SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

全反射蛍光XASによる実電池環境下での電極/電解液界面その場計測
In situ TRF-XAS Analysis of Electrode/Electrolyte Interface at Actual LIB

DOI:10.18957/rr.6.2.292
2014A1570 / BL01B1

高松 大郊a, 平野 辰巳a, 春名 博史a, 遠山 達哉a, 廣岡 誠之a, 谷田 肇b, 新田 清文c

Daiko Takamatsua, Tatsumi Hiranoa, Hiroshi Harunaa, Tatsuya Toyamaa, Motoyuki Hirookaa, Hajime Tanidab, Kiyofumi Nittac

a(株)日立製作所, b京都大学, c(公財)高輝度光科学研究センター

aHitachi, Ltd., bKyoto University, cJASRI

Abstract

 リチウムイオン二次電池(LIB)の車載用途や屋外への設置が期待されており、高温・低温といった過酷環境下において実電池内部で起こる現象をその場解析する技術が要望されている。そこで、実電池と同じ構成からなる薄膜型ラミネートセルを作製し、温度制御下での全反射蛍光XAS(X-ray Absorption Spectroscopy)による電極/電解質界面その場計測に取り組んだ。


Keywords: リチウムイオン電池、薄膜、電極/電解液界面、全反射蛍光XAS、温度制御


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背景と研究目的:

 リチウムイオン二次電池(LIB)は、ラップトップPC、携帯電話などの民生機器で幅広く利用されている。今後は、プラグインハイブリッド電気自動車、電気自動車への車載や屋外への設置が期待されている。車載用LIBへの要求性能として、広範な温度域(-30°C~60°C)における充放電特性の確保があり、このような過酷環境におけるLIBの安全性・耐久性の向上が必要である。

 LIBのサイクル特性・レート特性の限界は、電極/電解液界面での副反応(特に正極側)に依存することが共通認識になっている[1, 2]。そのため、LIBのさらなる性能向上には、電極/電解液界面の詳細を明らかにし、その界面反応を制御することが必要不可欠である。これまでに筆者らは、電池動作中の電極/電解液界面領域をナノスケールで評価できるXAS(X-ray Absorption Spectroscopy)の技術開発に取り組み、二次元検出器を用いた深さ分解XAS(Depth-resolved XAS)[3]、および多素子SSDを用いた全反射蛍光XAS(Total-refrection fruorescence XAS)[4-6]を検討し、以下の知見を報告している。

① LiCoO2 薄膜電極/電解液界面では、電解液浸漬直後から電解液からの電子移動により電極表面のCoが還元

  され、電極劣化が進行する[4]。

② LiCoO2 電極に ZrO2 を表面被覆した場合、電子絶縁性の ZrO2 層により、電解液からの電子移動を阻害で

  き、電極表面のCo還元が抑制される[5]。

③ 電解液にVCを添加した場合にも、LiCoO2電極表面のCo還元が抑制される[6]。

 これらは、薄膜上部にHeが充満する空間を設けた特殊な電気化学モデルセルを用いて、室温で測定した実験結果である。一方で、LiPF6 塩からなる電解液を用いた実電池においては、高温(60°C以上)・低温(0°C以下)といった過酷環境での電池特性が著しく低下することが課題となっている。しかし、これまでのTRF-XAS計測で用いたHeフローモデルセルには温度制御機構が無く、電解液も LiClO4 塩を用いており、実電池環境を完全には再現できていなかった。そこで本研究では、市販のLIBと同じ LiPF6 塩からなる有機電解液を用いた薄膜型ラミネートセルを作製し、そのラミネートセルにおける温度制御下でのTRF-XAS測定を検討した。


実験:

