SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

Au–Al–Yb準結晶におけるX線回折測定を通じたYb価数の圧力依存性の評価
Pressure Dependence of Yb Valence in a Au–Al–Yb Quasicrystal Examined via X-ray Diffraction Measurements

DOI:10.18957/rr.6.2.181
2012B3701 / BL22XU

綿貫 徹, 町田 晃彦

Tetsu Watanuki, Akihiko Machida

(国研)量子科学技術研究開発機構

National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology

Abstract

 Au–Al–Yb合金正二十面体型準結晶は、Ybイオンが非整数価数状態をとるという価数揺らぎを持つ系である。この準結晶のYbイオン価数の圧力依存性を調べるために、Ybの価数変化がイオン半径の変化を通じて構造に反映されることを利用して、高圧下のX線回折実験による構造観察を行った。参照系のAu–Al–Tm準結晶の結果と比較することにより、Yb価数変化に関わる構造変化を抽出した。12 GPa までの加圧において、Yb価数が、加圧初期段階で急激に増加する一方で、加圧とともにその増加率が大きく鈍っていくことを示す結果が得られた。


Keywords: 準結晶、価数揺らぎ、低温高圧、X線回折


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背景と研究目的:

 非整数価数のイオンが準周期的に配列した系は、電荷・スピンの自由度を持っており、準周期格子上の価数揺動、或いは、準周期的な電荷秩序や電荷ガラス、準周期的な磁気秩序やスピングラスなど様々な新奇な状態の出現が期待される。このような非整数価数状態をとる価数揺らぎを持つ系がAu–Al–Yb合金正二十面体型準結晶[1]において実現していることを、最近、我々の研究グループで見出した[2]。つまり、この準結晶においてYbイオンの価数は2.61価と中間価数状態を取っていることをX線吸収分光実験から明らかにし、2価(4 f 14, J = 0)と3価(4 f 13, J = 7/2)との間の非整数価数状態のYbイオンが準周期配列した系が実現していることを示した。更に、低温では、磁気秩序状態にもフェルミ液体にもならず、スピン揺らぎが残り続ける非フェルミ液体状態をとることも明らかにした[2]。また、この準結晶の電子状態が量子臨界状態にあることが明らかにされ注目を集めている[3]。

 我々は、Au–Al–Yb準結晶においてYbイオンが非整数価数状態であるだけでなく、2種類の異なる価数のサイトが存在するという価数分離モデルを提唱している[2]。この準結晶は正二十面体型のTsai型原子クラスターで構成されているが、Ybイオンサイトには原子クラスター内に存在するサイトと原子クラスター間に位置するサイトがあり、そのサイト数の比は約 7:3 である[3, 4]。我々の価数分離モデルは、原子クラスター内のサイトのYbイオンが2.8価、クラスター間サイトのYbイオンが2.2価をとるというものであるが、これらの価数値は、対応する周期系である近似結晶の価数測定の結果や、準結晶および近似結晶の磁化測定や熱膨張測定の結果を無矛盾に説明するものである[2, 5]。ここで、近似結晶とは局所構造が準結晶と同一である周期系である。Au–Al–Yb準結晶にも対応する近似結晶が存在し、準結晶と同一の正二十面体型原子クラスターが周期配列した構造をとっている[1]。

 本研究の最終的な目標はこの価数分離モデルの妥当性を検証することである。それには価数の圧力依存性を測定するのが方法の一つである。一般にYbイオンは加圧によりイオン半径の大きい2価の状態からイオン半径の小さい3価の状態へと価数状態が変化するため、Ybイオン価数は加圧に伴い増加する。このことはCd–Yb準結晶などの準結晶合金でも確認されている[6–8]。ここで、2.8価と2.2価に価数分離している場合を想定すると、圧力印加に対してどちらのYbイオンサイトも価数増加を示すものの、ある圧力で高価数側のYbイオンが先に3価に到達するものと考えられる。更なる加圧では低価数側のYbイオンのみが価数増加することになるので、観測される価数平均値にはその圧力依存性に「折れ」などの異常が生じるものと予想される。そこで、本研究では、Ybイオン価数の圧力依存性に異常が現れるか否かを調べることを目標とした。

