SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

BL19B2 X線小角散乱装置の集光ミラー導入による信号強度向上の検討 II
Improvement of Signal of X-ray Small Angle Scattering Measurement at BL19B2 Installing Horizontal Focusing Mirror II

DOI:10.18957/rr.6.2.245
2012B1520 / BL19B2

佐藤 眞直

Masugu Sato

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 BL19B2のX線小角散乱装置は測定能率向上を目的として、2012年度夏季停止期間に水平集光ミラーを光学ハッチに導入して入射X線ビームフラックスを向上することによる散乱信号強度増強をおこなった。本実験では、参照試料(グラッシーカーボン、界面活性剤混合試料)の小角散乱プロファイル測定を行い、水平集光ミラー導入前の2012A期に実施した同参照試料の事前測定データと比較することにより、改造による信号強度利得の評価を行った。その結果約50倍の利得を得ることに成功していることがわかった。


Keywords: X線小角散乱、ヘルスケア、金属、集光ミラー


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背景と研究目的:

 BL19B2のX線小角散乱(SAXS)装置ではユーザーの増加に伴い、さらなるユーザー拡大、新規利用分野開拓を目指して、測定能率向上を主目的とした装置機能強化を行うため、信号強度の向上のための水平集光ミラー導入を2012年度夏季停止期間に行った。


図1. BL19B2のX線小角散乱装置の光学系配置図

 

 図1にBL19B2のSAXS装置のレイアウトを示す。BL19B2は光学ハッチと三つの実験ハッチで構成され、光源から最下流の第3実験ハッチまでの長さが約 120 m と非常に全長の長いビームラインである。光源は偏向電磁石で、SAXS装置は第3ハッチに設置されている。従来のレイアウトでは、光学ハッチ内のモノクロメータ下流に設置された高次光除去用の二つのX線ミラーは長さ 1 m の平板ミラーで、ミラーを湾曲させるベンド機構によりビームを鉛直方向で集光させることが可能である。SAXS測定では小散乱角領域の散乱測定の角分解能を確保するために2次元検出器位置のビームサイズを数 100 μm 程度まで小さくする必要がある。鉛直方向のサイズは前述のX線ミラーの垂直方向集光機能により、ビームの強度を損なうことなく必要なサイズを実現できる。しかしながら、水平方向のサイズについては集光機能がないため、水平方向に広がったビームを第3ハッチ内のSAXS装置上流側に設置した4象限スリットで制限することにより整形する必要がある。そのため、ビーム強度の損失が大きく、その結果、SAXSデータの測定能率向上の障害となっていた。この問題を解決するためには水平集光による検出器位置でのビームサイズ整形が必要である。そこで上述の夏季停止期間に実施した改造において、光学ハッチ内の下流側のX線ミラーにシリンドリカルミラーを導入した。本課題ではこのシリンドリカルミラーのオンビーム調整を行い、2012A期改造前に小角散乱プロファイルを測定した参照試料を再度測定して比較し、水平集光導入による信号強度の利得を評価した。

 

実験:

