SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section C: Technical Report

BL43IR光学系の改造
Recent Upgrades of the BL43IR Optics

DOI:10.18957/rr.6.2.379
2014B1958, 2015A1998, 2015B1990 / BL43IR

森脇 太郎, 池本 夕佳

Taro Moriwaki, Yuka Ikemoto

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 BL43IR赤外物性ビームラインにおいて、赤外分光装置に入射するまでの上流光学系と入射光学系、分光装置内部光学系の改造を行った。その結果、分光スペクトル上の不要な吸収の軽減、スペクトル再現性の向上、光軸調整の作業性向上に顕著な効果が得られた。/p>

Keywords: 赤外顕微分光、赤外放射光分光、光学系改造


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背景と研究目的:

 BL43IR赤外物性ビームラインでは、2006年から2008年にかけて、赤外放射光の高輝度の優位性をより活かすため、赤外顕微分光へ特化した方向性を打ち出し[1]、2011年に新規の赤外分光装置(Bruker Vertex70 赤外分光光度計と Hyperion2000 赤外顕微鏡)を導入した[2]。それまで、Bruker IFS120HR赤外分光光度計と組み合わせて、50 mm の長い作動距離を特長とする長作動距離顕微鏡と、14 Tの高磁場下での測定が可能な磁気光学顕微鏡をユーザーに提供していた[3]。新規に導入した顕微鏡は、高空間分解測定を専らにする高空間分解顕微鏡であり、これら三本の柱でユーザー実験にそれぞれ適切な顕微鏡を提供できる体勢を整えた。

 2014年から2016年にかけて、この高空間分解顕微鏡での測定高度化のため、総合的に光学系を見直し、改良を重ねた。本稿では、その動機と経過を報告する。


実験:

 2011年に高空間分解顕微鏡を導入した時点の光学系における主要な構成要素1)−3)を以下に挙げ、図1に概略図を示す。

1) 上流光学系:フロントエンド以降、蓄積リングの高真空部とビームラインの低真空部を隔てる光学窓

   (W1:フッ化バリウムとダイヤモンド、測定波数域により交換)を通り、以降、二つの赤外分光光度計

   (Bruker IFS120HR と Bruker Vertex70)への振り分けミラー(M7)までを上流光学系とする。

2) 入射光学系:上流光学系の下流、M7で振り分けた後の光学系。今回改造を行った Vertex70 への入射光学系

   は、M7下流の光学窓(W2:フッ化バリウム、KRS-5、ポリプロピレン、測定波数域により交換)を通

   り、乾燥空気パージされた光学系を経て赤外分光装置に入射する。入射光学系の中で特に重要なのは分光

   装置直前の放物面鏡で、その放物面鏡に5軸(XYZαβ)の光軸調整機構をもたせた。

3) 赤外分光装置の内部光学系。

 これらの光学系のうち改造を行った部分について、次節で順に述べる。

 BL43IRでは、蓄積リングから放射光を取り出すM0ミラー中央部にスリットを設け、X線を下流に逃がす工夫をしているが[4]、上流光学系と入射光学系に導かれるのは、赤外放射光だけではなく、可視光成分も含まれる。赤外分光装置内部干渉計の手前までは、可視光を視認して光軸調整を行っている。


図1.BL43IR光学系の概略図。

EO: Electron Orbit, BM: Bending Magnet, RS: Radiation Shield, M: Mirror, W: Window.


結果および考察:

 2014B:上流ミラー交換によるミラー付着物吸収の軽減

 BL43IR赤外物性ビームラインの光学系下流に位置する Bruker IFS120HR 赤外分光光度計は真空対応で、ビームライン建設時の導入当初に、真空引きの効率を上げるため、Oリングパッキングに真空グリース(シリコンオイル系)が塗布されていた。経年的な効果で、微量のグリース成分が上流光学系に付着し、1040 cm-1 と 1275 cm-1 にピークをもつ吸収として現れている。これらはシリコンオイル成分中の Si-O 伸縮振動(1040 cm-1)と Si-C 変角振動(1275 cm-1)に由来するものと考えられる[5]。今回、上流光学系のM4とM5ミラーを交換して、当該吸収ピークの減少程度を確かめた。まず交換前の状態で下流の赤外分光装置(Vertex70 と Hyperion2000)を用い、参照スペクトルを測定した。次にM4とM5ミラーを同型、同素材の予備品に交換した。交換後、事前と同じ条件でスペクトルを測定した。図1に示すように、1040 cm-1 と 1275 cm-1 の吸収が、beforeとafterの比較でいずれも 80 % 程度減少し、実用的に問題のないレベルになった。ミラー表面に付着した微量なグリース成分による吸収がミラー交換によって減少したと考えられる。また試料に照射される赤外光強度の指標となる干渉スペクトル強度は 17 % 程度上昇し、分光スペクトルのS/N比向上に有効と考えられる。


