SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

膜結合型一酸化窒素還元酵素の基質類似体結合型の核共鳴非弾性散乱分光による測定
Measurement of Substrate Analogue-bound Form of Membrane-integrated Nitric Oxide Reductase by Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.6.2.174
2012B1555 / BL09XU

當舎 武彦a、依田 芳卓b

Takehiko Toshaa and Yoshitaka Yodab

a理化学研究所 SPring-8、b(公財)高輝度光科学研究センター

aRIKEN, SPring-8 Center, bJASRI

Abstract

 膜結合型一酸化窒素還元酵素(NOR)は、ヘム鉄と非ヘム鉄からなる複核活性中心をもっており、2分子の一酸化窒素(NO)を2当量の電子とプロトンを利用して、亜酸化窒素(N2O)へと還元する反応を触媒する。本研究では、NORの活性部位構造の詳細を調べるために、核共鳴非弾性散乱(NRVS)に着目した。活性部位に基質の類似体であるシアン化物イオンを結合させた試料の測定を行い、鉄とシアン化物イオン間の振動モードの帰属を試みた。


Keywords: 核共鳴非弾性散乱、金属タンパク質、ヘム鉄、非ヘム鉄


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背景と研究目的:

 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)などの病原菌は、宿主に感染した際に、バイオフィルムと呼ばれる保護膜を形成し、その内部で生育する。バイオフィルム内部は、酸素濃度が非常に低いため、これらの病原菌は、嫌気呼吸の一種である脱窒によりいきるためのエネルギーを得ている。脱窒は、硝酸を段階的に還元し、窒素分子を生成する反応である。この過程では、中間生成物として、細胞毒であるNOが生成する。緑膿菌は、NO を迅速に無毒化するために、膜結合型一酸化窒素還元酵素(NOR)を利用している。

 NOR は、ヘム鉄と非ヘム鉄から構成される複核活性中心において、2当量の電子とプロトンを利用することで2分子のNO から亜酸化窒素(N2O)と水分子を生成する(2NO + 2e- + 2H+ → N2O + H2O)。この反応には、NO の鉄への配位、鉄から NO への電子供与、NO へのプロトン供与、N-N 結合の形成および N-O 結合の開裂といった興味深いケミストリーが含まれており、それらが巧妙に共役することで NO 還元が行われる。そのため、その分子機構には、多くの研究者が興味をもっている[1]。我々は、これまでにX線結晶構造解析を中心に、NOR の反応機構の解明を目指した研究に取り組んでき、その活性部位の構造を明らかにしてきた(図1) [2,3]。しかし、X線結晶構造解析からは、NORの活性中心金属の電子状態に関する情報を得ることは難しく、詳細な反応機構の理解にはいたっていない。


図1. 基質類似体である CN- が結合した NOR の活性部位の構造[2,3]。2つの CN- がそれぞれヘム鉄と非ヘム鉄に配位している。

 

 我々は、NOR の触媒反応機構に関する研究を進めるために、活性部位の鉄原子の電子状態や配位構造を検討することが可能な核共鳴非弾性散乱測定(Nuclear Resonance Vibrational Spectroscopy: NRVS)[4]に注目し、NRVS測定のための NOR の調製法を検討してきた[5,6]。NRVS は、57Fe のようなメスバウアー活性な核種を含む試料を高濃度(1 mM 以上)で調製する必要があるので、その手法を確立した。これまでに、基質結合型のモデルとして基質アナログであるシアン化物イオン(CN-)結合型の NRVS 測定を行い、鉄と CN- 間の振動モードと思われるシグナルを検出している。本研究では、CN- 結合型 NOR の活性部位の構造をより詳しく検討するために、CN- の同位体を利用し、鉄と CN- 間の振動モードの帰属を試みた。

 

実験:

 57Fe を含む合成培地で生育させた緑膿菌から NOR を精製することで、NOR の活性部位に存在する鉄が 57Fe に置換されたものを調製した。試料の精製は、既報に従った[2,3]。精製した試料は、紫外可視吸収測定から、活性部位にヘムが取り込まれていることを確認した。調製した試料の NO 還元活性を調べ、活性のある酵素が精製できていることを確認した。精製標品は、50 mM HEPES buffer pH 7.0、0.05% (w/v) ドデシルマルトシド(DDM)に溶解させた。NRVSスペクトルの測定には、タンパク質としては高濃度(1 mM以上)の試料を必要とするので、精製試料を遠心濃縮により限界まで濃縮したものを準備した。

