放出光(Self - Amplified Spontaneous Emission, SASE)と呼ばれている手法が検討されており、これが実現すれば第四世代の光源となると言われている。

 この領域の計画については、SLAC(米)の線形加速器を用いたLCLS(Linac Coherent Light Source、波長0.15 nm、電子エネルギー15 GeV、平均Brightness 9 × 1023)や、linear collider用の超伝導線形加速器TESLA(独、DESY)のテストスタンドでのFEL(波長44 nm、電子エネルギー380 MeV)が発表されていた。TESLA FELのドライバであるTESLAテストスタンドは、97年には0.5 GeVまでのセクションが完成し、’98年には、そこにアンジュレータをインストール、そして2000年には、1.0 GeVまでのセクションを完成させるとのことであった。

 SASEに要求される高電荷高品質のバンチを得るためには、レーザー照射により自由にバンチの時間構造を変えられるフォトカソードと発生した光電子を高周波電磁場の持つ強力な電場ですぐさま加速し、低エネルギーで問題となる空間電荷効果によるエミッタンスやエネルギーの広がりを押さえるためのRF空洞とからなる、フォトカソードRFガンが不可欠であるが、これについて、フォトカソードの製作、レーザーによる短パルスフォトエレクトロンの発生、RF電磁場の最適化、テスト機の製作と実験結果など種々の発表が各研究所から行われていた。また、発表は無かったが、APSからの参加者によれば、APSでは入射器の線型加速器をもちいたSASEも検討してるとのことであった。なお、SPring-8においても入射用の線型加速器によるSASE FELが検討されている。

 

 

3.素粒子実験用電子加速器

 現在、素粒子実験用のリング形電子加速器として、KEKB(KEK)、PEP-II(SLAC)等のB-FactoryやDAΦNE(Frascati)のΦ-Factoryのような、エネルギーはB-Factoryでは数GeV、Φ-Factoryでは数百MeVと低いが、数Aという大電流を蓄積しなければならない蓄積リングが建設中である。このような低エネルギー、大電流リングでは、高周波加速空洞の高次モードや基本モードによる電子ビームのバンチ結合不安定性およびビームによるベローズなどの真空機器の発熱が問題となる。従来から、バンチ結合不安定性に対しては、その源となる空洞の高次モードのエネルギーを導波管を用いて取り出して減衰させるdamped空洞、そしてdamped空洞だけでは押さえきれないバンチ結合不安定性をさらに押さえ込むためのbunch-by-bunchフィードバックが開発されてきたが、これらについて今回の会議では、damped空洞では以上に挙げた各施設からそれぞれ実機となる高パワーモデルでの試験結果、bunch-by-bunchフィードバックではPEP-IIとDAΦNEの共同研究によるAdvanced Light Source(ALS、米)でのテスト結果など、いよいよ本番に近いテストの発表があった。ALSでのフィードバックのテストでは、500 MHzでやってくるバンチを縦方向ではビーム長の数%、横方向(垂直)ではビームサイズの1/5まで振動を押さえ込んだとのことであった。これはSPring-8にも十分適用できる性能である。

 ビームによる発熱については、ベローズなどの凹みに発生し、それをビームが励起すると発熱につながるトラップされたモードの存在と、その特性について、ベローズの高周波特性の測定やALSでのビームを用いた実験について発表されていた。

 また、その次の世代の素粒子実験用電子加速器として、従来のリングをもちいた衝突器ではなく線形加速器をもちいた線形衝突器(linear collider)が、JLC(KEK、日)、NLC(SLAC、米)、TESLA(DESY、独)、CLIC(CERN)として計画されている。JLC、NLC、CLICでは室温加速管、TESLAでは、超伝導空洞をもちいている。linear colliderでは、高電荷+短パルス+低エミッタンスのバンチの生成、そのようなバンチの列の安定した加速、そして高加速勾配=ハイパワーRF源を実現する必要がある。高電荷高品質のバンチを得るためのフォトカソードRFガン、バンチ列のビームローディングによるバンチ間のエネルギー広がりを補正するための、周波数を互いにずらした加速管によるバンチ毎に加速電圧を変えることのできるシステム、またバンチが発生する横方向ウェーク場による後続バンチの振動の励起を押さえるdamped Acceleration Structure、バンチ長をmm以下に圧縮するためのバンチ圧縮システム、SLED IIや高周波スイッチ等を用いた種々のRFパワー圧縮装置などについて、すでに完成または製作中のテスト機に関しての発表があった。JLC、NLC、TESLAは、それぞれ、この1-2年にテスト用の施設を完成させ、いままで開発してきたこれらの機器の実験を行うことになっている。

 

 

4.電子ビーム蓄積で問題となりそうな話題

 HERA(DESY、独)の電子リングではダストtrappingによるビーム寿命の劣化が深刻な問題となっている。HERAにおけるこの現象は、分布イオンポンプに吸着されているダストが放射光により電子をたたき出され帯電し、そのダストがイオンポンプに印加した電圧により加速されてスロットからビームパイプ内に飛び出して電子ビームに捕獲され、電子ビームが散乱されるという現象である。この現象を解析するため、ダイオードを用いたビームロスモニタがリングの全周にわたって設置され、ダストの捕獲や移動などが観測された。対策として、分布イオンポンプのNEGへの置き換えを行うとのことであった。

 ESRFでは、挿入光源用の真空槽において、ビームのすぐ横に壁なしで置かれた分布排気用のNEGからのダストの発生およびそのダストのビーム軌道の通過による寿命の劣化が観測されていた。これに対し、950℃でベーキングしたステンレス槽を用い、ステンレスの表面自体をガスの吸着体する事により、NEGなどの分布排気系のない挿入光源用の真空槽を実現し、置き換えを行っている。

 さて、SPring-8の加速器も来年には稼働を開始するので、’98年に開かれる次のEPACや’99年のPACでは、SPring-8からの発表が数多くなされるにちがいない。

 

 

 

中村 剛 NAKAMURA Takeshi

昭和34年7月27日生

理化学研究所、プラズマ物理研究室・大型放射光施設計画推進本部兼務

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町SPring-8

TEL.(07915)8-0851

FAX.(07915)8-0850

e-mail:nakamura@spring8.or.jp

昭和57年京都大学理学部卒業、昭和60年同理学研究科中退、通産省工業技術院電子技術総合研究所入所、平成元年より理化学研究所。最近の研究:ビームと電磁場の相互作用、特にビーム不安定性、自由電子レーザー。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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