SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

X線-紫外可視スペクトル相関の解明を目的とした鉄触媒反応過程の追跡
Chasing Fe Catalytic Reaction for Study of X-ray and UV-Vis Spectroscopic Correlation

DOI:10.18957/rr.6.2.199
2014A1679 / BL28B2

三星 智, 杉山 武晴, 原田 明

Satoru Mitsuhoshi, Takeharu Sugiyama, Akira Harata

九州大学

Kyushu University

Abstract

 X紫外可視吸収スペクトルから得る情報を最大化することを目的としてX線吸収−紫外可視吸収相関分光法の開拓を試みた。溶液中の各種Fe錯体系に関して、X線吸収(吸収端および広域)と紫外可視吸収の両スペクトルの同時測定系を開発し、塩素イオン濃度、光照射時間、温度等への依存性を測定・解析した。X線吸収端構造と紫外可視スペクトルとの相関、動径構造関数と紫外可視スペクトルとの相関を検討し、2次元相関スペクトルを得て紫外可視吸収帯の錯体構造/価数への帰属の明確化を試みた。


Keywords: 相関分光法、X線吸収、深紫外可視吸収、鉄触媒


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背景と研究目的:

 鉄触媒は、安価で環境負荷が低く、貴金属触媒に代わる有機合成触媒として注目されている。しかし、鉄錯体の常磁性故に核磁気共鳴分光法の適用が困難なことが分析上の課題であり、特に、反応過程での鉄触媒の状態変化を追跡できる手法が求められている。X線吸収微細構造(XAFS)は対象元素の価数、配位数および構造を検討でき、鉄触媒の分析に有力であるが、高輝度X線光源が必要であることから実験室環境下での触媒分析に利用するのは困難である。X線および紫外可視(UV)領域の吸収スペクトル間の相関を明らかにできれば、紫外可視分光測定によりXAFSから得られる価数や配位構造の推定が期待でき、鉄触媒の研究現場に極めて有用な分析法として確立できる。XAFSとUVの電子遷移は、始状態は異なるものの、遷移先はともにフェルミ準位近傍の非占有状態であるため、相関があると予想される。本研究は、XAFS・UV両分光法に近年様々な分光法に適用されている2次元相関分光法を適用することで、X線—紫外可視吸収の相関を利用した分光計測方法の新規開拓を目的としている。これにより、溶液中の鉄錯体について、摂動による状態変化に伴ったUVスペクトル変化の帰属の明確化も期待できる。


実験:

 溶液系の鉄錯体についてXAFSおよびUV吸収スペクトルを測定した。試料には、溶液中の Cl- 濃度変化により配位子変化する FeCl3 (Ⅲ)水溶液およびカルボニル鉄錯体 µ2, η3:η5-acenaphthylene Fe2(CO)5 トルエン溶液を用いた。カルボニル鉄錯体は溶液中で可視光を1-2時間照射することで光反応により構造変化することが知られている。他、温度変化によりスピン状態が変化する鉄錯体溶液についても測定を行なった。

 XAFS測定には、SPring-8(BL28B2)および佐賀県立九州シンクロトロン研究センター(SAGA-LS)内の九州大学硬X線ビームライン(BL06)を利用した。同一組成の溶液試料をSPring-8では透過法、SAGA-LSでは蛍光法を用いて測定し比較した。後者で蛍光法を用いた理由は、UV吸収スペクトルの同時測定のためである(以下のデータはSAGA-LSでの測定による)。SAGA-LSでは、シリコンドリフト検出器(Vortex-90EX)を用いて蛍光XAFSを測定した。蛍光スペクトルで鉄のKα線を選び、入射X線のエネルギーを掃引しながらKα線の強度変化を計測して蛍光XAFSスペクトルとした。UV吸収スペクトルはポータブル分光光度計(日本分光、MV-3100)を使用して測定した。XAFSとUV吸収のスペクトルを同時に測定する際に吸光係数および窓材による透過率の差異に対応するため、ガラスセル(図1)を新規設計・試作し、同時測定系を構築した(図2)。


図1. XAFS・UV同時測定用セル


 (A)                    (B)

図2. 九大ビームライン(SAGA-LS/BL-06)のシリコンドリフト検出器を用いた蛍光XAFSと紫外可視吸収同時

    測定装置。(A)概略図、(B)上方から撮影した写真。位置関係は(A)と同じ。


結果および考察:

FeCl3 (Ⅲ)水溶液系  5 mM FeCl3 (Ⅲ)水溶液中の HCl 濃度を 18 M から 1 M に変化させながらXAFSとUV吸収とを同時測定をした。XANESおよびUV吸収スペクトルを図3に示す。XANESスペクトルでは、HCl 濃度の低下に伴いスペクトルの立ち上がりが高エネルギー側にシフトした。UV吸収スペクトルでは、HCl 濃度が高い場合、320 nm と 370 nm にピークが観測され、濃度の減少とともに吸光度が減少し、350 nm のピークへと変化することが確認された。HCl 濃度変化によるテトラクロロ錯体からヘキサアクア錯体への配位子変化を示している[1]。これらのXAFS・UV吸収スペクトルの結果を用いて、相関マップの作製を試みた。相関マップの作成には一般化2次元相関分光法ソフトウェア[2]を用いた。


