Volume6 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
小角X線散乱を用いた燃料電池電解質膜の構造解析
SAXS Analysis of Anion Exchange Membrane for Fuel Cells
aダイハツ工業(株), b関西学院大学, c(国研)日本原子力研究開発機構
aDaihatsu Motor Co., Ltd, bKwansei Gakuin Univ., cJAEA
- Abstract
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アニオン交換形燃料電池に用いられる電解質膜について、分子設計によりイオン交換基由来の親水性ドメインの制御を精密に行うことにより、必要とされるイオン伝導度と燃料・ガスバリア性の両立ができると考えている。今回、親水性ドメインのサイズを数値化することにより、性能との相関を取り、材料開発へのフィードバックを目的として分子構造の異なる電解質膜についてSAXSを用いた解析を行った。イオン交換基を付与する前の電解質膜はブロードな1種の相関長ピーク(48 nm)しか有さないのに対し、イオン交換基を付与した電解質膜は、2種の相関長ピーク(2.7 nm, 25 nm)を有しており、含水による相関長増加が確認できた。
Keywords: 燃料電池、アニオン交換膜形、親水性ドメイン、SAXS
背景と研究目的:
次世代自動車として期待されている燃料電池車は2015年に市場投入されたが、依然、水素貯蔵の方法や電極に使用する白金の資源問題がある。ダイハツでは、アルカリ性のイオン交換膜を用いた「アニオン交換膜形燃料電池」の早期実現に向けて、国内外の大学・研究機関と連携して研究開発を行っている。また平成22年度からALCA(先端的低炭素化技術開発事業)、平成24年度からCREST(戦略的創造研究推進事業)に採択され、一刻も早い技術の進歩が望まれている。
発電の心臓部分であるMEA(膜-電極接合体)のうち、電極触媒の開発が先行しており、燃料側のアノード触媒および空気側のカソード触媒において、非白金ながら白金の性能を超える出力性能が得られており、実用化に着実に近づいている(2009 f-cellにて共同研究者が口頭発表[1])。さらにその後の改良により214回米国電気化学会においてアニオン燃料電池では世界最高の出力性能であると報告された[2]。
しかしながら一方でアニオン交換膜は電気分解を目的とした旧技術に基づく材料しかなく、これ以上の性能向上には燃料電池に特化した電解質膜の研究開発が必須である。特に電解質膜の分子設計により高次構造の制御とイオン交換ドメインの制御を精密に行うことが、必要とされるイオン伝導度と燃料・ガスバリア性の両立に不可欠である。
CRESTの開発では、親水部と疎水部のブロック共重合体を主鎖とした電解質膜の開発を行なっている。候補として挙げた分子構造の設計指針に基づき、モノマー化合物、親水性ブロック、疎水性ブロックの前駆体オリゴマー、およびブロック共重合体を合成した。親水部には水分子が取り込まれてイオン伝導チャンネルが形成しやすい嵩高い非晶性構造、疎水部は直線性で自己集合が起こりやすい結晶性構造で構成されている。こうしてできた電解質膜は、ミクロ相分離構造が発達していることがSTEM観察によって確認できている。本実験では親水性ドメインのサイズを数値化することにより性能との相関を取り、材料開発へのフィードバックを目的とした。
電解質膜に関しては中性子を用いた小角散乱およびイメージングによる解析研究を行ってきた[3, 4]。X線を用いた小角散乱は2011B1924で初めて実施し、含水によって電解質膜の散乱ピーク位置が低波数側に移動し、相関長サイズが変わることからその有効性を確認している。
実験:
試料:エンプラ系アニオン交換形電解質膜
表1の試料をそれぞれ 0.5×1.0 mm の大きさに裁断し、乾燥状態のサンプルは真空乾燥炉で内部の水分を除去し、含水状態のサンプルは蒸留水に30分浸した後に表面の水分をキムワイプで拭き取った。速やかに10枚ずつ重ね合わせ、6 µm のPPフィルムで挟み込んだ後、周囲をカプトンテープで貼付け、35 mm のスライドマウントに固定してサンプルとした。最終厚みは 240–410 µ mであった。
サンプル名 | イオン交換容量 (meq/g) |
含水率 (%) |
イオン伝導度※1 (mS/cm) |
PE-bl-3※2 | —— | —— | —— |
QPE-bl-3※3 | 0.75 | 7.1 | 3.95 |
※1 イオン伝導度は 60℃の水中にて測定
※2 PE = poly(arlene ether)
※3 QPE = Quaternized poly(arlene ether)
図1. 電解質膜の構造
実験条件:
SPring-8のBL19B2ラインに設置されたSAXS装置を用いて電解質膜試料の散乱プロファイルを波数 q = 0.06−3 nm−1 の範囲で室温にて測定をおこなった。X線のエネルギーは 18 keV であり、カメラ長はコラーゲンフィブリルの標準試料を用いて較正を行い、3063 mm であった。検出器はDECTRIS社製2次元検出器PLATUS 2Mを用いた。露光時間は1サンプルあたり5分とし、試料交換ロボット HUMMINGBIRDを使用した。