 Ybイオン価数の圧力依存性の測定は、高圧下のX線吸収分光実験で直接的にYbイオン価数を評価することによって可能ではある。しかし、X線吸収実験によって高圧下の価数変化を高精度で決定するのは一般に難しい。そのため、本研究では、価数変化が体積変化に反映されることを利用して、X線回折実験により格子面間隔の変化を測定することとした。正二十面体型準結晶は等方的に圧縮されるため、格子面間隔の変化は体積変化がそのまま反映される。放射光を用いた回折実験では高圧下においても高精度で格子面間隔を計測することが可能なので、これにより価数の相対変化を高精度で決定することを目的とした。


実験:

 高圧下のX線回折測定をAu–Al–Yb正二十面体型準結晶および参照試料であるAu–Al–Tm正二十面体型準結晶[9]について行った。Au–Al–Tm準結晶においてTmイオンは3価の整数価数状態である[10]。このTmイオンは価数変化を起こさないため、Au–Al–Yb準結晶とAu–Al–Tm準結晶の両者の格子面間隔変化の圧力依存性を比較することにより、Ybイオン価数の変化に相当する部分だけを抽出することができる。

 この実験での工夫は、Au–Al–Yb合金準結晶とAu–Al–Tm合金準結晶の両方の試料を同一条件で加圧されるようにして、両者の体積変化の差分を精度よく求められるようにした点である。加圧にはダイアモンドアンビルセルを用いたが、Au–Al–Yb準結晶とAu–Al–Tm準結晶の2つの合金試料片を同一の試料室内に封じた。合金試料片はいずれも 50 µm 程度の大きさであり、200 µm 径程度の試料室に、静水圧性に優れたヘリウム圧力媒体とともに封入することにより、どちらの試料片にも等しく圧力がかかるようにした。

 高圧下のX線回折測定はBL22XUに設置されたダイアモンドアンビルセル回折計[11]を用いて行った。入射X線として 20 keV のモノクロ光を用い、回折パターンはイメージングプレートを用いて取得した。合金片試料はいくつかの単準結晶ドメインで形成されたものであるため、回折パターンの取得は振動写真法によって行った。入射X線はスリットで垂直方向 30 µm、水平方向 40 µm に切り出して、Au–Al–Yb準結晶とAu–Al–Tm準結晶の合金試料片のそれぞれに照射し、それぞれの試料からの回折パターンを得た。加圧は室温において行ない、圧力 12 GPa まで圧力ステップ 0.5–1 GPa でデータ取得を行なった。圧力測定はルビー蛍光法によって行った。試料室内のアンビル面上における試料近傍の位置にルビー小片を取付けて、その蛍光を計測した。なお、高圧実験に先立って、Au–Al–Yb準結晶とAu–Al–Tm準結晶のそれぞれについて、いくつかの合金片について回折パターンを取得し、その中から回折ピークが鋭い良質の試料を選定した。

 得られた回折パターンから強い反射、つまり、5回対称軸や2回対称軸といった高対称軸方向に散乱ベクトルを持つ反射を主に選定し、それぞれの反射面間隔である d 値を算出した。そこから、各圧力点における d 値を常圧の値 d0 で規格化した d/d0 を求めた。反射面ごとの d/d0 の平均値を算出し、その圧力依存性をAu–Al–Yb準結晶とAu–Al–Tm準結晶のそれぞれについて求めた。


結果および考察:

 図1(a)にAu–Al–Yb準結晶とAu–Al–Tm準結晶の規格化した d 値である d/d0 の圧力依存性を示す。いずれの試料においても圧力 12 GPa まで単調に減少する変化を示した。両者を比較すると、Au–Al–Yb準結晶の方が同一圧力においてより圧縮された結果となっている。これは、Ybイオンの価数が加圧により増加したことを示すものである。つまり、Ybイオンのイオン半径が価数増加に伴って減少しており、その分だけAu–Al–Yb準結晶がAu–Al–Tm準結晶よりも圧縮された結果となったものである。

