SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

石油増進回収技術への応用を目的とした 油-鉱物二相界面の吸着構造に及ぼすカチオンの影響2
Influence of Cation on Adsorption Structure of Oil-Mineral Interface for Enhanced Oil Recovery 2

DOI:10.18957/rr.6.2.361
2017B1845 / BL19B2

村田 澄彦a, 村松 玲奈a, 井上 陽太a, 小林 和弥b, 米林 英治b, 西本 尚矢a, 清水 悠太郎a, 高橋 悟c, 三野 泰之c, 加藤 正人c, 梁 云峰d, 増田 昌敬d, 廣沢 一郎e

Sumihiko Murataa, Reina Muramatsua, Yota Inouea, Kazuya Kobayashib, Hideharu Yonebayashib, Naoya Nishimotoa, Yutaro Shimizua, Satoru Takahashic, Yasuyuki Minoc, Masato Katoc, Yunfeng Liangd, Yoshihiro Masudad, Ichiro Hirosawae

a京都大学, b国際石油開発帝石(株), c(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構 d東京大学, e (公財)高輝度光科学研究センター

aKyoto University, bINPEX, cJOGMEC, dThe University of Tokyo, eJASRI

Abstract

 原油中の酸性油分子の白雲母表面((001)面)への吸着は、表面のカチオンが Na+ や Mg2+ の場合に水分子を介して吸着するwater bridge構造となり、K+ や Ca2+ の場合に直接吸着するcation bridge構造となることが分子動力学(MD)計算により分かってきた。本実験では、白雲母表面のカチオンを K+、Ca2+、Mg2+ にして酸性油分子のステアリン酸を吸着させた白雲母基板に対して 20 keV の入射X線エネルギーでX線CTR散乱法の測定を行い、酸性油分子の吸着構造のカチオン依存性を実験的に確認することを試みた。今回、前回2017A1828の実験での問題点に対して対策を行った結果、L = 0.2 から L = 13.9 の範囲で概ね良好なデータが得られた。また、白雲母基板表面近傍の電子密度分布の解析結果から、白雲母表面に対するステアリン酸分子の吸着構造はMD計算の結果と整合すると考えられた。


Keywords: 油-鉱物界面,石油増進回収,X線CTR散乱法,白雲母,ステアリン酸


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背景と研究目的:

 発展途上国の急速な経済成長に伴う石油・天然ガスの需要の増加に対応して持続的にエネルギー資源を供給するには、新規油ガス田の開発に加えて、既存油田からの生産を維持して回収率を増加させる石油増進回収(EOR)技術の開発が必要不可欠である。経済的で環境負荷の低いEOR技術として、海水や地層水より塩分濃度が低い塩水を圧入する低塩分濃度水攻法が注目されている。著者らは低塩分濃度水攻法に関連して白雲母表面における酸性油分子の吸着構造について分子動力学(MD)計算を進めており[1]、白雲母表面のカチオンが Na+ や Mg2+ の場合は水分子を介して酸性油分子が吸着するwater bridge構造になるのに対し、K+ や Ca2+ の場合は直接酸性油分子が吸着するcation bridge構造となることが分かってきた。今回の実験は、MD計算で得られた酸性油分子の吸着特性を実験的に確認することを目的としている。

 

実験:

 劈開により新鮮で平滑な結晶面を作製することができる白雲母を鉱物とし、n-デカンに酸性油成分であるステアリン酸を 500 μM 溶解させて酸性油とした。白雲母基板は、アライアンスバイオシステムズ社製のV-1 Gradeの白雲母であり、n-デカン及びステアリン酸は (株)ナカライテスク社製の純度 99 % 以上の特級試薬である。まず、白雲母基板(25 mm × 25 mm × 0.15 mm)を割れや傷をつけないように、また大きな曲げひずみを与えないように慎重に劈開し、劈開面((001)面)を超純水で濯いだ。次に、pH = 10 程度に調整した濃度 0.1 M のKCl水溶液、CaCl2 水溶液、MgCl2 水溶液を満たしたガラスセルにテフロン製の治具を用いて白雲母基板を立つ状態で漬け、劈開面のカチオンがそれぞれ K+、Ca2+、Mg2+ になるようにした。その次に、ガラスセルの底部から各水溶液を吸い出すと同時に、同じ送液速度でガラスセルの上部から上記の酸性油を注入することで劈開面を油水界面がゆっくりと低下するようにして劈開面上にステアリン酸分子を吸着させた。なお、この時の油水界面の低下速度は約 1 cm/h である。最後に、ステアリン酸分子を吸着させた劈開面を上にして測定セルにセットし、厚さ 12.5 μm のカプトンフィルムで覆って密閉した。この時、ガラスセルに注入したものと同じ酸性油を測定セルの流体注入口から注入してオーバーフローさせることで不純物と空気の混入を避けた。また、白雲母基板は測定セル内部に埋め込んだネオジム磁石とカプトンフィルムの上から置いたネオジム磁石で上下から挟み、測定中に移動することがないように強固に固定した[2], [3]。なお、以下では KCl、MgCl2、CaCl2 で処理した白雲母基板をそれぞれ K-muscovite、Mg-muscovite、Ca- muscoviteと呼ぶ。 測定はBL19B2で入射X線のエネルギーを 20 keV としてX線CTR散乱法の測定を行った。コリメーションは、入射側スリットを幅 1 mm × 高さ 0.2 mm、受光側スリットを幅 0.2 mm × 高さ 0.2 mmとした。前回2017A1828の測定で L = 12.1 以上の測定でCTR信号のピークが見られなかったことから、まず L = 8.1 から L = 13.9 までの測定を行い、次に L = 4.1 から L = 7.9 まで、最後に L = 3.9 から L = 0.2 までそれぞれブラッグピークが立つ整数のLを除いて0.1ごとに測定した。測定はピーク幅に対し θ = θ0 ± 0.1 度の範囲でrocking scanを行った。ここで、L = dQ/2π、Q は散乱ベクトルの波数、d は白雲母の(001)面の結晶面間隔である。また、X線照射損傷の影響を評価するため、L = 3.9 から L = 0.2 までの測定では L = 3.9 を、L = 4.1 から L = 7.9 までの測定では L = 4.1 を、L = 8.1 から L = 13.9 までの測定では L = 8.1 をそれぞれ参照点として各Lの区間の最初と最後に測定を行った。

 

結果および考察:

 測定されたCTR信号の一例として、Mg-muscoviteに対してX線照射損傷の参照点とした L = 3.9 の最初の測定信号と約5時間連続測定後の測定信号をそれぞれ図1に示す。この図より、明瞭なピークを持つ良好なCTR信号が得られていることが分かる。また、約5時間連続測定後もピークの減衰およびピーク幅の拡大が小さいことから、X線照射損傷は小さいと考えられる。次に、測定されたrocking scanデータから散乱強度を得るため、ピーク形状をGaussianでフィッティングし、フィッティングされたピークの面積を積算時間で除した。このとき、①照射範囲に関する受光面積補正、②逆格子空間におけるデータ補正、③液相(ステアリン酸)に関する吸収補正、を行った。全てのCTR信号に対して上記の処理を行って求めた散乱強度を Q の関数としてプロットしたものを図2に示す。Mg-muscoviteおよび Ca-muscoviteに対するCTR散乱強度データはそれぞれ 10-2 と 10-4 のオフセットをかけて示している。前回の2017A1828の測定では白雲母基板の劈開時に曲げひずみを作用させてしまった可能性があること、空気の混入を避けるため測定セル全体を酸性油中に沈めて白雲母基板をセットしたため、不純物の混入が避けられなかったこと、等から L = 12.1 以上(Q ≈ 3.8 以上)の測定でCTR信号にピークが見られなかった。しかし、今回、上記の対策を講じたことにより、図2に示すとおり、L = 12.1 以上の測定でも概ね良好なデータを取得できた。