 図1(a)に、本研究で作製した薄膜型ラミネートセルの断面模式図を示す。Pt/Si基板上に、正極活物質として LiCoO2 をPLD(パルスレーザー堆積)で成膜した。LiCoO2 のPLD条件は、Nd:YAGレーザー(出力:200 mW、波長:266 nm)、ターゲット:Li過剰 LiCoO2、酸素分圧:0.2 Pa、基板温度:650°C、成膜時間:60 min とした。成膜した LiCoO2 薄膜は、広角・面内X線回折測定から、LiCoO2 単相からなる[00l] 配向の多結晶薄膜であった。LiCoO2/Pt/Si 基板を、Ar置換したグローブボックス(GB)に導入し、セパレータ・Li金属を被せ、有機電解液(1 M LiPF6 in EC:EMC = 1:2)を注液後に、Alラミネートを封止することで、薄膜型ラミネートセルを作製した。TRF-XAS測定は、ラミネートセル上面からX線を入射し、LiCoO2 薄膜から放出される Co-K蛍光X線を、セパレータ(電解液)/Li金属/Alラミネート越しに検出した。図1(b)に、TRF-XAS測定の模式図と温度制御ユニット上に固定したラミネートセルの写真を示す。TRF-XAS測定は、SPring-8のBL01B1およびBL28XU(2014A7601)にて実施した。入射ビームを差し込みスリットによる上流側制限で、50(鉛直)×1000(水平)µmにした。蛍光X線の検出には、19素子または21素子Ge検出器(SSD)を用いた。Co-K端(7709 eV)のXAS測定は、7675~7850 eVのXANES領域をStep-scanにて行った。試料と検出器の間にFeフィルタ及びスリットを設置し、散乱X線を除去した。温度制御下でのTRF-XAS測定では、ペルチェ素子を用いた温度制御ユニットをXYZステージ上に設置し、熱伝導性グリースでラミネートセル背面を固定した。X線の試料への入射角(θ)ならびに試料高さ(z)は、θとZスキャン時のCo-K蛍光X線強度プロファイルから適宜調整した。XASスペクトルの解析はREX2000(リガク)で行い、各スペクトルはXANES領域より十分高エネルギー側の 8 keV にて規格化した。


   図1.(a)ラミネートセルの断面模式図、(b) TRF-XAS測定の概要図。


結果および考察:

 図2(a)に、Co-K吸収端エネルギー(7.7 keV)における LiCoO2 薄膜からのCo-K蛍光X線強度の入射角依存の測定結果@BL01B1を示す。入射X線に対して、垂直な方向の走査(z スキャン)と角度走査(θ スキャン)を繰り返して、試料高さを調整した。θ スキャンにおいて、LiCoO2 薄膜が入射ビームと平行になる角度を入射角 0° とした場合、入射角 0.3° 付近で全反射に特有の蛍光X線強度の著しい増強が観察された(図2(a)緑矢印)。この入射角 0.3° は、7.7 keV における LiCoO2(密度 5.05 g/cm3)へのX線侵入深さとX線強度(フレネル透過係数の強度の2乗)の計算から見積もった全反射臨界角(θTR):0.28° [4]とよく一致している。このことから、入射角制御により LiCoO2 薄膜へのX線侵入深さを規定することができることを確認した。この臨界角付近で蛍光XAS測定を行うことが、検出感度の観点からは有効であるが、臨界角付近では反射率およびX線吸収深度が大きく変化するため、エネルギーを走査するXAS測定ではX線の侵入深さが顕著に変化する可能性が高く、電極最表面の観察という目的には適さない。そのため、電極最表面XAS測定は、臨界角よりも低角側(全反射条件でのX線強度の1/3~1/5になる角度)の入射角にて取得した(図2(a)赤矢印)。一方、LiCoO2 電極のバルクXAS測定は、広角側(最表面での入射角+2°)にて取得した。ここで、X線侵入深さ(1/eに相当する深さ)の計算から、“表面” は電極最表面 ~3 nm 深さ、“バルク” は ~100 nm 深さの情報に相当する。なお、本研究で用いた LiCoO2 薄膜は、断面TEM観察から膜厚が 50 nm 以下と薄いため、自己吸収の影響は無視できる程度であった。ラミネートセル(すなわち電解液浸漬)の場合、薄膜上面に存在するセパレータ(電解液)/Alラミネート部分での透過率が低いために、蛍光X線強度が大幅に減少した(図2(a)青線参照)。入射角 0.2~0.4° に渡って薄膜上面部材によるX線減衰(フットプリントが長い低角側での強度減少が大きい)があっても、0.2° 付近には全反射特有の強度の立ち上がりが観察されていることから、ラミネートセルにおいても入射角制御によって、電極表面とバルクのXAS測定ができることが分かった。


