SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

カイラルな結晶構造を有するCsCuCl3の二次元光電子分光
Two-dimensional Photoelectron Spectroscopy on Chiral Compound CsCuCl3

DOI:10.18957/rr.6.2.206
2014B1314 / BL25SU

大門 寛a, 田口 宗孝a, 松井 文彦a, 松下 智裕b, 堀江 理恵a, 北川 哲a, 橋本 由介a, 前嶋 尚行a, 秋光 純c, 高阪 勇輔c, 辻川 大地a, 深見 駿a, 吉田 泰輔a, 西川 弘晃a

H. Daimona, M. Taguchia, F. Matsuia, T. Matsushitab, R. Horiea, T. Kitagawaa, Y. Hashimotoa, N. Maeshimaa, J. Akimitsuc, Y. Kousakac, D. Tsujikawaa, S. Fukamia, T. Yoshidaa, H. Nishikawaa

a奈良先端科学技術大学院大学, b(公財)高輝度光科学研究センター, c青山学院大学

aNAIST, bJASRI, cAoyama-Gakuin Univeristy

Abstract

 カイラルな結晶構造を有する螺旋磁性体 CsCuCl3 の結晶構造に由来する螺旋構造の研究を行う為、SPring-8のBL25SUに設置されている二次元表示型球面鏡分析器(DIANA: Display-type spherical mirror analyzer)を用いて二次元光電子分光測定を実施した。


Keywords:カイラリティ、光電子回折


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背景と研究目的:

 掌性(カイラリティ)の概念は、数学、物理、化学、生物、宇宙、素粒子にいたる広範囲の領域で重要な役割を果たしている。そのためカイラリティに関する多くの研究がこれまで行われてきているが、一般にX線単結晶構造解析からカイラリティを決定するのは非常に難しい。近年新たな実験手法として開発された共鳴X線回折では一つの反射の反射強度を円偏光の向きを変えて測定するだけでそのカイラリティを判別することができるため、放射光を使った共鳴X線回折実験による研究が盛んに行われるようになってきた[1-3]。その一方で、X線回折と並び強力な物性測定手段である光電子分光では、光電子スペクトルにカイラリティの違いによる違いを観測したという報告はほとんどないに等しい。そこで本研究の目的は、カイラルな結晶構造を有するカイラル磁性体 CsCuCl3 を二次元光電子分光で詳しく解析し、そのらせん構造と電子状態の関係を詳しく調べることである。CsCuCl3 は図1に示すように右手系及び左手系のカイラルな結晶構造を形成する。また、Cu原子とCs原子は結晶構造カイラリティに対応した大きならせん構造を持っている。図1のCuとCs原子のらせん円筒構造の単位長さは図のc軸の長さで 18.2 Å、その半径はCu原子の場合 0.44 Å、Csでは 4.4 Åと大きな値となっている。本課題によって、二次元光電子分光でらせん構造と電子状態の関係が詳しく解明できれば、2次元光電子分光の物性測定手法としての新たな可能性を広げることになる。


図1. CsCuCl3 の(a)右手系及び(b)左手系の結晶構造。青がCu、黄緑がCs。


実験:

 SPring-8のBL25SUに設置されている二次元表示型球面鏡分析器(DIANA: Display-type spherical mirror analyzer)を用いて測定を実施した。本実験で用いた試料は、撹拌法[4]により育成した右手もしくは左手の結晶構造のみで構成された CsCuCl3 単結晶である。試料の外観を図2に示す。図の結晶のサイズは、長さ: 1.80 mm、直径: 0.45 mm である。


図2. 単一カイラルドメインの CsCuCl3 単結晶


結果および考察:

図2の試料を(0 0 1)面で劈開し、その劈開面でXPS測定を行った結果を図3に示す。光のエネルギーは 934 eV である。Cs 4d (EB = 78 – 80 eV)と思われるピークは運動エネルギー EK = 842 eV に見えているが、予想されるエネルギー(EK = 850 eV)とは異なり、他の予想されるピークも見えない。


図3. CsCuCl3 単結晶のXPS


 その試料について、X線吸収スペクトルをCu LMM Auger電子収量法で測定した結果を図4に示す。Cuの L3 と L2 の吸収ピークが見えていることから、放射光が試料に当たっていることは間違いない。XPSがきちんと取れない原因は、試料は絶縁体であるためチャージアップしていると考えられる。対策として、細い直径 30 μm のWワイヤーを試料の上に押し付けて金を蒸着し、ストライプ状の隙間を残すようにして試料表面を金で覆うことを試みた。これは、SPring-8の他のビームラインで、30 μm の隙間ならチャージアップが防げたという実績[5]に基づくものである。蒸着装置の概念図を図5に、得られた表面の写真を図6に示す。


図4. CsCuCl3 単結晶のXAS


図5. CsCuCl3 単結晶へのAuの蒸着装置


図6. Auを蒸着した CsCuCl3 単結晶


 その試料の色々な場所においてXPSを測定したが、金以外のスペクトルを得ることはできなかった。原因としては、ワイヤーと試料の間に隙間ができ、金が回り込んだためと思われる。結局、望むようなスペクトルは得られなかった。


今後の課題:

 絶縁物が測定できるように、中和銃などの設置が望まれるが、DIANAの場合には設置スペースがないので難しいという問題がある。ごく最近、電顕用のCuメッシュで帯電が防げたという報告[6]があるので試すと良いと思われる


参考文献:

[1] Y. Tanaka, et al., Phys. Rev. Lett. 100, 145502 (2008).

[2] H. Ohsumi, et al., Angew. Chem. Int. Ed. 52, 8718 (2013).

[3] T. Usui, et al., Nat. Mater. 13, 611 (2014).

[4] Y. Kousaka, et al., J. Phys.: Conf. Ser. 502, 012019 (2014).

[5] T. Ohkochi, et al., J. Synchrotron Rad. 20, 620 (2013).

[6] 利用課題実験報告書 2017A1315 / 一般課題 / 成果非専有 / BL25SU 実験責任者 平野 雅文.



ⒸJASRI


(Received: March 26, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)