図1. MgCl2 処理した白雲母基板の(001)面に対する L = 3.9 でのCTR測定信号

        (a)測定開始直後,(b)約5時間連続測定後


図2.KCl、MgCl2、CaCl2 処理した白雲母基板の(001)面に対するCTR散乱強度測定結果

MgCl2 処理および CaCl2 処理した白雲母基板に対する測定結果はそれぞれ 10-2、10-4 のオフセットをかけて示している。

 

 得られた散乱強度データをX線回折表面構造解析プログラムのRODを用いて逆解析することで、白雲母基板表面近傍における電子密度分布を求めた。その結果を図3に示す。図3の横軸は白雲母基板表面の酸素原子からの距離で、マイナスの値は白雲母基板内部を表している。また、縦軸は n-デカンの電子密度で正規化した値を示している。解析においてモデルと実験値から求まるそれぞれの構造因子のずれを示すχ2値は、K-muscovite、Ca-muscovite、Mg-muscoviteに対してそれぞれ 2.44、3.51、22.0 となった。Mg-muscoviteのフィッティング結果が若干悪いものの、K-muscoviteと Ca-muscoviteについては良好な結果が得られているものと判断できる。


図3.KCl、MgCl2、CaCl2 処理した白雲母基板表面近傍の電子密度分布

横軸は白雲母基板表面の酸素原子からの距離を表し、縦軸はn-デカンの電子密度で正規化した値を示している。

 

 先行研究によって、K-muscoviteと Ca-muscoviteの白雲母-カチオン間の距離は、弱酸性環境ではあるがそれぞれ 1.67 ~ 1.77 Å、2.46 ~ 2.56 Å であることが示されている[4]。図3の矢印で示したピークおよび変曲点の位置はそれぞれ 1.80 Å、2.71 Å であり、先行研究で得られている上記の値に近いことから、これらの位置にそれぞれ K+、Ca2+ が存在しているものと考えられる。一方、Mg-muscoviteの二つ目の大きいピーク位置は 2.97 Å であり、Mg2+ の水和半径(3.00 Å)[5]と一致する。このことから、Mg-muscoviteでは Mg2+ は部分的に水和しており、表面への吸着傾向は水和力の強弱が関係していることが考えられる。また、電子密度分布を比較すると、K-muscoviteと Ca-muscoviteでは表面近傍で幅が広いピークが立っているのに対し、Mg-muscoviteでは表面近傍で幅が狭い鋭いピークが立っている。このことは、K-muscoviteおよび Ca-muscoviteと Mg-muscoviteとでステアリン酸の吸着構造が異なることを示唆している。

 電子密度分布だけではその位置に存在している原子やイオンについて断定できないが、以上より、Mg-muscoviteでは白雲母に吸着した Mg2+ とステアリン酸の間に水分子が層状に構造化していると考えられるのに対し、K-muscoviteと Ca-muscoviteではそのような水分子の構造化が顕著でなく、K+ と Ca2+ に直接ステアリン酸分子が吸着していると考えられる。したがって、今回の実験結果から、白雲母表面に対するステアリン酸分子の吸着構造は K+ と Ca2+ の場合にcation bridgeになり、Mg2+ の場合にwater bridgeになる可能性が考えられ、MD計算と整合的な結果が得られたと考えられる。

 

今後の課題:

 今後、今回の実験系と同じ設定の系でMD計算を実施し、解析で得られた電子密度分布のピークを示す原子の同定を行うことで、上記の考察を検証する必要がある。

 

参考文献:

[1] K.Kobayashi, et al., J. Phys. Chem. C, 121, 9273 (2017).

[2] 松岡俊文他, SPring-8/SACLA利用研究成果集, 4, 145 (2016).

[3] 村田澄彦他, SPring-8/SACLA利用研究成果集, 4, 332 (2016).

[4] M. L. Schlegel, et al., Geochimica et Cosmochimica Acta, 70, 3549 (2006).

[5] M.Y. Kiriukhin and K. D. Collins, Biophysical Chemistry, 99, 155 (2002).



ⒸJASRI

 

(Received: February 28, 2018; Early edition: May 30, 2018; Accepted July 3, 2018; Published August 16, 2018)