 BL19B2のSAXS装置では、ヘルスケア分野と金属材料分野を今後の主なユーザー拡大のターゲットとしている。そこで改造前の2012A期の実験では参照試料として両分野の典型的な試料を選んだ。課題申請書では各分野5種類程度ずつ、計10種類程度用意する予定であったが、結果的に調達できたのは以下の2種類だけであった。ヘルスケア分野からは、化粧品や洗剤などの材料として使用される界面活性剤混合試料(試料組成:ベヘニルアルコール(5.0 %):バチルアルコール(1.8 %):ポリオキシエチレンベヘニルエーテル(3.5 %):グリセリン(7.5 %):ジプロピレングリコール(7.5 %)の水溶液、金属材料分野からはCo析出物を分散させたCu-Co合金試料(Co組成 3 mass% / 973 K で20分agingしてCoを析出)を用意し測定した。しかしながら、後者のCu-Co合金試料については、保管中に損傷してしまい、今回測定することができなかった。そのため、2012A期の実験において同じ条件で測定していたグラッシーカーボン試料のデータを代替データとすることとし、同試料の測定を行った。界面活性剤試料は厚さ 3 mm のガラス板に直径 10 mm の穴をあけ、厚さ 0.12 mm のカバーガラスをX線透過窓として封じた試料セル中に封入した。グラッシーカーボン試料は厚さ 1 mm の板状試料である。実験条件は2012A期の実験と同様、BL19B2のSAXS装置の運用において標準的な条件であるX線エネルギー 18 keV、カメラ長 2.7 m と、透過率の低い試料が多い金属分野でニーズが高い高エネルギーの条件であるX線エネルギー 30 keV、カメラ長 2.7 m の2水準で測定を行った。両エネルギー条件ともにX線ミラーのミラー角は 2 mrad であった。前者の 18 keV の条件では界面活性剤試料とグラッシーカーボン試料を、後者の 30 keV の条件ではグラッシーカーボン試料のみを測定した。使用した検出器は2012A期の実験で使用したものと同じPILATUS-2Mである。カメラ長の較正は参照試料のコラーゲンの回折データを用いて行った。参考までに表1に、改造前の2017A期測定時の光学系の各スリット(図1参照)の条件(開口サイズ)を示す。

 

表1. 実験時の各スリット開口条件
スリット 開口サイズ(横幅/mm × 縦幅/mm)
TCslit1(光学ハッチ内モノクロメータ上流) 0.1 mm(水平幅)× 0.75 mm(垂直幅)
TCslit1(光学ハッチ内モノクロメータ下流) 0.1 mm(水平幅)× 0.8 mm(垂直幅)
Slit0(第1ハッチ) 0.1 mm(水平幅)× 1 mm(垂直幅)
Slit1(第2ハッチ) 0.15 mm(水平幅)× 0.9 mm(垂直幅)
Slit4(第3ハッチ) 無し(改造後に増設)
ガードスリット(第3ハッチ) ϕ 1 mm

 

結果および考察:

 最初に導入したシリンドリカルミラーを用いた水平集光条件の最適化調整をビームサイズを測定しながら行った。ビームサイズの測定は第3ハッチの試料上流側に設置した自動4象限スリットSlit4の開口サイズを 0.1 × 0.1 mm に設定し、Slit4の位置を走査しながらSlit4を通過するビーム強度を測定することで行った。この調整はX線エネルギー 18 keV、X線ミラー角 2 mrad の条件で行った。この調整時の光学系の各スリットの条件(開口サイズ)を表2に示す。

 

表2. ミラー調整時の各スリット開口条件
スリット 開口サイズ(横幅/mm × 縦幅/mm)
TCslit1(光学ハッチ内モノクロメータ上流) 5 mm(水平幅)× 0.7 mm(垂直幅)
TCslit1(光学ハッチ内モノクロメータ下流) 5 mm(水平幅)× 2 mm(垂直幅)
Slit0(第1ハッチ) 7 mm(水平幅)× 7 mm(垂直幅)
Slit1(第2ハッチ) 7 mm(水平幅)× 15 mm(垂直幅)
Slit4(第3ハッチ) 0.1 mm(水平幅)× 0.1 mm(垂直幅)

 

 この調整の結果得られたSlit4の位置でのビームプロファイルを図2に示す。見てわかるようにモノクロ位置で 5 mm(水平幅)× 0.7 mm(垂直幅)のサイズのビームを第3ハッチ最上流位置で約 0.6 mm(水平幅)× 0.4 mm(垂直幅)まで集光することができた。


図2. Slit4(開口サイズ0.1 mm×0.1 mm)の位置スキャンによって測定した集光ビームのプロファイル

 

 この後、ミラー条件を固定したまま光学系の各スリットサイズを調整しながらSAXSプロファイルデータの空気散乱のバックグラウンドプロファイルを測定し、この信号をできる限り抑制できる条件を検討した。その結果、最適化された光学系の各スリットの条件を表3に示す。この条件の時の検出器位置でのビームサイズは直径約 500 μm であった。この結果、どれくらいバックグラウンドプロファイルが抑制されたかについては後述する。