図2.ミラー交換前(before)と交換後(after)の分光スペクトル。

afterのスペクトルは見やすくするために点線までオフセットをかけている。それぞれ 700 cm-1 付近で光強度がゼロとなる。


 2015A:赤外分光装置内部光軸調整のアップグレード

 赤外分光装置の内部光軸調整は、光源にグローバーランプを用いる場合と赤外放射光を用いる場合で、要求される調整位置の精度が大きく異なる。一般的にグローバー光源は、内部光学系に使われるミラーなど光学素子のサイズを上回る領域を均等に照らす光であるため、おおよそミラー全体に照射する程度の光軸調整精度で十分である。一方、赤外放射光は光学素子のサイズより小さく、なおかつ場所による波数強度分布をもつために、同じような波数分布をもつスペクトルを得るためには、光学素子上の同じ場所に光軸調整する必要がある。

 赤外放射光の光軸調整は、赤外分光光度計内部干渉計のビームスプリッタ(Bruker T303/3、対応波数 7800-370 cm-1)が可視光を透過せず、それより下流の光路の視認ができないために、今までは干渉計上流(可視光成分を含む)と赤外顕微鏡の試料観察用CCDカメラ(赤外カットフィルターを外し、CCDに感度のある近赤外領域光がモニター上で視認できる)の、いわば入口と出口での視認調整を行い、それ以外の内部光学系の、視認による積極的な調整はできないままであった。

 今回、可視光領域に対応するビームスプリッタ(Bruker T401/3、対応波数 15000-1200 cm-1)を導入し、放射光に含まれる可視光成分を用いて分光装置内部を含めた光軸調整を行い、調整の違いによるスペクトルの強度分布の変化を確認した。従前は光路が見えないために、例えば図3の alignment A, B のようなスペクトルが「結果的に」得られる状態であったが、分光装置内部の光軸を目視で同じように調整すると、スペクトルの強度分布も再現することがわかった。強度分布の違いは、干渉計への入射角度、入射位置、検出器への入射角度、入射位置に起因すると考えられ、実際的な調整作業としては、干渉計入射位置、赤外顕微鏡入射位置、赤外顕微鏡内部光学素子上の光像位置を同じ位置に光軸調整すれば、スペクトル強度分布を再現できることがわかった。


図3.光軸調整位置の違いによるスペクトル強度分布の違いの例。

光軸調整位置を変えて強度分布の変化を確認した。


 2015B: 赤外分光装置入射光学系の改造

 2011年の新規赤外分光装置の導入時には、分光装置への入射光学系を図4のように配置した。その後の約5年のユーザー共用を通して、分光装置直前の放物面鏡に光軸調整機構を集中させたことと、分光装置入射口に正対しての光軸調整ができないほど作業スペースが狭く、調整作業のしにくさに起因する光軸再現性の低さが課題であることが明らかになった。そこで、入射光学系を更新することにした。分光器への入射ミラーを平面鏡とし、放物面鏡によるサイズ調整と平面鏡による入射角度調整を分離して、図5に示すような入射光学系を設計した。また、光路を乾燥空気でパージするためのパージガスジェネレーターを一台増設し、パージカバー一式を用意した。二台のパージガスジェネレーターを合わせて流量 100 lpm で運転し、赤外分光装置本体と入射光学系(パージ体積は約 380 L)を効率よくパージできるようにした。上述の2015A赤外分光装置内部光軸調整のアップグレードと合わせて、再現性の良い調整が容易となり、安定した条件での測定ができるようになった。


図4.2015B改造以前。左:赤外分光装置と入射光学系全体。右:入射光学系。赤外分光光度計への入射ミラーは放物面鏡で、XYZαβの5軸調整機構を備える。光路を白線で示す。


図5.2015B改造以降。左:入射光学系。右:赤外分光光度計への入射部。入射ミラーは平面鏡で、XYZ軸調整機構を備え、その上流に放物面鏡を配置した。光路を白線で示す。


今後の課題:

 今後も、光軸調整作業の効率化とスペクトルの再現性を指標として、改良できる部分を検討し、ひきつづき改造を加えていくことが必要である。


参考文献:

[1] T. Moriwaki, Y. Ikemoto, Infrared Physics and Technology 51, 400 (2008).

[2] Y. Ikemoto, T. Moriwaki, T. Kinoshita, SPring-8/SACLA Research Report 3, 258 (2015).

[3] 木村真一、池本夕佳、放射光 18, 290 (2005).

[4] H. Kimura, T. Moriwaki, S. Takahashi et al., Nucl. Instr. And Meth. A 467-468, 441 (2001).

[5] G. Socrates, in “Infrared and Raman Characteristic Group Frequencies Third Edition”, John Wiley & Sons, Chichester, 2001, Chapter 18, P. 241.




ⒸJASRI


(Received: March 15, 2018; Early edition: May 30, 2018; Accepted July 3, 2018; Published August 16, August)