図2.(a) 入射X線:7.7 keV でのCo-K蛍光X線強度の入射角依存性。(b)(c)電解液浸漬前後の (b)電極バルクと (c)電極表面のCo-K端のTRF-XASスペクトル。


 まずは、室温でのin situ TRF-XAS結果を報告する。図2(b)(c)に、LiCoO2 薄膜の電解液浸漬前後における電極バルクと電極表面のXANES(X-ray absorption near edge structure)スペクトルを示す。電極バルクのXANESスペクトルは、電解液浸漬前後で変化が無かった(図2(b))。一方、電極表面では、電解液浸漬後のスペクトルが浸漬前よりも低エネルギー側にシフトしていた(図2(c))。XANESの吸収端は、遷移金属の平均価数によってシフトすることが知られており、低エネルギー側へのシフトは低価数になっていることを意味する。つまり、LiCoO2 電極の表面Coが有機電解液との接触により還元されたことになる。電極バルクは電解液浸漬後も不変だったことから、電解液接触によるCo還元挙動は電極最表面(3 nm 深さ以内の領域)でしか起こらない挙動といえる。このような挙動は、既報[4]で報告した LiClO4 塩の電解液を用いたモデルセルでの挙動と概ね一致していた。以上から、LiPF6 塩の電解液を用いたラミネートセルという実電池の構成であっても、電解液浸漬により LiCoO2 電極最表面のCo還元という劣化挙動が進行することが判明した。

 続いて、充放電中の LiCoO2 薄膜の表面およびバルクのCo反応挙動にどのような差異があるのかをin situ TRF-XAS測定@BL01B1で検証した。図3(a)に、薄膜型ラミネートセルのサイクリックボルタンメトリ(CV)による充放電曲線を示す。図3(a)の矢印の位置にて電位を保持しながらTRF-XAS測定した。図3(b)(c)に、充放電中の電極バルク(図3(b))と電極表面(図3(c))のCo-K端のXANESスペクトルを示す。TRF-XAS測定は、電解液浸漬時(開回路)、充電中の 3.8 V(vs Li/Li+、以下割愛)、充電後の 4.2 V、放電後の 3.8 V で実施した。電極バルクでは、XANESスペクトルが充電で高エネルギー側に、放電で低エネルギー側に可逆的にシフトした(図3(b))。一方、電極表面では、充放電によるスペクトル変化は観察されたものの、その変化は非可逆であった(図3(c))。図3(d)(e)には、各XANESスペクトルの規格化強度0.5における吸収端エネルギーの変化をまとめた。電極バルクでは、吸収端エネルギーが充電で高エネルギー側にシフトし、放電で低エネルギー側にシフトして充放電前の元の位置に戻っていた(図3(d))。このことから、LiCoO2 からのLi脱離(Co酸化)反応と、Li挿入(Co還元)反応が可逆的に進行しているといえる。一方、電極表面では、吸収端エネルギーは充放電で非可逆に変化した(図3(e))。このような充放電中の LiCoO2 電極表面の反応挙動は、既報[4]で報告した LiClO4 塩の電解液の場合と傾向が一致した。このことから、有機電解液を用いた現行のLIBでは、塩の種類に依らず、有機電解液による正極表面の還元劣化が進行しており、電池寿命を規定していることが示唆された。なお、LiPF6 塩からなる電解液を用いた今回のXANES結果を、LiClO4 塩を用いた既報[4]の結果と定性比較すると、今回の表面XANESの方が充放電に伴う非可逆性が顕著であった。さらに、図3(c)から、LiPF6 塩からなる電解液を用いた場合の表面XANESスペクトルは、ホワイトラインがつぶれたCo金属類似の形状であった。このことは、LiPF6 塩の場合には LiClO4 塩では起こらない別の反応機構が生じていることを示唆している。