結果および考察:
図2にPE-bl-3、QPE-bl-3のSAXS結果を、表2に得られた相関長サイズ( d )を示す。相関長サイズは d = 2π/q によって求めた。PE-bl-3 では d = 48 nm 付近にショルダーピークがあるのみで、乾燥状態、含水状態で変化は見られない。このことは、PE-bl-3 は含水させても変化がない、もしくは、含水しないことが分かる。これに対して、イオン交換基を付与した電解質膜 QPE-bl-3 では乾燥時 d = 25 nm( q = 0.25 nm−1)付近および d = 2.7 nm( q = 2.3 nm−1)付近にショルダーピークが見られた。これは、イオン交換基を付与することによって、サンプル内の層構造が変化したと考えられる。さらに、含水することによって、これらのピークが、d = 27 nm( q = 0.23 nm−1)付近および d = 3.2 nm( q = 1.9 nm−1)付近と大きい方向へシフトしている。含水率が低いため、有意な差であるかは今回の実験では確証が得られていないが、いずれのピークもイオン交換基を有する QPE-bl-3 において生じていることから、d = 3 nm 付近のピークを親水部に由来する相関長ピーク、d = 25 nm 付近のピークをクラスター全体の相関長ピークと考える[5]。イオン交換基が含水することによって、一つ一つのイオン交換基が大きくなり、クラスター全体の相関長もそれに伴って大きくなると考えられる。Janarthananらの論文でも同様に電解質膜のSAXS測定を行っており、含水状態で確認される q ≈ 0.124 Å−1( d ≈ 5 nm)のピークは含水した親水部のピーク、低 q 領域( q = 0.007−0.017 Å−1, d = 36.9−89.7 nm)は微細空孔、もしくは、クラスターの不均一な分散であると報告されている[6]。
(a)
(b)
(c)
図2. PE-bl-3、QPE-bl-3のSAXS結果
(a) log-log、(b) 低波数側、(c) 高波数側
また、QPE-bl-3 の乾燥状態と含水状態を比較すると、含水状態の散乱強度が強くなっている。散乱強度は、電子密度差の2乗に比例して増加することが知られている。これは、QPE-bl-3 のポリマーと水の電子密度が大きく異なっており、含水によって電解質ポリマーのみかけの電子密度が変化し、散乱強度が強くなっていると考察できる。電解質ポリマーは、図1中でRで示したイオン交換基中の正電荷を帯びるアンモニウム基と負電荷を持つ水酸化物イオンの周りに水を保持することができる。つまり、イオン交換基を持つyで繰り返される親水部が水を抱え込んだ状態になっており、イオン交換基を持たないxで繰り返される疎水部は水を抱え込むことができない。このため、親水部と疎水部で電子密度の差が現れるため、このように含水状態で散乱強度が高くなっていると考えられる。
今後は、親水部の分子構造やイオン交換基密度を変えることによる相関長サイズへの影響を調査し、TEMを用いた相補的なサイズの検証をおこなう。また、乾燥時と含水時の散乱強度の比率からイオン交換基1分子に対する水分子の割合を見積もることができるため、相関長サイズやイオン交換基1分子に対する水分子の割合が、イオン伝導度や燃料・ガスバリア性に与える影響を確認する。
サンプル名 | 相関長サイズ (nm) | |
乾燥 | 含水 | |
PE-bl-3 | 48 | 48 |
QPE-bl-3 | 2.7 25 |
3.2 27 |
参考文献:
[1] H. Tanaka, The fuel cell | 9th Forum for Producers and Users, 2009.
[2] H. Tanaka, in “214th ECS Meeting, Abstract #809”, 2008.
[3] 山本和矢、日本原子力研究開発機構、先端研究施設共用促進事業「研究用原子炉JRR-3の中性子利用による施設共用促進」平成23年度成果報告集、pp. 77 (2011) 2010A-A73.
[4] 山本和矢、日本原子力研究開発機構、先端研究施設共用促進事業「研究用原子炉JRR-3の中性子利用による施設共用促進」平成23年度成果報告集、pp. 108 (2011) 2010A-A73.
[5] 前川康成、SPring-8利用研究成果集 1, Section B, 74 2011B1972 (2013).
[6] R. Janarthanan, et al., J. Polym. Sci. Part B, 51, 1743 (2013).
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(Received: March 21, 2017; Early edition: May 30, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)