 価数増加の圧力依存性の相対変化量は、Au–Al–Tm準結晶の d/d0 からAu–Al–Yb準結晶の値を差し引くことによって求められる。図1(b)は差し引き値 Δd/d0 の圧力依存性を示したものである。Δd/d0 は低圧領域で急激に増加する一方で、加圧とともにその増加率が大きく鈍っていくという圧力依存性を示した。常圧から 12 GPa における価数変化量は予備的なX線吸収分光実験で、0.25程度と見積もられている。これを図1(b)の結果と照し合せると、本実験で価数値は0.01程度の精度で計測できたこととなり、高精度でYbイオン価数の圧力依存性を決定できたということができる。

 価数変化に対応する Δd/d0 の圧力依存性には明瞭な異常はみられなかったものの、その増加率が圧力とともに大きく鈍っていくという特徴が見られた。この結果は、Au–Al–Yb準結晶において高価数側のYbイオンが低価数側のYbイオンよりも低い圧力で3価に到達したことを反映したものと解釈することも可能である。但し、Δd/d0 は圧力 12 GPa においても引続き増加傾向であり、より高圧領域も含めた価数変化の圧力依存性の全容が明らかになっていない現状では結論できない状況である。


図1.(a) Au–Al–Yb準結晶(黒丸)およびAu–Al–Tm準結晶(白丸)の常圧値で規格化された格子面間隔 d/d0 の圧力依存性。(b) Au–Al–Tm準結晶の d/d0 からAu–Al–Yb準結晶の値を差し引いた差分 Δd/d0 の圧力依存性。Δd/d0 の変化はAu–Al–Yb準結晶中のYbイオンの価数変化に対応する。


今後の課題:

 より高圧領域まで計測することにより、価数変化の圧力依存性の全容を明らかすることが課題の一つである。もう一つの課題はAu–Al–Yb準結晶の結果をAu–Al–Yb近似結晶の結果と比較することである。Au–Al–Yb近似結晶ではYbイオンサイトは原子クラスター内サイトの1種類であり、その価数は2.8価である[2]。Au–Al–Yb準結晶では存在するクラスター間サイトはAu–Al–Yb近似結晶においては存在しない。原子クラスター内サイトのYbイオンは、準結晶と近似結晶の両者で類似した価数の圧力依存性を示すものと考えられる。そのため、両者を比較することにより、Au–Al–Yb準結晶におけるクラスター間サイトのYbイオン価数の圧力依存性を抽出することが可能となる。原子クラスター内サイトとクラスター間サイトのそれぞれについてYbイオン価数の圧力依存性を評価することにより、価数分離モデルが検証できるものと見込まれる。


参考文献:

[1] T. Ishimasa, Y. Tanaka, S. Kashimoto, Philos. Mag., 91, 4218 (2011).

[2] T. Watanuki, et al., Phys. Rev. B, 86, 094201 (2012).

[3] K. Deguchi, et al., Nat. Mater., 11, 1013 (2012).

[4] H. Takakura, et al., Nat. Mater., 6, 58 (2007).

[5] T. Watanuki, et al., Solid State Commun., 211, 19 (2015).

[6] D. Kawana, et al., Phys. Rev. B, 81, 220202 (R) (2010).

[7] T. Watanuki, et al., Phys. Rev. B, 84, 054207 (2011).

[8] T. Watanuki, et al., J. Phys. Soc. Jpn., 80, SA087 (2011).

[9] K. Tanaka, et al., Acta. Phys. Pol. A, 126, 603 (2014).

[10] M. Nakayama, et al., J. Phys. Soc. Jpn., 84, 024721 (2015).

[11] T. Watanuki, et al., Philos. Mag., 87, 2905 (2007).




ⒸJASRI


(Received: March 2, 2018; Early edition: June 22, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)