 

表3. バックグラウンドプロファイル抑制後の各スリット開口条件
スリット 開口サイズ(横幅/mm × 縦幅/mm)
TCslit1(光学ハッチ内モノクロメータ上流) 5 mm(水平幅)× 0.7 mm(垂直幅)
TCslit1(光学ハッチ内モノクロメータ下流) 6 mm(水平幅)× 1 mm(垂直幅)
Slit0(第1ハッチ) 6 mm(水平幅)× 1 mm(垂直幅)
Slit1(第2ハッチ) 4 mm(水平幅)× 0.8 mm(垂直幅)
Slit4(第3ハッチ) 0.4 mm(水平幅)× 0.4 mm(垂直幅)
ガードスリット(第3ハッチ) ϕ 1 mm


図3. 改造前(2012A期)と改造後(2012B期)にX線エネルギー 18 keV (a)と 30 keV (b)で測定したグラッシーカーボンのSAXSデータ

 

 上記の表3の条件で 18 keV (a)と 30 keV (b)で測定したグラッシーカーボンの改造前(2012A期)と改造後(今回:2012B期)に測定した散乱プロファイルデータを図3に示す。示したプロファイルは試料透過率補正とバックグラウンド差引を行い、露光時間1秒当たりの信号強度に規格化している。改造前後の強度を比較すると、18 keV で約 46倍、30 keV で約55倍と、集光ミラーの導入によりほぼ50倍の信号強度の利得が得られていることが分かる。

 次に図4に試料を試料ステージにセットしていない状態で測定した空気散乱のバックグラウンドプロファイルについて改造前(2012A期)と改造後(今回:2012B)に測定したデータの比較を示す。(a)がX線エネルギー 18 keV の時の、(b)がX線エネルギー 30 keV の時のデータである。改造前のデータについてはそれぞれグラッシーカーボンデータで評価した水平集光による信号強度増強の利得の倍率(18 keV で約46倍、30 keV で約55倍)で規格化している。見てわかるとおり、どちらのX線エネルギー条件でも改造後のバックグラウンドプロファイルは改造前のプロファイルを水平集光による利得で規格化したものとほぼ同等であることがわかる。すなわち、水平集光導入により改造前のS/B比を維持したまま、約50倍の信号強度の利得を得ることができた。


図4. 改造前(2012A期)と改造後(2012B期)にX線エネルギー 18 keV (a)と 30 keV (b) で測定した空気散乱のバックグラウンドデータ。改造前のデータはグラッシーカーボンデータで評価した水平集光導入による信号強度利得で規格化している

 

 図5にエネルギー 18 keV で測定した界面活性剤混合試料の改造前後のデータを示す。データに確認されるピークは界面活性剤が形成する会合構造のα相のラメラ構造に起因するものである。示したプロファイルは試料透過率補正とバックグラウンド差引の処理済みである。改造前の2012A期のデータの露光時間は300秒、改造後の2012B期のデータの露光時間は6秒であるが、水平集光導入によって1/50の露光時間でもほぼ同等のデータが得られている。これにより、ほぼ50倍の測定能率向上を達成したことが確認できた。


図5. 改造前(2012A期)と改造後(2012B期)にX線エネルギー18KeVで測定した界面活性剤混合試料(試料組成:ベヘニルアルコール(5.0%):バチルアルコール(1.8%):ポリオキシエチレンベヘニルエーテル(3.5%):グリセリン(7.5%):ジプロピレングリコール(7.5%)の水溶液)のSAXSデータ

 

まとめ:

 光学ハッチへの水平集光ミラー導入により、S/B比を維持したまま約50倍のSAXSプロファイルの信号強度の利得獲得により、個々の測定の高速化を実現することに成功した。



ⒸJASRI

 

(Received: March 29, 2016; Early edition: April 25, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)