図3. HCl濃度変化による FeCl3(Ⅲ)水溶液のXANES(左)およびUV吸収(右)スペクトル


 XAFS・UV吸収スペクトルの摂動による2次元相関マップ(相関スペクトル)を図4に示す。縦軸は、XAFSスペクトルのエネルギー軸、横軸は、UVの波数軸である。摂動(HCl濃度変化)によるスペクトル変化が同じ向きの場合は正(+)の相関、逆の場合は負(-)の相関を表す。+-記号で示した部分の他に、破線で囲んだ領域で正の相関と負の相関が交互に観測された。XAFSスペクトルの第一ピーク以降の振動構造を反映していると考えられる。初期的な検討ではあるが、XAFSとUV吸収のスペクトルとの相関が確認できる。電子状態や対称性などに注目し、相関図の作成方法および詳細な解析を進め、溶液の条件等の摂動によるスペクトル変化の詳細およびX線-紫外可視相関分光法の可能性について検討を進めている。


図4. 相関スペクトル


カルボニル鉄錯体系   この系では、SPring-8における透過法による測定結果でXANES領域では、光反応の進行に伴う電子状態変化を確認することができなかった。しかし、EXAFS解析による動径分布関数およびUV吸収スペクトルの変化から、光反応による構造、電子状態変化は確認できている(図5)。光照射後に現れる 1.8 Å のピークは Fe-C 架橋結合の生成を示し[3]、これによりUV吸収スペクトルの 400-500 nm の肩の部分が増大した。動径分布関数とUV吸収との相関図を作成するには到っていない。


図5. 光反応によるカルボニル鉄錯体のEXAFS(左)およびUV吸収(右)スペクトル

   右図中の矢印は光照射中の変化の方向を示す。


 以上、これまでに報告例のないXAFS-UV相関を新規に検討した。XAFS・UV吸収同時測定系の構築により、同一条件で両分光を比較可能とした。摂動変化する鉄錯体を測定し、相関分光の有効性を示した。


今後の課題:

 塩化鉄水溶液を試料、摂動を溶媒の HCl 濃度変化とし、既存のソフトウェアを用いて2次元相関スペクトルを取得した。これらのデータからXAFS-UVの相関について原理的なものが判別できた訳ではないが、2次元マッピングにより1次元データでは目視できない変化を捉えることに成功している[4]。相関の可能性は対称性と電子状態に関連していることが予想される。特に、XANESのプリエッジピークには、強い相関が現れる可能性がある。しかし、現状の測定系では蛍光XAFSの散乱光などの影響からプリエッジピークの測定に難があった[本課題研究で、SPring-8にて透過法で測定したデータに明瞭に現れた変化が、SAGA-LSにて蛍光法で測定した結果には現れていない]。また、光反応系では、可視紫外吸収スペクトルのショルダー部分の反応進行に伴う明瞭な変化にも関わらず、X線吸収端領域のシフトは僅かであり、動径構造関数も充分なSN比で議論することはできなかった。これらは、溶液系の化学反応を行う実験条件下で、必ずしもX線吸収スペクトル測定が容易ではないことに起因しており、主に、蛍光法でもプリエッジピークの正確な形状が測定できるように装置的な改良を検討する余地がある。

 相関スペクトルの作成方法についても議論する必要がある。今回使用したソフトウェア「2Sshige」は野田らが考案した2次元相関分光法[5-7]を基として、一般化2次元相関分光法として適用範囲を拡大したものである。既に、多くの適用例が報告されているものの、未だ発展途上にある。特に、X線-紫外領域でも独自の解析方法を考える必要がある。解析方法を考える際、多くのデータが必要となるが、溶液系で摂動変化する鉄錯体かつ安定なものはそれほど多くはない。電子状態計算によるスペクトルシュミレーションから多くのデータを推定することも必要となろう。特に、鉄錯体のXAFS・UV吸収の終状態に深く関わるd軌道に注目した解析が求められる。


謝辞:

 本研究のXAFS実験は、本研究課題の他にSAGA-LS内の九州大学ビームライン(BL06)にて、課題番号2012IIK002、2013IK011、2013IIK013、2014IK01、2014IIK015の5課題で実施した。本研究の一部は、科学研究費補助金・挑戦的萌芽研究(課題番号:25620116、研究代表者:原田 明、平成25~27年度)にて行われた。また、カルボニル鉄錯体は、九州大学先導物質科学研究所・永島英夫研究室から提供いただいた。


参考文献:

[1] M. J. Apted et al., Geochemica et Cosmonhimica Acta, 49, 2081 (1985).

[2] 2Dshige (c) Shigeaki Morita, Kwansei-Gakuin University, 2004-2005.

[3] S. Niibayashi et al, Organometallics, 23, 635 (2004).

[4] 三星 智, 九州大学大学院総合理工学府修士論文[平成27年度、物質理工学専攻](2015).

[5] I. Noda. et al., Appl. Spectrosc., 47, 1329 (1993).

[6] 尾崎幸洋, 分光研究, 61, 78 (2012).

[7] I. Noda, Vibrational Spectroscopy, 60, 147 (2012).



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(Received: May 27, 2017; Early edition: May 30, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)