Volume6 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
マイクロX線CTによる、油調済みパン粉の微細構造観察
An Observation of Micro-structure of Deep Fried Bread Crumbs by X-ray CT
a(株)サヌキフーズ, b香川大学, c(一社)おいしさの科学研究所
a Sanuki Foods Co., Ltd., b Kagawa University, c Institute of OISHISA Science
- Abstract
-
パン粉の油切れは、添加する材料によって性質が異なることが経験的に分かっているが、具体的にどういう現象が起きているのかは解明できていない。表面の微細構造によって親水性、疎水性の性質が現れているのではないかと考え、BL46XUのX線CTを用い、製造方法及び組成の異なるパン粉の微細構造観察を試みた。特に、微細表面構造における、油調済みパン粉と油の界面の観察と、パン粉内部の油の分布状況を観察した。
その結果、測定前に予想された、各種油調済みパン粉の微細表面構造と油浸漬部との境界面に空気の層の存在は確認できなかった。また、どのパン粉も内部に、油に浸漬されていない空孔を有していた。定性的ではあるが、油に満たされていない空孔は、油調済み焙焼パン粉及び油調済み電極パン粉より、電極式で作成した油調済み裸麦 50% 含有パン粉の方が多かった。マイクロX線CTから構築した3D画像から、裸麦50%含有パン粉の油に満たされていない空孔は、ダブル・リ・エントラント構造ではないかと推測した。
Keywords: 焙焼パン粉、電極パン粉、裸麦パン粉、走査電子顕微鏡、マイクロX線CT、 微細表面観察、界面と内部観察、多孔質のスポンジ構造、微細凹凸表面、ダブル・リ・エントラント構造、濡れのピン止め効果
背景と研究目的:
裸麦は、食後血糖値の上昇抑制、心疾患リスクの低減、コレステロール低下など様々な機能性を有するβ-グルカンを含有する[1]。当初、上記の機能性を有するフライ食品の製造を念頭に、小麦粉に裸麦を添加したパン粉を製造し、これを用いてフライ食品を製造したところ、「油切れ」が良いように思われた。油切れを客観的に確認するため、油調済み(油で揚げること)パン粉の油を遠心分離機などにより分離し、パン粉に対する残存した油の割合、即ち吸油率を調べたところ、裸麦を 50% 含有するパン粉は、通常のパン粉と比較して有意に吸油率が低下した (20–30%)。
この様な場合、従来は単に親水性の多糖類を添加したために、パン粉内の親水性の増大やそれによるパン粉中の水分含量の増大などにより吸油性が低下すると考えられてきた。しかし、裸麦 50% 含有パン粉中の水分含量と吸油率の関係を調べたが、有意な相関性は見られなかった。さらに、それぞれのパン粉の水分含量を測定し、吸油率との関係を調べたところ、有意な相関性はほとんど無いと考えられた。
そこでこれまでの考え方に疑問を持ち、東日本で主に使われる焙焼パン粉、西日本で主に使われる電極パン粉及び電極式で作成した裸麦 50% 含有パン粉について走査電子顕微鏡 (SEM)で観察した。その結果、Fig. 1に示した様に、裸麦を含有しない通常の焙焼及び電極パン粉では表面構造が比較的滑らかであったのに対し、裸麦50%含有パン粉では、ハスの葉やバラの花びら[2]の表面構造に似た微細凹凸構造が観察された。この様な表面構造の違いが、吸油性に影響を与えているのではと推測した。
裸麦 50% 含有パン粉の微細な凹凸表面構造により、油調済みパン粉と油の界面に空気の層が存在し、このため油調後の油切れが良くなり、吸油率の差となって表れているのではないかと推測された。しかし、走査電子顕微鏡(SEM)で油調済みパン粉と油の界面状態や、パン粉内部の油の分布状態を観察することは、液体としての油の存在により、容易ではない。そこで、SPring-8のマイクロX線CTを使用し、1 μm レベルで微細構造を観察し、パン粉の微細表面構造と油との界面に空気の層が存在するカシー状態[3]か空気の層が存在しないウエンゼル状態[4]かを調べることを試みた。