図3.(a) 薄膜型ラミネートセルのCV曲線、走査速度:0.1 mV/sec。(b)電極バルクの充放電中のCo-K端のTRF-XASスペクトル。(c)電極表面の充放電中のCo-K端のTRF-XASスペクトル。(d)電極バルクの規格化強度 0.5 での吸収端エネルギー変化、(e)電極表面の規格化強度 0.5 での吸収端エネルギー変化。

 

 LiPF6 塩からなる電解液では、LiPF6 塩の分解で生じる PF5 が溶媒中の極微量の水と反応してHFを生成すること、さらに電解液温度が上昇すると、LiPF6 と水との反応が加速することが報告されている[7]。そこで、LiPF6 塩が LiCoO2 電極に与える影響を確認するために、温度制御下でのTRF-XAS測定@BL28XUを行った。あらかじめラミネートセル上面の温度を熱電対で実測したところ、本研究の温度制御ユニットでは、設定温度 ±2°C 範囲でセル温度を制御できることを確認した。図4(a)(b)に、電解液浸漬前(Pristine)、浸漬後の室温(Soak@RT)、セル温度を高温 60°C(Soak@60°C)に保持した場合の、電極バルクおよび電極表面のCo-K端のXANESスペクトルを示す。電極バルクは、室温での電解液浸漬前後、ならびに高温 60°C でもXANESスペクトルがほとんど変化しなかった(図4(a))。一方、電極表面では、室温での電解液浸漬によりホワイトラインが低エネルギー側にシフトし、さらに高温 60°C では室温時よりもわずかに低エネルギー側にシフトした(図4(b))。これは、高温 60°C では LiCoO2 電極表面のCo還元の程度が室温時よりも大きいことを示唆している。温度上昇により LiPF6 の分解反応が加速することから、LiPF6 塩からなる電解液と LiCoO2 が接触すると、有機溶媒からのCo還元反応だけでなく、LiPF6 塩の分解で生じるHFによる電極表面の溶解反応も起こっている可能性がある。以上から、温度制御下でのTRF-XAS計測は、電極/電解液界面反応の理解に速度論的なアプローチ[8]を可能にする有効な手法になると考えられる。


図4.電解液浸漬前、室温での電解液浸漬後、60°C での電解液浸漬後の (a)電極バルクと (b)電極表面のCo-K端のTRF-XASスペクトル。


今後の課題:

 本研究では、高温 60℃ での充放電中のin situ TRF-XAS測定を実施できなかったが、ここで確立した温度制御ユニットは、-10°C~150°C までの温度制御が可能であり、液系・固体系問わずLIBの耐熱性評価に有効である。今後は、低温や高電位といった過酷環境での充放電中のin situ TRF-XAS計測を進め、実際の電池使用環境で起こる反応を把握することで、LIBの安全性・寿命の向上につなげたい。


謝辞:

 本研究の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING)の支援により実施した。


参考文献:

[1] D. Aurbach et al., J. Power Sources 165, 491 (2007).

[2] D. Aurbach, et al., J. Electrochem. Soc. 147, 1322 (2000).

[3] D. Takamatsu et al., J. Phys. Chem. Lett., 2, 2511 (2011).

[4] D. Takamatsu et al., Angew. Chem. Int. Ed., 51, 11597 (2012).

[5] D. Takamatsu et al., J. Electrochem. Soc., 160, A3054 (2013).

[6] D. Takamatsu, et al., J. Phys. Chem. C, 119, 9791 (2015).

[7] U. Heider, et al., J. Power Sources, 81-82, 119 (1999).

[8] I. Takahashi, et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 18, 1897 (2016).



ⒸJASRI


(Received: September 11, 2017; Early edition: May 30, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)