 還元 CN- 結合型試料の調製は、既報に従った[6]。酸化型の試料をゴム栓のできるバイアル瓶に入れた後、真空ポンプにより窒素雰囲気にした。ジチオナイトの粉を別のバイアル瓶に入れて、こちらも真空ポンプにより窒素雰囲気にした。ガスタイトシリンジを用いて窒素雰囲気にした NOR 試料をとり、ジチオナイトの粉が含まれたバイアル瓶に移した。試料が還元されたことを示す茶色から赤色への変化を確認した。還元型の試料にガスタイトシリンジを用いて KCN 溶液を終濃度が 10 mM 以上になるように加えた。K13CN および KC15N を用いて、還元 CN- 結合型の試料を調製した。

 それぞれの試料は、ガスタイトシリンジにより NRVS 測定用のセルに導入し、素早く液体窒素で凍結した。凍結した試料は、BL09XUにて、クライオスタット中のセルホルダーに設置した。NRVS 測定は、BL09XUにおいてタンパク質の NRVS 測定を行う際の標準的な装置配置で行った。Si975-Si975の高分解能モノクロメータによって 0.8 meV に分光したX線をクライオスタット中において液体 He 温度に保った凍結試料に照射し、APD検出器で核の準位を経た時間遅れの成分だけをカウントした。入射X線のエネルギーを -20 ~ 80 meV の範囲で走査し、NRVS スペクトルを測定した。100回程度の積算を行い、NRVS スペクトルを得た。本測定条件では、一回のエネルギー走査に約45分の時間がかかり、一つのNRVSスペクトルを得るには、2 ~ 3日程度の測定時間を要した。

 

結果および考察:

 図2に CN- 同位体を用いた際の還元 CN- 結合型 NOR および比較のために、これまでの測定で得ている還元 CN- 結合型 NOR[6]の NRVS スペクトルを示す。これまでの振動分光法を用いた研究から、20 ~ 50 meV のエネルギー領域に観測されているシグナルは、鉄とヒスチジンやポルフィリン環ピロール由来の窒素原子間の振動モードに由来すると推定される。同位体非置換の CN- を用いた場合に観測される 65 meV あたりのシグナルは、鉄と CN- 間の結合(Fe-CN)に関する振動モードであると考えられる[6]。


図2. 還元 CN- 結合型 NOR の NRVS スペクトル。同位体非置換の CN-13C および 15N の同位体 CN- を用いた場合のスペクトルを示している。各エネルギーでの平均値に加えて、5 meV ごとに S/N 比を示すための標準偏差を示している。同位体非置換の CN- を用いた場合と比較して、同位体 CN- を用いた場合の S/N 比が低くなっている。測定は、BL09XUで行った。

 

今後の課題:

 本研究では、これまでに測定した還元 CN- 結合型の試料でみられたシグナルの帰属を行うために 13C および 15N の同位体 CN- を用いて NRVS 測定を行った。しかし、同位体を用いて測定した NRVS スペクトルの S/N 比が低く、シグナルの帰属までにはいたらなかった。Fe-CN 伸縮振動や FeCN 変角振動の振動数を決定することができれば、構造情報と合わせた理論計算により、FeCN 部分の電子状態を議論することが可能となる。このような情報は、NOR 活性部位の鉄に NO が結合した際の分子構造ならびに電子状態に関する知見を与えるものであり、NOR による NO 還元反応の分子機構の解明につながることが推察できる。

 今回の実験では、実験当時に構造解析が完了していたシアン結合型をターゲットとしたが、試料調製の難しさもあり、議論可能なデータを得ることができなかった。今後は、ガス状の基質類似体である一酸化炭素(CO)を用いることで、試料の濃度低下などを引き起こすことなく、NRVS 測定ができ、鉄-CO伸縮振動のデータに基づいた構造に関する議論が進むものと期待できる。

 

参考文献:

[1] P. Moënne-Loccoz, Nat. Prod. Rep., 24, 610 (2007).

[2] T. Hino et al., Science, 330, 1666 (2010).

[3] N. Sato et al., Proteins, 82, 1258 (2014).

[4] R. W. Scheidt, J. Inorg. Biochem. 99, 60 (2005).

[5] T. Tosha et al., SPring-8/SACLA利用研究成果集6, 153 (2018).

[6] T. Tosha and Y. Yoda, SPring-8/SACLA利用研究成果集6, 159 (2018).

[7] J. Al-Mustafa et al., J. Biol. Chem. 270, 10449 (1995).



ⒸJASRI

 

(Received: March 30, 2018; Early edition: June 22, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)