焙焼 パン粉 電極 パン粉 裸麦 50%含有パン粉
Fig. 1 各種パン粉のSEM画像 (500倍)
実験方法:
BL46XUにて、試料をX線測定用ガラスキャピラリーに投入し、キャピラリー内で特に固定せず、試料の入ったガラスキャピラリーを回転試料台にセットした。測定条件として、X線エネルギーは 12.39 keV、カメラ長は 10 mm、視野サイズは 1.4 mm × 0.9 mm、検出器は浜松ホトニクス社製ビームモニタ3(10倍レンズ)とCCDカメラC4880-41Sを用いて、露光時間は 150 ms、試料方位角走査における検出器露光の角度間隔はステップ走査の場合は 0.4°、連続走査の場合は1.2°、試料回転角度は 180° で測定し、透過像を得た。透過像のピクセルサイズは 0.35 × 0.35 μm2 である。得られた透過像から、filtered back-projection (FBP) 法に基づく再構成ソフトを用いてCT再構成画像を作成し、画像のピクセル強度を画像解析ソフトImage Jにより求めた。X線線吸収係数(LAC: µ)を以下の式(1)を用いて求めた[5]。
ここで wj は試料を構成している元素の質量分率、τj (E)はエネルギーEのX線に対する試料を構成している各元素のX線質量吸収係数(MAC)、ρは試料の密度である。測定試料は以下のとおりである。
測定試料
・焙焼生パン粉試料
通常のパンのように、小麦粉、水、イースト等の原料を混合し、これを発酵して得た生地をガス火で焼成
して粉砕したパン粉。
・電極生パン粉試料
前述の焙焼パン粉と同様に調製した生地を通電し、ジュール熱効果で蒸し焼きした後、粉砕したパン粉。
・裸麦 50% 含有生パン粉試料
小麦粉の一部を裸麦粉に置き換えて、前述と同様に生地を調製し、これに通電し、ジュール熱効果で蒸し
焼きした後、粉砕したパン粉。裸麦 50% 含有パン粉は、小麦粉の 50% を裸麦に置き換えて調製したパン
粉。
・油調済パン粉試料
それぞれの生パン粉を、キャノーラ油(菜種油)で 175°C で2分30秒間、油調した試料を以後、油調済み
焙焼パン粉、油調済み電極パン粉及び油調済み裸麦 50% 含有パン粉と表示する。
結果および考察:
焙焼生パン粉試料、電極生パン粉試料、裸麦50%含有生パン粉試料を測定に供したが、試料がいずれも柔らかく、測定中に変形し、良好なCT画像を得ることは出来なかった。それぞれの油調済みパン粉を油調した食用油に浸漬して試料の測定も試みたが、測定中に食用油中で試料パン粉が移動し、CT画像を得ることが出来なかった。ここでは、油調済みパン粉試料について報告する。
Fig. 2に油調済み焙焼パン粉、Fig. 3に油調済み電極パン粉、Fig. 4に油調済み裸麦50%含有パン粉のX線CT画像を示す。各図のAはCTの全体画像で、白いリングはマイクロX線CT測定時に、パン粉試料を保持した、ガラスキャピラリーと考えられる。どの試料も、多孔質のスポンジ構造であり、濃淡の明るい部分(a部分)及び濃淡の中間の空孔(b部分)と濃淡の濃い空孔(c部分)が観察された。各図のBはA中の赤枠で示した部分の拡大画像である。
Fig. 2 油調済み焙焼パン粉マイクロX線CT画像
Fig. 3 油調済み電極パン粉マイクロX線CT画像
Fig. 4 油調済み裸麦50%含有パン粉マイクロX線CT画像
各図の空間及びc部分、a 及び b 部分のピクセル強度はそれぞれ 94.63 ± 2.221、146.5 ± 11.03 及び115.7 ± 6.552(全てのパン粉の平均値 ± 母集団の標準偏差)であった。c部分のピクセル強度は空間部分と同じであった。a部分、b部分及びc部分をそれぞれパン粉、キャノーラ油及び空気ではないかと仮定し、式(1)を用いてLACを求めたが、式(1)における元素の質量分率は、空気(空間及びc部分)については平成30年理科年表[6]に記載の酸素、窒素、アルゴン及び二酸化炭素の組成比から、パン粉については日本食品標準成分表2015年版[7]に記載の各アミノ酸などの組成表から、キャノーラ油については(公社)日本油脂検査協会のWebページ[8]に記載の各脂肪酸の組成表から算出した。各元素のMACはNISTのWebページ[9]に記載の各元素の値からX線エネルギー 12.39 keV における値を内挿して算出した。密度は空気については平成30年理科年表に記載の25℃における乾燥空気の値を、キャノーラ油及びパン粉については(株)住化分析センター愛媛ラボラトリーに依頼分析して得た値を用いた。式(1)により計算されたa部分(パン粉と仮定)、b部分(キャノーラ油と仮定)、空間及びc部分(空気と仮定)のLACの値は、それぞれ、3.452(cm-1)、1.376(cm-1)及び 3.378×10-3 (cm-1)であった。それぞれの値と前述の各部分のピクセル強度の相関性を調べたところ、Fig. 5に示したように明らかな直線性を示し、その相関係数は 0.99996 で、危険率1%未満の高い有意性を示した。以上から、Fig. 4のCT画像におけるa部分はパン粉、b部分はキャノーラ油、c部分は空孔(空気)と判断した。従って、本実験から、多孔質の油調済みパン粉中には、油で満たされた空孔(b部分)と油で満たされなかった空孔(c部分)の2種類の空孔が存在すると考えられた。また、油調済みパン粉ではa部分には吸収された油が存在する可能性を考えたが、その影響は見られなかった。従って、油調済みパン粉に吸収された油はパン粉本体に吸収されるのではなく、マイクロレベルで、パン粉表面に吸着したりその空孔内に閉じ込められた状態で存在すると考えられた。なお、実験に使用したガラスキャピラリーは、材質などを記録していなかったため、化学組成や密度が不明であり、LACを算出しなかった。
Fig. 5 Fig. 4中の各部分(a、b及びc)のピクセル強度とそれぞれパン粉、キャノーラ油及び空気と仮定して算出したLACの関係
背景のところで述べたように、当初は、裸麦50%含有パン粉の微細な凹凸表面構造により、油調済みパン粉と油の界面に空気の層が存在し、このため油調後の油切れが良くなり、吸油率の差となって表れているのではないかと推測していた。しかしFig. 4を詳細に観察しても、パン粉と考えられるa部分とキャノーラ油と考えられるb部分の間に空気の層は確認できなかった。一方、定性的ではあるが、空気だけの、即ち油に満たされていないと考えられる空孔は、油調済み焙焼パン粉及び油調済み電極パン粉より、油調済み裸麦 50% 含有パン粉の方が多いようであった。
パン粉の油切れに関する有意差について、パン粉表面の微細凹凸構造と油との界面に空気の層が存在することによるのではなく、パン粉内部の空孔の相対的な多さがパン粉の油切れの良さ(吸油率)に関係があると予想された。さらに、Fig. 4Bの中央に位置する空孔が油が浸漬していると考えられる部分に開口して油と接しているにもかかわらず油が入り込んでいない様に見える。そこでFig. 6に示したようにこの部分を拡大すると、明らかに開口していることが分かった。これも裸麦 50% 含有パン粉の油切れの良い原因と推測される。
Fig. 6 油調済み裸麦50%含有パン粉の拡大マイクロX線CT画像
次に、裸麦 50% 含有パン粉内部の開いた空孔に油が入り込まないメカニズムについて考察する。パン粉は、一般的に、多孔質のスポンジ構造であり、内部に多数の空孔が存在する。Fig. 4の油調済み裸麦50%含有パン粉マイクロX線CT画像の中央部分に、閉じていない空孔が観察される。
Fig. 6はその拡大画像であるが、Fig. 7に示す撥油のモデル構造としてのリ・エントラント構造[10]と酷似している。
Fig. 7 リ・エントラント構造(図左)とダブル・リ・エントラント構造(図右)[10]
著作権フリーの図を複製した
Fig. 6の油の浸漬していない空孔が存在するメカニズムは、ダブル・リ・エントラント構造[10]と濡れのピン止め効果[11]によるものではないかと推測している。リ・エントラント構造とは、Fig. 7左図に示すように、入口が小さく奥に侵入すると横方向に広がっている陥没した凹構造を言う。Fig. 7右図のダブル・リ・エントラント構造は、陥没構造の入口周辺に内方向に折り返し(突起物)の付いた状態を言う。
また、濡れのピン止め効果とは、Fig. 8で示すように、液滴が斜面を移動する時に、接触角θと屈曲角αを加算した以上に、液滴の接触角が大きくならないと、先に進めない効果である。パン粉内部の開口部を持つ空孔に関しても、濡れのピン止め効果が働くことが予想される。
Fig. 8 濡れのピン止め効果[11]
米田出版及び著者の好意により、複製した
開口部分の状態を確認するため、Fig. 9に青枠部分の内側方向からの3D画像を示した。前述のFig. 1のSEM画像Cと同様な微細な凹凸構造の存在が空孔周辺及び内部表面に観察できる。このような開口部周辺に突起物がある凹凸構造が、ダブル・リ・エントラント構造の折り返し構造と同様に作用し、液滴(油滴)が穴の内部に回り込む時により大きな屈曲角となり、濡れのピン止め効果が強く働くのではないかと考えられる。
Fig. 9 Fig. 6の青枠部分の内側からの3D画像
この開口部の微細凹凸構造の存在の有無が、リ・エントラント構造とダブル・リ・エントラント構造の違いとなって現われ、さらに、パン粉内部の油の入り込まない空孔の多さとなって、油切れの良さを決定するメカニズムではないかと推測される。
以上を、まとめると、裸麦 50% 含有パン粉は、微細凹凸構造で表面を覆われた多孔質のスポンジ構造を有する。この構造が、濡れのピン止め効果や、空孔入口のダブル・リ・エントラント構造として機能する。これらのことにより、裸麦 50% 含有パン粉の空孔に油が入り込まず、油切れが良くなる原因ではないかと推測している。
参考文献:
[1] 森本聡,大野一仁, 裸麦のβ-グルカン,農水産物・加工食品中の健康機能性成分類の分析マニュアル集,四国地域イノベーション創出協議会,香川県高松市,(2010).
[2] Lin Feng et al. Langmuir, 24, 4114-4119, (2008).
[3] Cassie ABD, Baxter S, Trans. Faraday Soc. 40: 546–551. (1944).
[4] Wenzel RN, Ind. Eng. Chem. 28: 988–994. (1936).
[5] 中野 司,中島善人,中村光一,池田 進,地質学雑誌 106: 363-378.(2000).
[6] 国立天文台編,理科年表平成30年/第91冊,丸善出版,東京都千代田区,(2017).
[7] http://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/1365297.htm, 文部科学省,3月,(2018).
[8] http://www.oil-kensa.or.jp,(公社)日本油脂検査協会,3月,(2018).
[9] https://www.nist.gov/pml/x-ray-mass-attenuation-coefficients, Created September 17, (2009), Updated June 30, 2017.
[10] Philip S. Brown & Bharat Bhushan, Sci. Rep. 6, 21048, DOI: 10.1038/srep21048, (2016).
[11] 辻井 薫, 超撥水と超親水, 米田出版, (2009), pp.50.
(Received: May 20, 2016; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018; Revised: November 2, 2020 )